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[[Image:Frida Kahlo Diego Rivera 1932.jpg|250px|thumb|フリーダ・カーロと
'''フリーダ・カーロ'''(Frida Kahlo、[[1907年]][[7月6日]] - [[1954年]][[7月13日]])は、[[メキシコ]]の
<!-- ■■ ベルヌ条約の内国民待遇(5条(1))により、
[[コヨアカン]]の出身。父は[[ルーマニア]]・[[オラデア]]出身のドイツ系ユダヤ人移民だった。6歳の時に[[ポリオ]]
入院中
メキシコで最も有名な画家の
[[画像:The Blue House 1.jpg|thumb|right|250px|フリーダ・カーロ博物館]]
1954年7月13日、肺塞栓症
▲メキシコで最も有名な画家の一人とされ、とくに結婚後の恋愛(彫刻家の[[イサム・ノグチ]]やロシアの革命家[[レフ・トロツキー]]などとの奔放な恋愛、いわゆる[[不倫]])は憧れと尊敬の対象で、メキシコや[[ラテンアメリカ]]の女性のひとつの理想像の典型とされ、何度か映画化されている。[[社会主義]]を建前とするメキシコで生活したため、[[ヨシフ・スターリン|スターリン]]を尊敬し、居室にスターリンの肖像を掲げて暮らしていた。
▲1954年7月13日肺塞栓症により47歳で逝去した。フリーダ・カーロの生家であった通称「青の家」(La Casa Azul)は、現在フリーダ・カーロ博物館(Museo de Frida Kahlo)となっている。
==関連文献==
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** 年譜あり
** 原著: Kettenmann, Andrea. ''Frida Kahlo 1907-1954: Pain and Passion'', Benedikt Taschen, 1993
* [[小柳玲子]]企画・編集『フリーダ・カーロ』
** 年譜・参考文献: p66 - 69
* マルタ・ザモーラ著、マリリン・ソード・スミス編、北代美和子訳『フリーダ・カーロ 痛みの絵筆』
** 年譜: p136 - 137、主要参考文献: p143
** 原著: Zamora, Martha. ''Frida Kahlo: The Brush of Anguish'', San Francisco, Chronicle Books, 1990
* マルカ・ドラッカー著、斎藤倫子訳『愛と苦悩の画家フリーダ・カーロ』
** 原タイトル: ''Frida Kahlo:torment and triumph in her life and art (The Barnard Biography Series)''、略年表: p214 - 216
* Bunkamuraザ・ミュージアム、[[名古屋市美術館]]、[[東京新聞]]編『フリーダ・カーロとその時代 Women surrealists in Mexico』(展示会パンフレット)、東京新聞、2003年
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** 主要参考文献: p195 - 197、横尾忠則と堀尾真紀子の対談を収録。
* [[八木啓代]]「理想のラテン女」(フリーダ・カーロとの出会い)
** 八木啓代著『ラテン女のタフで優雅な生き方 Asi como soy 自分のスタイルを求めて』
* ジャミ・ローダ著、水野綾子訳『フリーダ・カーロ 太陽を切りとった画家』[[河出書房新社]]、1991年7月、ISBN 4309201636、新装版: ISBN 4309203167
** 年譜: p351 - 354
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