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四 私企業の労働者であると、公務員を含むその他の勤労者であるとを問わず、使用者に対する経済的地位の向上の要請とは直接関係のない警察官職務執行法の改正に対する反対のような政治的目的のために争議行為を行なうことは、憲法二八条とは無関係なものである。
|法廷名=大法廷
|裁判長=[[石田和外 (裁判官)|石田和外]]
|陪席裁判官=[[大隅健一郎]] [[村上朝一]] [[関根小郷]] [[藤林益三]] [[岡原昌男]] [[小川信雄 (法曹)|小川信雄]] [[下田武三]] [[岸盛一]] [[天野武一]] [[坂本吉勝]] [[田中二郎]] [[岩田誠]] [[下村三郎]] [[色川幸太郎]]
|多数意見=石田和外 村上朝一 藤林益三 岡原昌男 下田武三 岸盛一 天野武一 下村三郎
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|反対意見=色川幸太郎
|参照法条=憲法28条、国家公務員法98条5項、110条1項17号
|url=httphttps://www.courts.go.jp/apphanrei/hanrei_jp50906/detail2?id=50906/index.html
}}
'''全農林警職法事件'''(ぜんのうりんけいしょくほうじけん)とは、[[公務員]]の[[労働基本権]]の制限が問題とされた日本の刑事事件。[[最高裁判所 (日本)|最高裁判所]][[1973年|昭和48年]][[4月25日]][[大法廷]][[判決]]は、憲法判例として著名である。最高裁判決が同日になった「全農林長崎事件」と「国労久留米事件」も合わせて解説する
 
[[全農林労働組合]]が、[[警察官職務執行法]]改正反対運動の一環として、2時間の時限ストを行いその間は職場集会に参加するよう傘下の都道府県本部に呼びかけた事が、[[国家公務員法]]第98条第5項(違法な争議の煽り行為禁止)違反で同法第110条第1項第17号の罪に問われたものである。
 
[[最高裁判所 (日本)|最高裁判所]][[1973年|昭和48年]][[4月25日]][[大法廷]][[判決]]は、憲法判例として著名である。最高裁判決が同日になった「全農林長崎事件」と「国労久留米事件」も合わせて解説する。
 
==内容==
===下級審===
1963年4月19日に東京地裁は指令6号の発出について関与者としての責任は認めなかったが、11月5日に当日職員約3000人に対する職場大会参加を慫慂した事実を認めた上で、通常の争議行為における討議、説得、慫慂、指令の発出という一連の行為は争議行為の実態からみると、実行行為と同等の評価を与えるのが相当で、実行行為者処罰が許されない以上は実行行為と通常不可分な随伴的行為を出たに止まる者を処罰することも許されないことから煽り等の行為が強度の違法性をもつ場合に限って処罰が認められるが、本件被告人らの行為は所属団体の意思に添ったものであり、ピケットは通常の方法であって強度の違法性を帯びるとはいえないから争議行為の煽りに当たらないとして、被告人5人全員の無罪判決を言い渡した<ref>{{Sfn|田中二郎|佐藤功|野村二郎『戦後政治裁判史録3』(第一法規)211|1980|pp=211-213頁</ref>}}。
 
検察は控訴し、1968年9月30日に東京高裁は電報指令6号発出についての被告人の関与と責任を認め、争議行為の共謀や煽り等は、指導的行為であって争議行為の原動力・支柱となりこれを誘発する危険性を持つものだから、争議の実行行為そのものよりも違法性が強く、国家公務員法が煽り行為等を独立の犯罪として処罰するのは合理性があるとして、5人に罰金5万円の刑を言い渡した<ref>{{Sfn|田中二郎|佐藤功|野村二郎『戦後政治裁判史録3』(第一法規)213頁</ref>|1980|p=213}}
 
弁護側は最高裁上告した<ref>{{Sfn|田中二郎|佐藤功|野村二郎『戦後政治裁判史録3』(第一法規)214頁</ref>|1980|p=214}}
 
同じころ、労働争議に絡む刑事訴訟として「全農林長崎事件」と「国労久留米事件」があったが、「全農林警職法事件」と同じころに高裁判決が出ており、これも最高裁に上告された<ref>{{Sfn|田中二郎|佐藤功|野村二郎『戦後政治裁判史録3』(第一法規)214|1980|pp=214-215頁</ref>}}
*全農林長崎事件(1961年10月に農林省長崎統計局調査事務所で旅行慣行の破棄や組合無視的な態度を当局がとったとして、分会員約50名が抗議のため中庭に座り込んだ行為で全農林県本部幹部2名が国家公務員法違反で起訴された事件) - 一審は罰金刑・二審は無罪
*国労久留米事件(1962年3月に国労による年度末手当闘争の際に国労門司地方本部役員らが久留米駅東てこ扱所に入り、階段に座り込んだ組合員に対する鉄道公安職員の実力排除を妨害したとして建造物侵入罪と公務執行妨害罪で起訴された事件) - 一審は建造物侵入のみで有罪・二審は無罪
 
