「九州南西海域工作船事件」の版間の差分
削除された内容 追加された内容
編集の要約なし タグ: 差し戻し済み |
m編集の要約なし |
||
(26人の利用者による、間の35版が非表示) | |||
1行目:
{{複数の問題|出典の明記=2023年3月|観点=2023年3月}}{{Infobox 事件・事故
|名称= 九州南西海域工作船事件
|正式名称=
8行目:
|経度度= |経度分= |経度秒=
|標的= 海上保安庁巡視船
|日付= [[2001年]][[12月22日]]<ref name="調査会">{{Cite web|和書|url=https://www.chosa-kai.jp/archives/2829 |title=「奄美大島沖海戦」―九州南西海域不審船事件―【調査会NEWS3457】(R3.6.17) |publisher=[[特定失踪者問題調査会]] |date=2021-06-17 |accessdate=2023-04-03}}</ref>▼
|時間=
|開始時刻=
22行目:
|兵器=
|死亡= 15人(北朝鮮側)
|負傷= 3人{{efn|約7 - 10日間の入院・加療を要する傷害<ref name="kaiho">{{Cite web|和書|url=https://www.kaiho.mlit.go.jp/03kanku//kouhou/jcgm_yokohama/panhu2.pdf |title=九州南西海域における工作船事件の概要 |publisher=[[海上保安庁]] |accessdate=2023-04-03}}</ref>}}(日本側)
|行方不明=
|被害者=
31行目:
|関与=
|防御=
|対処= 不審船への
|謝罪= なし
|補償=
|賠償=
|刑事訴訟= 被疑者死亡のため[[不起訴]]
|少年審判=
|海難審判=
|民事訴訟= なし
|影響=
|遺族会=
|被害者の会=
|管轄= [[海上保安庁]]([[第十管区海上保安本部]]
}}
{{Battlebox
| battle_name = 九州南西海域工作船事件
| campaign =
| colour_scheme = background:#ffccaa
| image = [[File:North-Korean spy-vessel front viwe.JPG|300px]]
| caption = 事件で沈没した工作船。現在は[[横浜海上防災基地]]に展示されている
| conflict = 九州南西海域工作船事件
▲|
▲| date = [[2001年]][[12月22日]]
| place = [[東シナ海]]、[[鹿児島県]][[奄美大島]]沖
| result = 交戦後、工作船
| combatant1 = {{JPN}}<br>
*[[File:Ensign of the Japanese Coast Guard.svg|25x20px|border]] [[海上保安庁]]
*[[File:Naval Ensign of Japan.svg |25x20px|border]] [[海上自衛隊]]
| combatant2 = {{PRK}}<br>
*[[File:Flag of the Korean People's Navy (1993–2023).svg|25x20px|border]] [[朝鮮人民軍海軍|人民海軍]]
| commander1 =
| strength1 = [[巡視船]] 4隻<br/>[[海上保安官]] 70人▼
| commander2 =
| strength2 = [[不審船|工作船]] 1隻<br/>[[北朝鮮工作員|工作員]] 15人
| casualties1 = 3人
| casualties2 = 15人死亡<br/>1隻沈没
}}
'''九州南西海域工作船事件'''(きゅうしゅうなんせいかいいきこうさくせんじけん)
== 概要 ==
[[1999年]](平成11年)[[3月23日]]、[[日本海]]で[[能登半島沖不審船事件]]が発生し、日本の近海で北朝鮮による工作船が暗躍している可能性が認められていた。
