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|没年月日 =
|出身 = [[青森県]][[北津軽郡]][[中泊町]]
|身長 =
|体重 =
|BMI =
|所属部屋 = [[阿武松部屋]]
|得意技 = 突き・押し
|現在の番付 =
|最高位 = 西[[小結]]
|生涯戦歴 =
|幕内戦歴 =
|優勝 = 十両優勝1回
|賞 = [[三賞#殊勲賞|殊勲賞]]1回<br>[[三賞#敢闘賞|敢闘賞]]3回
|初土俵 = [[2013年]]1月場所
|入幕 = [[2017年]]5月場所
|引退 = [[2024年]]11月場所<br/>(番付上は[[2025年]]1月場所)
|引退後 = スキンケア用品を扱う企業に就職<ref>[https://www.daily.co.jp/general/2024/12/19/0018461931.shtml 元小結阿武咲が涙の引退会見「相撲をとれる体ではなくなった」 今後はスキンケア用品の企業に就職 同学年の元貴景勝とは「同じ時代に生きられてよかった」] デイリースポ―ツ 2024.12.19 (2024年12月19日閲覧)</ref>
|他の活動 =
|趣味 = 格闘技観戦、ドラマ観賞<ref name="shinnyumaku">[https://web.archive.org/web/20170506034353/http://www.hochi.co.jp/sports/sumo/20170504-OHT1T50233.html 阿武咲「立派な男になりたい」相撲王国・青森から4年ぶり新入幕] 2017年5月5日8時0分 スポーツ報知</ref>
|備考 = [[金星 (相撲)|金星]]2個<br />([[白鵬翔|白鵬]]1個、[[日馬富士公平|日馬富士]]1個)
|作成日時 = [[
}}
'''阿武咲 奎也'''(おうのしょう ふみや、[[1996年]][[7月4日]] - )は[[阿武松部屋]]に所属
== 来歴 ==
=== アマチュア時代 ===
祖父の勧めで5歳から[[相撲]]を始め、地元の中里道場に通って力をつけた<ref>[http://www.asahi.com/news/intro/TKY201212170772.html 「まずは十両」 国体V・打越君が阿武松部屋入門 青森] 朝日新聞デジタル 2012年12月17日(2013年11月8日閲覧)</ref>。阿武松部屋の子供向け相撲教室「キッズ阿武松」も5歳の頃から通い、まだ阿武松部屋に入門するかしないかの頃であった[[阿夢露光大|阿夢露]]は当時から打越を知っていた<ref name="episodo">[https://www.youtube.com/watch?v=1Iui6ywPVH8 力士はすごい!/ポン酢飲みすぎで救急車/鳴戸部屋の稽古は厳しすぎる!?] ガガちゃんねる【GAGA CHANNEL】 2023/04/13 (2023年6月10日閲覧)</ref>。[[宝富士大輔|宝富士]]は中里道場の10学年先輩で、打越の憧れ<ref name="nakasato">[https://www.sponichi.co.jp/sports/news/2017/07/20/kiji/20170719s00005000271000c.html 21歳阿武咲 青森・中泊の先輩宝富士に勝ち2敗死守] Sponichi Annex 2017年7月20日 05:30</ref>。NHK[[大相撲中継]]の新[[十両]]インタビューでは「力士がカッコいいと思いました」と当時から大相撲に憧れていたことを話している<ref name="okami">[https://web.archive.org/web/20161223134505/http://blogs.yahoo.co.jp/onomatuokami/26863037.html 阿武咲の新十両紹介] 阿武松おかみさんのブログ 2015/1/14(水) 午後 10:19</ref>。[[中泊町立中里小学校]]6年次に[[全日本小学生相撲優勝大会]]で優勝。[[中泊町立中里中学校]]進学後は2年次と3年次に[[全国都道府県中学生相撲選手権大会]]の無差別級で、大会史上初の2連覇を達成<ref name="webspo">[https://sportiva.shueisha.co.jp/clm/othersports/other/2017/11/11/___split_37/?page=2 横綱たちに稽古で可愛がられる新小結、阿武咲。「しっかり暴れます」] web Sportiva 2017.11.11(集英社、2017年11月23日)</ref><ref>[https://citytowada.exblog.jp/18092455 三本木農・打越奎也くん、国体相撲個人戦優勝を報告] 十和田市ブログ 「駒の里から」 2012年10月22日(2013年11月8日閲覧)</ref>。2年生の全国都道府県中学生相撲選手権大会制覇自体も、自身が2011年に達成してから2025年にテムージン・チルグンが達成するまで次なる達成者は14年待つこととなった<ref>[https://www.sponichi.co.jp/sports/news/2025/08/04/kiji/20250804s00005000080000c.html?page=1 全国都道府県中学生相撲選手権 怪物2年生・チルグンが優勝!