「森田一義アワー 笑っていいとも!」の版間の差分
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『'''森田一義アワー 笑っていいとも!'''』(もりたかずよしアワー わらっていいとも)は、[[フジテレビジョン|フジテレビ]][[フジネットワーク|系列]]で[[1982年]]([[昭和]]57年)[[10月4日]]から[[2014年]]([[平成]]26年)[[3月31日]]まで、毎週[[平日]](月曜日から金曜日まで)の12:00 - 13:00{{Efn2|番組生放送終了の正確な<!-- 放送 -->時刻は12:58:30。}}([[日本標準時|JST]])に[[生放送]]されていた[[帯番組|帯]][[バラエティ番組]]。
通称は『'''笑っていいとも!'''』、略称は『'''いいとも!'''』。[[スタジオアルタ]]から[[公開放送|一般観客]]を入れて毎日生放送を行っていた。[[モノラル放送]](モノステレオ放送)、[[ハイビジョン制作]](2005年7月25日放送分から)を実施していた。
森田一義(以下「[[タモリ]]」と表記)の[[冠番組]]であるが、他の番組とは違い、番組名通り基本的に「森田一義」名義であり、そのようにテロップも出ていたが、番組内では「タモリさん」「タモさん」と呼ばれていた。タモリが[[司会]]を務める番組の中では[[テレビ朝日]][[オールニッポン・ニュースネットワーク|系列]]『[[タモリ倶楽部]]』{{Efn2|放送開始当初の『笑っていいとも!』とほぼ同時(同じ週の金曜日)に放送開始。}} に次ぐ[[長寿番組の一覧|長寿番組]]。2014年3月31日の通常放送最終回、および同日[[ゴールデンタイム]]・[[プライムタイム]]枠の『[[笑っていいとも!特大号#森田一義アワー笑っていいとも! グランドフィナーレ 感謝の超特大号|グランドフィナーレ 感謝の超特大号]]』と題した生放送[[特別番組]]で31年半の歴史に幕を下ろした<ref name="finale">{{cite news|date=2014-01-29|url=http://www.sanspo.com/geino/news/20140129/oth14012905050013-n1.html|title=3・31生特番!「いいとも!」最終回は歴代レギュラー“同窓会”|publisher=SANSPO.COM|accessdate=2014-01-29|archiveurl=https://web.archive.org/web/20140129125815/http://www.sanspo.com/geino/news/20140129/oth14012905050013-n1.html|archivedate=2014年1月29日}}。</ref>。<!--放送回数は8054回であった<ref>2014年3月31日のデジタルTVの番組表より。</ref>。-->
== 概要 ==
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末期には『[[ヒルナンデス!]]』([[日本テレビ放送網|日本テレビ]])や『[[ひるおび!]]』([[TBSテレビ|TBS]])に視聴率で超されることが多くなった。そのため、2013年4月からは40歳以上の主婦を狙った内容への転換が図られたが、タモリは「目先の視聴者を意識すると、本来の視聴者を失うことになる」と主張した。しかし、スタッフはタモリの意見を無視。その結果、新コーナーにタモリが出演しないなど、番組改革とタモリとの不和が報じられていた。そして、2013年10月22日放送の終盤にて、2014年3月31日をもって番組が終了することが発表された{{R|kyojin}}。
本番組の放送期間は31年6か月だった。これは
当番組の特徴として、一般人・[[視聴者]]が出演者([[芸能人]]や[[著名人]])と共に参加する視聴者参加型コーナーが、番組開始当初から長く続いていたことがあげられる{{Efn2|例:年齢当てクイズ、身内自慢コンテスト、若見えコンテスト、美男子・美少女コンテスト、ギャップコンテスト、夫婦コンテスト、そっくりさんカーニバル、年齢ギャップコンテスト、木曜なんでもコンテスト、腹筋イケメンコンテスト、似顔絵コンテスト、オネメンコンテスト。}}。▼
基本的に、オープニング → 日替わりコーナー① → テレフォンショッキング → 日替わりコーナー② → 日替わりコーナー③ → 曜日対抗いいともCUP → エンディング。または、オープニング → 日替わりコーナー① → 日替わりコーナー② → テレフォンショッキング→ 日替わりコーナー③ → 曜日対抗いいともCUP → エンディングという流れで生放送を行っていた。▼
生放送のため、テレフォンショッキングや番組後半の日替わりコーナー2本目が長引いた場合、日替わりコーナー3本目を休止または短縮してそのままエンディングになることがある。通常、当日に[[オーディション]]を行う視聴者が出演・参加をする日替わりコーナーを優先するが、日替わりコーナーが2本とも視聴者出演の日替わりコーナーだった場合や、報道などの事情で事前オーディションに受かって出演予定となっていた視聴者が出演できなかった例もある。▼
番組開始初期から続いたトークコーナーのテレフォンショッキングは、毎回ゲストを当番組に招いてタモリとトークをするコーナーで、エンディングでは、週替わりの様々なゲームに各曜日レギュラー陣が挑戦し、曜日チーム同士の対抗戦で成績を争う{{Efn2|年末の時点で一番勝利数の多かったチームが年間優勝となる。}} 企画があった。このコーナーは『爆笑オールスター・タモリンピック』→『曜日対抗 いいとも!選手権』→『[[笑っていいとも!のコーナー一覧|曜日対抗いいともCUP]]』と名称を変えながら、断続的に行われた(なお、一週間を通しての放送がない年末年始には放送されなかった)。▼
1991年1月から、番組生放送終了後の約30分間は、タモリを始めとするレギュラー陣がファンサービスも兼ねてスタジオ舞台上でトークを繰り広げた。その模様の一部は『笑っていいとも!増刊号』で「放送終了後のお楽しみ」として放送されていた{{Efn2|1991年以前は13:00 - 13:30に同じスタジオアルタで生番組『[[ライオンのいただきます]]』(後の『ライオンのいただきますII』→『[[ライオンのごきげんよう]]』)が引き続き放送されており、基本的に『いいとも!』とセットで観覧することとなっていた(観覧募集も一括して行っていたため、宛先は「いいとも!」「いただきます」の両番組名となっていた)。}}。増刊号の特別企画でもある「増刊号スペシャル」「いいとも!ファンクラブ通信」「森田一義アワー 座っていいとも!」「いいとも!スピンオフトーク」「いいとも!5DAYS」など複数の企画が行われていた。▼
日替わりゲストとしてテレフォンショッキングのゲスト1組(以下テレフォンゲスト)、各曜日日替わりコーナーゲストが宣伝や番宣を兼ねて1組から2組{{Efn2|[[祝日]]の時などは多く出演(登場)する。}} 出演していた。ゲストには多岐多彩な分野の人物が出演をしており、現役の[[内閣総理大臣]]が出演したこともあった。[[小渕恵三]]や[[小泉純一郎]]が生放送中に電話出演したほか、2014年にはテレフォンゲストとして[[安倍晋三]]が生出演している<ref name="20140320-fujitv">{{Cite web|和書|url=http://www.fujitv.co.jp/b_hp/iitomo/|title=笑っていいとも! - フジテレビ|publisher=フジテレビジョン|date=2014-03-20|archiveurl=https://archive.is/20140320160347/http://www.fujitv.co.jp/b_hp/iitomo/|archivedate=2014-03-20|accessdate=2014-03-26|url-status=dead|url-status-date=2017-09}}</ref>。また、日本を訪れている外国の著名人が生出演することも多かった。▼