本事件における最初の不審船の情報は、[[2001年]](平成13年)[[12月18日]]に[[アメリカ軍]]から情報を受け取った[[防衛省|防衛庁]]により、[[海上保安庁]](海保)へと伝達された。海保は
これを受けて、巡視船は漁業法違反(立入検査忌避)容疑で上空や海面への[[威嚇#武器の使用|威嚇射撃]]を行ったが、なおも不審船が逃走を続けたため、警告を発した後に[[海上保安庁法]]に基づいて、[[機関砲]]による船体射撃を行った
22日深夜に、巡視船が不審船に強行接舷を試みたところ、乗員が巡視船に対して突如として[[小火器]]や[[ロケットランチャー|携行式ロケット砲]]による攻撃を開始した。これを受けて巡視船側も
その後、不審船は突如[[爆発]]を起こし[[沈没]]した。この銃撃戦で日本側は[[海上保安官]]3名が[[弾丸|銃弾]]を受けて軽傷を負い、不審船側は推定15名の乗組員全員が死亡したものとされている(うち8名の死亡のみ確認)
事件発生直後は「九州南西海域'''不審船'''事件」などと表現されていたが、沈没した不審船を[[海底]]から引き上げた結果、[[朝鮮民主主義人民共和国|北朝鮮]]の工作船であることが判明し、現在では「九州南西海域'''工作船'''事件」と称される。
82 ⟶ 83行目:
== 事件の経過 ==
=== 米軍情報と不審電波 ===
[[2001年]](平成13年)[[12月18日]]頃に、[[在日米軍]]から[[不審船]]に関する情報が防衛庁に提供され、それを受けて各[[情報本部#
=== 不審船の発見 ===
[[12月21日]]16時32分に、[[鹿屋航空基地]]所属の[[ロッキード]][[P-3 (航空機)|P-3C]][[対潜哨戒機]]が、[[東シナ海]]の九州南西海域(奄美大島の北北西150キロ)において、船体に「'''長漁3705'''」と記された、漁船に似た不審船を発見した。一報は17時30分に[[中谷元]][[防衛大臣|防衛庁長官]]に、18時頃には[[内閣総理大臣秘書官]]、[[内閣官房長官]][[秘書官]]、[[内閣官房副長官]][[秘書官]]にも伝えられた。
[[防衛省|防衛庁]]は、18時30分頃に鹿屋航空基地に帰投したP-3Cが撮影した画像を[[解析]]し、対象船舶は北朝鮮の工作船の可能性が高いと判断、翌[[12月22日]]1時に防衛庁長官に「工作船の可能性が高い」との分析結果が報告され、1時10分、内閣総理大臣秘書官、内閣官房長官秘書官、内閣官房副長官秘書官、海上保安庁に通報した。通報を受けた[[井上義行]]内閣官房副長官秘書官は[[安倍晋三]][[内閣官房副長官]]らと、[[内閣総理大臣官邸|首相官邸]]別館にある[[内閣総理大臣官邸#危機管理センター
=== 海上保安庁と自衛隊の出動 ===
通報を受けた海上保安庁は、これを捕捉すべく追尾することとし、[[第十管区海上保安本部|第十管区]]([[鹿児島市|鹿児島]])、[[第十一管区海上保安本部|第十一管区]]([[那覇市|那覇]])本部の稼動可能な[[航空機]]および[[巡視船]]艇を出動させた。
海上保安庁は、事件発生後まもなく、第十管区([[鹿児島市|鹿児島]])及び鹿児島海上保安部に[[捜査本部]]を設置し、事件の全容解明に向けた捜査を開始した<ref name="レポート2003"/
海上自衛隊も、情報を受けて[[佐世保地方総監部|佐世保地方隊]]の一部に緊急出航を命じた。11時20分に[[佐世保基地 (海上自衛隊)|佐世保基地]]から[[護衛艦]]「[[こんごう (護衛艦)|こんごう]]」、「[[やまぎり (護衛艦)|やまぎり]]」([[第2護衛隊群]]所属)を現場へ向かわせている。[[日本国政府]]からは、海上自衛隊の[[特別警備隊 (海上自衛隊)|特別警備隊]](SBU)に出動待機命令が発令された。
=== 海面や空中への威嚇射撃と船体への射撃 ===
同日6時20分、[[奄美大島]]の北西240キロで西進する船影を海上保安庁の[[ビーチクラフト キングエア#モデル300/350|ビーチ350]]が確認、12時48分には、まず[[みはし型巡視船|180トン型巡視船]]「いなさ」
