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{{日本の脚本家|名前=堀川 とんこう|死没日={{死亡年月日と没年齢|1937|5|24|2020|3|28}}|誕生日={{生年月日と年齢|1937|5|24|no}}|死没地={{JPN}} <br />{{flagicon|神奈川県}} [[神奈川県]][[足柄下郡]][[湯河原町]]|出身地={{JPN}} <br />{{flagicon|群馬県}} [[群馬県]][[吾妻郡]][[中之条町]]|テレビドラマ=『加納大尉夫人』<br />(1961年)<br />『[[七人の刑事]]』<br />(1967年)<br />『[[安ベエの海]]』<br />(1969年)<br />『[[愛子 (テレビドラマ)|愛子]]』<br />(1973年)<br />『[[グッドバイ・ママ]]』<br />(1976年)<br />『[[岸辺のアルバム]]』<br />(1977年)<br />『[[モモ子シリーズ]]1~8』<br />(1982年~1997年 )<br />[[松本清張]]<br />『[[ゼロの焦点]]』<br />(1983年)<br />『私を深く埋めて』<br />(1984年)<br />[[松本清張]]作家活動40周年記念<br />『西郷札』<br />(1991年)<br />『ジャック・アンド・ベティ物語』<br />(1992年)<br />[[松本清張]]一周忌特別企画<br />『或る『小倉日記』伝』<br />(1993年)<br />[[松本清張]]特別企画<br />『父系の指』<br />(1995年)<br />『いじわるばあさん1~3東京卒業』<br />(2009(1996~2011)<br />ドラマW『[[祖国 (テレビドラマ)|祖国]]』<br />(2005年)<br />『[[時は立ちどまらない]]』<br />(2014年)<br />『[[五年目のひとり]]』<br />(2016年)|映画=『[[千年の恋 ひかる源氏物語]]』<br />(2001年 配給[[東映]])|出身校=[[東京大学]][[文学部]][[英文科]]|受賞=小説 『砂の投影』<br />銀杏並木文学賞受賞<br />([[東大]]教養学部時代)<br />
<br />文化庁芸術祭優秀賞<br />
<br />第34回 芸術選奨文部科学大臣新人賞<br />(放送部門)<br />
<br />平成18年日本民間放送連盟賞<br />
<br />番組部門テレビドラマ番組優秀賞
<br />第23回ATP賞テレビグランプリ|画像ファイル=堀川敦厚氏写真.jpg|画像コメント=[[湯河原町]]『五年目のひとり』撮影現場にて|本名=堀川 敦厚(ほりかわ あつたか)|その他=・1998まで[[TBS]]([[TBSホールディングス|東京放送]])にて勤務定年退職。<br />・[[随筆春秋]]の創設者実業家であった母堀川としの長男。<br />・そのが創設に加わった同人誌[[随筆春秋]]の指導者成長を生涯務める見守った。}}
'''堀川 とんこう'''(ほりかわ とんこう、本名・'''堀川 敦厚'''(ほりかわ あつたか)。[[1937年]][[5月24日]] - [[2020年]][[3月28日]]<ref>{{Cite news|url=https://www.nikkei.com/article/DGXMZO57642490T00C20A4CC1000/|title=堀川とんこう氏が死去 テレビプロデューサー|newspaper=[[日本経済新聞]]|date=2020-04-03|accessdate=2022-03-22}}</ref><ref name="anp"/><ref name="mnp"/>)は、[[日本]]の[[テレビドラマ]]の[[プロデューサー]]・[[演出家]]ならびに[[映画監督]]である。[[群馬県]][[吾妻郡]][[中之条町]]出身。妻は[[脚本家]]、[[ノンフィクション作家]]の[[高木凛]]。
 
