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| 名前 = 澤 宗紀
| 画像 = Munenori Sawa.JPG
| リングネーム = '''澤 宗紀'''<br />一般人・澤 宗紀<br />ランジェリー武藤<br />一般人・澤 宗紀
| 本名 = 澤 宗紀
| ニックネーム =
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| 所属 =
| スポーツ歴 = [[アマチュアレスリング|レスリング]]
| トレーナー = [[石川雄規]]<br />岡本魂<br />[[ビル・ロビンソン]]
| デビュー = [[2003年]][[8月31日]]
| 引退 = [[2011年]][[11月9日]]
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; [[1998年]]
* 高校卒業後に[[格闘探偵団バトラーツ]]のアマチュアジム「[[B-CLUB]]」からバトラーツに入門。
* 当時は珍しかったプロレス団体によるアマチュアマッチ第1回『アマチュアバトラーツ グラップリングB』において、ベストファイター賞に選出される。その時に際、[[石川雄規]]から『何か、おまえとは数年後にタッグを組んでいる気がする』と言わ告げら、それから8年後の[[ビッグマウス#ビッグマウス・ラウド|ビッグマウス・ラウド]]後楽園ホール大会において、その言葉が現実のものとなっている
* その後、バトラーツでの練習を主に担当していた岡本魂が怪我でフェードアウト表舞台から姿を消たため、つられるようにフェードアウト。
; [[2000年]]
* [[U.W.F.スネークピットジャパン]]に入門。
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; [[2006年]]
* 3月22日、[[ビッグマウス#ビッグマウス・ラウド|ビッグマウス・ラウド]]のリングにおいて念願の石川雄規とのタッグが実現。
* 12月31日、[[インディーサミット]]における[[飯伏幸太]]とのやりあいの対戦中、わき腹をアバラ軟骨亀裂骨折。
; [[2007年]]
* 1月27日[[ZERO1|プロレスリングZERO1-MAX]]の大会で復帰。
* 6月29日、[[イノキ・ゲノム・フェデレーション|IGF]]旗揚げ戦「闘今BOM-BA-YE」に出場して石川雄規にTKO勝ち。師匠越えを果たした。
; [[2009年]]
* 3月、[[オーストラリア]]・[[アデレード]]で行われた芸術祭 「アデレード・フリンジ・フェスティバル」において、日本からのサムライアートとして[[富豪2夢路]]、澤宗紀、[[小笠原和彦]]、[[ヌンチャク]]・アーティストの宏樹が招待され試合を行った。試合は『地下プロレスEXIT』として行われ、試合会場はレストランに薄いマットを敷き、3日間試合を行った。また、ストリートパフォーマンスとしてアデレード市街で澤宗紀vs富豪2夢路の路上マッチ、宏樹によるヌンチャクパフォーマンス、小笠原和彦による空手の[[演武]]が行われた。
* 5月29日、旧[[JCBホール]]で行われた[[キン肉マン]]生誕30周年を記念したプロレスイベント『キン肉マニア2009』において[[ウォーズマン]]の「中身」スーツアクターを担当したとされている。
* 6月28日、[[DDTプロレスリング]][[後楽園ホール]]大会のメインで組まれていた無差別級挑戦者決定トーナメント決勝戦を、に出場予定だった飯伏幸太が急性咽頭炎のため欠場。そのピンチヒッター代役として[[高木三四郎]]が即決でオファーしたのが澤だった。2日前の緊急決定、さらにはその日の2試合目にもかかわらず、後楽園ホールを揺るがす大熱戦を展開。そんな男気に打たれの様を見た高木三四郎その場で[[両国国技館]]大会出場を打診し、参戦が決定した<ref>[[2009年]]8月23日の[[DDTプロレスリング]][[両国国技館]]大会「[[両国ピーターパン 〜大人になんてなれないよ〜]]」パンフレットから引用。</ref>。また、これがきっかけとなり後に高木と「変態大社長」を結成することとなる。
* 9月、頸堆ヘルニアのため欠場。
* 10月24日、復帰戦で[[佐藤耕平]]、[[KAMIKAZE]]組が持つNWAインターコンチネンタルタッグ、そして自身が持つNWAインターナショナルライトタッグのベルトをかけ、ダブルタイトル戦に挑戦。相棒の[[日高郁人]]がKAMIKAZEを下し、ヘビータッグの2冠王となる。
* 11月29日、[[東京国際展示場|東京ビッグサイト]]で行なわれた「国際ロボット展」において澤が[[ROBO-ONE]] 優勝者のロボット「真グレートキングカイザー」に対戦表明。人類初の『ロボットvsプロレスラー』を実現させた。試合中、澤は司会者からロボットの製作費が数百万円というアナウンスに怯えるも[[ドロップキック]]を炸裂させダウン奪取。しかしその後の[[シャイニング・ウィザード]]をよけられ、パンチ3連発を浴びてTKO負けを喫した。