不審船はこれを無視して逃走を続けたため、[[拡声器]]と[[無線]]による多言語、[[国際信号旗|旗りゅう信号]]、[[回光通信機|発光信号]]、[[警笛|汽笛]]などによる音響信号、[[発炎筒]]による度重なる停船命令を行った。しかし、不審船はさらに逃走を続け、15時ごろにはEEZの[[日中中間線]]を超えてなおも西進を続けた<ref name="菅原2002"/>。
105 ⟶ 106行目:
不審船側は立ち入り検査と威嚇射撃を止めさせるためか、乗組員が甲板上で[[中華人民共和国の国旗|中国の国旗]]のような赤い布を振って見せた。なお14時15分の時点で、縄野海上保安庁長官は、船体を狙った射撃も含めた威嚇射撃を許可していた。またこの間に、350トン型巡視船「[[あまみ型巡視船|あまみ]]」(当時名瀬海上保安部所属)、180トン型巡視船「[[みはし型巡視船|きりしま]]」(当時串木野海上保安部所属)も現場に到着していた<ref name="菅原2002"/>。
海上保安庁法第20条によると、危害射撃が可能な基準(海上保安官が武器を使用して相手に危害を加えた場合に[[違法性阻却事由|免責される基準]])は[[警察官職務執行法]]第7条を[[準用]]し、[[正当防衛]]、[[緊急避難]]、重大凶悪犯罪(懲役3年以上)を犯した疑いのある者等の検挙時に犯人が逃走・抵抗を図り、これを防ぐために他に採る手段がない場合のみである。また、[[1999年]]に発生した能登半島沖不審船事件を受けて改正された海上保安庁法第20条2項によると、外国船舶の領海内における航行が重大凶悪犯罪を犯す準備のために行われている疑いを払拭することができず、将来繰り返し行われる蓋然性があると[[海上保安庁長官]]が認定した場合にも、危害射撃が可能であった
しかし、本件では不審船に同条に抵触する行為の疑いがなく、日本の領海外のEEZを航海中でもあったため、危害射撃による免責の要件を満たせず、本庁は難しい判断を迫られた。最終的に本庁は「照準性能が高いRFS付き機関砲であれば、乗員に危害を加えずに船体射撃が可能」という判断を基に船体射撃を行うことを決定した。
111 ⟶ 112行目:
そして、16時13分から「いなさ」が、不審船の[[船尾]]にあると推定される[[エンジン|機関]]を破壊するために、警告放送の後に20mm機関砲による射撃を行った。しかし効果はなく、なおも不審船は逃走を続けた<ref name="菅原2002"/>。
16時30分、180トン型巡視船「[[びざん型巡視船 (2代)|みずき]]」(当時福岡海上保安部所属)が追跡船隊に参入した。赤外線映像の解析により、主機は船尾ではなく前部の船倉にあることが判明した(船尾に[[上陸用舟艇]]を隠すために[[船首]]部分に機関を設置していたことが事件後に判明している)ことから、16時58分、「撃つぞ。船首を撃つから船首から離れろ」との警告の後、不審船の左舷側より「みずき」搭載の20mm機関砲により、船首への射撃を行った<ref>{{Cite web|和書|title=ムービー |url=https://jcgmuseum.jp/movie/ |website=海上保安資料館横浜館オンラインミュージアム |access-date=2023-05-28 |language=ja}}</ref>。
しかし、乗組員によって[[消火器]]や[[毛布]]を使った消火活動が行われるとともに、延焼防止のため風上に船尾を向けて後進をかけて炎を船首に追いやることで、30分ほどで鎮火がなされ、南南西に向けて11ノットで逃走を再開した<ref name="菅原2002"/>。なお巡視船に取り付けられている[[赤外線カメラ]]の映像で、この[[火災]]の際に不審船の左舷側から乗組員が何らかの物体を海中に投棄したのが確認されているが、物体はすぐに海中に沈んだため、回収するには至らなかった。この物体は、[[暗号]]表や[[乱数表]]などの機密性の高いもの、あるいは[[覚醒剤]]などの違法な物品ではないかと推測されている。