== 来歴 ==
[[群馬県]][[吾妻郡]]の[[中之条町立中之条中学校]]から[[群馬県立高崎高等学校]]に進学。その後、[[東京大学]]に入学し[[東京大学大学院人文社会系研究科・文学部|文学部]][[英文科]]へ進む<ref name=":0">堀川とんこう著『今夜も、ばれ飯』([[1995年の日本|1995年]]、[[平凡社]])の巻末に、以下の記載がある。――堀川とんこう(ほりかわ とんこう)TBSプロデューサー/ディレクター。1937年5月生まれ。東大文学部英文科卒業。1961年東京放送入社。手がけたドラマに『七人の刑事』(1967)、『グッドバイ・ママ』(76)、『岸辺のアルバム』(77)、『モモ子シリーズ』(82~90)、『私を深く埋めて』(84)、『或る「小倉日記」伝』(93)、『ボクの就職』(94)、『父系の指』(95)などがある。――以上</ref>また、少なくとも中学校時代は、第84代[[内閣総理大臣]]の[[小渕恵三]]とは小、中学校時代同級生で幼馴染であった。<ref>◆同人誌 随筆春秋 旧公式HP中之条を離れ大学は違ったが、学生時代は山手線の中で時、以下URLにあるページに、こ話題や文学を語り合った。友として事実親交は小渕記載され亡くなるまで続いている。【た<ref>映画ぺディア 堀川とんこう先生】https://zuishun.jp/99_blank022.htm 現在佐野真一著「凡宰伝」(文春文庫)よりの部分引用。「小渕恵三と閉鎖されてアクセスでき小中学校とも同級生。小渕から「いい大学に進むら高校から東京の高校に通ってたほうがいい」と勧められ東京都立戸山高等学校に編入しようとしたが、結局断念。しかし堀川は高崎高校から東京大学に(現役)合格した。</ref>
 
[[東京大学]]に在学中、[[小説]]『砂の投影』で、「銀杏並木文学賞」<ref>[https://gakuyu-kai.org/ichou.html 第32回銀杏並木文学賞] - 東京大学教養学部学友会学生理事会</ref>を受賞。作品は、その学友会発刊の雑誌『学園』<ref>[https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000002-I000000003601 書誌情報] - [[国立国会図書館]]サーチ</ref>に掲載された。その後も『駒場文学』(10号、11号)や『新思潮』(創刊号、4号)などに堀川敦厚名で小説を発表する一方、ジャーナリストを目指し東大新聞研究所にも通っていた。大学卒業後は、1961年4月[[TBSテレビ|TBS]]に入社。当初は報道志望であったが、ドラマ部門に配属されドラマ一筋の人生を歩んだ。[[アシスタントディレクター]]を皮切りに[[ディレクター]]・[[演出家]]となり、[[プロデューサー]]としても活動。後輩の八木康夫プロデューサーは、「プロデューサーとディレクターは全く違う職能で、向き不向きがある。大山勝美さんや堀川さんはどっちもできたからすごい』(民放2020年07月p50)と評する。堀川はテレビドラマの世界で、自ら企画し、演出するという、他局では実現しにくい方法を手にし、「社会と人間」を鋭く、深く描き続けた<ref>[[GALAC]] No.277/2020年6月号 ●追悼 堀川とんこう/鈴木嘉一(p38)「2時間ドラマ隆盛の時代、作家性を存分に発揮する作品を生み出してテレビドラマの領域を拡大した堀川とんこうさん。[[松本清張]]から[[黒井千次]]、[[池澤夏樹]]まで多くの文学作品の映像化を手掛け、高い評価を得た。」</ref>。
◆ https://www.kantei.go.jp/jp/rekidainaikaku/084.html 左記は、首相官邸の運営する小淵恵三のウェブページである。ここに小渕恵三の生年月日が、1937年6月25日であることが記されている。
 
