削除された内容 追加された内容
儀咏 (会話 | 投稿記録)
関連項目: ヴァイマル憲法
編集の要約なし
61行目:
 
[[Image:Enabling Act in colour.jpg|right|thumb|300px|[[1933年]][[3月23日]]、議場で全権委任法への賛成を要求する[[アドルフ・ヒトラー]]]]
'''全権委任法'''(ぜんけんいにんほう、正式名称:{{lang-de-short|Gesetz zur Behebung der Not von Volk und Reich}})、日本語訳では'''民族および国家の危難を除去するための法律'''(みんぞくおよびこっかのきなんをじょきょするためのほうりつ)、または、'''国民および国家の苦境除去のための法<ref>[[#カーショー上|カーショー上巻]],pp.478-494.</ref>'''(こくみんおよびこっかのくきょうじょきょのためのほう)は、[[ヴァイマル共和政]]下の[[ドイツ国]]において[[1933年]][[3月23日]]に制定された法律。
 
[[国民社会主義ドイツ労働者党]](ナチ党)による事実上の[[一党独裁制]]の確立へと進む中、[[アドルフ・ヒトラー]][[ドイツ国首相|首相]]が率いる政府に、[[ヴァイマル憲法]]に拘束されない無制限の[[立法|立法権]]を授権した{{sfn|南利明|1988|p=200、217-218}}。この法律は[[立法府]]が[[行政機関|行政府]]に立法権を含む一定の権利を認める'''[[授権法]]'''の一種であり、単に「授権法」と呼ぶこともある{{sfn|中井晶夫|1984|p=11}}<ref>「[https://kotobank.jp/word/%E6%8E%88%E6%A8%A9%E6%B3%95-77661 授権法(じゅけんほう)とは - コトバンク]」([[コトバンク]])。出典、[[ブリタニカ国際大百科事典]] 小項目事典)</ref>{{refnest|group=*|一方で、この法律ではない授権法を「全権委任法」と呼ぶ用法も存在する<ref>「[{{新聞記事文庫|url|0100301681|title=独逸連立内閣 : 二閣僚を更迭して第二ストレーゼマン内閣成る|oldmeta=10102217}} 独逸連立内閣 : 二閣僚を更迭して第二ストレーゼマン内閣成る]」大阪毎日新聞(1923.10.8 (大正12))([[神戸大学]]附属図書館 デジタルアーカイブ 【 新聞記事文庫 】 )</ref>。また「全権授与法」という表記もある{{sfn|南利明|1988|pp=219}}}}。