この間、海上保安庁側も、急行中のヘリコプター搭載巡視船「おおすみ」に乗船した[[特殊警備隊]](SST)の到着を待っていたことから、強行接舷は行われなかった。21時00分に、「みずき」が再び船体射撃を行ったが、装填していた20mm機関砲の[[弾薬]]がなくなったため、弾薬を再装填するために一時離脱を余儀なくされた。
この射撃を受けて、21時35分には不審船は再度停船したが、2分後には再度動き出した。逃走する方向には、10キロほど離れたところに無関係の中国の漁船団が多数操業していることがわかり、不審船はここに紛れ込むことを目論んでいると判断されたことから、SSTの到着を待たずして不審船を確保する必要が生じた<ref name="菅原2002"/>。当初「いなさ」と「きりしま」で挟撃し逃走を防ごうとしたものの、大しけにより接舷状態を維持できず失敗<ref name=":1">{{Cite web
=== 不審船からの反撃と銃撃戦 ===
[[File:Japan Coast Guard Amami 01.jpg|thumb|200px|銃撃で損傷した「あまみ」の船橋]]
[[File:Japan Coast Guard Amami 02.jpg|thumb|200px|銃撃で損傷した「あまみ」の前部マスト灯と甲板監視TV]]
22時00分、低速で逃走する不審船に対し、「[[みはし型巡視船|いなさ]]」が距離を取って監視し、右舷側から「[[あまみ型巡視船|あまみ]]」、左舷側から「[[みはし型巡視船|きりしま]]」が[[サーチライト]]を照射しながら不審船を挟撃、強行接舷し、[[64式7.62mm小銃]]で武装した[[海上保安官]]の臨検要員の突入を試みた<ref name="菅原2002"/>。その際、不審船に乗っていた複数の乗組員が[[PK (機関銃)|PK]]系[[軽機関銃]]および[[AK-74#
この銃撃を受けた巡視船は、サーチライトを消灯し、「あまみ」と「きりしま」は全速力で退避
このRPG発射の様子は、上空を飛んでいた海上保安庁機の採証装置([[赤外線]]カメラ)に映像として記録された。「あまみ」から撮影していたビデオ映像にも、画面は真っ暗だったが、飛翔体が「あまみ」の上を通過した音が記録されており、これはRPGの弾体が通過した音と推定されている
[[防弾]]の施されていない「あまみ」は、銃撃戦による被害が大きく、[[艦橋|船橋]]を100発以上の[[弾丸|銃弾]]に貫通され
銃撃戦が長引いた理由としては、[[海上保安庁]]は[[警察]]機関の一つであり、該船(取締り対象の[[船]])の[[撃沈]]や乗員の殺傷による無力化ではなく[[拿捕]]・検挙を目的とするため、20ミリ機関砲が持つ本来の3,000発/分の発射速度を500発/分に制限しており、[[弾薬]]も、警告射撃の際に被疑者に光で警告する効果を期待して曳光弾と普通弾を保有しているが、[[炸薬]]を充填した[[榴弾]]を保有していないことがあげられた。
=== 自爆・沈没 ===
22時13分、不審船は巡視船と銃撃戦の末、突如爆発、炎上を起こして<ref name="kaiho030314" />東シナ海沖の[[中華人民共和国|中国]]EEZ内で[[沈没]]した(爆発による火柱が吹き上がるのと同時に沈没したことから、[[轟沈]]とも表現される)。不審船が自爆する瞬間まで、乗組員は巡視船に向けて自動小銃を発砲し続けた様子が映像に記録されている。沈没の直後、[[弾薬]]の補給を終えた「[[びざん型巡視船 (2代)|みずき]]」も現場に戻ってきた。
その後の捜査で、爆発の直前に不審船から北朝鮮本国に「[[朝鮮労働党|党]]よ、この子は永遠にあなたの忠臣になろう」「[[万歳|マンセー]]」とのメッセージを含んだ電波が発信されたことが判明しており、[[自爆]]したものと推測された
== 事件後 ==
=== 漂流者の発見 ===
23時45分、海上保安庁の[[巡視船]]と[[航空機]]は、乗組員6人が漂流しているのを発見したが、抵抗や[[自爆テロ|自爆攻撃]]の恐れがあったため、