1977年には[[山田太一 (脚本家)|山田太一]]の新聞連載『[[岸辺のアルバム]]』に[[プロデューサー]]としてドラマ化に参画。テーマ曲、[[ジャニス・イアン]]の『Will You Dance?』は日本のテレビドラマで初めて洋楽を採用。タイトルバックの多摩川決壊のシーンや最終回等数本を演出した。TBSにて毎週金曜日(6月24日から9月30日)午後10時から全15回で放送された<ref>TBS塔友127号p49.50 堀川大人 田沢正稔 「鴨下さんと岸辺(アルバム)」、大山さんと「岸辺」が、話題に上ることがあっても「堀川さんの岸辺」 について語られる話はあまり耳にしません。プロデューサーとして、地味に舞台の袖に退いている、といった風情です。(略)功を語らない、のは性分なのでしょう。</ref>。
◆https://www.pref.gunma.jp/01/a0700192.html 左記は、群馬県が運営する小渕恵三のウェブページである。タイトルは、――【名誉県民】小渕 恵三――。冒頭には、略歴として以下の記述がある。――昭和12(1937)年6月に群馬県吾妻郡中之条町で小渕光平、ちよ夫妻の二男として生まれ、中之条中学在学中に学習院中等科に編入するまで、幼少年時代を地元で過ごす。その後、都立北高等学校を経て、昭和37(1962)年3月早稲田大学第一文学部を卒業、同年4月早稲田大学大学院へ進学。――
 
1980年から90年代にかけて各局で盛んに作成されたサスペンスを中心とした2時間ドラマ枠では、企画・演出・編集まですべてひとりで担う意欲的な作品を作り続けた。妻殺しの新聞記事からヒントを得てドラマ化され、竹下景子がソープランド嬢を演じた異色作の[[モモ子シリーズ]](脚本[[市川森一]])1作目『十二年間の嘘~乳と蜜の流れる地よ~』は、文化庁芸術祭優秀賞を受賞。モモ子シリーズ2作目の『聖母モモ子の受難』他で、[[芸術選奨新人賞]]を受賞した。モモ子シリーズはその後15年間にわたり、市民社会の欺瞞や偽善を鋭く風刺し、8作制作された。
◆https://eiga.fandom.com/ja/wiki/%E5%A0%80%E5%B7%9D%E3%81%A8%E3%82%93%E3%81%93%E3%81%86 左記は、「映画ペディア」の堀川とんこう、のページ。以下に抜粋した。――堀川 とんこう(ほりかわ とんこう、本名・堀川 敦厚(読みは同じ)。1937年5月24日 - )は、日本のテレビドラマの演出家・プロデューサー並びに映画監督である。群馬県吾妻郡中之条町出身。中之条町立中之条中学校、群馬県立高崎高等学校、東京大学文学部卒業。――
 
1991年、[[松本清張]]の作家活動40周年を記念する競作シリーズが民放4局により企画された。堀川は初映像化となる『[[西郷札 (松本清張)#1991年版|西郷札]]』(脚本[[金子成人]])をプロデュースし、[[文化庁芸術作品賞]]を受賞した。1993年には清張の芥川賞受賞作『或る「小倉日記伝」』(脚本金子成人)で、日本民間放送連盟賞最優秀賞受賞。94年には清張の私小説的な短編から膨大な執筆の原風景に迫る『[[父系の指]]』(脚本[[高木凛]])でギャラクシー大賞受賞。清張の純文学的作品の映像化に挑んだ堀川の清張3部作は高く評価された<ref>[[GALAC]] No.277/2020年6月号 ●追悼 堀川とんこう/鈴木嘉一(p38)「文学の世界によりかかるのではなく、映像で拮抗し、テレビドラマの領域を広げようとする姿勢は際立っていた。〈視聴者の見たがる物はこれだ、と言われても、そう簡単に自分を手放せない。どこかに自分の生き方や考え方を込めようと、身をよじるように作ってきた。〉」</ref>。また、[[黒井千次]]原作「袋の男」を『恋人たちのいた場所』、[[池澤夏樹]]の芥川賞受賞作『[[スティル・ライフ (小説)|スティルライフ]]』、[[上野瞭]]原作『アリスの穴の中で』を『父さんが子供を産むことになった理由』とタイトルして、企画・演出。次々と異色作に挑んだ。
◆堀川とんこう著『ずっとドラマを作ってきた』(1998年、新潮文庫)のカバーを裏表紙に挟み込んだ部分に、堀川とんこうの略歴が記されている。それによると、堀川とんこうの誕生日は、1937年5月である。
 