; [[2010年]]
* 1月10日、DDT名古屋大会、今池ガスホール大会にて[[インフルエンザ]]で欠場した高木三四郎のピンチヒッター代役として登場。DDT vs CEO率いるベルトハンターハンター全面対抗5vs55対5勝ち抜き戦で[[ヨシヒコ]]と[[マサ高梨]]に対戦し勝利した澤は同時に第828代アイアンマンヘビー級メタル王者となる(数秒後に[[タノムサク鳥羽]]に奪われる)。
* 1月17日、アメリカで旗揚げされた新団体『EVOLVE』に参戦。シングルマッチでTJPと闘い[[卍固め|お卍固め]]で勝利。
* 1月27日 [[ZERO1|プロレスリングZERO1]]新宿FACE大会におけるNWAインターコンチネンタルタッグ王座戦において、[[相棒タッグ]]は[[大谷晋二郎]][[曙太郎|曙]]のタッグチーム『華斬』の挑戦を受けたが大谷のスパイラルボムで澤が敗れ初防衛に失敗した。
* 2月11日、DDT後楽園ホール大会において高木三四郎とのタッグ「変態大社長」で[[KUDO]]&[[ヤス・ウラノ]]組のKO-Dタッグ王座に挑戦。お卍固めでウラノからギブアップを奪い、第31代王者となる。このとき澤の「初防衛は路上でやりましょう」という発言<ref>このことは[[高木三四郎]]に事前の相談のないアドリブであったという。</ref>がきっかけとなり鉄工所、公園、廃屋や両国国技館全体など様々な場所で防衛戦を繰り広げた。
* 3月、[[ドイツ]]のプロレス団体[[ウエストサイド・エクストリーム・レスリング|wXw]]が毎年行なうトーナメント「16 CARAT GOLD 2010」に出場。1回戦[[ポール・トレイシー]]にお卍固めで勝利したものの続いて2回、次のビッグ・ヴァン・ウォルターには[[パワーボム]]で敗れ2回戦で敗退。急遽組まれたタイトル戦「wXwジュニア・チャンピオンシップ」でザック・セイバーJr.に挑戦したが 足とり腕十字固めで敗れている。
* 6月、幼稚園教諭の資格を所持しているためバトラーツの仕事の合間に幼稚園教諭としても働い従事していた(澤は幼稚園教諭免許所有者である)。また、その様子が[[サムライTV]]の『[[インディーのお仕事]]』で3週に渡り放送されている
* 9月11日、アメリカ・ニュージャージーにおいて現・[[WWE]]で開催された『EVOLVE5』メインイベントで[[ブライアン・ダニエルソン]]澤のシングルマッチが『EVOLVE5』のメインイベントで行われた。日程がブライアンの[[WWE]]契約後であったため、日程は回かながれ度も頓挫しかけたが9月11日に実現。 澤は試合前のプロモーションにおいて、新宿ゴールデン街の路上で[[山本裕次郎]]とバチバチ激しく戦う映像をアメリカに送りつけた。試合はブライアンが[[バトラーツ]]の世界に入り込み、壮絶な打撃戦の末、ラーベルロックで澤から勝利した。
; [[2011年]]
* 8月21日、バトラーツ北千住大会にてでの試合後自身が所属するバトラーツ解散するのに伴い引退することを発表。
* 引退に際し週刊プロレスモバイルにコメントを寄せている「僕がプロレスをやっている意義はバトラーツという会社を大きくすることでした。20代半ばから30代前半まで毎日をその時間につぎ込みました。結果的にクローズしてしまいますけど。僕はプロレスありきのバトラーツではなくバトラーツという自分が大好きな団体ありきの[[プロレス]]だったのでバトラーツが終わった後のことは、例えばどこか他の団体に入ったりだとかそういうことは全く自分でイメージがつきません。あと毎試合毎試合引退試合のつもりでやりすぎがちょうどいい闘いをと公言してきましたがやっぱりやりすぎたかなと。その辺を含めまして、バトラーツ11月5日[[新宿FACE|新宿]]大会解散興行。これを絶対成功させてその数日後に僕も引退しようと思います。本当は11月5日バトラーツと一緒に引退しようかと思ったんですけどそうするとやっぱり11月5日のテーマが解散なので僕の引退も入るとちょっと焦点がぶれてしまうので。ジムを見送り、石川屋を見送り、[[吉川祐太]]を見送り、[[及川千尋]]を見送り、[[矢野啓太]]も退団して、みんな一人ひとり見送ってきました。最後に、格闘探偵団バトラーツという、僕の大好きだった団体を見送って、選手生命を終わろうと思います。」
* その後、引退までの間国内外プロアマ、果てには大学構内や[[花やしき]]というなど場所すらも問わず時間のある限り参戦する「やりすぎ」なスケジュールを送った。一方で、バトラーツの解散興行に元メンバーを集めるため奔走当日は不仲といわが囁かていた元メンバーたちを集め解散に花を添えた。
* 11月9日、バトラーツ解散から4日後のZERO1後楽園大会にて、先輩である[[日高郁人]]と引退試合を行なった。団体解散したために伴って本来フリーということになる立場だが本人の意向により[[格闘探偵団バトラーツ]]の澤としてコールされた。
* 試合は、日高の必殺技を何度も受け浴び、最後両手を広げ野良犬ハイキックを正面から受け止め10カウントを許しKO負けを喫した。