1998年10月より本番組開始前(11:57:15 - 11:57:30)に一部地域を除いて、クロスプログラム(番組宣伝)を生放送していた。▼
=== タイトルロゴ ===▼
{{ external media▼
|image1=[https://www.fujitv.co.jp/b_hp/iitomo/photo/logo.jpg 番組ロゴ(フジテレビ番組基本情報ページ)]▼
}}▼
番組のタイトルロゴは、下記のとおりのデザインとなっており、番組開始から最終回まで基本的な形に変化はなかった。▼
* 上部に『森田一義アワー』▼
* 旗の中に『笑って』▼
* 下部に大きく『いいとも!』▼
* 「!」の下部は星状になっており、2番目の「い」まで伸びている。▼
高柳義信のデザインで<ref>[https://www.fujitv.co.jp/bijutsu/graphic/column/vol3.html はい!美術タイトルです vol.3] フジテレビジュツのヒミツ - フジテレビ</ref>「笑って」とガイドするイメージの旗に対して右上がりで跳ね上がり勢いを持たせた「いいとも!」の字体で同意と共にはじける元気さやポジティブさを表現し<ref>[https://www.fujitv.co.jp/bijutsu/graphic/index.html フジテレビジュツのヒミツ グラフィック] - フジテレビ</ref>、また感嘆符には真昼の太陽の輝きのイメージを持たせる形としていた<ref name="mynavilogo">[https://news.mynavi.jp/techplus/article/20140319-wi/ 最終回間近! 長寿番組『笑っていいとも!』のロゴはどうやって作られたのか -広報さんに聞いてみた ] - マイナビニュース 2014年3月19日</ref>。オープニング[[3DCG]]では「笑って」の旗にはためく動きが加えられていた{{R|mynavilogo}}。▼
2001年4月以降、『笑って』の書体を変更したデザインが、一部のセットやテロップで使われるようになった。また、ロゴの配色は基本的に赤一色だが、時期によっては、オープニングタイトルやスタジオセットなどで、赤以外の配色をしたこともある。2011年10月以降は、青・黄・緑など多色にリニューアルされたデザインがメインに用いられた(上部の画像リンクを参照)。▼
1982年10月4日の第1回放送における視聴率([[ビデオリサーチ]]調べ、関東地区・世帯・リアルタイム。以下特記なき場合は省略)は4.5%<ref>{{Cite web|和書|title=「いいとも初回を上回った 「バイキング」正午帯番組で視聴率トップ 2014.4.3 09:26|url=http://sankei.jp.msn.com/entertainments/news/140403/ent14040309280003-n1.htm|publisher=産経新聞社|date=2014-04-03|accessdate=2014-04-11|archiveurl=https://web.archive.org/web/20140408224954/http://sankei.jp.msn.com/entertainments/news/140403/ent14040309280003-n1.htm|archivedate=2014-04-08}}</ref>。▼
2014年3月31日放送の昼の通常放送の最終回の平均視聴率は16.3%(2005年10月10日の16.6%以来の高数字<ref name="saikou">[http://www.nikkansports.com/entertainment/news/p-et-tp0-20140402-1279042.html いいとも夜特番28・1% 今年最高視聴率] {{webarchive|url=https://web.archive.org/web/20141109024053/http://www.nikkansports.com/entertainment/news/p-et-tp0-20140402-1279042.html |date=2014年11月9日 }} 日刊スポーツ、2014年4月2日22面<!-- 実際の紙面では詳しい --></ref><ref name="sanspo20140402">[http://www.sanspo.com/geino/news/20140402/oth14040204330020-n2.html 笑った「いいとも!」瞬間最高、昼18・4%&夜33・4%] {{webarchive|url=https://web.archive.org/web/20141109025803/http://www.sanspo.com/geino/news/20140402/oth14040204330020-n2.html |date=2014年11月9日 }} サンケイスポーツ、2014年4月2日</ref>)、瞬間最高視聴率は12:45の18.4%を記録<ref>[http://www.oricon.co.jp/news/2035872/full/ 『いいとも!』最終回16.3%生特番は28.1%全8054回の平均は11.5%] {{webarchive|url=https://web.archive.org/web/20141109024141/http://www.oricon.co.jp/news/2035872/full/ |date=2014年11月9日 }} ORICON STYLE、2014年4月1日</ref>。同日夜の『[[笑っていいとも!特大号#笑っていいとも! グランドフィナーレ 感謝の超特大号|グランドフィナーレ 感謝の超特大号]]』の平均視聴率は28.1%(瞬間最高視聴率は23:10の33.4%)を記録し、有終の美を飾った{{R|sanspo20140402}}<ref>[http://www.fujitv.co.jp/fujitv/news/pub_2014/140401-133.html 『笑っていいとも!』『笑っていいとも! グランドフィナーレ 感謝の超特大号』] {{webarchive|url=https://web.archive.org/web/20141109024236/http://www.fujitv.co.jp/fujitv/news/pub_2014/140401-133.html |date=2014年11月9日 }} とれたてフジテレビ</ref>。▼
全8,054回放送の番組平均視聴率は'''11.5'''%{{R|saikou}}。最高視聴率は1988年4月29日の27.9%{{R|saikou}}。最低視聴率は1982年10月15日の2.8%<ref>[http://www.hochi.co.jp/entertainment/20140416-OHT1T50421.html バイキング、視聴率2・7%で「いいとも!」ワースト記録更新] {{webarchive|url=https://web.archive.org/web/20141109024311/http://www.hochi.co.jp/entertainment/20140416-OHT1T50421.html |date=2014年11月9日 }}スポーツ報知、2014年4月17日</ref>。▼
== 出演者 ==
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== 番組の流れ ==
▲基本的に、オープニング → 日替わりコーナー① → テレフォンショッキング → 日替わりコーナー② → 日替わりコーナー③ → 曜日対抗いいともCUP → エンディング。または、オープニング → 日替わりコーナー① → 日替わりコーナー② → テレフォンショッキング→ 日替わりコーナー③ → 曜日対抗いいともCUP → エンディングという流れで生放送を行っていた。
▲1998年10月より本番組開始前(11:57:15 - 11:57:30)に一部地域を除いて、クロスプログラム(番組宣伝)を生放送していた。
=== オープニング ===