1992年、戦後、洋食器製造でにぎわった燕市を舞台に、アメリカに追いつき追い越そうと生きた人々の愛と野望を描いた『ジャック・アンド・ベティ物語』(脚本[[今野勉]])は構想から企画が実現するまで14年という時がかかった。八木康夫は、「制作者として見習うべき情熱」と敬意を抱く(民放 2020.7 p50)。『ジャック・アンド・ベティ物語』は大型特別企画として前後編に分けて放映された。1996年には、離婚した両親と東京で夢を追う3姉妹の家族の再生を描いた3時間ドラマ『[[東京卒業]]』(脚本[[竹山洋]])を企画演出した(第34回ギャラクシー賞優秀賞受賞)。
◆https://jimbutsu.jitenon.jp/cat/kentown10.php?town=495 左記は、人物事典オンライン。群馬県中之条町出身の有名人の一覧が掲載されている。そこに、小渕恵三と堀川とんこうの名前が見つかる。二人の生年は同じである。
 
退職後の2001年、[[なかにし礼]]の[[直木賞]]受賞作『[[長崎ぶらぶら節]]』(テレビ朝日)演出。また同年、[[吉永小百合]]主演『[[千年の恋 ひかる源氏物語]]』([[東映]]配給)で初めての映画監督に挑戦。。堀川の映画監督作品はこの1本にとどまった<ref>民放 2020.7(p49) 個性派ディレクターの時代 ―堀川とんこうさんを悼む― 鈴木嘉一 堀川の後に映画監督デビューすることになった鶴橋は「映画作りの苦労や失敗談を聞かされた。<誰かの悪口や愚痴じゃなくて、客観的なアドバイスだった>と思い起こす。」</ref>。
◆つまり、小渕恵三と堀川とんこうは、同じ群馬県吾妻郡中之条町の出身であり、生年は同じで、誕生月は、それぞれ6月と5月である。そして、少なくとも中学校では同級生である。</ref>
 
2005年、[[WOWOW]]戦後60年特別企画 [[山田洋次]]原作・脚本、[[上川隆也]]、[[マコ岩松]]主演『[[祖国 (テレビドラマ)|祖国]]』、演出。(第60回芸術祭優秀賞受賞など)
[[東京大学]]に在学中、[[小説]]『砂の投影』で、「銀杏並木文学賞」<ref>[https://gakuyu-kai.org/ichou.html 第32回銀杏並木文学賞] - 東京大学教養学部学友会学生理事会</ref>を受賞。主催は、同大学[[東京大学大学院総合文化研究科・教養学部|教養学部]] 学友会学生理事会である。作品は、 その学友会発刊の雑誌『学園』<ref>[https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000000003601-00 書誌情報] - [[国立国会図書館]]サーチ</ref>に掲載された。大学卒業後は、[[TBSテレビ|TBS]]に入社(1961年4月、当時23歳)。その後は、[[アシスタントディレクター]](略称:AD)を皮切りに[[ディレクター]](略称:D)となり、さらには[[プロデューサー]](略称:P)、[[演出家]]として活躍することになる。
2007年、テレビ東京2夜連続スペシャルドラマ、[[上戸彩]]主演『[[李香蘭]]』演出。
2009年、[[松本清張]]・『一応の推定』脚本[[竹山洋]](ATPグランプリ2010優秀賞)。
2010年、[[BS-TBS]]開局10周年記念ドラマ・[[松本清張]]特別企画[[市原悦子]]・[[夏川結衣]]主演『[[一年半待て]]』(脚本[[竹山洋]])演出。
 
2014年、[[東日本大震災]]の被災者や遺族に寄り添い3年後の姿を描いた[[山田太一 (脚本家)|山田太一]]ドラマスペシャル・[[中井貴一]]主演『[[時は立ちどまらない]]』(テレビ朝日)を演出(芸術祭大賞など受賞多数)。
[[プロデューサー]]としての代表作は、『[[岸辺のアルバム]]』である。堀川は、当時40歳だった。毎週金曜日、午後10時から全15回で放送されたTBSのTVドラマだ。期間は、1977年(昭52)6月24日から9月30日。台風シーズンに合わせた放送スケジュールとなっていた。当時では珍しかった辛口のホームドラマである。
 