結局、乗組員4名が遺体となって回収された。遺体は[[DNA鑑定]]の結果、「[[朝鮮民族|朝鮮人又は韓国人]]である可能性が極めて高い」と判断された<ref name="レポート2003"/>。
143 ⟶ 146行目:
=== 船体の引き上げ ===
[[画像:North-Korea spy-vessel 1.jpg|thumb|200px|[[船の科学館]]で展示された工作船。[[船尾]]から内部を見る([[2003年]]9月撮影)]]
[[第1次小泉内閣|小泉政権]]は断固引き上げを前提として中国政府と交渉を重ね、最終的に2002年6月18日に[[口上書]]が交わされ<ref name="horinouchi2003">{{Cite
これを受けた海上保安庁は、「90メートルもの深海に沈んだ船を引き揚げてどうする」という反対意見や台風などの困難がありながらも、捜査の一環として沈没した不審船の引き上げを実施した<ref name=":0" />。なお、自国EEZ内での引き上げ作業や捜査を許可した中国側に対し、漁業補償の意も込め[[日本国政府]]から1億5,000万円の「捜査協力金」が支払われた<ref name="horinouchi2003"/>。
沈没した不審船の船体および海底に散らばった[[遺留品]]は、[[2002年]][[9月11日]]に海中より回収され、[[鹿児島県]]の港に運び込まれ、鑑識による分析が行われた。その結果、「[[船]]は'''北朝鮮の工作船'''であり、遺体で回収された乗組員は北朝鮮の[[スパイ|工作員]]である」と断定された{{
船体の引き上げによって得られた成果の一つには、工作船の弱点に関する発見があった。[[海上保安大学校]]では、研究チームが船体を検分して精密な模型を制作し、様々な実験を行なったところ、波の高さが3メートルを超えた場合、不審船の速力は大幅に低下することが判明した<ref>{{Cite web
=== 工作・犯罪関連者の検挙と指名手配 ===
[[捜査]]の結果、この事件で沈没した工作船は、3年前の[[1998年]]に[[南西諸島]]沖の東シナ海で日本の[[暴力団]]に[[覚醒剤]]を売り渡していた船だったことが余罪として発覚した<ref>[https://warp.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/259973/www.kaiho.mlit.go.jp/info/news/h14/fushinsen/021212/index.html 九州南西海域における工作船事件の捜査状況について]”. 海上保安庁. 2009年2月17日時点のオリジナルよりアーカイブ。2006年10月1日閲覧。</ref>。この工作船から覚醒剤を受け取った暴力団員らは、後日[[高知県]][[高岡郡]][[窪川町]](現在の[[四万十町]])の海岸に覚醒剤の陸揚げを謀った「[[高知県沖覚醒剤密輸事件]]」を引き起こし、検挙された{{要出典|date=2021年1月}}。
[[押収]]された遺留品は、[[日本]]国内用の[[日本における携帯電話|携帯電話]]([[J-PHONE]][[プリペイド式携帯電話]]「J-T03」)、[[グローバル・ポジショニング・システム|GPS]][[プロッター]]、[[ポケットコンピュータ|ポケコン]]、[[トランシーバー (無線機)|トランシーバー]]、[[アイコム]]のオールモード[[アマチュア無線]]機(以上は日本製)、鹿児島県[[枕崎市]]沿岸の詳細な地図、[[金日成
当時は、携帯電話の契約者の身元を確認するシステムが甘く、契約者の特定には至らなかったが、[[岐阜県]]内の販売店で購入されたものであった。そのメモリーには、日本国内にある[[反社会的勢力]]([[指定暴力団]])の密接交際者で、身分を偽るため[[在日本大韓民国民団]]に偽装在籍していた[[特別永住者]]の在日韓国人男性「U」との数十回に
北朝鮮工作機関による犯罪の多くは、[[日韓併合]]の歴史的経緯により日本で生まれ育った「[[土台人]]」と呼ばれる特別永住者の人脈を利用して行われたとされる。元[[公安調査庁]]長官が退官後に報道機関に明らかにした談話によれば、暴力団や[[フロント企業]]などの反社会的勢力の内部には、すでに土台人の人脈が張り巡らされ、[[対日有害活動]]が行われていると言われている{{要出典|date=2021年1月}}。