いいとも青年隊による番組テーマ曲「[[ウキウキWATCHING]]」の歌とダンスにより放送開始し、番組開始当初から2000年2月29日まではタモリが歌いながら登場していた(2000年2月25日までは歌の途中あるいは歌唱後のトーク中に「新宿情報ビルアルタより生放送」のテロップと遅れネットを含むネット局のロールテロップが流れていた)。1984年からはタモリが「ご機嫌斜めはまっすぐに」や「笑っていいともウキウキwatching」の後に「イェイ!」や「今日もいいかな?」と煽って観客に[[レスポンス]]させていた。
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[[1988年]]の[[昭和天皇]]病状悪化時には、それに配慮した歌舞音曲自粛のムードを受け、『ウキウキWATCHING』の歌を取りやめ、穏和なBGMが数秒流れてからタモリが挨拶し、その後出演者が軽めのフリートークを行ってから(スタジオはすでにテレフォンショッキングのセットが出来上がっている状態だった)テレフォンアナウンサーを呼び込み、タモリが「それでは今日もよろしくお願いします」と言ったのに続き提供クレジットを挟んでCM入りしていた。「いいとも!」のコールもこの間は廃止していた。
2001年11月5日から14日にタモリが欠席した際もテレフォンショッキングのセットが出来上がった状態でスタートしていたが、この時はオープニング自体が無く、正午の時報とともにいきなりテレフォンショッキングが始まる形式を取り(冒頭でタイトルCGは流された)、ゲストとのトークの途中で提供・CMを入れていた。この時も「いいとも!」のコールは廃止していた。ただし、欠席初日の5日に関してはいつものようにオープニングを行い、タモリではなく月曜レギュラー全員が中央から登場した後、タモリが負傷した事、当面欠席し番組は各曜日レギュラーのみで放送する旨が伝えられた。
▲当番組の特徴として、一般人・[[視聴者]]が出演者([[芸能人]]や[[著名人]])と共に参加する視聴者参加型コーナーが、番組開始当初から長く続いていたことがあげられる{{Efn2|例:年齢当てクイズ、身内自慢コンテスト、若見えコンテスト、美男子・美少女コンテスト、ギャップコンテスト、夫婦コンテスト、そっくりさんカーニバル、年齢ギャップコンテスト、木曜なんでもコンテスト、腹筋イケメンコンテスト、似顔絵コンテスト、オネメンコンテスト。}}。
▲生放送のため、テレフォンショッキングや番組後半の日替わりコーナー2本目が長引いた場合、日替わりコーナー3本目を休止または短縮してそのままエンディングになることがある。通常、当日に[[オーディション]]を行う視聴者が出演・参加をする日替わりコーナーを優先するが、日替わりコーナーが2本とも視聴者出演の日替わりコーナーだった場合や、報道などの事情で事前オーディションに受かって出演予定となっていた視聴者が出演できなかった例もある。
▲番組開始初期から続いたトークコーナーの『[[テレフォンショッキング]]』は、毎回ゲストを当番組に招いてタモリとトークをするコーナーで、エンディングでは、週替わりの様々なゲームに各曜日レギュラー陣が挑戦し、曜日チーム同士の対抗戦で成績を争う{{Efn2|年末の時点で一番勝利数の多かったチームが年間優勝となる。}} 企画があった。このコーナーは『爆笑オールスター・タモリンピック』→『曜日対抗 いいとも!選手権』→『[[笑っていいとも!のコーナー一覧|曜日対抗いいともCUP]]』と名称を変えながら、断続的に行われた(なお、一週間を通しての放送がない年末年始には放送されなかった)。
▲日替わりゲスト
=== エンディング ===
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1996年まではその後に一旦CMを挟んで、タモリやレギュラー陣が騒いでいる放送終了後のスタジオの様子(通称「偽善カット」。1990年12月までは後枠の『[[ライオンのいただきます]]』へのセット替えをしながら)をバックに提供クレジット、さらに再びCMを挟んでアルタ前の様子をバックに翌日(金曜は増刊号ではなく翌週月曜日)の予告テロップを表示していた。
▲1991年1月から、番組生放送終了後の約30分間は、タモリを始めとするレギュラー陣がファンサービスも兼ねてスタジオ舞台上でトークを繰り広げた。その模様の一部は『笑っていいとも!増刊号』で「放送終了後のお楽しみ」として放送されていた{{Efn2|1991年以前は13:00 - 13:30に同じスタジオアルタで生番組『[[ライオンのいただきます]]』(後の『ライオンのいただきますII』→『[[ライオンのごきげんよう]]』)が引き続き放送されており、基本的に『いいとも!』とセットで観覧することとなっていた(観覧募集も一括して行っていたため、宛先は「いいとも!」「いただきます」の両番組名となっていた)。}}。増刊号の特別企画でもある「増刊号スペシャル」「いいとも!ファンクラブ通信」「森田一義アワー 座っていいとも!」「いいとも!スピンオフトーク」「いいとも!5DAYS」など複数の企画が行われていた。
▲== 主要コーナー・企画 ==
== コーナー・企画 ==
2002年12月24日時点で、本番組では延べ8120超のコーナーが生まれたが、番組開始から続いているのは「[[テレフォンショッキング]]」だけであった<ref>[https://web.archive.org/web/20030814073712/http://www.zakzak.co.jp/geino/n-2002_12/g2002122506.html タモリ「いいとも」、消えた8120企画]、ZAKZAK、2002年12月25日。</ref>。
* [[テレフォンショッキング]]
* 曜日対抗いいともCUP
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{{See also|笑っていいとも!のコーナー一覧|笑っていいとも!過去のコーナー一覧|}}
==
▲=== タイトルロゴ ===
▲|image1=[https://www.fujitv.co.jp/b_hp/iitomo/photo/logo.jpg 番組ロゴ(フジテレビ番組基本情報ページ)]
▲}}
▲番組のタイトルロゴは、下記のとおりのデザインとなっており、番組開始から最終回まで基本的な形に変化はなかった。
▲* 上部に『森田一義アワー』
▲* 旗の中に『笑って』
▲* 下部に大きく『いいとも!』
▲* 「!」の下部は星状になっており、2番目の「い」まで伸びている。
▲高柳義信のデザインで<ref>[https://www.fujitv.co.jp/bijutsu/graphic/column/vol3.html はい!美術タイトルです vol.3] フジテレビジュツのヒミツ - フジテレビ</ref>「笑って」とガイドするイメージの旗に対して右上がりで跳ね上がり勢いを持たせた「いいとも!」の字体で同意と共にはじける元気さやポジティブさを表現し<ref>[https://www.fujitv.co.jp/bijutsu/graphic/index.html フジテレビジュツのヒミツ グラフィック] - フジテレビ</ref>、また感嘆符には真昼の太陽の輝きのイメージを持たせる形としていた<ref name="mynavilogo">[https://news.mynavi.jp/techplus/article/20140319-wi/ 最終回間近! 長寿番組『笑っていいとも!』のロゴはどうやって作られたのか -広報さんに聞いてみた ] - マイナビニュース 2014年3月19日</ref>。オープニング[[3DCG]]では「笑って」の旗にはためく動きが加えられていた{{R|mynavilogo}}。
▲2001年4月以降、『笑って』の書体を変更したデザインが、一部のセットやテロップで使われるようになった。また、ロゴの配色は基本的に赤一色だが、時期によっては、オープニングタイトルやスタジオセットなどで、赤以外の配色をしたこともある。2011年10月以降は、青・黄・緑など多色にリニューアルされたデザインがメインに用いられた(上部の画像リンクを参照)。