* 試合後、10カウントゴングを終えると澤は足早に控え室に移動。そして「それでは歌って終わりましょう」と この日参戦した選手やゆかりのある選手と共に『[[いい湯だな]]』の替え歌を歌っ披露した。「ババンババンバンバン ババンババンバンバン。いいもんだ プロレスは さよならするのはつらいけど。決めたこと しかたがない やりすぎくらいがちょうどイイ」
* ♪ババンババンバンバン ババンババンバンバン
* いいもんだ プロレスは さよならするのはつらいけど
* 決めたこと しかたがない やりすぎくらいがちょうどイイ♪
* 「僕が引退しても全団体のレスラーが一所懸命戦います。これからもプロレスを応援よろしくお願いします!それではごきげんよう!また来週!」
* 「来週はねぇよ」と突っ込まれながら最後まで笑いの絶えない澤らしい引退セレモニーとなった。
=== 引退後 ===
* 「引退後もバカなことをやり続けたい」と語り、やりたいことを聞かれた際には「パレード、指揮者、それと海女をやりたい」と語っていた。
* 「引退後もバカなことをやり続けたい」と語り、今後の目標を問われた際には「パレード、指揮者、それと海女をやりたい」と抱負を述べた。2011年12月、博多で行われた[[福岡ソフトバンクホークス]]の博多での日本一凱旋パレードにスタッフとして参加れっと混ざっている姿が目撃され早くも一つ目を目標を達成した
* 2011年12月31日、[[年越しプロレス]]2011年において2011年度インディープロレス大賞MVPを受賞。名前が発表されると現役時代のコスチュームのままなぜ何故かマンモス半田を引き連れ入場。リング四方を周りながら客席にタオルレガースニーパットなどコスチュームを次々脱いでは投げ入れて最後はマンモス半田っていたスーツに着替えリングインした。
* [[2012年]]1月、[[AERA]]1月15日号において解散業を満席にしたもう一人の「澤」として記事が掲載された。
; [[2012年]]
* [[2014年]]11月、プロレスキャノンボール2014DDTスペシャルチームの対戦相手として招聘されてランジェリー武藤名義で試合を行う。当時の選手Twitterメディア・SNS等ではシークレットとされていたが、2015年2月公開の「劇場版プロレスキャノンボール2014」にて明かされる。
* 1月、[[AERA]]1月15日号において解散工業を満席にしたもう一人の「澤」として記事が掲載された。
* [[2016年]]3月26日、新宿FACEで開催された[[タケシマケンヂ]]卒業興行にて、タケシマのラストシングルマッチの対戦相手Xとして澤が登場。引退以来初の公式試合を行う。10月16日、UTANフェスタ2016にてDDTが試合前に開催している大人のプロレス教室に子供連れ登場。
; [[2014年]]
* 11月、「プロレスキャノンボール2014」にDDTスペシャルチームの対戦相手として招聘されてランジェリー武藤で試合を行う。当時の選手Twitter等ではシークレットとされていたが、2015年2月公開の「劇場版プロレスキャノンボール2014」にて明かされる。
; [[2016年]]
* 3月26日、新宿FACEで開催された[[タケシマケンヂ]]卒業興行にて、タケシマのラストシングルマッチの対戦相手Xとして澤が登場。引退以来初の公式な試合を行う。10月16日、UTANフェスタ2016にてDDTが試合前に開催している大人のプロレス教室に子供を連れて登場。
* その後も柔術の試合やZSTのグラップリングマッチ等に出場を続けている。
* [[2018年]]2月、DDT練馬大会に登場して、かつてのパートナー高木のピンチに駆けつけ高木を救出し抱擁。変態大社長が復活。
; [[2018年]]
* 2月、DDT練馬大会に登場しかつてのパートナー高木のピンチに駆けつけ高木を救出し抱擁。変態大社長が復活。
* 3月25日、一般人・澤宗紀としてDDT両国国技館大会に参戦。
* [[2018年]]4月5日と6日に[[ニューオーリンズ]]で行われる[[エボルブ (プロレス)|EVOLVE]][[の興行(通称『裏レッスルマューオーリンズ]]大会ア』)参戦出場<ref>[http://myemail.constantcontact.com/Mind-Blowing-Matches-Announced-For-Wrestlemania-Week.html?soid=1103872774606&aid=kXHAKY9t2KM WWN Alerts - January 25th, 2018] .''constantcontact.com''. .2018年1月29日閲覧。</ref>。
* [[2025年]]8月19日、[[高木三四郎]]デビュー30周年プロジェクト「[[超日本プロレス]]」旗揚げ戦に参加し、メインイベントの6人タッグ戦に出場。試合後に高木から、10月に開催予定の第2戦でエキシビションマッチの対戦相手に指名され、これを快諾した<ref>[https://www.tokyoheadline.com/818116/ 無期限休業中の髙木三四郎が年内のレスラー復帰を宣言。超日本10・14新宿で一般人・澤宗紀とエキシビションマッチへ【超日本プロレス】] - TOKYO HEADLINE・2025年8月20日</ref>。
 
