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=== 軍備増強 ===
ロナルド・レーガン政権は発足当初からソ連に対し強硬姿勢をとり、ソ連の戦略的・軍事的能力を大幅に制限することを目指した。政権のこの姿勢により、アメリカ史上最大の平時の軍備増強が行なわれ、冷戦期最後の米ソ両国による非難の応酬が繰り広げられた。[[1982年]][[6月8日]]、レーガン[[アメリカ合衆国大統領|大統領]]は[[庶民院 (イギリス)|イギリス庶民院]]にて演説し、その中で「自由と[[民主主義]]により、[[マルクス主義]]と[[レーニン主義]]は歴史のゴミ箱に打ち捨てられるでしょう」と述べた。
 
1983年[[3月23日]]、レーガン大統領は[[戦略防衛構想]](SDI)を打ち出した。スター・ウォーズ計画と通称されたこの計画により、レーガンは核戦争の脅威から世界を守るセーフティーネットを構築しようとしたが、ソ連首脳はこれを[[デタント]]時代の戦力均衡を崩し、宇宙空間にまで軍拡競争を拡大させる試みであると捉えた。ブレジネフの後継としてソ連共産党書記長となったユーリ・アンドロポフは、「いかにして核戦争を引き起こし、それに勝利するかという新たな計画を構想している」とレーガンを批判した。
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こうして、1983年11月7日、ソ連の諜報機関が核戦争の兆候を早期に検知しようとしているなかでNATOは演習を開始した。エイブル・アーチャーと名付けられたこの演習では、核戦争における[[統制]]プロセスがシミュレーションされた。しかし、当時の世界情勢や演習の特段リアルな内容から、一部のソ連首脳はこれが現実の核攻撃のぎそうであることを疑った。2月17日に発信したKGBの電報では、以下のようなシナリオが記されている。
<blockquote>ステート・オレンジ(36時間以内の核攻撃)に係る措置は可能な限り短時間で秘密裏に(演習や訓練などの名目で)行なわれなければならないことを鑑みると、戦闘警報システムは平時に奇襲的に核攻撃を行うために使用される可能性が高い。</blockquote>
 
また2月17日、KGB常駐作戦部はそのエージェントに対し、核攻撃の可能性を示すいくつかの兆候を監視するように命じた。それには「RYAN作戦に関する準備と実行に係る幹部、技術要員、RYAN作戦に関する決定の処理と実行に係る施設の人員、そしてそれらの施設の運用と連携に従事する通信スタッフ」が含まれていた。
 
[[File:SS20 irbm.jpg|thumb|right|ソ連の[[RSD-10 (ミサイル)|RSD-10 パイオニア]]弾道ミサイル]]
 
エイブル・アーチャー83演習が実際の核攻撃を想定していたため、文書に記載されている人員は演習中
積極的に活動していた可能性が高い。より顕著だったのは、[[イギリス首相]][[マーガレット・サッチャー]]と[[連邦首相 (ドイツ)|西ドイツ首相]][[ヘルムート・コール]]が(同時にではないにせよ)演習に参加したことである。アメリカ大統領ロナルド・レーガン、[[アメリカ合衆国副大統領|副大統領]][[ジョージ・H・W・ブッシュ]]、[[アメリカ合衆国国防長官|国防長官]][[キャスパー・ワインバーガー]]も参加する予定であった。