=== 放送時間の変遷 ===
{|class="wikitable" style="font-size:small;"
|-
! colspan="2" |放送期間!!放送時間 (JST)!!放送分数
|-
|'''1982.10.4'''
|'''1984.3.30'''
|12:00 - 12:55||55分
|-
|'''1984.4.2'''
|'''2014.3.31'''
|12:00 - 13:00||60分
|}
147 ⟶ 142行目:
* 1984年{{0}}9月{{0}}4日 - 第500回
* 1986年{{0}}8月14日 - 第1000回
* 1990年{{0}}7月{{0}}9日 - 第2000回
* 1994年{{0}}6月{{0}}2日 - 第3000回
* 1998年{{0}}5月11日 - 第4000回
178 ⟶ 173行目:
2013年7月1日放送分から一時、タモリが各曜日日替わりコーナーを1コーナー(オープニングコーナー)とテレフォンショッキングしか出演しないという形状になったが、2014年1月6日放送分から番組終了までは、全てのコーナーに出演する形に戻った。
{{See also|[[笑っていいとも!レギュラー出演者一覧#総合司会
===
▲1982年10月4日の第1回放送における視聴率([[ビデオリサーチ]]調べ、関東地区・世帯・リアルタイム。以下特記なき場合は省略)は4.5%<ref>{{Cite web|和書 |title=「いいとも初回を上回った 「バイキング」正午帯番組で視聴率トップ 2014.4.3 09:26 |url=http://sankei.jp.msn.com/entertainments/news/140403/ent14040309280003-n1.htm |publisher=産経新聞社 |date=2014-04-03 |accessdate=2014-04-11 |archiveurl=https://web.archive.org/web/20140408224954/http://sankei.jp.msn.com/entertainments/news/140403/ent14040309280003-n1.htm |archivedate=2014-04-08}}</ref>。
* 番組放送開始から半年も経たないうちに視聴率が上昇。[[関東]]地区における同時間帯(12時台)の年間平均視聴率では、1989年の統計開始から2014年までの25年連続で、民放放送横並び首位を獲得しており、人気長寿番組帯・バラエティ番組へと発展した<ref>[https://www.rbbtoday.com/article/2013/12/26/115388.html 「笑っていいとも!」25年連続同時間帯民放年間視聴率トップの快挙!] {{webarchive|url=https://web.archive.org/web/20140106142040/http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20131226-00000021-rbb-ent |date=2014年1月6日 }}</ref>。▼
▲2014年3月31日放送の昼の通常放送の最終回の平均視聴率は16.3%(2005年10月10日の16.6%以来の高数字<ref name="saikou">[http://www.nikkansports.com/entertainment/news/p-et-tp0-20140402-1279042.html いいとも夜特番28・1% 今年最高視聴率] {{webarchive|url=https://web.archive.org/web/20141109024053/http://www.nikkansports.com/entertainment/news/p-et-tp0-20140402-1279042.html
▲全8,054回放送の番組平均視聴率は'''11.5'''%{{R|saikou}}。最高視聴率は1988年4月29日の27.9%{{R|saikou}}。最低視聴率は1982年10月15日の2.8%<ref>[http://www.hochi.co.jp/entertainment/20140416-OHT1T50421.html バイキング、視聴率2・7%で「いいとも!」ワースト記録更新] {{webarchive|url=https://web.archive.org/web/20141109024311/http://www.hochi.co.jp/entertainment/20140416-OHT1T50421.html
▲
== 番組の歴史 ==
=== 1980年代 ===
* 前番組の帯バラエティ番組『笑ってる場合ですよ!』の後番組として、[[日本]]の「お[[昼]]の顔の番組」をコンセプトに、第1回(1982年10月4日)に当番組が放送スタート。総合司会者としてタモリが就任した。
** [[佐藤義和]]はインタビューで、起用の理由を「『笑ってる場合ですよ!』はすごい子供に受ける番組になっていたから、笑いの質が違うじゃないですか。だからお客さんを18歳未満お断りにして、大人の知的な笑いを提供しようと。そのとき、知的な笑いって誰だろうと考えたとき、タモリしかいなかったんです」と回想。また、本名の森田一義名義にしたのは「僕のエクスキューズとしては、「これはタモリでやるんじゃなくて、森田一義を演じて下さい」ということで、あえて'''『森田一義アワー』'''を入れたんですよ。それまでの[[オールバック]]でレイバンのサングラスのタモリでなくて、色の薄いサングラスの、[[アイビースタイル]]のおじさんを演じてくださいって。結局発注したメガネは放送開始に間にあわなかったから、1か月遅れくらいで色の薄いサングラスになりましたね。」(実際は、オールバックではなく真ん中分け、色の薄いサングラスの導入は、後述の通り1か月遅れではなく2週目から)と述べている。その構想通り、放送初期のタモリは七三分けに色の薄い茶色系レンズのサングラス、[[アイビールック]]という姿だった。1984年頃からは服装はセーターとシャツに変わり、80年代末期にはスーツ、またはワイシャツにセーターのスタイルが終了まで固定された。当番組限定の七三分けの髪型は、後述の1990年7月のヨットでの事故まで続いた<ref>アニー幸吉他 『80年代テレビバラエティ黄金伝説』 洋泉社〈洋泉社MOOK〉、2013年、15頁・16頁。</ref>。
** 当初の曜日レギュラーは、[[金田一春彦]]など[[横澤彪]]のインテリ趣味が反映されたものだった<ref>
** なお、総合司会者の候補には、タモリの他に[[ビートたけし]]、[[明石家さんま]](共に『笑ってる場合ですよ!』のレギュラー)の名前が挙がっていたことを、2012年10月1日放送分と2014年3月31日のテレフォンショッキングに出演したたけしが明かしている<ref name="sanspo20121001">{{cite news|title=たけしがいいとも出演「司会の話おれも来た」|newspaper=[[サンケイスポーツ]]|date=2012-10-01|url=http://www.sanspo.com/geino/news/20121001/owa12100113460003-n1.html|accessdate=2012-10-12|archiveurl=https://web.archive.org/web/20121004221035/http://www.sanspo.com/geino/news/20121001/owa12100113460003-n1.html|archivedate=2012年10月4日}}
</ref>。また[[小松政夫]]には、タモリと二人で司会をというオファーがあった(小松とタモリは同じ[[福岡県]]出身で親交もあった)が、当時ゴルフに熱中していた小松は「(平日毎日の生放送に出演していたら)ゴルフに行けなくなっちゃう」として断ったことを自著で明かしている<ref>時代とフザケた男(小松政夫・著、[[扶桑社]] 2017年8月刊)p.151</ref>。