2016年、前作に続いて[[山田太一 (脚本家)|山田太一]]が[[東日本大震災]]から5年後の被災者を描いた[[渡辺謙]]主演『[[五年目のひとり]]』(テレビ朝日)を演出。(第71回)文化庁芸術祭賞テレビ・ドラマ部門優秀賞、東京ドラマアウォード2017作品賞単発ドラマ部門優秀賞受賞。この作品が遺作となった。
1984年には、『[[ゼロの焦点]]』『聖母モモ子の受難』(小見出し2:<u>[[堀川とんこう#プロデューサー時代(1977年5月、40歳となる)|'''プロデューサー時代''' 参照]]</u>)が、第34回 [[芸術選奨文部科学大臣新人賞]](放送部門)を受賞した。堀川はこの2作品とは[[プロデューサー]]、[[演出]]として関わっている。[[1997年の日本|1998年]](当時60歳)、[[TBSテレビ|TBS]]を定年退職後は監督業もこなし、[[2001年]]に『[[千年の恋 ひかる源氏物語]]』(小見出し2:[[堀川とんこう#%E7%9B%A3%E7%9D%A3%E3%83%BB%E6%BC%94%E5%87%BA%E5%AE%B6%E6%99%82%E4%BB%A3%EF%BC%881998%E5%B9%B4%E3%80%8160%E6%AD%B3%E3%80%82%E5%AE%9A%E5%B9%B4%E9%80%80%E8%81%B7%EF%BC%89|<u>'''監督・演出家時代''' 参照</u>]])の監督を務めた。[[東映]]の配給で、興行収入は21億円に達した。日本映画では同年トップテンの6位に入る。先輩の[[大山勝美]]が代表を務める、テレビ制作会社『[[カズモ]]』に所属していたが、[[2006年]]に独立する。
 
堀川は、[[竹下景子]]、[[小林薫]]、[[蟹江敬三]]、[[橋爪功]]<ref>{{Cite news|url=https://www.asahi.com/articles/DA3S15676878.html|title=(語る 人生の贈りもの)橋爪功:11 僕の放哉、渥美さんが見て…|newspaper=[[朝日新聞]]|date=2023-07-03}}</ref>、[[市原悦子]]をたびたび自身の作品に起用している<ref>堀川とんこうの自著『ずっとドラマを作ってきた』に[[竹下景子]]、[[小林薫]]、[[蟹江敬三]]、[[橋爪功]]らとの関係を示す文章がある。また、堀川とんこうの作品群に、[[市原悦子]]の名前がたびたび掲載されている。</ref>。
 
[[2020年]][[3月28日]]、[[肺癌]]のため、[[神奈川県]][[足柄下郡]][[湯河原町]]の自宅で逝去<ref name="anp">{{Cite news|url=https://www.asahi.com/articles/DA3S14427749.html|title=堀川とんこうさん死去|newspaper=[[朝日新聞]]|date=2020-04-03|accessdate=2022-03-21}}</ref><ref name="mnp">{{Cite news|url=https://mainichi.jp/articles/20200427/ddm/005/070/002000c|title=悼む:テレビ演出家・堀川とんこうさん=3月28日死去・82歳|newspaper=[[毎日新聞]]|date=2020-04-27|accessdate=2022-03-21}}</ref>。享年82歳<ref name="anp"/><ref name="mnp"/>。遺骨は東京都杉並区[[福相寺 (杉並区)]]の堀川家の墓所に納められた<ref>{{Cite news|url=https://www.asahi.com/articles/DA3S14487285.html|title=(惜別)堀川とんこうさん テレビプロデューサー・演出家|newspaper=[[朝日新聞]]|date=2020-05-23}}</ref><ref name="福相寺の由来">[https://fukusoji.org/origin 福相寺の由来] 正住山福相寺オフィシャルサイト</ref>。
 
