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2004年のドラフト会議において、新規参入の[[東北楽天ゴールデンイーグルス]]から2巡目で指名を受け、入団。背番号は'''18'''。
=== 楽天時代 ===
{{by|2005年}}6月1日の対[[横浜DeNAベイスターズ|横浜]]戦でプロ初登板を果たしたが、これは先発の[[山村宏樹]]が初回に1イニング4被本塁打を喫し、1死も取れずにKOされたのを受けた緊急登板だった。6月12日の対[[広島東洋カープ|広島]]戦で、同点で迎えた6回表1死に救援登板し、三塁の[[ルイス・ロペス (1973年生の内野手)|ルイス・ロペス ]]の失策で[[緒方孝市]]を出塁させたが、その緒方を牽制球で刺して2死とする。続く[[木村拓也]]に四球を与えるも、木村の盗塁失敗により3死となった。その裏の攻撃で楽天が決勝点を挙げたため、幸運なプロ初勝利が転がり込んだ。打者1人も打ち取らずに勝利投手となっているので、「こんなんでいいのかな」と感想をもらした<ref>打者と対戦、投球しており、打者あるいは投球数0の勝利というわけではない。</ref><ref>詳細は楽天イーグルス公式サイト Featured Players vol.7 渡邉恒樹</ref>。この年は17試合に登板し、1勝2敗、防御率1.93の成績を残した。オフには[[フェニックスリーグ]]に参加し、優勝(楽天は5勝1敗4引き分けで1位)を経験した。
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{{by|2010年}}6月14日に[[鎌田祐哉]]との[[トレード]]で[[東京ヤクルトスワローズ]]に移籍した。背番号は鎌田が着けていた'''48'''。
=== ヤクルト時代 ===
[[8月10日]]の対[[読売ジャイアンツ|巨人]]戦で、同点の延長11回表、1死一、二塁で登板し、[[古城茂幸]]を1球で三ゴロ併殺打に打ち取り、その裏にチームがサヨナラ勝ちをしたため1球勝利投手を記録した。28試合に登板し、1勝1敗4ホールド。防御率4.61の成績でシーズンを終えた。{{by|2012年}}10月2日に球団から[[戦力外通告]]を受け<ref>{{
===引退後===▼
引退後は[[打撃投手]]としてチームに留まることになった<ref>[http://www.yakult-swallows.co.jp/information/detail.php?article_seq=15337 渡辺投手と福川選手について]2012年10月23日 東京ヤクルトスワローズ公式サイト</ref>。2013年WBCに打撃投手として参加。▼
▲=== 引退後 ===
▲引退後は[[打撃投手]]としてチームに留まることになった<ref>
== プレースタイル ==
{{スポーツ選手の出典明記|プレースタイル|section=1|date=2012年12月12日 (水) 07:27 (UTC)}}
140km/h前後から半ばのストレートと、[[スライダー (球種)|スライダー]]、[[カット・ファスト・ボール|カットボール]]、[[カーブ (球種)|カーブ]]、[[シンカー・スクリューボール|スクリュー]]、[[シュート (球種)|シュート]]
== 詳細情報 ==
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=== 登録名 ===
* '''渡邊 恒樹''' (わたなべ こうき、2005年 - 2010年)
* '''渡辺 恒樹''' (わたなべ こうき、2010年 - 2012年)
== 脚注 ==
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== 外部リンク ==
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{{東北楽天ゴールデンイーグルス2004年ドラフト指名選手}}
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