197 ⟶ 200行目:
* 1982年10月15日、番組史上最低視聴率の2.8パーセントを記録した(ビデオリサーチ調べ、関東地区・世帯・リアルタイム)。なお、この日に出演したテレフォンゲストは[[三波豊和]]<ref>[http://www.nikkansports.com/entertainment/news/f-et-tp0-20140416-1286008.html バイキング32年ぶり低視聴率2・7%] {{webarchive|url=https://web.archive.org/web/20140416192358/http://www.nikkansports.com/entertainment/news/f-et-tp0-20140416-1286008.html |date=2014年4月16日 }} 日刊スポーツ、2014年4月16日閲覧。</ref>。
* 1983年1月17日、この日よりタモリがオープニングで登場する後ろの階段のセットに左右相対の虹色の置物が設置され、天井のオブジェにも『笑っていいとも!』のロゴ看板が取り付けられた{{Efn2|この日のテレフォンゲストは[[美保純]]であった。}}。その後ロゴ看板と左右相対の置物の種類がセットリニューアルに伴い変更されるものの番組最終回まで設置された。
* 1983年6月26日、本番組をベースにした[[フジニュースネットワーク|FNN選挙特別番組]]『タモリのセンキョでいいとも!』を22:00から翌日00:00に渡って生放送。司会はタモリと前枠番組『[[FNNニュースレポート11:30]]』の[[頼近美津子]]が担当。
* 1983年7月11日、当時フジテレビ系列・[[日本テレビ系列]]のクロスネットだった[[テレビ長崎]]{{Efn2|1990年10月以降はフジテレビ系列フルネット局。}} で放送を開始(時差ネット)。
* 1983年9月26日、[[日本テレビネットワーク協議会|日本テレビ系列]]の[[テレビ岩手]]で放送を開始(時差ネット)。
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* 1984年10月1日、本番組の直後の13時台前半に引き続きスタジオアルタから生放送される[[小堺一機]]司会のトークバラエティ『[[ライオンのいただきます]]』(以下、『いただきます』)が開始。『いいとも!』とは出演者やゲストが流れで飛び入り出演したり、度々連動での公開生放送も行われた。アルタからの生放送は1990年12月まで行われ、1991年からは別スタジオからの収録形式に切り替えた『[[ライオンのごきげんよう]]』(以下、『ごきげんよう』)にリニューアルされるが、長年に渡り『いいとも!』と共にフジテレビのお昼の顔を担う事となる。
** 『いただきます』『ごきげんよう』に携わった[[三宅恵介]]は、『テレフォンショッキング』に[[有吉佐和子]]や[[黒柳徹子]]がゲストで来た際に延々と喋り続けたハプニングが、当時編成部長だった[[村上光一]](のちにフジテレビ社長)の「『いいとも!』の笑いのエネルギーをつなげて、30分のバラエティーができないか」という考えと合致して「おばさまとのトーク」を主軸にした『いただきます』立ち上げに繋がったきっかけとしている<ref>[https://www.nikkansports.com/entertainment/news/202206050001090.html おばさん相手には若い男「そんなに忙しくないやつがいい」と小堺一機に司会お願い/三宅恵介氏] 日刊スポーツ、2022年6月6日、2023年7月13日閲覧。</ref>。
* 1985年1月11日 、テレフォンショッキングに、この日のゲストの[[原田伸郎]]ではなくビートたけしが冒頭サプライズで乱入。この週はタモリが正月休暇のため、さんまが司会を代行。サプライズで登場するため緑のコートに顔を隠すようにセミロングのウィッグと髭を被って扮装し、誰なのか全く分からない状態で登場したため、さんまや観客も一時騒然になった。また、この前日の1月10日のエンディングでは、『オレたちひょうきん族』の出張懺悔室が登場。1月9日のエンディングで「また明日も見てくれるかな?」と言うべきところを
* 1985年10月、日本テレビ系列の[[山梨放送]]で放送を開始(時差ネット)。
* 1986年3月31日、日本テレビ系列の[[四国放送]]での放送を開始(時差ネット)。ネット局数が最大の31局となる。
* 1986年5月12日、[[愛媛県]][[松山市]]の[[愛媛県民文化会館]]から生放送<ref>TVガイド1986年5月30日号記事(「[[月刊TVガイド]]」2014年4月号に掲載)より</ref>。後続番組の『いただきます』と合同で90分全編愛媛からの放送となった([[テレビ愛媛]](当時の社名は愛媛放送)が制作協力)。
* 1986年8月14日、放送1,000回達成。特別ゲストに[[忌野清志郎]]が登場し、1,000回を祝う自作の曲を披露。
* 1987年3月30日、日本テレビ系列の[[高知放送]]での放送を開始(時差ネット)。前週の3月27日限りで四国放送のネットが打ち切られたため、ネット局数は31局を維持。
* 1987年7月31日、同年7月18日から8月30日まで開催されていたフジサンケイグループ主催のイベント『[[コミュニケーションカーニバル 夢工場'87]]』の東京会場([[東京国際見本市会場]])から『いただきます』と合同で90分全編生放送された。当日は会場の特設ステージにスタジオアルタで使用している通常放送のセットを組み立てて放送された。なお、フジサンケイグループ主催のイベント会場での公開生放送はこの時以外にも『[[国際スポーツフェア]]』『[[LIVE UFO]]』([[国立代々木競技場]]近辺)の会場で行われた事がある。
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* 1990年7月9日、放送2,000回達成。達成を記念し、オープニングにて全曜日のレギュラー陣が扮装(番組内で前世占い師に占ってもらった前世を基に扮装。この占い師は番組終了直前に『増刊号』の企画で再登場している)して登場した。番組後半コーナー「WELL TALK」が放送終了までに収まりきらず、13時に後続の『いただきます』が始まってもそのまま続行。スタンバイしていた小堺一機も乱入して結果冒頭約10分間にわたり延長。タモリやレギュラー陣が退出して13時12分にようやく『いただきます』本編がスタートした。
* 1990年7月22日・23日、前々日の21日にタモリがプライベートでヨットの柱に額をぶつけ4針縫う怪我を負った事故を受け、22日の『[[FNSスーパースペシャルテレビ夢列島|FNSスーパースペシャル1億人のテレビ夢列島'90]]』の中で放送した『増刊号スペシャル』と翌23日のレギュラー放送にて、額の一部に[[絆創膏]]をつけて登場した。タモリは、事故前日の20日まで、いいともに出演している。
*: また、22日の放送から、いいとも出演時限定の七三分け、また、それ以外で[[トレードマーク]]だった整髪料で固めた真ん中分けの[[ヘアースタイル]]を、事故を機に[[オールバック]]へ変更した{{R|iitomo telephonedigest-199007}}{{Efn2|タモリは、1996年1月3日放送のテレビ朝日系『[[徹子の部屋]]20周年記念スペシャル』に出演した際に、「多忙で髪を洗う時間がなくなり抜けてしまったため髪型を変えた」と話している。他の番組でもほぼ同時期にオールバックに変えている。}}。一方サングラスは、23日のみ従来の茶色系レンズを着用したが、前日の22日と翌日の24日からは黒色系レンズに変更された{{R|iitomo telephonedigest-199007}}{{Efn2|これに先駆けて『[[
* 1990年10月1日、テレビ長崎での放送が時差ネットから同時ネットに変更。セットを変更(2回目)。
* 1990年11月28日、タモリがサングラスを再び茶色系サングラスに変更する{{Efn2|『笑っていいとも!