個人戦決勝は史上初のモンゴル人対決] Sponichi Annex 2025年8月4日 06:13 (2025年8月8日閲覧)</ref>。その後雪国の生まれとあってウインタースポーツが得意。[[スキー]]、[[スノーボード]]もかなりの腕前で「昔から体重の割に動きが速く、バネがあるのはそのおかげ」だという<ref name="sikonaski"/>。[[舞の海秀平|舞の海]]の話によると、子供の頃はやんちゃであったという<ref>『大相撲中継』2017年9月16日号 p19</ref>。アマチュア時代は厳格な父から1週間で5kg増量することを命じられたり、[[腕立て伏せ]]と[[縄跳び]]を1日に1000回やらされたりしたが、父が若かったので父と競いながら[[稽古]]をしていた<ref name="onoshointerview1718">『大相撲ジャーナル』2017年12月号p17-18</ref>。
中学卒業後は[[青森県立三本木農業高等学校]]に進学。1年生ながら全国高校相撲宇佐大会と[[国民体育大会|国体]]相撲少年の部で優勝し、団体戦でも[[選抜高校相撲]]十和田大会優勝に貢献するなど、実力を遺憾なく発揮して自信を深めたため、卒業を待たずに[[相撲界|角界]]入りすることを決意。2年時の11月に高校を退学して、中里道場の監督と部屋所属だった元十両・[[古市貞秀|古市]]が大学の同期という縁で小学生のころから稽古の交流があった<ref>[[ベースボール・マガジン社]]刊 『[[相撲 (雑誌)|相撲]]』 2017年9月号(秋場所展望号) 33頁</ref>阿武松部屋([[関脇]]・[[益荒雄広生|益荒雄]])に入門し、[[2013年]]1月場所で初土俵を踏んだ<ref>[http://cgi.daily-tohoku.co.jp/cgi-bin/news/2012/12/18/new12121809top.htm 三農高で活躍 打越が阿武松部屋入門] デーリー東北新聞社 2012年12月18日(2013年11月8日閲覧)</ref><ref>[http://mainichi.jp/sports/news/20121227k0000m050053000c.html 大相撲初場所:多彩な16人全員合格 新弟子検査] 毎日.jp 2012年12月27日(2013年11月8日閲覧)</ref>。打越は入門に関して「あえて厳しい部屋を選びました。力士でいられるのは長くても20年。その時間を濃いものにしたいんです」と後に週刊誌で語っている<ref name="flashabu">[https://smart-flash.jp/sports/22768/ 注目の新星力士「阿武咲」カラオケでケミストリーを熱唱中]Smart FLASH 2017.07.25 .週刊FLASH 2017年7月18日号(光文社)(2017年8月23日閲覧)</ref>。初土俵から名乗っている四股名の「阿武咲」には地元の恩師の「阿武松部屋、土俵上に花が咲くように」との願いが込められている<ref name="sikonaski">[http://www.hochi.co.jp/sports/column/20170607-OHT1T50151.html 相撲界、期待の新星は寡黙なスノーボーダー] 2017年6月8日16時0分 スポーツ報知</ref>。
=== 入門から十両昇進まで ===
初土俵から一度も負け越す事なく順調に番付を上げ、2014年11月場所では東[[幕下]]3枚目で5勝2敗の成績を収め、場所後の番付編成会議にて2015年1月場所での新十両が決定した<ref>[https://www.nikkansports.com/sports/sumo/news/f-sp-tp3-20141126-1401065.html 阿武咲が新十両昇進] 日刊スポーツ 2014年11月26日閲覧</ref>。18歳5ヶ月20日(番付発表時)は昭和以降で10番目に若いスピード出世。昇進会見では「これからも感謝の気持ちと謙虚さを忘れずに」と「感謝」と「謙虚」の言葉を8度も用いる様子を見せ、師匠の阿武松は「身長は低く体は小さいが、全身にバネがある。スピードと瞬発力で、相手を根こそぎ持って行くような相撲を取ってほしい」と願い「相撲界で一番稽古する力士になってもらいたい」と期待していた<ref>[https://www.nikkansports.com/sports/sumo/news/f-sp-tp3-20141126-1401312.html 阿武咲10代十両昇進も「感謝、謙虚」] nikkansports.com 2014年11月26日20時20分</ref>。
=== 十両昇進から新入幕まで ===
