「蛭子能収」の版間の差分
削除された内容 追加された内容
219行目:
* 元[[青林堂]][[編集者]]の[[山ノ井靖]]<ref group="注釈">[[根本敬]]の初代担当編集者。[[ソフトマジック]]元代表取締役。[[福島県]][[郡山市]]出身であり、根本が『[[ガロ (雑誌)|ガロ]]』に連載した『天然』では方言指導としてクレジットされている。また根本漫画のキャラクター「吉田佐吉」が流暢な[[福島弁|郡山弁]]を喋るのは山ノ井の影響が大きい。</ref>の[[結婚式]]が[[福島県]][[郡山市]]で催された際、40歳にして他人の結婚式に初めて呼ばれる。しかし、蛭子は正装でなく普段着で結婚式に訪れた<ref name="takarajima" />。その時の言い訳は「でも[[シャツ]]は洗ってますし、髭も剃ってますよ」だった<ref name="tondemo" />。
* 数十年来の付き合いがある[[青林工藝舎]]の担当編集者[[高市真紀]]([[山田花子 (漫画家)|山田花子]]の実妹)は蛭子と初めて顔を合わせた際、初対面の蛭子が発した第一声が「アンタ猿に似てるねぇ」だったと回想している<ref>[[青林堂]]『[[ガロ (雑誌)|月刊漫画ガロ]]』1993年4月号「特集・蛭子能収」29頁。</ref><ref>[[青林工藝舎]]『[[アックス (雑誌)|マンガの鬼AX アックス]]』Vol.1「馬鹿マンガ道場ポレポレ」110頁。</ref><ref>根本敬『因果鉄道の旅』([[幻冬舎文庫]] 2010年)p.168</ref>。
* 伝説的[[自販機本]]『[[Jam (自販機本)|Jam]]』『[[Jam (自販機本)#『HEAVEN』新創刊|HEAVEN]]』初代編集長の'''[[高杉弾]]'''と『[[Jam (自販機本)#『HEAVEN』新創刊|HEAVEN]]』3代目編集長の'''[[山崎春美]]'''([[アバンギャルド|前衛]]的な[[バンド (音楽)|ロックバンド]]「[[ガセネタ (バンド)|ガセネタ]]」「[[山崎春美#TACO|TACO]]」の[[ボーカル|ボーカリスト]])を蛭子は「'''人生の恩人'''」と慕っており、特に[[高杉弾]]に対して「私は今、十分に稼いでいますが、あの時私を拾ってくれたご恩は一生わすれません。なにしろ私の漫画に初めてお金を払ってくれた人ですから。それから漫画の注文がたくさん来るようになったのも、テレビの仕事が来るようになったのも、全て高杉さんのおかげです。この世で一番感謝してます」とまで語っている<ref>青林堂『月刊漫画ガロ』1997年3月号「特集・僕と私の脳内リゾート―ブレイン・リゾーター高杉弾とメディアマンのすべて」56頁。</ref>。しかし、[[高杉弾]]はテレビを視聴する習慣がないため「[[タレント]]になっているという話は聞いたことあるけど、観たことは一度もない」とインタビューで語って
* 3人の子をもつ父親であるが子供に余り興味がなく「子供は好きではない」「子供と二人きりになると気まずい」「子供の成長に興味がない」と公言しており、5人の孫を持つ祖父でもあるが「孫の名前が難しくて覚えられない」など、孫にもあまり興味がなかった<ref>{{Cite web|url=http://japan.techinsight.jp/2011/09/ebisu-ojiichansikkak.html|title=【エンタがビタミン♪】「実は子供嫌い」「孫の名前を覚えてない」。おじいちゃん失格? の蛭子能収。|publisher=[[Techinsight]]|date=2011-09-04|accessdate=2015-03-28}}</ref>が、近所に住んでいる義娘の子供とよく会うようになると、「血のつながっていない孫なのに可愛くて仕方がない」と思える様になったと語っている<ref>『ひとりぼっちを笑うな』(角川oneテーマ21)-「第四章 『孤独』と『死』について」の中「血のつながりは信じない」より。</ref>。今は競艇、麻雀、パチンコ、映画の次くらいに孫といるのは好きになったという。
* 月に何日か妻から「よっちゃんデー」をもらい、その日は自由に好きなことができる。[[平和島競艇場]]にもよく行く。いい子でない時は「こよっちゃんデー」になり、半日ほどになる<ref>{{Cite web|url=http://datazoo.jp/tv/徹子の部屋/646643|title=TVでた蔵「2013年6月3日放送 徹子の部屋」|publisher=[[ワイヤーアクション (企業)|ワイヤーアクション]]|date=2013-06-03|accessdate=2015-03-28}}</ref>。
|