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* 1994年5月30日 - 6月3日、1週間通し企画として、各曜日日替わりコーナー3,000回突入記念と冠したスペシャル企画を連日に渡り放送。当時のレギュラー陣による記念歌「We Are The いいとも!」(「[[We Are The World]]」の[[替え歌]])を制作し全員で歌う。6月2日放送分の放送回数3000回当日には番組内で、タモリ金像除幕式が行われた。
* 1994年10月3日、セットを変更(3回目)。
* 1995年1月17日、[[阪神・淡路大震災]]
* 1995年10月2日、プロデューサーに[[荒井昭博]]が就任し、大幅にリニューアルする。出演者の名前テロップが丸ゴシック体から、デザインも一新されて青地に[[明朝体]](JTCウィンM)に変更。同時にオープニングロゴが画面外からロゴが出現生成される[[3次元コンピュータグラフィックス|3DCG]]方式に移行。更に勝手にハッピーバースデー!!に代わる新コーナー「曜日対抗!いいとも選手権」がスタート。セットを変更(5回目)。
* 1996年3月6日、タモリが、再び他の出演番組と同じ黒色系サングラスに変更する<ref>1996年放送、笑っていいとも!クリスマス特大号「テレフォンショッキング1996」より。</ref>。
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* 1997年4月1日、[[さくらんぼテレビジョン|さくらんぼテレビ]]の開局により山形県にて4年ぶりに、また、[[高知さんさんテレビ]]の開局により高知県にて半年ぶりにネット再開。
* 1997年11月10日、同年3月10日の移転後初めて[[FCGビル|フジテレビお台場新社屋]]から生放送を実施。当日はV5スタジオからの放送で、[[タイガー・ウッズ]]が生出演した。以降、FCGビルはFNSの日や春秋の祭典等の特番、スタジオアルタが工事などで使えない際に使用した。
* 1998年7月14日、スタジオの機材故障により、CMを含む映像が計58秒間中断した<ref>「今月の広告史 1998年7月1日〜8月10日」『[[広告批評]]』1998年9月号(マドラ出版)、36頁。{{NDLJP|1852938/20}}</ref>。
* 1998年10月、テレフォンショッキングのコーナーでは、スクロールで簡単にテレフォンゲストのプロフィールを表示するようになる。
* 1999年1月、セットを変更(5回目)。このセットから、番組開始当初の初代セットから毎回総合デザインを担当していた[[山本修身]]が担当を外れる。
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* 2009年7月10日、エンディングで平井理央から、タモリが精密検査を行うために次週の放送を丸々休むことを発表した。その中で検査とともに白内障の手術も行うことをタモリが自ら語った。
=== 2010年代
==== 2010年1月 - 2013年6月 * 2010年2月4日放送分で放送回数7,000回を迎えた。オープニングにて特別企画として『いいとも!』放送第1回を振り返った{{Efn2|番組第1回放送日当日の[[番組表#新聞の番組表|新聞ラテ欄]]によると、「タモリのフランス料理教室」というサブタイトルで、「即興エンタテイナー・タモリ」という紹介文があった。}}。
* 2010年7月19日放送分から23日放送分までの1週間、動画生中継配信サイト[[Ustream]]にて、11:50 - 12:00(生放送開始)の間、[[いいとも青年隊#15代目・クルット&ハリー(いいともAD隊)|AD隊(クルット&ハリー)]]の[[前説]]の模様を特別に配信していた<ref>{{Cite web|和書|url=http://www.fujitv.co.jp/iitomo/ustream/index.html |title=アーカイブされたコピー |accessdate=2013-10-22 |archiveurl=https://web.archive.org/web/20120118101025/http://www.fujitv.co.jp/iitomo/ustream/index.html |archivedate=2012-01-18 }}</ref>。同年11月21日放送分の『増刊号』にて、「[[イマつぶ]]」を配信開始した。テレフォンゲストへのつぶやきや、番組へのつぶやき、スタッフのつぶやきを当番組の公式ホームページ上で紹介していた。
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* 2013年5月6日放送分、テレフォンショッキングに[[みのもんた]]が出演(2013年5月3日放送分の[[雨上がり決死隊]]からの紹介)。裏番組であった『[[午後は○○おもいッきりテレビ]]』→『[[おもいッきりイイ!!テレビ]]』([[日本テレビ放送網|日本テレビ]][[日本テレビネットワーク協議会|系列]]{{Efn2|なお、[[テレビ大分]]は[[日本テレビネットワーク協議会|NNS]]加盟局であるものの、FNSとのクロスネット局という事情から「おもいッきり」シリーズはネットせず、当番組をネットしていた。また[[テレビ宮崎]]はNNS非加盟かつFNS主体で[[オールニッポン・ニュース・ネットワーク|ANN]]系列とのトリプルネット局であるため、こちらも当番組をネットしていた。なお大分県では直接受信やケーブルテレビ局を通じて、隣接する[[福岡放送]]・[[山口放送]]・[[南海放送]]などが、宮崎県ではケーブルテレビ局を通じて、隣接する[[熊本県民テレビ|くまもと県民テレビ]]や[[鹿児島讀賣テレビ]]などで、それぞれリアルタイムでの視聴が可能だった。}})の司会を20年務めていたため、1984年7月12日放送分以来、29年ぶりの出演となった<ref>{{cite news|title=みのもんた タモリと29年ぶり共演!かつては同時間帯のライバル|author=|newspaper=スポーツニッポン|date=2013-05-06|url=http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2013/05/06/kiji/K20130506005748990.html|accessdate=2013-07-03|archiveurl=https://web.archive.org/web/20130510005100/http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2013/05/06/kiji/K20130506005748990.html|archivedate=2013年5月10日}}</ref>。
==== 番組の終焉(2013年7月 - 最終回) ====
[[File:People watching final episode of Waratte Iitomo!, Studio ALTA.jpg|thumb|2014年3月31日午後9時ごろ、[[新宿アルタ]]前にて“グランドフィナーレ 感謝の超特大号”放送の様子を眺める人たち]]
* 2013年7月1日放送分より、一部レギュラーの出演曜日が変更となる(詳細は[[笑っていいとも!レギュラー出演者一覧#歴代レギュラー出演者|こちら]]を参照)。また、この時期より、各曜日レギュラー陣に任せ、タモリが出演しないコーナーが新設された(オープニングコーナーとテレフォンショッキング、いいともCUPのみの出演の日が多かった)。既存のコーナーを含み、事前告知も行われていなかったため、タモリの体調を心配する声が上がったが、フジテレビは体調不良説を否定していた<ref>{{cite news|title=“タモリ不在”いいともに異変、一部コーナーから姿消した理由は?|author=|newspaper=ナリナリドットコム|date=2013-07-02|url=http://www.narinari.com/Nd/20130722139.html|accessdate=2013-07-03|archiveurl=https://web.archive.org/web/20130705181321/http://www.narinari.com/Nd/20130722139.html|archivedate=2013年7月5日}}</ref>。
* 2013年9月30日(月曜日)放送分からチーフプロデューサーに[[中嶋優一]]が就任したが、これが番組最後のCPとなった。
* 2013年10月14日(月曜日、[[体育の日]])は、[[小学生]]の男女100人と[[保護者]]50人が番組観覧した。この日は特別企画として「学問の秋 いま小学生に伝えたい特別授業SP」が行われ、月曜レギュラー6名とコーナーレギュラーの[[林修]]([[東進ハイスクール]]・[[東進衛星予備校]][[講師 (教育)|講師]])が様々なテーマで講義を行い、[[鈴木福]](Holidayレギュラー)と[[ふなっしー]]が客席前列に同席して見守った<ref>[http://www007.upp.so-net.ne.jp/iitomo/2013/20131014.htm 今日のいいともニュース 2013年10月14日(月)] {{webarchive|url=https://web.archive.org/web/20150119100828/http://www007.upp.so-net.ne.jp/iitomo/2013/20131014.htm |date=2015年1月19日 }}</ref>。