[[関取]]昇進後は2場所目の[[2015年]]3月場所で入門以来初の[[負け越し]]を経験した。同年11月場所では11日目から自身初の休場となったが、13日目から再出場した<ref>[https://web.archive.org/web/20151122175602/http://www.jiji.com/jc/zc?k=201511/2015111900665&g=spo 十両の阿武咲が再出場へ=大相撲九州場所] 時事ドットコム 2015年11月19日(2015年11月22日閲覧)</ref>。この年は3場所[[勝ち越し]]て1年間十両の地位に定着した。しかし怪我の影響もあり[[2016年]]5月場所では幕下への陥落を経験。陥落直前には春[[巡業]]館林場所で朝稽古の最後に[[稀勢の里寛|稀勢の里]](当時は[[大関]])とぶつかり稽古を行っている様子が伝えられた<ref>[https://web.archive.org/web/20160414091632/http://www.hochi.co.jp/sports/sumo/20160412-OHT1T50133.html 幕下陥落濃厚の阿武咲、稀勢の里とぶつかり稽古「一場所で戻る」] 2016年4月13日8時0分 スポーツ報知</ref>。巡業で稽古を積んだ甲斐があってか、5月場所は優勝決定戦で[[豊山亮太|小柳]]に敗れはしたが7戦全勝で1場所での十両返り咲きを決めた。9月場所では[[千秋楽]]まで十両の優勝争いにからみ、11勝4敗の好成績で場所を終えた。続く11月場所は負け越したが、[[2017年]]1月場所は9勝6敗で勝ち越し、翌3月場所では千秋楽まで優勝争いに絡んで西十両2枚目で9勝6敗の成績を残し、5月場所で新入幕を果たした。
=== 新入幕から三役昇進まで ===
稽古の甲斐もあり、新入幕で迎えた2017年5月場所は初日こそ黒星だったものの、2日目からの5連勝もあり12日目に勝ち越しが決定。千秋楽は入門前からのライバルで、中学・高校と全国大会で競い合ってきた[[貴景勝光信|貴景勝]]に敗れた。それでも最終的には10勝5敗の二桁勝利で、自身初の[[三賞]]となる敢闘賞を受賞した<ref>[https://www.nikkansports.com/battle/sumo/news/1831057.html 殊勲賞は2横綱倒した御嶽海、敢闘賞は阿武咲/三賞] 日刊スポーツ 2017年5月28日13時29分</ref>。(因みに、この場所の三賞受賞者は阿武咲を含めて4人いるが、他の3人も全員千秋楽は敗れるという珍事になった<ref>[https://www.sponichi.co.jp/sports/news/2017/05/29/kiji/20170528s00005000524000c.html 三賞4人全員敗れる珍事 阿武咲、新入幕で敢闘賞も悔しい千秋楽] スポニチ Sponichi Annex 2017年5月29日05時30分</ref>。)初三賞の感想を「全然考えてなかったです。ありがたいですし、うれしいですね」と述べ、記者から「今場所を振り返って」「新入幕で、初めてのことも多かったと思います」と聞かれると、「いいところも悪いところも全部出たんじゃないですかね。課題も見つかりましたが、自信になった部分もありますよ」「皆様の応援のおかげですし、何より1番1番楽しめたと思います」とそれぞれコメントした<ref>『大相撲ジャーナル』2017年7月号 p40</ref>。6月17日は出稽古にやってきた稀勢の里と27番取って5勝した<ref>日刊スポーツ 2017年6月18日</ref><ref>[https://www.nikkansports.com/battle/sumo/news/1842292.html 稀勢の里、阿武咲と27番「状態はいい」と復調実感] 日刊スポーツ 2017年6月18日9時58分</ref>。その中には、電車道で持っていく相撲もあった<ref>[[相撲 (雑誌)|雑誌『相撲』]] 2017年7月号(名古屋場所展望号)57ページ 同年6月29日発売</ref>。
次の7月場所は番付運良く前場所より7枚半上昇で西前頭6枚目となった。その7月場所は13日目に4敗目を喫して脱落するまで優勝争いに加わり、最終的に10勝5敗<ref>[https://www.daily.co.jp/general/2017/07/21/0010391829.shtml 名古屋場所優勝争いは白鵬が1敗守る 碧山が1差 3敗に日馬富士、松鳳山] デイリースポーツ 2017.7.21</ref>、受賞は逃したが、敢闘賞と技能賞の候補に入った<ref>『大相撲中継』2017年8月12日号 p4</ref>。新入幕から2場所連続2桁勝利は年6場所制下では4人目となる記録<ref>『大相撲中継』2017年9月16日号 p79</ref>。8月16日の夏巡業津軽りんご市場場所では、いつも胸を出してもらっている[[髙安晃|高安]]に三番稽古で7戦全勝するなど絶好調であった<ref>『大相撲中継』2017年9月16日号 p7</ref>。「よかったと思う。足がよく動いた。地元の声援がうれしかった」と阿武咲は感想を述べている<ref>[https://www.sanspo.com/article/20170817-ONGCTALMCNP6DCJRXCN5YKRY3E/ 阿武咲、大関高安に7戦全勝!秋場所は3役以上と総当たり「楽しみ」] SANSPO.COM(産経新聞社) 2017.8.17 05:02(2017年8月24日閲覧)</ref>。
