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{{Infobox event
[[File:The victim of Morinaga arsenical milk.JPG|thumb|250px|被害児]]▼
'''森永ヒ素ミルク中毒事件'''(もりながヒそミルクちゅうどくじけん)とは、[[1955年]]6月頃から主に[[西日本]]を中心として起きた、[[ヒ素]]の混入した[[森永乳業]]製の[[粉ミルク]]を飲用した乳幼児に、多数の死者・[[ヒ素中毒]]患者を出した[[事件|毒物混入事件]]である。その事件性から'''森永ヒ素ミルク事件'''(森永砒素ミルク事件、もりながヒそミルクじけん)とも呼ばれる。▼
| caption = 被害児
| date = [[1955年]]6月頃
| ___location = [[西日本]]
| reported deaths = 130名以上
| reported victims = 1万3千人以上
}}
▲'''森永ヒ素ミルク中毒事件'''(もりながヒそミルクちゅうどくじけん)とは、[[1955年]]6月頃から主に[[西日本]]を中心
日本では[[食品添加物]]の安全性や粉ミルクの是非などの問題で、
== 事件の概要 ==
[[森永乳業]]は、1953年頃から全国の工場で酸化の進んだ乳製品の凝固を防ぎ溶解度を高めるための安定剤として、[[リン酸水素二ナトリウム|第二燐酸ソーダ]](Na<sub>2</sub>HPO<sub>4</sub>)を[[粉ミルク]]に添加していた。試験段階では純度の高い試薬1級の製品を使用していたものの、本格導入時には安価であるという理由から純度の低い工業用(無規格品)に切り替えられていた。
[[1955年]]に森永乳業徳島工場([[徳島県]][[名西郡]][[石井町]])が製造した缶入り粉ミルク(代用乳)「森永ドライミルク」(製造所コード「MF」の刻印がある缶)の製造過程で用いられた「第二燐酸ソーダ」に多量のヒ素が含まれていたため<ref name="konamilk"/>、これを飲んだ1万3千名もの乳児が[[ヒ素中毒]]になり、130名以上の中毒による死亡者も出た。この「第二燐酸ソーダ」は、外部業者が徳島工場に納入した食用に適さない粗悪な「第二燐酸ソーダ」であり、徳島工場が、適切な「第二燐酸ソーダ」であるかを検査をせずに使用したずさんな安全管理により事件へと発展した<ref name="konamilk"/>。
=== 事件性 ===
当初は奇病扱いされたものの、[[岡山大学]]医学部第1病理学講座の[[妹尾左知丸]](せのお さちまる)が森永乳業製の粉ミルクが原因であることを突き止めた。1955年8月24日に、[[岡山県]]を通じて当時の[[厚生省]](現[[厚生労働省]])に報告され、事件として発覚した。
[[File:Collected Morinaga Dry-milk.JPG|thumb|270px|回収されたドライミルク]]
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=== 森永不買運動 ===
「'''食品'''としての品質検査は必要ない」と主張した
特に岡山県では事件以降、森永製品への不信感が消費者に根強く残ったことから、売り上げの見込めない森永製品を一切扱わない商店も数多く存在した。このような動きは西日本一帯で、事件が一応の決着を見た[[1980年代]]まで続いた。
こうした不売買運動は、当初は森永告発など支援者らの自主的な運動として行われていたが、森永乳業の不誠実な対応に対抗するために、守る会全国本部方針として決定し、日本国民に呼びかけてから大きく拡がり、日本の不売買運動において史上最大のものとなった。森永乳業が不買運動で経営悪化に追い込まれた後で責任を認め、被害者救済に全面的に協力をすることを表明して以降、守る会は『不買運動の取りやめ』を決定した。
== 事件のその後 ==
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しかし、「森永事件はまだ終わっていない」として恒久的な社会的監視が必要だとの指摘もあった<ref>東海林吉郎/菅井益郎著「[http://d-arch.ide.go.jp/je_archive/society/book_unu_jpe5_d04.html 砒素ミルク中毒事件]」『技術と産業公害』宇井純編、国際連合大学、1985年</ref>。
事件の震源地となった徳島工場は粉ミルクの製造を中止した上で操業を続けていたが、2011年1月、同年9月の閉鎖が決定され<ref>{{Cite news ja|url=https://www.nikkei.com/article/DGXNASDG1905Z_Q1A120C1CR0000/|title=森永ヒ素ミルクの工場閉鎖へ 会社「救済変わらない」|newspaper=日本経済新聞|date=2011-01-20|accessdate=2025-04-30}}</ref>、9月30日に閉鎖された<ref>朝日新聞2011年10月01日朝刊 工場は閉じる。教訓は残す 乳児130人死亡、森永ヒ素ミルク事件</ref>。