== 得意技 ==
; [[ドラゴンスープレックス|やりすぎドラゴンスープレックス]]
; ろくでなし腕ひしぎ逆十字固め
: [[腕挫十字固#その他の派生技|足取り式腕ひしぎ逆十字固め]]と同型。
; [[卍固め|お卍固め]]
; [[シャイニングウィザード]]
; バズソーキック
: 仰向けになった相手の上半身を起こして相手の左側頭部を振り抜いた右足の甲で蹴り飛ばす。
; [[伊良部秀輝|伊良部]]パンチ
: 野球の投球フォームから繰り出す[[フック (打撃)|フック]]。
; 各種[[蹴り技|キック]]
 
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== タイトル歴 ==
* 武勇伝杯争奪タッグトーナメント優勝
* [[NWAインターコンチネンタルタッグ王座]]
* [[NWAインターナショナルライトタッグ王座]]
* [[オープン・ザ・お笑いゲート王座]]
* [[KO-Dタッグ王座]]
* [[天下一Jr.]]優勝
* 世界地下王座
* 大中華統一中原タッグ王座
* [[日本インディー大賞]]MVP
 
== 映画出演 ==
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'''ランジェリー武藤'''(ランジェリーむとう)は、澤が扮するコミックレスラー。プロレス団体「珍日本プロレス」所属を名乗っている。
=== 経歴 ===
スキンヘッドのかつらを装着して更にその名の通り女性用下着をつけ身に纏った姿で[[武藤敬司]]ムーブの動き行なう模写するご丁寧にも武藤同様膝に爆弾を抱えており、どこを攻められても必ずその痛みに来を直撃するという[[ギミック (プロレス)|ギミック]]が持ち味。主戦場は澤宗紀名義でも参戦している[[ZERO1|プロレスリングZERO1-MAX]]だが他のインディー団体にも度々参戦している。
 