この事件がきっかけで疑惑の人となった「U」は、[[失業|無職]]者であるにもかかわらず、出処不明の大金をつかんで高級[[クラブ (接待飲食店)|クラブ]]通いや[[ゴルフ
さらに「U」は、日朝首脳会談が行われ、拉致被害者5人が帰国を果たした直後の[[2002年]]10月に「ツルボン1号事件」を起こした疑いでも逮捕されている。この事件は、「松山眞一」ことチョ・ギュワ会長が率いる「[[極東会]]」および、「牧野国泰」ことイ・チュンソン会長が率いる「[[松葉会]]」に属していた暴力団幹部2人(被告「F」、「M」の両名)と「U」が結託し、日本人の漁師を脅迫して取り上げた漁船を使い、[[鳥取県]]沖の海上で北朝鮮からやってきた[[貨物船]]「ツルボン1号」と会合し、230kgもの覚醒剤を密輸した罪が発覚し、
北朝鮮の工作船は、漁船を偽装するものと決まっていたが、「ツルボン1号」の件を見る限り、貨物船が転用される場合もあるものと見られた。被告は「F」を除き容疑を否認。「ツルボン1号事件」の一審では、「F」の自白が全面的に認められ、「U」と「M」に無期懲役判決が下されたが、一転して第二審となる高裁では「F」の自白について、「警察による『F』への[[誘導尋問]]や誤導尋問が招いた虚偽の自白」であると認定され、一審判決を破棄し「U」と「M」に無罪を言い渡した。
168 ⟶ 171行目:
なお「F」は一審の公判中に[[癌]]を患い、勾留停止となって入院したところを警察の失態から[[病院]]から脱走し、逃走から約1ヵ月後に癌で病死した状態で発見された。
現在[[警察庁]]では、[[朝鮮学校]]元校長の[[曹奎聖]](チョウ・キュウソン、通名:夏川奎聖、異名:ソーケイセイ)を[[国際刑事警察機構|インターポール]]に[[国際手配]]している。[[警視庁]]および[[
=== 工作船から発見された武装 ===
[[不審船|工作船]]は、固有の武装として[[対空砲|対空機関砲]]を備えていたほか、多くの携行[[兵器]]が積み込まれていた事が判明した。携行[[火器]]は、[[朝鮮人民軍]]の第一線にもあまり配備されていない最新鋭の物ばかりであった。RPG-7や[[無反動砲]]といった[[対戦車兵器]]は、無誘導ながら非装甲の巡視船に命中すれば上部構造のあらゆる部分の外殻を[[成型炸薬弾]]の[[モンロー/ノイマン効果|効果]]によって貫通し、[[撃破]]できた。
また、[[AK-74#
固有武装の[[ZPU-4|ZPU-2]]対空機関砲は、かつての[[対戦車ライフル]]用[[弾丸]]を使用しているため貫通力に優れており、対人で使えば防弾ベストを着用していようと即死は免れない上、巡視船や[[航空機]]の外殻を貫通してしまう恐れが高かった。また、[[9K38 イグラ|9K310 イグラ-1]][[地対空ミサイル#携帯式|携行対空ミサイル]]は5kmの射程を持っており、[[チャフ]]や[[フレア (兵器)|フレア]]といった軍用の防御装備を持たない当時の海保機にとっては大きな脅威であった。
185 ⟶ 188行目:
** 82mm[[無反動砲]]([[B-10無反動砲|B-10]]に類似)×1([[船首]])
* 携行火器
** [[AK-74#
** [[PK (機関銃)|82式機関銃]]×2
** [[RPG-7]]×2
202 ⟶ 205行目:
他方、工作船からの銃撃によって破壊された[[巡視船]]「[[あまみ型巡視船|あまみ]]」の[[艦橋|船橋]]部分は、修理の際に[[船]]から切り取られて[[千代田区]][[霞が関]]の[[国土交通省]]庁舎にて期間限定で展示された後、現在は[[広島県]][[呉市]]の[[海上保安大学校]]に展示されており、同校への来校者は無料で見学することができる。
=== 工作船の諸元 ===
* 船名:長漁3705
* 全長:29.68m
* 全幅:4.66m
* 総トン数:44トン
* 出力:約4400馬力(約1100馬力×4)