続く9月場所は上位総当りの東前頭3枚目の番付となった。[[横綱]]・大関に休場者が多かったため実際に対戦したのは1横綱2大関だけであったが、横綱・[[日馬富士公平|日馬富士]]からの初[[金星 (相撲)|金星]]獲得と大関・[[照ノ富士春雄|照ノ富士]]からの白星があり、5日目終了時点では幕内の優勝争いの単独首位となっていた<ref>{{Cite news |title=阿武咲の強心臓、初金星も「その空気が楽しかった」 |newspaper=日刊スポーツ |date=2017-09-15 |url=https://www.nikkansports.com/battle/sumo/news/201709150000157.html |accessdate=2017-09-24}}</ref>。特に日馬富士戦で金星を獲得した際には、空中を前方一回転させる[[叩き込み]]を決めている<ref>『大相撲ジャーナル』2017年12月号p38</ref><ref>『大相撲中継』2017年10月13日号 pp.4-5.</ref>。後半戦では3連敗もあって優勝争いから脱落したが、最終的に10勝5敗とし、15日制が定着した1949年夏場所以降では達成者がいなかった<ref>{{Cite news |title=阿武咲 初の新入幕3場所連続2桁勝利にあと1「意識しない」 |newspaper=スポニチアネックス |date=2017-09-24 |url=https://www.sponichi.co.jp/sports/news/2017/09/24/kiji/20170923s00005000322000c.html |accessdate=2017-09-24}}</ref>、新入幕から3場所連続の二桁白星という快挙を達成し、2度目の敢闘賞も獲得した。千秋楽の[[支度部屋]]では「二桁勝つことができて本当にうれしい。師匠から教わった押し相撲が取れた」と話す一方、「まだ一発で持っていく馬力がないという課題が分かった。自分の相撲を磨いて、次の九州場所に備える」と先を見ていた<ref>『大相撲中継』2017年10月13日号 p.7.</ref>。この好成績により、11月場所では新[[小結]](西小結)に昇進した。21歳3ヶ月での新[[三役]]昇進は、平成以降初土俵の力士としては6番目の年少記録である<ref>{{Cite news |title=新小結に阿武咲、横綱日馬富士は東正位 九州場所番付 |newspaper=日本経済新聞 |date=2017-10-30 |url=https://www.nikkei.com/article/DGXLSSXK00504_Z21C17A0000000/ |accessdate=2017-10-30}}</ref>。
=== 三役昇進以降 === 11月場所は初日の日馬富士戦に勝利して幸先の良いスタート切ったが、その後の上位戦は立ち合いから攻め込みながらも足が流れて負ける取組が多く、2日目から6連敗となった。11日目の[[栃煌山雄一郎|栃煌山]]戦にも敗れて勝ち越しに後が無くなったが、そこから連勝。14日目には2敗で[[白鵬翔|白鵬]]を追っていた[[北勝富士大輝|北勝富士]]に土を付け、千秋楽では同郷の先輩にあたる宝富士を電車道で押し出し、新三役の場所を勝ち越して終えた。2018年1月場所は9日目まで4勝5敗と振るわなかったばかりか、9日目の[[逸ノ城駿|逸ノ城]]戦で右膝を痛め、都内で診察を受け「右膝後十字靱帯損傷で1月場所の休場を要する」との22日付の[[診断書]]を提出して10日目から休場<ref>[https://www.nikkansports.com/battle/sumo/news/201801230000323.html 阿武咲が休場 右膝後十字靱帯損傷の診断書を提出] 日刊スポーツ 2018年1月23日12時40分(日刊スポーツ新聞社、2018年1月28日閲覧)</ref>。幕内での休場は自身初。新入幕から5場所目で初めて負け越したのは年6場所制定着以降阿武咲が9人目であり、休場によるケースは1985年5月場所の[[北尾光司|北尾]]以来2例目<ref>『大相撲中継』2018年2月17日号 p.79</ref>。場所後の2月3日、[[芝公園]]の[[増上寺]]で行われた[[追儺|節分追儺式]]は直前の場所を休場した関係上一度は不参加を伝えたが、場所後に参加を決め、実際に[[勢翔太|勢]]と仲良く豆を撒いた<ref name="zasshisumo2018031011">『相撲』2018年3月号 p.10-11</ref>。 3月場所は怪我が回復しないため全休。場所後の春巡業は初日からの休場が発表された<ref>[https://www.nikkansports.com/battle/sumo/news/201803310000241.html 稀勢の里、貴ノ岩ら12人が春巡業を初日から休場] 日刊スポーツ 2018年3月31日9時9分(日刊スポーツ新聞社、2018年4月4日閲覧)</ref>。5月場所は十両へ陥落して、西十両筆頭の番付で土俵へ復帰した。この場所は12勝3敗と格の違いを見せて、自身初めての各段優勝となる、十両優勝を果たした。7月場所は西前頭11枚目と2度目の入幕を果たし、ここでも10勝5敗と自身4度目の幕内2桁白星。9月2日の阿武松部屋へ出稽古へやって来た稀勢の里と13番取って3勝。最初の一番からエンジン全開だった。稀勢の里は阿武咲の激しい突き押し、強烈な[[喉輪]]を何発も受けながらも、まわしにこだわらず突き押しで対抗。その後も、まるで血気盛んな若手同士が行うほどの激しい相撲が続き、稀勢の里は鼻血を出しながら途中「あークソ」と叫ぶなど感情もむき出しにした<ref>[https://www.nikkansports.com/battle/sumo/news/201809030000224.html 稀勢の里鼻血「あークソ!」闘志むき出し激しい相撲] 日刊スポーツ 2018年9月3日8時57分(日刊スポーツ新聞社、2018年9月8日閲覧)</ref>。
