「王勢籠神社 (上野原市)」の版間の差分
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{{参照方法|date=2016年10月18日 (火) 14:35 (UTC)}}
{{神社
|名称
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|所在地 = [[山梨県]][[上野原市]]和見2150
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|祭神
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|別名 |札所等 =
|例祭
|神事
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'''王勢籠神社'''(おせろう じんじゃ)は、[[山梨県]][[上野原市]]
所在する上野原市和見は山梨県東部の[[郡内地方]]に
創建年代は不明であるが、[[文化 (元号)|文化]]年間に編纂された『[[甲斐国志]]』巻七ニ神社部第十七下都留郡郡内領には当社に比定される「大勢篭(オホムレ)権現」の記述があり、その頃には存在していたと考えられており、[[村絵図]]にも記されている。また、旧神主宅には[[天保]]15年([[1844年]])社殿修復の[[寄進帳]]も伝来している。
『国志』同条には駒宮村トチ木の「王勢篭権現」や大倉村の「王勢篭権現」、西原村ヘハイの「大威竜権現」などの小社の記述があり、当社から[[分霊|勧請]]されて成立したと考えられており、これらの小社は権現山を取り巻くように所在している。
権現山を挟んで和見地区の反対に位置する大月市七保町浅川の個人宅には当社に関係する[[版木]]や[[棟札]]が伝来して
狼信仰は[[江戸時代]]中後期に流行し、[[武蔵国]]の[[三峰神社]]([[埼玉県]][[秩父市]]三峰)、[[武蔵御嶽神社]]([[東京都]][[青梅市]]御岳山)を中心に[[甲斐国]]東部、武蔵国西部、[[相模国]]南部に信仰圏が存在して
棟札に記された安政5年9月には[[江戸]]を中心に[[コレラ]]が流行し、コレラを引き起こすと考えられていた悪霊を退散させると信じられていた狼信仰が流行しており、当社の狼信仰も武蔵御嶽神社の影響のもと成立したと考えられている。
== 脚注 ==
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== 参考文献 ==
{{参照方法|date=2024年7月|section=1}}
* {{cite book|和書|author=山梨県立博物館 |title=オオカミがいた山 : 消えたニホンオオカミの謎に迫る |publisher=山梨県立博物館 |year=2007 |url=https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000136-I1130000795402643968 |NCID=BA83796851 |quote=展覧会カタログ 会期・会場: 平成19年2月6日-3月18日:山梨県立博物館}}
* {{Cite journal|和書 |author=植月学
* {{Cite journal|和書|author=植月学 |date=2009-03 |url=https://doi.org/10.24484/sitereports.120725-56119 |title=王勢籠権現の狼信仰 |journal=山梨県立博物館研究紀要 |volume=3 |pages=95-100 |doi=10.24484/sitereports.120725-56119 |ISSN=18818897 |publisher=山梨県立博物館 |ref={{harvid|植月|2009}}}}
{{DEFAULTSORT:おせろうしんしや}}
[[Category:山梨県の神社]]
[[Category:上野原市の歴史]]
[[Category:上野原市の建築物]]
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