* 2013年10月22日(火曜日)放送分において、木曜レギュラーの笑福亭鶴瓶が番組終盤にエンディングゲストとして登場し、タモリに対して'''「『いいとも!』終わるってホンマ?」'''と聞き、タモリから'''2014年の3月をもって番組が終了することが発表された'''<ref>[http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2013/10/22/kiji/K20131022006858090.html 「笑っていいとも!」来年3月で終了 32年間の歴史に幕] {{webarchive|url=https://web.archive.org/web/20131202232429/http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2013/10/22/kiji/K20131022006858090.html |date=2013年12月2日 }} スポーツニッポン 2013年10月22日</ref><ref>[http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2013/11/06/kiji/K20131106006963810.html 鶴瓶「いいとも!」幕引き タモリに頼まれ大役務めるも“クレーム”] {{webarchive|url=https://web.archive.org/web/20160423001603/http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2013/11/06/kiji/K20131106006963810.html |date=2016年4月23日 }} スポーツニッポン 2013年11月6日</ref>。ただし「噂で聞いた」と言いながらも、グランドフィナーレでの鶴瓶のスピーチによると、鶴瓶には番組終了を伝えていたらしく、このやり取りには矛盾がある。
* 2014年1月13日([[成人の日]])はこの年[[成人式]]を迎えた新成人150人が観客席に座った。テレフォンゲストは[[フリーアナウンサー]]の[[宮根誠司]]{{Efn2|通常は宮根が司会を務める『[[情報ライブ ミヤネ屋]]』(日本テレビ系列)が大阪・[[讀賣テレビ放送|読売テレビ]]から生放送を行っている関係で出演できないが、この日は[[全国高等学校サッカー選手権大会|高校サッカー]]の決勝が中継される関係で番組が放送休止だったため出演できた。なお翌日の『ミヤネ屋』で「テレフォンショッキング」出演時のネームプレートを披露した。}}。
* 2014年1月14日放送分で、放送回数8,000回を達成。火曜レギュラー陣と「8000回記念アカペラ青年隊」こと[[ゴスペラーズ]]と共に、2004年7月の『[[FNS27時間テレビ|27時間テレビ]]』以来約10年ぶりに、タモリがオープニングで歌唱した(特番を除く通常放送としては、2000年2月28日の生放送以来の約14年ぶり)。テレフォンゲストとして、1985年2月25日以来、29年ぶりに[[とんねるず]]が出演。その場でレギュラーになることが発表された{{R|toretatefuji20140115}}<ref>[http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2014/01/14/kiji/K20140114007384300.html とんねるず 残り2ケ月半でレギュラー獲得 29年ぶり「いいとも!」で独壇場] {{webarchive|url=https://web.archive.org/web/20141111120916/http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2014/01/14/kiji/K20140114007384300.html |date=2014年11月11日 }} スポーツニッポン 2014年1月14日閲覧</ref>。
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; 2015年
* 2015年2月、カルチャー誌「[[Quick Japan]]」で展開される人気企画「テレビ・オブ・ザ・イヤー2014」で当番組が大賞に輝いた<ref>[https://natalie.mu/owarai/news/137784 いいとも!フィナーレやバカリズム、QJ「テレビ・オブ・ザ・イヤー」受賞] - ナタリー {{webarchive|url=https://web.archive.org/web/20150402140133/http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150204-00000059-natalieo-ent |date=2015年4月2日 }}</ref>。
* 2015年以降、テレビ朝日系列では毎年9月に大型特別番組『[[ミュージックステーションウルトラFES]]』を12:00(司会のタモリが本番組に出演していた時間帯)から21:48まで生放送している{{Efn2|2017年は22:18まで放送された。}}。
; 2016年
* 3月31日に『ごきげんよう』が終了。通算の放送年数は前身の番組を含めれば、奇しくも『いいとも!』と同じ31年6ヶ月だった。
*
* 2016年7月放送の『[[FNS27時間テレビ (2016年)|FNS27時間テレビフェスティバル!]]』にて、「そっくりさんカーニバル」(「身内自慢コンテスト」)の特別版「FNS全国そっくりキャラ選手権」が行われた。
; 2017年
348 ⟶ 355行目:
; 2023年
* 2023年1月9日に『ポップUP!』の後番組として放送が開始された『[[ぽかぽか]]』には元いいとも!レギュラーからは[[澤部佑]]([[ハライチ]])が相方・[[岩井勇気]]とコンビで総合MCとして出演している。
; 2025年
* 2月28日をもって[[新宿アルタ]]が閉館<ref>{{Cite news|url=https://www3.nhk.or.jp/news/html/20250301/k10014736721000.html|title=新宿アルタ閉店「笑っていいとも!」放送など約45年の歴史に幕|publisher=NHK NEWS WEB|date=2025-03-01|accessdate=2025-04-18}}</ref>(番組を放送していたビル内の[[スタジオアルタ]]は2016年に閉館した)。
== 放送
* 1984年2月17日、番組の生放送中に突然スタジオ内に火のついていない[[発煙筒]]が投げ込まれる事件があった。投げ込んだのは右翼系政治結社「[[正氣塾]]」の未成年メンバーで、[[建造物侵入]]及び[[威力業務妨害]]の罪で[[警視庁]]に[[現行犯逮捕]]された<ref>1984年2月17日付[[中日新聞]]夕刊より</ref>。
* 1988年7月1日、タモリが泥酔した状態で出演し、オープニングの歌唱で暴走し、コーナーではふらつきながら進行していた。また、当時の金曜レギュラーである明石家さんまに厳重注意されていた。
** タモリが泥酔していた原因は、1988年7月16日に放送された「FNSスーパースペシャル 1億人のテレビ夢列島’88」の司会をさんまが断ったことに関して、タモリが親交が深いさんまに「裏切られた」という勘違いにより三日三晩酔っ払い続け、当日の放送も酔ったまま出演したことである。
** 経緯として、フジテレビのスタッフがタモリに夢列島の司会交渉をする際、さんまに出演オファーをしていない状態で「さんまも司会をする」と伝え、タモリは快諾した。後日、さんまに交渉したところ「第一回放送内容を超えられない」という理由で司会を辞退した。タモリはさんまに当初オファーしていなかったことを聞かされていないまま、さんまが司会を辞退したと耳に入り、理由を聞く為、深夜に酔った状態でさんまに電話をした。しかし自宅ではなくさんまの個人事務所「オフィス事務所」に電話を掛けた為、事務所に寝泊まりしていた[[村上ショージ]]が応答し、夜中に電話があったことで、タモリ本人とは思わず、タモリを名乗った[[迷惑電話|イタズラ電話]]だと思い込み、電話相手のタモリ本人に激怒してしまった。そのことがタモリを勘違いさせる一因となり、三日三晩酔い続けたとさんまとタモリは語っている。
* 1989年11月7日、ウキウキwachingを歌唱中、いいとも青年体のテロップではなく、誤って「ライオンのいただきますⅡ」のタイトルロゴが表示された。
* 1989年12月4日、「Well Talk~どっちにつくか!?」の放送中、河田町・フジテレビのCM送出し機材が故障し、放送が中断し、CMが暴走、その後、「しばらくお待ちください」の画面が出された。一瞬、CMの映像が音声が流れたものの、しばらくお待ちください。の文字がでた。復旧後、今後CMが流れず、フリートークをしたまま、エンディングに突入。番組の終盤には、「ライオンのいただきます」の提供テロップが流れた。最後に、次回の予告とともに、[[三宅正治]]の謝罪ナレーションが入った。