===最高裁===
1972年に入って、全農林警職法事件を含む3事件について7月3日、7月5日、7月7日、7月10日、7月12日の5日間にわたり弁論を開くことを決定した<ref name="tanaka_213">{{Sfn|田中二郎|佐藤功|野村二郎『戦後政治裁判史録3』(第一法規)213頁</ref>|1980|p=213}}。[[岡原昌男]]裁判官は全農林長崎事件の検事上告の際に福岡高検検事長として上告趣意書に関与していたために同事件から回避しているが、他2事件についても全く同種の事件のために、[[天野武一]]裁判官は最高裁に係属中の和教組事件等に最高検次長検事として関与したが、3事件と密接に関連する事件があるから、弁護人から2裁判官について忌避の申し立てがされたが却下された<ref name{{Sfn|田中二郎|佐藤功|野村二郎|1980|p="tanaka_213"></ref>213}}。
 
1973年4月25日、最高裁は「全農林警職法事件」の有罪判決維持と、「全農林長崎事件」と「国労久留米事件」の無罪判決破棄差し戻しを言い渡した<ref>{{Sfn|田中二郎|佐藤功|野村二郎『戦後政治裁判史録3』(第一法規)216・|1980|pp=216-217頁</ref>}}。ただし、最高裁の票決は割れており、全農林警職法事件は結論は14対1であるが、判例変更の点は8対7であった<ref>{{Sfn|田中二郎|佐藤功|野村二郎『戦後政治裁判史録3』(第一法規)217頁</ref>|1980|p=217}}
 
以下は多数意見の概要である<ref>{{Sfn|田中二郎|佐藤功|野村二郎『戦後政治裁判史録3』(第一法規)217|1980|pp=217-220頁</ref>}}
*憲法第28条の労働基本権の保障は公務員に対して及ぶが、それは経済的地位向上のための手段として認められた物で、それ自体が目的とされる絶対的なものではないから、おのずから勤労者を含めた国民全体の共同利益からする制約を免れない。
*公務員が争議行為に及ぶことは、その地位の特殊性と職務の公共性と相容れないばかりでなく公務の停廃をもたらし、国民全体の共同利益に重大な影響を及ぼすおそれがあるから、これに必要やむをえない限度の制限を加えることは十分合理的理由がある。公務員の勤労条件の決定は私企業と異なり、政治的、財政的、社会的その他の合理的配慮により立法府で論議のうえなされるべきもので、争議行為の圧力により強制を容認する余地は全くなく、議会制民主主義に背馳し、国会の議決権を侵すおそれがある。
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*国家公務員法の争議行為のあおり等を処罰する規定は、公務員の争議行為による業務の停廃が広く国民全体の共同利益に重大な障害をもたらすおそれのあることを考慮し、何人であってもかかる違法な争議行為の原動力または支柱としての役割を演じた場合はこのことを理由として罰則を設けている。争議行為を煽る等の行為をする者は違法な争議行為に原動力を与える者として単なる争議参加者に比べて社会的責任が重いから、その者に対し特に罰則を設けることは十分合理性があり憲法第18条・憲法28条に違反しない。
*警職法改悪反対という政治目的のため争議行為を行うことは本来経済的地位向上のための手段として認められた争議行為をその政治主張貫徹為の手段として使用する者で、特に勤労者であるゆえにこのような特権を持つとはいえないから、特別の保障はありえない。公務員が政治目的のため争議行為をすることは二重の意味で許されず、憲法が保障する言論の自由を逸脱する者であり、煽り等の行為を処罰する国家公務員法の規定は憲法第21条に違反しない。
*「煽り」とは他人に対し、その行為を実行する決意を生じさるような又はすでに生じている決意を助長させるような勢いのある刺激を与えることで、国家公務員法第110条第1項第17号は内容が漠然としているものではないから、憲法第31条に違反しない。
 