▲|title=森永ヒ素ミルク事件の徳島工場、閉鎖へ
「守る会」に対して、
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また、重症被害者の親によって「守る会」「ひかり協会」を相手取って人権救済の訴えが提起されている<ref>2003年6月24日の岡山県における人権救済申し立て事件(岡弁庶第33-1号)及び、2003年7月8日の広島県における人権救済申し立て事件(広弁第57号)<br />2003年6月25日付読売新聞岡山版報道</ref>が、結果は申し立て棄却。さらにひかり協会や国、守る会、森永に対し損害賠償を提訴したが、ひかり協会らに非はないと棄却された。さらに、[[2009年]]2月、機関紙「ひかり」で行った批判キャンペーンに対して、事実無根の羅列であるとして、名誉毀損の損害賠償請求訴訟を提起し(「平成21年(ワ)第249号損害賠償等請求事件」)、[[岡山地方裁判所]]は、その主張を一部認めた。
この事件の責任と反省から、森永乳業は毎年、新入社員に対してこの事件を振り返るところから始まり、本事件を題材にした食の安全に対する徹底的な社員教育を実施し
2022年5月、被害者の一人で、現在も脳性まひや頸椎症性脊髄症などの症状が悪化している大阪市内在住の68歳の女性が、「現行の救済では不十分」として、森永乳業に5500万円の損害賠償を求める民事訴訟を大阪地裁に起こした<ref>{{Cite web|和書|url=https://www.jiji.com/jc/article?k=2022052500917 |title=ヒ素ミルクで森永乳業提訴 慰謝料求め、脳性まひの女性―大阪地裁]時事通信 |date=2022-05-25 |website=jiji.com |publisher=[[時事通信]] |language=ja |access-date=2023-03-22 | archive-url=https://web.archive.org/web/20220525133702/https://www.jiji.com/jc/article?k=2022052500917 |archive-date=2022-05-25 }}</ref>。ひかり協会は年金と合わせて月額14万円を「生活保障水準額」と規定しており、障害等級が重くなり年金受給額が増えるほど、手当の支給額が少なくなる<ref name=":0">{{Cite web |title=「あの時、ヒ素入りミルクを飲まなかったらどんな人生が...」 夢も幸せも奪われた私は、こうして67年越しの提訴に踏み切った | 47NEWS |url=https://nordot.app/895158473732653056?c=113147194022725109 |website=47NEWS |date=2022-05-25 |access-date=2024-04-07 |language=ja-JP |last=47NEWS}}</ref>。「(自分の親も含め)被害者は、自分の子供が将来困らないくらいの額をもらえると思って訴訟を取り下げたはず。なのに、私のような重症患者からすれば、悪化する症状に対する十分な補償は得られていない。だまされたと言うほかないです」と思うように動かない指先を見つめて女性は言葉を絞り出した<ref name=":0" />。2021年、女性は森永乳業を相手取って民事調停を起こしていたが、森永側は協会を通して被害補償しており、「個別の賠償請求には応じられない」と取り合わず、調停は不成立に終わっていた<ref name=":0" />。
2023年3月、[[岡山大学]]医学部疫学・衛生学分野教室(当時は衛生学教室)の金庫に保管されていた、ヒ素が混入した徳島工場で
== 裁判関係書類の遺失 ==
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== 他の事件への波及 ==
;グリコ・森永事件
: [[1984年]]([[昭和]]59年)の[[グリコ・森永事件]]では、[[読売新聞社]]([[週刊読売]]編集部)への挑戦状で、森永乳業と関係が深い[[森永製菓]]を
== 脚注 ==
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== 関連項目 ==
* [[食中毒]]
* [[中毒]]、[[異物]]
* [[イングランドビール中毒事件]]
* [[カネミ油症事件]]
* [[和歌山毒物カレー事件]]
* [[小林製薬紅麹サプリメント問題]]
* [[水俣病]]
* [[汚職事件]] - [[消費者の権利]] - [[食の安全]]
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* [[外山雄三]] - 上記の絵本が原作の合唱曲「はせがわくんきらいや」を作曲した。
* [[岡崎哲夫]]
== 外部リンク ==
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