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12月18日から23日かけて6日間、[[相撲教習所]]で行われた合同稽古を皆勤した。皆勤は関取では他に[[霧馬山鐵雄|霧馬山]]のみ<ref>[https://www.daily.co.jp/general/2020/12/23/0013959276.shtml 阿武咲、霧馬山の2人が合同稽古6日間完走 「けがなく無事終わって良かった」] デイリースポーツ 2020.12.23 (2021年1月6日閲覧)</ref>。
2021年1月、[[天鎧鵬貴由輝|天鎧鵬]]が23代音羽山を襲名する直前には既に[[年寄名跡]]の[[音羽山 (相撲)|音羽山]]を取得していたことが報道されたが<ref>{{Cite news |和書|title=取得に億単位の金がいる相撲の年寄株 協会理事長も「改革は無理」|newspaper=NEWSポストセブン|date=2021-01-10|url=https://www.news-postseven.com/archives/20210110_1625344.html?DETAIL|accessdate=2021-09-30}}</ref>、その後入門時の師匠である元益荒雄が所有との報道があり<ref>{{Cite news |和書|title=「大相撲“マル秘”スキャンダル場所」ガチンコ暴露座談会(2)逸ノ城は女将さんを夫人と間違われ|newspaper=アサ芸プラス|date=2023-01-21|url=https://www.asagei.com/excerpt/242979|accessdate=2023-06-19}}</ref><ref>{{Cite news |和書|title=元横綱・鶴竜、「断髪式」の裏で注目される「陸奥」継承問題 「白鵬の理事選出馬」が及ぼす影響|newspaper=NEWSポストセブン|date=2023-06-12|url=https://www.news-postseven.com/archives/20230612_1877604.html?DETAIL|accessdate=2023-06-19}}</ref><ref>{{Cite news |和書|title=兄弟子による現役力士への暴力事件、部屋側が“口封じ”か「おかみさんが自分の母に電話していた」|newspaper=デイリー新潮|date=2023-05-25|url=https://www.dailyshincho.jp/article/2023/05251057/?all=1&page=3|accessdate=2023-06-19}}</ref>、2023年12月に時津風一門の元横綱[[鶴竜力三郎|鶴竜]]が取得して襲名した<ref>[https://www.sponichi.co.jp/sports/news/2023/12/27/kiji/20231227s00005000429000c.html?amp=1 鶴竜親方が年寄・音羽山を襲名&独立「音羽山部屋」新設へ モンゴル出身の師匠は4人目] 2023年12月27日 17時25分スポーツニッポン (2023年12月30日閲覧)</ref>。
2021年1月場所は、11日目に1敗の単独首位であった[[大栄翔勇人|大栄翔]]に土を付ける活躍を見せ<ref>[https://www.nikkansports.com/battle/sumo/news/202101200000795.html 阿武咲「特に意識はなかった」単独首位の大栄翔破る] 日刊スポーツ 2021年1月20日19時40分 (2021年1月21日閲覧)</ref>、この場所を10勝5敗で終えた。千秋楽に白星を挙げたら受賞という条件付きで敢闘賞候補に挙がり<ref>[https://hochi.news/articles/20210926-OHT1T51094.html 妙義龍が8年ぶり6回目の技能賞 大栄翔は4回目の殊勲賞…秋場所三賞が決定] 2021年9月26日 13時22分スポーツ報知 (2021年9月26日閲覧)</ref>そのことに関しては「特に意識していない」と話し、千秋楽に敗れた際は「先に手を伸ばされた。しっかり前に出ようという意識だった。負けたので自分が弱いだけです」とコメント<ref>[https://www.nikkansports.com/battle/sumo/news/202109260000761.html 阿武咲が敢闘賞を逃す「負けたので自分が弱いだけです」勝利条件も黒星] 日刊スポーツ 2021年9月26日17時25分 (2021年9月26日閲覧)</ref>。11月場所は東前頭2枚目まで番付を上げ、2018年初場所以来の三役返り咲きを目前にした。この場所に向け「感覚自体は今、ものすごくいいので、しっかり気持ちを高めて。あとは思い切ってやるだけかなと思います」と好調をアピールした<ref>[https://hochi.news/articles/20211105-OHT1T51081.html?page=1 阿武咲、三役返り咲きに意欲 「九州場所は特別な思いがある」] 2021年11月5日 13時49分スポーツ報知 (2021年11月6日閲覧)</ref>。