== 主な作品 ==
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*ヨイショ(1974年、[[渥美清]]、[[小倉一郎]]、[[賀原夏子]]、[[松村達雄]]、[[松原智恵子]]ほか)- ディレクター
*[[あこがれ共同隊|あこがれ共同体]](1975年、[[郷ひろみ]]、[[西城秀樹]]、[[桜田淳子]]、[[森本レオ]]ほか)- ディレクター
*なつかしき海の歌(1975年、[[吉田拓郎]]、[[浅田美代子]]、[[加山雄三]]、[[香山美子 (女優)|香山美子]]ほか)- ディレクター 
*ガラスの森(1975年、[[田村正和]]、[[竹脇無我]]、[[酒井和歌子]]、[[紀比呂子]]ほか)- ディレクター
*[[君の歌が聞きたい]](1975年、[[古谷一行]]、[[小川知子 (女優)|小川知子]]、[[島田陽子]]ほか)- ディレクター
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[[ファイル:Yachigusa-Kaoru-1.jpg|サムネイル|'''[[八千草薫]]'''(女優)。'''[[TBSテレビ|TBS]][[ドラマ]]'''『'''[[岸辺のアルバム]]'''』で、中流家庭の専業主婦・則子を演じる。画像は23歳当時。八千草がこの役を演じたのは42歳のときである。]][[ファイル:Monument of the Tama River collapse1.JPG|代替文=|サムネイル|[[多摩川水害|'''多摩川決壊の碑''']]
 
([[東京都]][[狛江市]])。[[1974年の日本|1974年]][[9月1日]]、台風による増水で<u>堤防が決壊し、マイホームなど19戸が流された</u>。この出来事が、'''[[TBSテレビ|TBS]][[TVドラマ|ドラマ]]『[[岸辺のアルバム]]』'''のモチーフとなっている。]]
*[[岸辺のアルバム]](1977年、出演・[[八千草薫]]、[[竹脇無我]]、[[国広富之]]、[[杉浦直樹]]、[[中田喜子]]) - 演出・プロデューサー(略称:P)
 