* 1993年9月13日に、[[伊集院光]]が自身のラジオ番組([[伊集院光のOh!デカナイト]])のコーナーで、20日のテレホンショッキングのゲストのもとに大量の[[電報]]が届くという予言(という名目のリスナーへの煽り)を放送した為、20日のゲスト、[[本田博太郎]]の元に「電話帳にして4冊分」という大量の電報がリスナーの手によって届いてしまった(通常ゲストに届くのは数通程度)。しかし、本田の娘が伊集院のラジオリスナーであったことや、本田自身が、洒落がわかる人間であったため、批判はなく、後日、伊集院の番組で本田を称える放送を行った。
* [[2001年]]7月頃、「ザ・定番ショー」コーナーにて、[[江頭2:50]]が出演した際、江頭が[[トルコ]]で裸になったことを[[橋田寿賀子]]が言及し、その反撃として江頭が橋田にディープキスした。直様香取慎吾と極楽とんぼに制止され、番組はCMに入ったが、それ以来13年間いいともを[[出入禁止]]にされたことを[[2020年]][[2月26日]]に自身の[[YouTube]]上で公表した。その後番組が最終回の間近の[[2014年]][[3月12日]]に約13年ぶりに出演<ref>{{Cite web|和書|url=https://www.asagei.com/excerpt/144571|title=江頭2:50、「いいとも出禁伝説」の驚愕真相を激白も擁護論が出る不思議人気!|website=[[アサヒ芸能]]|date=2014-03-09|accessdate=2021-09-02}}</ref><ref name="livedoor">{{Cite news|title=江頭2:50、橋田壽賀子にキスして『いいとも』13年間出禁となる|newspaper=[[FLASH (写真週刊誌)|FLASH]]|date=2020-2-29|url=https://smart-flash.jp/
* 2003年6月4日、「ドリームズカムチャイルド」{{Efn2|子供が自身の将来の夢を発表する内容。}} のコーナーで、当時4歳の女児が登場し挨拶。素人参加が前提とされる企画でありながら、「[[キリンプロ]]の…」と、所属事務所名を付けて自己紹介をしてしまった。その直後に、同コーナーでの出番を終えてセット脇に座っていた男児が突然に「ママがね、(所属事務所の名前を)言っちゃダメって言ってるのに間違えて言った」と話し始め、事務所を介した仕込みでの参加であることを意図せず暴露してしまった。出演者の[[藤井隆]]が「[[吉本興業]]の藤井隆です!」とギャグを入れるなど、メンバーのフォローもあって問題なくコーナーは進行したが、タモリは「夢はさかなクンになること」と語った女児にハコフグの帽子を被せながら「今日から君はハコフグプロだ」とツッコんだり、コーナー終わりのCM前に「さあ来週はどこの事務所かな?」などとイジる発言を繰り返した。
* 2005年9月21日の放送で、タモリと[[山崎邦正]]のトーク中に観客席の一般人男性が突然「『いいとも!』が年内に終了するってほんとなんですか?」と割って入るハプニングがあった。タモリは冷静に「(番組が終了するという話は)聞いてませんよ」と男性に返答したが、その後の男性はしつこく「本当なんですか?」と繰り返したため、ゲストの山崎や観客がザワつき、「タモリさんが連れて来たんでしょォ!?」「お前が来るからへんな奴が一緒に来たんだ!」とタモリと山崎のアドリブ合戦に発展する場面があった。CMが終わると既に男性の姿はなく、その席にはタモリのアドリブで小さな白い[[クマ|熊]]の[[ぬいぐるみ]]が置かれていた。
== テーマソング ==
{{Infobox Song
|Name=ウキウキWATCHING
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当番組を観覧希望するには、[[はがき#日本におけるはがき|往復はがき]]で、希望日、希望人数、全員の氏名・年齢・職業、代表者の連絡先を明記の上、希望放送曜日の1か月から10日前までに番組宛に必着で応募する。1人で多数の応募や、記入漏れがあった場合は無効となり、参加メンバーの変更は出来ない。
番組開始当初から、18歳未満、および[[高校生]](18歳以上であっても定時・通信制を含む高校生であれば該当)による応募は(18歳以上の同伴者を伴った場合を含め)無効となっている。理由としては、[[学校]]([[高校]])を無断欠席し、観覧させるのを防ぐためとのタモリの意向による{{Efn2|後者は[[景山民夫]]との対談集『極楽テレビ』より。}} とされるが、番組に出演(一般人・芸能人ともに)する際にはこうした制限もなく、一般の就学児童や学生が学校を欠席して出演している。学校が元々休みの場合(夏休みや祝日など)であっても応募はできない。18歳以上で[[高等学校|高校]]を卒業していても、3月31日までは身分上は高校生なので、新年度になる4月までは応募不可となっている。
なお、次に挙げる各回は通常の観覧募集を行わず、以下のような特別観覧となった。
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* 1995年5月16日:[[オウム真理教]]教祖・[[麻原彰晃]]逮捕
* 2001年9月12日:[[アメリカ同時多発テロ事件]]
* 2003年3月20日:[[イラク戦争]]開戦<ref>[https://web.archive.org/web/20030415220944/http://www.zakzak.co.jp/top/t-2003_03/2t2003032011.html 「いいとも」休止、TV各局も“臨戦態勢”]、ZAKZAK、2003年3月20日。</ref>
** 放送は休止になったが、番組収録自体は通常通り実施され、同年3月23日放送分の『増刊号』の中で、未放送シーンが放送された。
* 2011年3月14日 - 18日:東日本大震災
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|[[秋田県]]||[[秋田テレビ]](AKT)||1984年4月2日 - 1985年3月29日は12:04飛び乗り<ref>『[[秋田魁新報]]』1984年3月30日、4月2日発行分、『[[ザテレビジョン]]青森・岩手・秋田・山形版』1985年3月20日、27日発売分</ref><br />1987年3月31日まではテレビ朝日系列とのクロスネット局
|-
|[[山形県]]||[[さくらんぼテレビジョン|さくらんぼテレビ]](SAY)||1997年
|-
|[[福島県]]||[[福島テレビ]](FTV)||1983年10月3日から同時ネット開始<br>1983年9月30日まではTBS系列とのクロスネット局
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|2004年9月まで正式社名・愛媛放送
|-
|[[高知県]]||[[高知さんさんテレビ]](KSS)||1997年
|-
|[[福岡県]]||[[テレビ西日本]](TNC)
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|高知県
|[[高知放送]](RKC)
|1987年3月30日から1996年9月27日まで<br>1996年9月30日から1997年3月
|-
|山形県
|[[山形テレビ]](YTS)
|フジテレビ系列
|1993年3月31日まで<ref>「[[山形新聞]]縮刷版(平成5年3月)」([[山形新聞|山形新聞社]])、842頁(「山形新聞」1993年3月31日、朝刊20面)。</ref><br>1993年4月1日より[[オールニッポン・ニュースネットワーク|テレビ朝日系列]]<br>1993年4月1日から1997年3月
|-
|山口県
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{{前後番組
|放送局=
|放送枠=月 - 金曜12:00 - 12:55
|番組名=森田一義アワー 笑っていいとも!<br />(1982年10月4日 - 2014年3月31日)
|前番組=[[笑ってる場合ですよ!]]<br />(1980年10月1日 - 1982年10月1日)
|次番組=[[バイキングMORE|バイキング<br />↓ <br />バイキングMORE]]<br />※11:55 - 13:00<br /> (2014年4月1日 - 2022年4月1日)
|2放送局=[[フジテレビ]]
|2放送枠=月 - 金曜12:55 - 13:00
|2番組名=森田一義アワー 笑っていいとも!<br />(1984年4月 - 2014年3月31日)
|2前番組=生活美人<br />(1983年4月 - 1984年3月)
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{{タモリ}}
{{Normdaten}}
{{デフォルトソート:もりたかすよしあわあ わらつていいとも}}
[[Category:笑っていいとも!|*]]
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