「国事行為臨時代行」の版間の差分
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[[ファイル:Crown Prince Naruhito and Sodovjamts Khurelbaatar.jpg|thumb|right|280px|2012年、国事行為臨時代行として、[[信任状捧呈式]]に臨む皇太子[[徳仁]]]]
'''国事行為臨時代行'''(こくじこういりんじだいこう)とは、'''[[国事行為の臨時代行に関する法律]]'''により[[国事行為]]を代行する[[皇族]]のこと、あるいは当該皇族が用いる職名のことである。
== 法の根拠 ==
[[国事行為の臨時代行に関する法律]][[s:国事行為の臨時代行に関する法律#1|1条]]および[[s:国事行為の臨時代行に関する法律#2|2条1項]]を参照。
憲法
== 委任 ==
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#[[親王]]及び[[王_(皇族)|王]]
#[[皇后]]
#[[皇太后]]<ref>[[天皇の退位等に関する皇室典範特例法]]により、[[上皇后]]が置かれている間は、上皇后は皇太后の例による。</ref>
#[[太皇太后]]
#[[内親王]]及び[[女王_(皇族)|女王]]
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== 代行する行為の対象 ==
国事行為臨時代行は{{独自研究範囲|摂政とは異なり|date=2024年3月}}[[国事行為]]のみの代行であり、[[内閣]]の助言と承認により、指定された[[国事行為]]のみを代行する(ただし、指定の仕方によっては包括的に代行することも可能)。
== 委任の解除と終了 ==
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== 署名と表記 ==
[[ファイル:Written appointment of prime minister.jpg|代替文=竹下登を内閣総理大臣に任命する官記の写真|サムネイル|[[昭和天皇]]の国事行為臨時代行に伴い、皇太子[[明仁]]の[[御名御璽]]により発せられた[[内閣総理大臣]]の任命の官記]]
天皇が法律・政令・条約の公布文に署名(縦書き。以下同じ)する場合は、原本には所定の位置に天皇の名([[御名御璽|御名]])が毛筆で(明仁天皇の例では「明仁」と)書かれるが、それが官報に公布(掲載)される際には(「貴人の[[諱]]を[[タブー|禁忌]]とする」慣例から)そのまま「明仁」とは活字印刷されず「御名」という2文字に置き換えられる。一方、摂政及び国事行為臨時代行が署名する場合は、まず原本の所定の位置に天皇の御名を代筆し、その左横のしかも字頭を1文字程度下げた位置に当該摂政等の名([[皇太子徳仁親王]]の例では「徳仁」)を添え書きするが、官報掲載では「御名」の置換表記の左行の字頭1字下げた位置に「摂政名」又は「国事行為臨時代行名」という置換表記がなされることとなっている(原本には「摂政」も「国事行為臨時代行」も明記されないことに注意)。
署名については摂政及び国事行為臨時代行の名も墨書されるが、璽(印章)については両者独自のものはなく[[御璽|天皇御璽]]を押すのみとなる。
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|1987年10月3日||同日||[[皇太子徳仁親王|徳仁親王]]|| style="white-space: nowrap;"|病気療養中<br>皇太子明仁親王<br />外国旅行||当分の間||全般||1987年10月10日||皇太子明仁親王<br />帰国||皇太子訪問先:アメリカ合衆国
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|rowspan="2"|1987年10月10日||rowspan="2"|同日||rowspan="2"|皇太子明仁親王||rowspan="2"|病気療養中<br />皇太子明仁親王<br />帰国||rowspan="2"|当分の間|| style="white-space: nowrap;"|全般(憲法第7条第5号から<br />第9号までに規定する<br />行為を除く)||1987年12月15日||nowrap|病気快復の状況<br />にかんがみ||第110回第111回国会を召集
竹下登を第74代内閣総理大臣に任命
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|憲法第7条第5号から<br />第9号までに規定する行為||rowspan="2" style="white-space: nowrap;"|1989年1月7日(終了)||rowspan="2"|崩御<br />皇太子明仁親王<br />皇位継承||
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|1988年9月22日||同日||皇太子明仁親王|| style="white-space: nowrap;"|病気療養の状況<br />にかんがみ||当分の間||全般(憲法第7条第5号から<br />第9号までに規定する<br />行為を除く)||第114回国会を召集
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|rowspan="23" style="font-weight: bold;"|明<br />仁<br />に<br />よ<br />る<br />委<br />任||1991年9月25日||同月26日||皇太子徳仁親王||外国旅行||外国旅行の間||全般||1991年10月6日||帰国||[[タイ王国|タイ国]]、[[マレーシア|マレイシア国]]及び[[インドネシア|インドネシア国]]
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|1993年8月5日||同月6日||皇太子徳仁親王||外国旅行||外国旅行の間||全般||1993年8月9日||帰国||ベルギー国 ※故・国王[[ボードゥアン1世 (ベルギー王)|ボードワン一世]]<br />の[[国葬]]参列のため
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|1993年9月2日||同月3日||皇太子徳仁親王||外国旅行||外国旅行の間||全般||1993年9月19日||帰国||[[イタリア|イタリア国]]、ベルギー国及び[[ドイツ|ドイツ国]]([[バチカン|バチカン市国]])
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|1994年6月9日||同月10日||皇太子徳仁親王||外国旅行||外国旅行の間||全般||1994年6月26日||帰国||アメリカ合衆国
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|2015年4月7日||同月8日||皇太子徳仁親王||外国旅行||外国旅行の間||全般||2015年4月9日||帰国||[[パラオ|パラオ国]]
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|2017年2月27日||同月28日||皇太子徳仁親王||外国旅行||外国旅行の間||全般||2017年3月6日||帰国||[[ベトナム|ベトナム国]](タイ国)
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|rowspan="4" style="font-weight: bold;"|徳<br />仁<br />に<br />よ<br />る<br />委<br />任||2022年9月16日||同月17日||[[秋篠宮文仁親王|皇嗣文仁親王]]||外国訪問||外国訪問の間||全般||2022年9月20日||帰国||英国
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|2023年6月16日||同月17日||皇嗣文仁親王||外国旅行||外国旅行の間||全般||2023年6月23日||帰国||インドネシア国
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|2024年6月21日||同月22日||皇嗣文仁親王||外国訪問||外国訪問の間||全般||2024年6月29日||帰国||英国
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|2025年7月4日||同月6日||皇嗣文仁親王||外国訪問||外国訪問の間||全般||継続中|| ||[[モンゴル国|モンゴル]]
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* 「委任年月日」左欄に記載の年月日は代行委任の内閣告示の官報掲載日。同右欄記載の期日(代行開始期日=外国旅行出発日等)とは必ずしも一致しない(旅行の場合は出発数日前に告示されるのが慣例)。ただし、旅行に起因する委任の解除年月日については、帰国当日付けとなる。
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