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3月場所は7日目若隆景戦で負傷し、9日目から「両側内側半月板損傷、右陳旧性後十字靱帯(じんたい)損傷で今後約2カ月間、精査・加療を必要となる見込み」との診断書を提出し、途中休場。師匠の阿武松(元幕内・[[大道健二|大道]])は「元から痛めていたところを悪化させた感じ。特に痛めているのが右膝。今、痛くて、今日(9日目)の相撲は無理だが、本人は再出場したいと言っている。様子を見て」と、今後の回復次第では再出場の可能性もあると説明していた<ref>[https://www.nikkansports.com/battle/sumo/news/202303200000528.html 阿武咲が休場、7日目若隆景戦で両側内側半月板損傷 「本人は再出場したいと」阿武松親方] 日刊スポーツ 2023年3月20日12時16分 (2023年3月20日閲覧)</ref>が、再出場することなく千秋楽まで休場となった。
結局2023年は1年を通じ前頭1桁の番付を維持したものの、東前頭5枚目で迎えた11月場所、初日勝利の後3連敗、6連敗、3連敗で3勝12敗に終わり、2024年1月場所は7場所ぶりの2桁番付となる西前頭14枚目に落ちる。しかし同場所で1年ぶりの2桁勝利となる10勝5敗。続く3月場所も9勝6敗と勝ち越し、5月場所は東前頭5枚目に浮上したものの7勝8敗と3場所ぶりに負け越す。同地位据え置きとなった7月場所、初日から3連敗の後、右足関節炎、右膝陳旧性後十字靱帯損傷の診断書を提出して休場、4敗11休で終わり、9月場所は2018年5月場所以来の十両となる西十両筆頭に陥落した。9月場所の番付が発表された8月26日、7月場所中に右足首の手術を受けていたことを公表した<ref>{{Cite news2|date=2024-08-26|url=https://www.nikkansports.com/battle/sumo/news/202408260001284.html|title=【大相撲】阿武咲が右足首手術「秋場所に間に合わせる」阿武剋の新入幕に「うれしいと同時に悔しい」|newspaper=日刊スポーツ|agency=日刊スポーツNEWS|accessdate=2024-09-03}}</ref>。11月場所は怪我の影響で12日目まで2勝しかできず、13日目から協会に「右膝後十字じん帯損傷、右変形性足関節症などで3週間の安静加療を要する」との診断書を提出し、休場した。これにより、45場所連続で守り抜いた関取の地位を離れることが決定的となった<ref>[https://www.sponichi.co.jp/sports/news/2024/11/23/kiji/20241123s00005000037000c.html 十両・阿武咲が休場…幕下転落確実に 阿武松親方「まずは治療に専念する」] Sponichi Annex 2024年11月23日 04:56 (2024年11月25日閲覧)</ref>。場所後の12月18日、日本相撲協会に引退届を提出し、受理された<ref>{{Cite news |和書 |title=阿武咲が現役引退 今後は相撲協会には残らない意向…元小結、ケガで幕下陥落確実 19日に会見 |newspaper=日刊スポーツ |date=2024-12-18 |url=https://www.nikkansports.com/battle/sumo/news/202412180000298.html |access-date=2024-12-18}}</ref>。引退後は相撲協会に残らず、退職することを明かしている。
19日の引退会見では「相撲取れる体ではなくなった」と引退の理由を説明し、思い出の取組として2023年1月場所13日目に当時の大関・貴景勝に敗れた相撲を挙げ「取り終えた瞬間は悔しかったが最高峰の舞台で優勝争いをしたことが特別だった」と振り返った<ref>[https://www3.nhk.or.jp/news/html/20241219/k10014672601000.html 大相撲 元小結 阿武咲「相撲取れる体ではなくなった」引退会見] NHK 2024年12月19日 15時47分 (2024年12月19日閲覧)</ref>。貴景勝とは少年時代からライバル同士であったこともあって引退の際には電話で報告しており、会見では「同じ時代に生きられて良かった。『俺たち、頑張ったよな』と言われて、うれしかった」と涙を浮かべた<ref>[https://www.nikkei.com/article/DGXZQOKC199WS0Z11C24A2000000/ 阿武咲が引退会見 元貴景勝と「同じ時代で良かった」] 日本経済新聞 2024年12月19日 17:30 (2024年12月22日閲覧)</ref>。今後自身も愛用していたスキンケア用品を扱う企業に就職すると明かし、断髪式については2025年6月1日に開催する予定を示した<ref>[https://www.daily.co.jp/general/2024/12/19/0018461931.shtml 元小結阿武咲が涙の引退会見「相撲をとれる体ではなくなった」 今後はスキンケア用品の企業に就職 同学年の元貴景勝とは「同じ時代に生きられてよかった」] デイリースポ―ツ 2024.12.19 (2024年12月19日閲覧)</ref>。