少数意見は[[岩田誠]]の意見、[[田中二郎]]・[[大隅健一郎]]・[[関根小郷]]・[[小川信雄 (法曹)|小川信雄]]・[[坂本吉勝]]の意見、[[色川幸太郎]]の反対意見の3つに分かれる<ref>{{Sfn|田中二郎|佐藤功|野村二郎『戦後政治裁判史録3』(第一法規)220|1980|p=220-222頁</ref>}}
*岩田誠の意見
**国家公務員法の争議行為煽り処罰規定は文字通り解する時は違憲の疑いがあり、これを限定解釈するべきだる殿との立場をちつつも、争議行為や煽り行為等の違法性の強弱によってその適用の有無を決めるべきではない。
*田中二郎・大隅健一郎・関根小郷・小川信雄・坂本吉勝の意見
**公務員の地位の特殊性を強調する考え方は公務員の労働基本権に対する制約原理としてよりも、むしろこれを否定する原理として働くもので、公務員にも憲法第28条の労働基本権があるという多数意見の理論とも矛盾する契機を持つ。公務員の職務が原則として公共の利益があり、争議行為制限の実質的理由とされていることはその通りだが、公務の内容は多種多様であり、その阻害を全て公益侵害なる抽象的観念的基準で一律に割り切り、その争議行為を主体内容、態様、程度いかんに関わらず全面的に禁止し、その煽り等の全ての行為に刑事制裁を科すことはとうてい憲法上正当化できない。
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[[全逓東京中郵事件]]以前は、「[[公共の福祉]]」論、「全体の奉仕者」論に基づき、公務員の労働基本権の制約を広く認めるのが判例の動きだった。全逓東京中郵事件判決は、公務員の労働基本権を認め、基本権の制限規定を限定解釈しようとしたものである。この流れは、[[東京都教組事件]]にも引き継がれた。しかしながら、本判決は、公務員の労働基本権は認めたものの、判例の流れを一転させ、全逓東京中郵事件以前の、広く労働基本権の制限を正当と認めるものとなった。本判決に学説は批判的である。
 
その後、1977年5月に「全逓名古屋中郵事件」<ref group="注釈">1958年の[[春闘]]で、[[名古屋西郵便局|名古屋中央郵便局]]勤務の[[全逓]]の組合員達が3月20日に職場内集会を行なったことが国家公務員法・郵便法違反、建造物侵入に問われた。東京中央局・大阪中央局と共に全部で66人が逮捕された</ref>で、全逓東京中郵事件の判例が変更され、前年の1976年5月に「岩教組学テ事件」([[全国学力テスト]]を批判する日教組組合員の岩手県の教師達が実施を阻止しようとした事件。[[旭川学テ事件]]を参照)で東京都教組事件の判例が変更され、現在に至る。どちらも大法廷である。近年、[[国際労働機関|ILO]]勧告により公務員の労働基本権の改善が求められているが、現在のところ公務員法改正に向けて目立った動きはない。
 
== 代償措置としての人事院 ==
公務員の労働基本権制約の代償措置として設けられているのが[[人事院]]であり、主に[[人事院勧告]]によりその補完をしているとされる(本判決でも重視された)。しかし、判例は、人事院勧告の実施が凍結されても、代償措置が機能していないとは言えないとする(最高裁判所平成12年3月17日判決)。
 
== 脚注 ==
{{脚注ヘルプ}}
<references />
=== 注釈 ===
{{Notelist}}
=== 出典 ===
{{Reflist|2}}
 
== 参考文献 ==
*{{Cite book|和書|author1=[[田中二郎]]|author2=[[佐藤功]]|author3=[[野村二郎 (ジャーナリスト)|野村二郎]]|title=戦後政治裁判史録 3| year=1980|publisher=第一法規出版|page=|isbn=9784474121133|ref=harv}}
{{参照方法|date=2022年6月|section=1}}
* [[芦部信喜]]([[高橋和之 (憲法学者)|高橋和之]]補訂)『[[憲法 (芦部信喜)|憲法 第4版]]』264頁
* 室井力「国家公務員の労働基本権」芦部信喜・高橋和之・[[長谷部恭男]]編『憲法判例百選II 第4版』312頁(有斐閣、2000年)
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== 外部リンク ==
* [httphttps://www.courts.go.jp/apphanrei/hanrei_jp50906/detail2?id=50906/index.html 最高裁判所判例集]
* [httphttps://ooharaoisr-org.mt.tamaws.hosei.ac.jp/khronikaresearch/1958dglb/1958_14.htmlexplanation/exp_detail/?exp_id=4-012-9002007 全逓大量処分] [[法政大学大原社会問題研究所]]編「大原クロニカ 社会・労働運動大年表」
 
{{Law-stub}}
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{{DEFAULTSORT:せんのうりんけいしよくほうしけん}}
[[Category:日本の判例]]
[[Category:日本の労働判例]]
[[Category:1973年の法]]