「セイウンスカイ」の版間の差分
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== デビューまで ==
誕生当時の[[西山牧場]]は、成績不振を理由にそれまでの大量生産体制から、少数精鋭体制への転換を試みており、自家繋養の種牡馬をほぼ売却し、繁殖牝馬も大量に処分していた。セイウンスカイの父・[[シェリフズスター]]も、これ以上の成果を期待できないと売却された。そして産駒の約100頭近くも売却する予定だったが、その中から3頭だけは残そうと言うことになり、その中にセイウンスカイとセイウンエリアがいた。
育成段階でも特に目立つところは見せず、当初入厩先予定として話を進めていた[[栗東トレーニングセンター|栗東]]のとある調教師は、結局入厩拒否のような形で、セイウンスカイを受け取りには来なかった。そこで、折しも、かねてから付き合いのあった[[保田隆芳]]の息子の[[保田一隆]]が調教師免許を取得し、定年で引退する父親と入れ違いに新たに厩舍を開業すると言うことで、その開業祝いのプレゼントとしてセイウンスカイを預託する事になったという。だがこの時点では西山もここまで活躍するとは思っていなかった。
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血統が良くないこともありデビュー前の評価は低く、デビュー戦は5番人気だった。しかし道中3、4番手につけ4コーナーで先頭に立つと、そのまま押し切り6馬身差をつけて優勝した。さらにつづくジュニアカップでは、評判馬のメガヒットらを相手に逃げ、5馬身差をつけ連勝。低評価から一変、[[クラシック (競馬)|クラシック]]候補へと名乗りを上げた。
[[弥生賞]]ではジュニアカップ同様逃げるものの、最後の坂で[[スペシャルウィーク]]に差しきられて2着に敗れてしまうが、3着
そしてクラシック第1弾、[[皐月賞]]では道中は2番手を追走、4コーナー手前で先頭に並び掛けるとそのままキングヘイロー、スペシャルウィークの猛追を抑え皐月賞を制覇
そして菊花賞では、前半1000mを59秒6というハイペースでとばし、中間の1000mを64秒3と一気にペースを落とし、そしてラスト1000mを59秒3で駆け抜けるという、京都大賞典の再現のような逃げでスペシャルウィークを3馬身半離して勝利。3000mの長丁場を逃げ切るのは至難の業であり、菊花賞の逃げ切り勝ちは38年ぶりであった。このときのタイム3分3秒2はレースレコード<ref>[[2006年]]、[[ソングオブウインド]]によって更新された。</ref>であり、当時の3000mの世界レコードでもあった<ref>後に[[ドンカスターステークス]]でタガジョーノーブルによって更新された。</ref>。前週に不慮の死を遂げた[[サイレンススズカ]]に代わる新たな逃げ馬、[[ビワハヤヒデ]]以来の[[馬の毛色#芦毛|芦毛]]の最強馬として期待された。しかし続く[[有馬記念]]では
=== 4歳 ===
翌年は[[日経賞]]を勝利するが、本番の天皇賞(春)ではスペシャルウィーク、メジロブライトに差し切られ3着。休養後、[[札幌記念]]では戦法を一転させ後方からの捲くり勝ち。しかし1番人気で臨んだ天皇賞(秋)では、本馬場入場時[[ダイワテキサス]]と接触、ゲート入り嫌がるアクシデントなどもあり5着に敗退。さらにはレース後には[[屈腱炎]]を発症し、長期の休養に入った。
天皇賞(秋)の敗因の一つに上げられるゲート入りに時間を要したことついては、セイウンスカイ陣営がレース前に、JRA職員から「ゲートは横方向から入ること
=== 5歳 ===
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== 種牡馬時代 ==
[[画像:Seiunsukai.JPG|230px|thumb|[[2006年]]9月撮影(アロースタッド)]]
繁殖入り後の[[2002年]]から[[アロースタッド]]で繋養され[[種牡馬]]生活を送っていた。
[[2011年]][[8月16日]]、西山牧場の馬房にて立ち上がる際に、頭部を強打して、即死した
尚、障害用種牡馬としてアイルランドに輸出するという話も一部で挙がっていたが、ニシノプライドがオープンまで順調に勝ちあがったこともあり<ref>ニシノプライドはその後オープンクラスで出走を続けるも勝ち上がれず、障害に転向。2走目の障害未勝利戦でレース中に転倒し競走中止、予後不良となっている。</ref>、しばらくは日本で種牡馬生活を続ける見通しだった。
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=== 年度別繁殖成績表 ===
* 中央競馬
{| class="wikitable"
!rowspan="2"|年!!colspan="2"|出走!!colspan="3"|勝利!!rowspan="2"|[[アーニングインデックス|AEI]]!!rowspan="2"|収得賞金
|-
!頭数!!回数!!頭数!!回数!!順位
|-
|-
|-
|-
|-
|-
|}
※2009年終了時点。
== 競走成績 ==
{| style="font-size:
|colspan="3"|年月日||style="white-space:nowrap"|[[競馬場]]||style="white-space:nowrap"|競走名||style="white-space:nowrap"|[[競馬の競走格付け|格]]||style="white-space:nowrap"|頭<br/>数||style="white-space:nowrap"|枠<br/>番||style="white-space:nowrap"|馬<br/>番||オッズ<br/>(人気)||style="text-align:right; white-space:nowrap"|着順||style="white-space:nowrap"|[[騎手]]||style="white-space:nowrap"|斤量||[[競走馬の適性|距離]](馬場)||タイム<br/>(上り3[[ハロン (単位)|F]])||style="text-align:right; white-space: nowrap"|タイム<br/>差||勝ち馬/(2着馬)
|-
|style="
|style="
|style="white-space:
▲|style="text-align: right;"|[[1998年|1998]]
|[[新馬戦|4歳新馬]]
|
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|8
|16
|style="text-align:
|style="text-align:
|[[徳吉孝士]]
|55
|style="white-space:
|style="text-align: right;"|1:36.7(36.9)
|style="text-align: right; white-space: nowrap;"|-1.0
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*3代母の半姉に[[安田記念]]など重賞3勝のスイートネイティブがいる。
母方の血統は[[シンボリ牧場]]所縁である。母のシスターミルは初仔でセイウンスカイを生んでいるが、その後の7頭の弟妹に活躍馬はいない。ただ、[[2002年]]生まれの半弟・ディープサイレンス(父・[[サンデーサイレンス]])は未出走ながら種牡馬になっている。
== 脚注 ==
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<references/>
</div>
{{皐月賞勝ち馬}}
{{菊花賞勝ち馬}}
|