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論語の注釈には古注と新注の二派がある。古注は漢代や唐代の諸儒学者による注で、[[訓詁学]]に長じる<ref group="注">包咸・周氏・[[孔安国]]・[[馬融]]・[[鄭玄]]・[[陳羣]]・[[王粛]]・周生烈(周氏と同一人物か)の八家と無記名の編纂者の注釈から構成されるのが『[[論語集解]]』。[[邢昺]]が『論語集解』・『[[論語義疏]]』(これも『論語集解』をもとに魏晋以来の諸家の注釈と皇侃自らの注釈から成る)をもとにして、邢昺が詳細な注を加えたものが『論語注疏』である。今日では一般に『論語集解』 が「古注」と呼ばれる。</ref>。新注は[[朱熹]]の注釈である。朱熹以前に論語を注したものは二十一家あったと伝わり、朱熹は[[朱子学|程門]]諸儒十二家の説を参照に半生を費やして『論語集注』をまとめあげた。[[清]]代になると[[考証学]]が盛んとなり、[[毛奇齢]]・[[焦循]]・{{仮リンク|劉宝楠|zh|劉寶楠}}などが新説を出している。これらの多くは『[[皇清経解]]』に収められている<ref group="注">当節は光学館編集部編『漢文叢書』を参照した。著作権保護期間満了のため、参照部分の全文を示す。<hr/>四、論語の研究書<br/>註解には二派ある。[[新注|新註]]と[[古注|古註]]とである。古註は[[漢]][[唐]]諸儒の註で、[[十三経|十三経註疏]]にある[[孔安国]]・[[馬融]]・[[鄭玄]]・[[邢昺]]等の説が主であって[[訓詁学|訓詁]]に長じてゐる。新註は[[宋 (王朝)|宋]]儒の説で、[[朱熹]]の集註が主である。義理に於て勝ってゐる。<br/>元来、朱子以前に論語を註したもの二十一家あった。朱子は[[朱子学|程門]]諸儒十二家の説を取つて遂に[[論語集注|論語集註]]を成したのであつて、朱子は殆ど半生を之に費やしたのであつた。<br/>[[清]]朝に至つて[[考証学|考據の学]]が盛んとなり、[[毛奇齢]]・[[焦循]]・{{仮リンク|劉宝楠|zh|劉寶楠}}等各々新説を出して学者に益することが多い。これらは多く[[皇清経解]]に収めてある。<hr/>{{Cite web|和書|title=光学館編集部編『漢文叢書』(1940年、14版、p.4、著作権保護期間満了) - 国立国会図書館デジタルコレクション|url=https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1874139/6|website=dl.ndl.go.jp|accessdate=2019-12-12|language=ja}}</ref>。
 
== 漢から学に至るまでの注 ==
;鄭註論語
:[[後漢]]末の大儒、[[鄭玄]]の注釈書。『論語鄭玄注』などともいう。漢代当時、『[[論語]]』は[[魯]]・[[斉国|斉]]の二国に伝わる『魯論』・『斉論』の二つがあり、さらに漢初に[[孔子]]の宅から発掘された[[古文]]の『古論』があった。前漢末に[[張禹]]により『魯論』と『斉論』の整理が行われ、その上で鄭玄が三論を総合して『鄭註論語』を作った<ref>{{Cite book|和書|author=吹野安|authorlink=吹野安|author2=石本道明|authorlink2=|title=孔子全書|volume=1|date=1996-09|publisher=明徳出版社|isbn=4896194314|ncid=BA44278890|pages=14-15}}</ref>。