美容界に転身した理由としては「自分自身、肌が弱くて馬油に助けられたので、同じように困っている人の力になれば」と語っており、将来的な独立・起業も視野に入れている<ref>[https://www.nikkansports.com/battle/sumo/news/202412190001386.html 阿武咲が相撲界から美容界への転身した理由とは…将来的な独立も視野] 日刊スポーツ 2024年12月19日21時14分 (2024年12月20日閲覧)</ref>。[[舞の海秀平|舞の海]]は「太く短くというのもお相撲さんらしくてすがすがしい」と潔い引退を労っていた<ref>[https://www.sanspo.com/article/20250113-XBTWONHP45BF7HPZXNKI6IIU3M/ 舞の海氏「太く短くというのもお相撲さんらしくてすがすがしい」] サンスポ 2025/01/13 08:00 (2025年1月13日閲覧)</ref>。
三役経験者が引退して、年寄名跡を襲名しなかったのは、「日本国籍」「不祥事が原因でない」という条件だと[[追風海直飛人|追風海]]、[[隆乃若勇紀|隆乃若]]、[[千代天山大八郎|千代天山]]、[[松鳳山裕也|松鳳山]]、[[常幸龍貴之|常幸龍]]、[[千代大龍秀政|千代大龍]]に次いで2000年以降では7人目。
== 取り口 ==
[[ファイル:Onosho 2014 December.JPG|thumb|稽古場での阿武咲(2015年1月4日撮影)]]
短躯肥満を活かした速攻の突き押しを得意としており、花田虎上からは瞬発系のスピード相撲は入門時の師匠譲りとの評価を得ている<ref>[https://www.nikkansports.com/battle/sumo/news/202301160000988.html 【若乃花の目】スピード相撲合っている阿武咲 まるで益荒雄さん 花を咲かすのはこれから] 日刊スポーツ 2023年1月16日21時1分 (2023年1月19日閲覧)</ref>。若い頃は基本的に組みも引きもせず一直線に出る相撲を取り、下半身のバネの強さを利用して相手を一気に土俵外へ出す相撲もままあ
異口同音に押しだけでなく組んでも取れるという評価があり、舞の海は == エピソード ==
73 ⟶ 89行目:
** 2020年3月場所10日目に白鵬からの初金星を兼ねる初白星を獲得し、恩返しを果たした<ref name="ongaeshi">[https://www.bbm-japan.com/sumo/17349808 【相撲編集部が選ぶ春場所10日目の一番】阿武咲(押し出し)白鵬] ベースボール・マガジン社WEB 2020-03-17 (2020年3月18日閲覧) </ref>。
* 2017年7月場所11日目は同郷の宝富士と初顔となり恩返しした。勝った阿武咲は支度部屋で「ずっとかわいがってもらっていた。俺も強くなったというのを見せたかった」と話していた。一方負けた宝富士は「(故郷の)町では宝富士は終わった。(これからは)阿武咲だなと言われそう」と落胆していた<ref>『大相撲中継』2017年8月12日号 p49</ref>。
* 大の里とは平幕で2度対戦して2戦2勝であり、阿武咲が引退後に大の里が横綱昇進を果たした為、大の里と対戦して無敗且つ対戦成績で勝ち越した最初の引退力士となった。因みに令和7年1月場所で引退した横綱照ノ富士も大の里には1勝2敗と負け越している。
* 元横綱日馬富士にも2戦2勝と1度も負けなかった。
=== 巡業関連 ===
* 2015年8月23日の夏巡業札幌場所では[[白鵬翔|白鵬]]や[[琴風豪規|尾車]]から太鼓判を押された。白鵬が「(夏巡業の)後半は阿武咲が頑張ってた」と言えば、尾車巡業部長も「[[遠藤聖大|遠藤]]も[[逸ノ城駿|逸ノ城]]もおちおちしていられない」と評価するほどであった<ref>[https://www.daily.co.jp/sumo/2015/08/24/0008332446.shtml 十両唯一10代・阿武咲に白鵬ら太鼓判] Dairy Sports Online 2015.8.24 </ref>。
84 ⟶ 102行目:
** 翌2017年7月場所は先場所より2日早い10日目で勝ち越しを決めたが、その相手は又もや德勝龍であった。
=== 郷土力士として ===
* 『阿武咲』の文字を当時の中泊町町長であった小野俊逸が手掛け、北村春一が絵を手掛けた青森ねぶたの化粧廻しと、阿武松が尊敬するグラフィックデザイナーの松永真が手掛けたヒョウの柄の化粧廻しを持っている<ref>[https://web.archive.org/web/20161223134505/http://blogs.yahoo.co.jp/onomatuokami/26863037.html 阿武咲の新十両紹介] 阿武松おかみさんのブログ 2015/1/14(水) 午後 10:19 </ref>。
* 2017年11月場所前に行われたNHKアナウンサーの[[沢田石和樹]]によるインタビューでは、宝富士と地元後援会が共通していると明かしている<ref name="interview201711mae">『大相撲中継』2017年11月18日号 p58-61</ref>。
=== 趣味・嗜好 ===
97 ⟶ 115行目:
== 主な成績 ==
引退時点
=== 通算成績 ===
* 通算成績
* 幕内成績
=== 各段優勝 ===
136 ⟶ 154行目:
