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[[1971年]][[7月2日]]、[[孫永煥]]を5RKOで下し、OBF(現[[東洋太平洋ボクシング連盟|OPBF]])東洋[[バンタム級]]王座を獲得。
 
同年[[10月25日]]、[[愛知県体育館]]で[[ルーベン・オリバレス]]が持つ[[世界ボクシング協会|WBA]]世界同級王座に挑戦した。14R(当時の世界戦は15R)KOで敗退したが、68戦66勝61KOと圧倒的なKO率を誇り、「ミスター・ノックアウト」の異名を持っていたオリバレスに全く歯が立たないとの下馬評を覆し、2度のダウンを奪われフラフラになりながらも体力の限界まで戦い続ける大健闘を見せた。この試合は20世紀ボクシング史に残る死闘とも言われている。また、[[テレビ東京|東京12チャンネル]]で生中継され18.8%の高視聴率を記録し、[[年間表彰選手_(ボクシング)|年間最高試合]]にも選ばれた。
 
ちなみに、オリバレスとは[[1969年]]にも1度対戦していたが、その時は2RKO負けだった。