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<blockquote><small>「あかね弁当」という弁当屋を舞台に、夫亡き後店を切り盛りする茜と、そこで働くことになった保護観察処分を受けている不良少年たちとの交流を描く。</small></blockquote>
* [[拳骨にくちづけ]](1981年、[[大原麗子]]、[[丹波哲郎]]、[[山岡久乃]]、[[細川俊之]]、[[北詰友樹]]、[[本間優二]]) - プロデューサー
<blockquote><small>大原麗子扮する2734歳の薫は鉄を使ったアートを作る現代彫刻家である。結婚を考え始めた彼女の前に、魅力的な2人の独身男性が現れた。</small></blockquote>
*[[モモ子シリーズ]]1 / 十二年間の嘘 乳と蜜の流れる地よ(1982年)([[竹下景子]]、[[佐藤慶]]、[[岩崎加根子]]、[[根岸季衣]]、[[蟹江敬三]]、[[小野武彦]]、[[大門正明]]、[[坂口芳貞]]ほか)- 演出・プロデューサー
*[[ゼロの焦点#1983年版|松本清張のゼロの焦点]](1983年) - プロデューサー
*[[昭和四十六年 大久保清の犯罪]](1983年) - 制作
*[[モモ子シリーズ]]2/ 聖母モモ子の受難(1983年、[[竹下景子]]、[[柄本明]]、[[根岸季衣]]、[[蟹江敬三]]、[[橋爪功]]、[[初井言榮]]、[[ケーシー高峰]]、[[広田レオナ]]、[[小野武彦]]、[[角野卓造]]ほか) - 演出・プロデューサー
*私を深く埋めて(1984年) - ディレクター、演出、プロデューサー
*[[モモ子シリーズ]]3 / スキャンダル黙示録(1985年、[[竹下景子]]、[[柄本明]]、[[柳沢慎吾]]、[[根岸季衣]]、[[五代高之]]、[[鈴木光枝]]、[[高岡健二]]、[[蟹江敬三]]、[[橋爪功]]、[[小野武彦]]、[[萩原流行|萩原流]]ほか) - 演出・プロデューサー
<blockquote><small>「ソープランド」に改称した直後の放送で、冒頭に[[トルコ風呂 (性風俗)|トルコ風呂]]の看板を付け替えるシーンがある。</small></blockquote>
*受胎の森(1985年) - プロデューサー
*[[モモ子シリーズ]]4 / グッバイ・ソープガール(1986年、[[竹下景子]]、[[かとうかず子]]、[[大和田獏]]、[[本間優二]]、[[轟二郎]]、[[三浦浩一]]、[[小野武彦]]、[[蟹江敬三]]、[[佐藤慶]]ほか) - 演出・プロデューサー
*[[モモ子シリーズ]]5 / サザエロード巡礼(1987年[[竹下景子|、竹下景子]]、[[根岸季衣]]、[[段田安則]]、[[三浦浩一]]、[[橋爪功]]、[[蟹江敬三]]ほか) - 演出・プロデューサー
*魔夏少女(1987年) - 製作
*[[松田聖子]]のスイートメモリーズ(1987年) - プロデューサー
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*帰っていいのよ、今夜も(1988年) - 演出
*スティル・ライフ(1989年) - 演出
*[[モモ子シリーズ]]6 / 芸者モモ子の復活(1989年、[[竹下景子]]、[[平田満]]、[[橋爪功]]、[[根岸季衣]]、[[いしのようこ]]ほか) - 演出・プロデューサー
*[[モモ子シリーズ]]7 / モモ子の罪と罰 恋追いかけて信州路(1990年、[[竹下景子]]、[[風間トオル]]、佐藤慶、[[原知佐子]]ほか) - 演出・プロデューサー
*[[西郷札 (松本清張)#1991年版|松本清張作家活動40年記念・西郷札]](1991年) - プロデューサー
*[[丘の上の向日葵]](1993年) - プロデューサー
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*[[きのうの敵は今日も敵]](1995年) - プロデューサー
*[[東京卒業]](1996年) - 演出・プロデューサー
*[[モモ子シリーズ]]8 / 最後の審判 あのソープ嬢が欲と利権の老人ホームで巨悪を相手に大暴れ!(1997年、[[竹下景子]]、[[柄本明]]、[[根岸季衣]]、[[岡本麗]]、[[佐藤慶]]ほか) - 演出・プロデューサー
*[[職員室]](1997年、[[浅野温子]]、[[仲村トオル]]、[[野際陽子]]) - 演出・プロデューサー
<blockquote><small>女教師が、中学校の職員室に潜む教師同士の軋轢や生徒のいじめ問題など、教育現場を蝕むさまざまな現実に挑む。</small></blockquote>
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* [[千年の恋 ひかる源氏物語]](映画) (2001年、配給[[東映]]) - 脚本:[[早坂暁]]、演出:堀川とんこう
<blockquote><small>[[光源氏]]という男役に扮した[[天海祐希]]と、[[紫の上]]を演じる[[常盤貴子]]とが話題となった。出演者らの衣装や映像技術にも高い評価を得た。興行収入21億円。2002年度の日本映画では、トップテンの6位に入る。</small></blockquote>
*女と男と物語 PART:II(Episode 2)2)結婚願望(2003年、[[朝日放送テレビ|ABCテレビ]]、出演・[[高橋和也]]、[[板谷由夏]]) - 演出:堀川とんこう
<blockquote><small>突然、薫が電話で別れ話を切り出してきた。フリーのデザイナーになったばかりの薫にとって、今は結婚を考えられない。裕輔は早く結婚したがっている。薫には、そんな裕輔が苦痛で重荷だった。</small></blockquote>
* [[女将になります!]](2003年、[[日本放送協会|NHK]]、出演・[[酒井法子]]、[[高橋惠子|高橋恵子]]) - 演出:堀川とんこう
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*[[やがて来る日のために]](2005年、[[フジテレビジョン|フジテレビ]]、主演・[[市原悦子]]、[[星野真里|星野真理]]、[[井川比佐志]]、[[堺雅人]]、[[上野樹里]])- 演出:堀川とんこう
<blockquote><small>花山美代([[市原悦子]])は、訪問看護師として、死を間近に意識した患者たちの自宅療養を支えている。一度倒れて以来、妻が口をきいてくれなく……。</small></blockquote>
*[[祖国 (テレビドラマ)|祖国]](2005年、[[WOWOW|WOWOW、]]出演・[[上川隆也]]、[[マコ岩松]]、[[木村佳乃]]、[[森口瑤子]]、[[高橋マリ子]]、[[谷村美月]]、[[吹越満]]、[[南田洋子]])- 原作・脚本:[[山田洋次|山田洋治]]、監督:堀川とんこう
<blockquote><small>出張で、ある南の島を訪れた商社マン・小野寺([[上川隆也]])が出会った現地人パイロット・レオ([[マコ岩松]])。3ヵ月後、小野寺を訪ねて来日したレオは能登へ行くと言い残し姿を消す。彼の真実の姿は……。</small></blockquote>
*[[李香蘭 (テレビドラマ)|李香蘭]](2007年、[[テレビ東京]]、出演・[[上戸彩]]、[[菊川怜]]、[[橋爪功]]) - 監督:堀川とんこう
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*いじわるばあさん3 - 第2話「こんにちはモンスター」(2011年、フジテレビ、主演・[[市原悦子]]) - 脚本:[[井上由美子 (脚本家)|井上由美子]]、演出:堀川とんこう
 