* 速力:約33ノット(約61km/h)
; 内蔵の小型船艇
:* 全長:11.21m
:* 総トン数:2.9トン
:* 主機関:スウェーデン製
:* 出力:約900馬力(ガソリン船内外機3基)
:* 速力:約50ノット(約90km/h)<ref>[https://www.kaiho.mlit.go.jp/03kanku/information/cat/post-17.html 工作船の状況](海上保安資料館 横浜館のご案内:2021年12月)</ref>
=== 日本に与えた影響 ===
213 ⟶ 230行目:
=== 批評 ===
[[北朝鮮による日本人拉致問題]]を否定するなど北朝鮮シンパであった[[和田春樹]]は「漁業法違反」という名目での初動捜査や、まだ工作船から武力攻撃を受けていなかったにもかかわらず「先制攻撃的」に船体射撃を行ったことを、「法解釈の間違い」や「違法な戦闘行為」とし、海上保安庁を批判する
日本共産党は、この事件における海上保安庁の対応を肯定していたが、当時党議長だった親中派の[[不破哲三]]は「中国は『海保はやりすぎだ』と批判している」ことを主張し、共産党見解の発表を握り潰したといわれている<ref>{{Cite web|和書|title=【強権解剖】⑥親密・仲違い繰り返す〝兄弟党〟 日本共産党の「ご都合主義」|url=https://www.sankei.com/article/20210830-3YGDHK6PJFJMRGN2LMWILI5EBY/|website=産経ニュース|date=2021-08-30|accessdate=2021-10-06|language=ja|first=SANKEI DIGITAL|last=INC}}</ref>。
海上治安研究会によれば、本件では[[RFS]]付きの武器の使用により、危害射撃要件を定めた海上保安庁法第20条に抵触しない、乗員の死傷を避けた射撃が行えると判断して船体射撃を実施した<ref>「北朝鮮工作船がわかる本」海上治安研究会(成山堂書店){{要ページ番号|date=2012-12-09}}</ref>。<!---{{要出典|date=2017-06|また、仮に船体射撃によって乗員に危害を与えてしまっても、実際に[[拿捕]]・[[臨検]]を行って乗員の状態を確認しない限り、本当に危害を与えてしまったかを判定する事が困難であるため、違法と判断される可能性は低い。実際に、本事件において工作船の乗員全てが自爆・自沈の結果として死亡しているため、「船体射撃によって乗員に危害が加えられていたかどうか」は重要視されていない。}}--->
223 ⟶ 240行目:
=== 注釈 ===
{{notelist}}
=== 出典 ===
244 ⟶ 261行目:
== 外部リンク ==
*{{Cite web
*{{Cite web
*{{Cite web
* {{YouTube|CxU_FtAjQx0|The Japan Coast Guard received the attack.}} 海保が公開した映像(リンク切れ)
*
*
* [https://imnews.imbc.com/replay/2001/nwdesk/article/1884840_30743.html 일 순시선 경제수역서 북 선박 추정 괴선박 격침]{{ko icon|kr=1}}(MBCニュースデスク、2001年12月23日)
*
*
{{北朝鮮スパイ事件}}
259 ⟶ 276行目:
{{デフォルトソート:きゆうしゆうなんせいかいいきこうさくせんしけん}}
[[Category:朝鮮民主主義人民共和国の工作活動]]
[[Category:海上保安庁の事件・事故]]
[[Category:海上自衛隊の歴史]]
[[Category:2001年の日本の事件]]
[[Category:2001年の朝鮮民主主義人民共和国]]
266 ⟶ 284行目:
[[Category:2001年12月]]
[[Category:2001年の戦闘]]
[[Category:日本の海戦]]
▲[[Category:日本の公安]]
|