[[2006年]]4月28日、[["brother"YASSHI]]の自主興行新宿カス野郎プロレス[[新宿FACE]]大会にシークレグサプライズゲストとして現れた本物の武藤から「[[神奈月]]より似てるな」と本人からお墨付きの認定受けて同時に得た。その際「[[シャイニングウィザード]]使用料1回2000円だぞ」と返答に困るジョーク冗談仕掛けら言われてい逆に[[全日本プロレス]]主催の武藤祭りで行なわれた武藤ランブルでは試合中武藤にランジェリーを渡し武藤を逆に困らせている。5月5日、ZERO1-MAX[[後楽園ホール]]大会にて、[[大森隆男]]戦で敗れたものの際、大森をランジェリー大森にしてしまうという離れ業をやってのけた。
 
タッグチーム変態大社長」として』でタッグを組んでいた高木は、[[蝶野正洋]]をモチーフしたブラジャー蝶野としてランジェリー武藤とタッグを組んだことがある。
 
[[FIGHTING TV サムライ]]の番組速報☆バトルメン」で』に出演した[[和田京平]](レフェリー)は「[[鈴木みのる]]が気仙沼で興行をやった時にランジェリー武藤も来てさ。そこに津波で家族を亡くして、それ以来ずっと笑っていなかったっていう方がいたんだよ。その人がランジェリー武藤の試合を見て笑って周りの人が何々さんが笑ったって喜んでたんだよ。俺はプロレス凄いと思ったね」と出演していたレフェリーの[[和田京平]]より胸を打つエピソード紹介された。
<ref>[[三田佐代子]]公式[[Twitter]]より抜粋。</ref>。
 
一時、過去に[[天山広吉]]をモチーフしたバレリーナ天山を練習するもしたが完成には至らず断念の過去があるら
 
[[2011年]]11月6日、[[ZERO1|プロレスリングZERO1]]ベルサール六本木大会でランジェリー武藤の引退試合が行われた。
 
=== 得意技 ===
; [[ムーシャイニサルトプレスグウィザード]]
; [[ドラゴンスクリュー]]
; [[足4の字固め]]
; [[シャイニングウィザード]]
; [[エルボー・バット#スペース・ローリング・エルボー|スペースローリングエルボー]]
; [[エルボー・ドロップ#フラッシング・エルボー|フラッシングエルボー]]
 
=== タイトル歴 ===
* [[アイアンマンヘビーメタル級王座]]
* [[オープン・ザ・お笑いゲート王座]]
 
== 脚注 ==
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== 外部リンク ==
* [httphttps://ameblo.jp/bribriboo/ やりすぎくらいがちょうどイイ!]
 
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{{DEFAULTSORT:さわ むねのり}}
[[Category:日本のプロレスラー]]