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十八番ネタは浪花節の節真似で、相方の弾く三味線がうまく夢丸の唸る浪曲に合わず、夢丸がつっこむもの。また、大八会時代やアチャコと組んでいたときは[[活動弁士]]の真似をやったり、その他にも三曲漫才も時折披露していた。
1975年頃には病気のため第一線を退いた。1978年4月3日、大阪市住之江区の松下病院にて脳出血で死去。82歳<ref>訃報欄 浮世亭夢丸(うきよていゆめまる=漫才師、本名、北村誠一)『朝日新聞』1978年(昭和53年)4月4日朝刊、13版、23面</ref>。
弟子には[[浮世亭出羽助・八丈竹幸]]、浮世亭夢路、[[松鶴家光晴・浮世亭夢若|浮世亭夢若]]。
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