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{{ホール概要
|名称=今池国際劇場・国際シネマ
|外国語名称=Imaike Kokusai Gekijo
|画像=no
|画像={{画像募集中|cat=名古屋市千種区}}
|画像説明=
|地図=
|正式名称=今池国際劇場
|旧名称=国際劇場
|完成年=
|完成月=
|完成日=
|開館年=19461984
|開館月=83
|開館日=117
|開館公演=
|閉館年=2006
|閉館月=8
|閉館日=2019
|最終公演 = 「[[劇場版ポケットモンスター アドバンスジェネレーション ポケモンレンジャーと蒼海の王子 マナフィ]]」(国際劇場)<br />「[[日本沈没]]」(国際シネマ)
|収容人数=
|客席= 212席(国際劇場)<br/>106席(国際シネマ)<ref name="Chunichi">{{Cite news|和書|title=今池の2映画館 予告なし 突然終幕|newspaper=[[中日新聞]]|publisher=[[中日新聞社]]|date=2006-08-20}}</ref>
|延床面積=
|設備=[[ドルビーラボラトリーズ|ドルビーサラウンド]]
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}}
 
'''今池国際劇場・国際シネマ'''(いまいけこくさいげきじょう こくさいシネマ)は、[[愛知県]][[名古屋市]][[千種区]][[今池 (名古屋市)|今池]]にあった[[映画館]]。[[東宝]]の封切館だった。
 
== 沿革 ==
* [[1946年]] - 開館。
* [[2006年]] - 閉館。
 
== データ ==
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== 歴史 ==
=== 年表 ===
[[第二次世界大戦]]終戦翌年の[[1946年]][[8月1日]]<ref name="名古屋図書館">{{PDFlink|[https://www.library.city.nagoya.jp/img/oshirase/2021/chikusa_202105_2_1.pdf 千種図書館 座談会「映画館からみた千種区 過去・現在・未来」]}}([[名古屋市図書館]]/[[2021年]][[3月27日]]){{Accessdate|2022-04-15}}</ref>、[[ヘラルドグループ]]創業者の[[古川為三郎]]によって、国際劇場として開館した。[[1953年]]の『全国映画館総覧』によると座席数は466席、洋画・邦画の新作を上映していたが、[[1955年]]の『全国映画館総覧』では690席・[[東映]]系の映画館となっていた。しかし同年[[11月1日]]に今池東映劇場がオープン{{refnest|group="注"|その後[[1957年]][[11月1日]]に今池富士劇場が「今池東映劇場」の名称を引き継いだ<ref name="名古屋図書館"/>。}}したことから、国際劇場は[[東宝]]系の映画館へ移行。同日に封切られた[[美空ひばり]]主演の『[[ジャンケン娘]]』は大ヒットとなった<ref name="名古屋図書館"/>。
* [[1946年]](昭和21年)8月1日 - 開館。
* 1984年(昭和59年)3月17日 - ビル化。
* [[2006年]](平成18年)8月19日 - 閉館。
 
=== 沿革 ===
[[第二次世界大太平洋]]終戦翌年の[[1946年]][[8(昭和21年)8月1日]]<ref name="名古屋図書館">{{PDFlink|[https://www.library.city.nagoya.jp/img/oshirase/2021/chikusa_202105_2_1.pdf 千種図書館 座談会「映画館からみた千種区 過去・現在・未来」]}} [[名古屋市図書館]]/[[2021年]][[3月27日]]){{Accessdate|2022-04-15}}</ref>、[[ヘラルドグループ]]創業者の[[古川為三郎]]によって、国際劇場として開館した。[[1953年]]の『全国映画館総覧』によると座席数は466席、洋画・邦画の新作を上映していたが、[[1955年]](昭和30年)の『全国映画館総覧』では690席・[[東映]]系の映画館となっていた。しかし同年[[11月1日]]に今池東映劇場がオープン{{refnest|group="注"|その後[[1957年]][[11(昭和32年)11月1日]]に今池富士劇場が「今池東映劇場」の名称を引き継いだ<ref name="名古屋図書館"/>。}}したことから、国際劇場は[[東宝]]系の映画館へ移行。同日に封切られた[[美空ひばり]]主演の『[[ジャンケン娘]]』は大ヒットとなった<ref name="名古屋図書館"/>。
 
全国の映画館数がピークに達した[[1960年]](昭和35年)の『全国映画館録1960』では650席を有する映画館であったが、[[1960年]]代後半には座席数が300席弱まで減らされ、[[1980年]](昭和55年)頃には一時的に洋画ロードショウ館となった。名古屋市出身の作家・[[野沢尚]]は、[[1971年]][[7(昭和46年)7月17日]]に封切られた[[岡本喜八]]監督の戦争映画『[[激動の昭和史 沖縄決戦]]』を父と一緒に見たという<ref>{{Cite web|和書|url=https://nozawahisashi.blog.ss-blog.jp/2007-01-22|title=おやじ、ありがとう|work=野沢コメント記事|publisher=野沢尚公式ブログ|date=2007-01-22|accessdate=2014-12-22}}</ref>。
 
[[1984年]](昭和59年)頃には木造一階平屋建の建物を鉄筋コンクリート造2階建に建て替え、その1階に今池国際劇場はパチンコ店入り、2階には新規開館した[[ミニシアター]]の今池国際劇場と国際シネマが入った。1990年代前半には経営会社が今池土地建物からエフワン<ref name="Tokyo">{{Cite web|和書|url=http://www.tsr-net.co.jp/news/flash/1197956_1588.html |title=株式会社エフワン |work=倒産速報 |date=2006-03-01 |publisher=[[東京商工リサーチ]] |accessdate=2014-12-22 |archive-date=2014-12-22 |archive-url=https://web.archive.org/web/20141222122522/http://www.tsr-net.co.jp/news/flash/1197956_1588.html |url-status=dead|url-status-date=2023-03}}</ref>に移り、再び東宝系の映画館となった。同年代に上映した主なヒット作に『[[耳をすませば]]』『[[Shall We ダンス?]]』『[[もののけ姫]]』『[[ラヂオの時間]]』などがある<ref>{{Cite web|和書|url=http://www.normanet.ne.jp/~meina/magonote/jimakueiga.html|title=いままで取り組んできた字幕付き映画|publisher=障害者情報ネットワークノーマネット|accessdate=2014-12-22}}</ref>。
 
[[2006年]][[2(平成18年)2月27日]]には、エフワンが[[民事再生法]]の適用を受けた<ref name="Tokyo"/>。同年[[8月20日]]付の新聞にて、今池国際劇場と今池国際シネマが営業停止となったことが報じられ、60年間の歴史に終止符が打たれた<ref name="Chunichi"/>。エフワンは今池で大規模娯楽施設を複数経営しており、同時にパチンコホール2店舗なども営業停止となった<ref name="Chunichi"/>。劇場跡地には、[[2008年]][[12(平成20年)12月26日]]、跡地にパチンコホール[[キング観光]]サウザンド今池店(後の今池1号店がグランドオープンした<ref name="Janbari"/>し、現在に至る
 
== 脚注 ==