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{{Basho|j|6|w|4|10|1<ref group="注">左足関節外側側副靱帯損傷のため11日目から途中休場、13日目から再出場</ref>}}
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155 ⟶ 173行目:
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{{Basho|k||w|4|6|5<ref group="注">右膝後十字靱帯損傷のため10日目から途中休場</ref>}}
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<td style="background-color:#CCE">'''感染症拡大<br
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== 合い口 ==
(以下は最高位が横綱・大関の現役力士)
* 横綱・[[
*
* 大関・[[
* 元大関・[[正代直也|正代]]には5勝7敗(うち不戦勝1)。正代の大関在位中は3勝5敗(うち不戦勝1)
* 元大関・[[
* 元大関・[[朝乃山広暉|朝乃山]]には3勝8敗。(うち不戦勝1)。朝乃山の大関在位中は4敗。
* 元大関・[[御嶽海久司|御嶽海]]には
* 元大関・[[霧島鐵力|霧島]]には5勝5敗。霧島の大関昇進後は1敗。
(以下は最高位が横綱・大関の引退力士)
231 ⟶ 254行目:
* 元横綱・[[日馬富士公平|日馬富士]]には2勝。2017年9月場所で金星を獲得した。
* 元横綱・[[稀勢の里寛|稀勢の里]]には1敗。
* 元横綱・[[照ノ富士春雄|照ノ富士]]には5勝5敗(うち不戦勝1)。照ノ富士の大関在位中は1勝1敗。照ノ富士の横綱昇進後は1勝3敗(うち不戦勝1)。2022年3月場所は不戦勝。直近の自力勝利は2021年3月場所。
* 元大関・[[豪栄道豪太郎|豪栄道]]には1勝3敗。阿武咲が勝った2020年1月場所千秋楽の取組は、豪栄道にとって現役最後の一番になった。
* 元大関・[[琴奨菊和弘|琴奨菊]]には3勝6敗。琴奨菊の大関
* 元大関・[[栃ノ心剛史|栃ノ心]]には2勝3敗。栃ノ心の大関在位中は対戦なし。
* 元大関・[[貴景勝貴信|貴景勝]]には3勝12敗。貴景勝の大関昇進後は1勝10敗。直近では2021年1月場所で勝利した。
=== 幕内対戦成績 ===
{| class="wikitable" style="text-align: center;"
|-
! 力士名 !! 勝数 !! 負数 !! 力士名 !! 勝数 !! 負数 !! 力士名 !! 勝数 !! 負数 !! 力士名 !! 勝数 !! 負数
|-
|[[碧山亘右|碧山]]||9(1)||7
|'''[[朝乃山広暉|朝乃山]]'''||3(1)||8
|'''[[熱海富士朔太郎|熱海富士]]'''||0||2
|'''[[阿炎政虎|阿炎]]'''||5||3
|-
|
|
|[[
|[[逸ノ城駿|逸ノ城]]||
|-
|'''[[
|'''[[
|'''[[
|'''[[
|-
|'''[[
|'''[[
|
|[[
|-
|'''[[
|
|'''[[
|'''[[
|-
|'''[[
|
|'''[[豪ノ山登輝|豪ノ山]]'''||2||3
|[[琴恵光充憲|琴恵光]]||3||5
|-
|'''[[琴櫻将傑|琴櫻]]'''||0||2
|[[琴奨菊和弘|琴奨菊]]||3||6
|'''[[琴勝峰吉成|琴勝峰]]'''||6||3
|[[琴勇輝一巖|琴勇輝]]||2||0
|-
|'''[[
|'''[[
|'''[[志摩ノ海航洋|志摩ノ海]]'''||2||3
|'''[[
|-
|'''[[
|[[松鳳山裕也|松鳳山]]||4||6
|'''[[
|'''[[大栄翔勇人|大栄翔]]'''||8||9
|-
|'''[[大翔鵬清洋|大翔鵬]]'''||3||0
|'''[[大翔丸翔伍|大翔丸]]'''||2||1
|[[貴景勝貴信|貴景勝]]||3||12
|[[貴源治賢|貴源治]]||1||0
|-
|[[貴ノ岩義司|貴ノ岩]]||2||0
|'''[[
|'''[[
|'''[[
|-
|'''[[
|'''[[
|[[千代大龍秀政|千代大龍]]||6||6
|'''[[
|-
|
|'''[[
|'''[[
|
|-
|
|
|
|
|-
|'''[[
|'''[[
|
|
|-
|'''[[
|'''[[
|[[
|
|-
|'''[[
|'''[[
|'''[[
|'''[[
|-
|
|'''[[
|'''[[
|'''[[
|-
|'''[[
|
|'''[[
|'''[[
|-
|
|
|'''[[
|'''[[
|-
|'''[[
|}
(カッコ内は勝数、負数の中に占める不戦勝、不戦敗の数
== 改名歴 ==
* 阿武咲 奎也(おうのしょう ふみや)2013年1月場所 - 2025年1月場所
== 脚注 ==
345 ⟶ 380行目:
== 外部リンク ==
* {{Twitter|
{{goo-sumo|3434|阿武咲 奎也}}
{{sumodb|12043|阿武咲 奎也}}
{{国体横綱一覧}}
{{デフォルトソート:おうのしよう ふみや}}
|