*[[時は立ちどまらない]](2014年、テレビ朝日、出演・[[中井貴一]]、[[樋口可南子]]、 [[黒木メイサ]]、[[吉行和子]]、[[柳葉敏郎]]、[[橋爪功]]、[[岸本加世子]]、[[倍賞美津子]]、[[渡辺大]]、[[神木隆之介]])- 脚本:[[田太一 (脚本家)|山田太一]]、演出:堀川とんこう
<blockquote><small>子供同士の結婚で一緒になるはずの2組の家族を、[[東日本大震災]]の[[津波]]が襲った。西郷家は被害を免れ、浜口家は津波で家と家族を失う。2組の家族の運命の歯車が大きく狂い始める。</small></blockquote>
*[[五年目のひとり]](2016年、テレビ朝日、出演・[[渡辺謙]]、[[高橋克実]]、[[木村多江]]、[[柳葉敏郎]]、[[板谷由夏]]、[[西畑大吾]]、[[蒔田彩珠]]、[[山田優 (モデル)|山田優]]、[[市原悦子]])- 作:[[田太一 (脚本家)|山田太一]]、演出:堀川とんこう
<blockquote><small>パン屋で働く中年 木崎秀次([[渡辺謙]])は、[[東日本大震災]]の大津波で家族8人を1度に失った。あることで木崎と顔見知りになった中学生の美松永亜は、その木崎の過去を知りまだ癒えぬその心の傷に触れていく。</small></blockquote>
 
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== 脚注 ==
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== 関連項目 ==
*[[ファイル:2022年3月発刊「随筆春秋」第57号.jpg|サムネイル|'''[[随筆春秋]]'''第57号(2022年3月)]][[TBSテレビ|TBS]]
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* [https://www.tbs.co.jp/ TBSテレビ]
* [https://zuishun.themedia.jpnet/ 随筆春秋ポータル(随筆春秋公式ホームページ]
* [https://zuishun-episode.amebaownd.comnet/note-tonko-horikawa/ 堀川とんこう先生とドラマ『岸辺のアルバム』‐ 随筆春秋資料室ポータル]
* [https://zuishun-episode.amebaownd.com/posts/33741697 『岸辺のアルバム』と住宅文化 ‐ 随筆春秋資料室]