「柔然」の版間の差分
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*[[白鳥庫吉]]説…[[モンゴル語]]の「{{en|tsetsen}}(賢明)」であるとした。
*[[藤田豊八]]説…モンゴル語の「{{Unicode|jušun}}(法則・礼儀)」であるとした。
*{{en|H.W.Haussing}} 説…「柔然」は自称ではなく、[[北魏]]人が彼らを外国人として、[[アルタイ諸語|アルタイ語]]の「{{en|jojin}}(異国人)」と呼んだものの漢字音訳であるとした。
*[[ピーター・A・ブドバーグ|{{en|P.Boodberg}}]] 説…アルタイ語で、ある[[ヨモギ]]類の植物を指す「{{Unicode|javčan}}」であるとした。{{en|Boodberg}} のヨモギ説について内田吟風は、『[[資治通鑑]]』巻八十一太康六年注引『何氏姓苑』において、「[[宇文部|宇文氏]]は[[炎帝]]の出自であり、その後、草の効能を試したため、[[鮮卑]]語で草をいう『俟汾(しふん)』から、俟汾氏と名乗り、その後訛って『宇文氏』となった」とあり、『魏書』序紀では、「拓跋」の語源を「土を謂いて托となし、后を謂いて跋となし、故に氏となす」とあるように、族名が草や土から名づけられるケースがあり、柔然もこの類だとすれば、「茹茹」,「{{補助漢字フォント|芮芮}}」と草に関する文字を用いているのにも説明がつくのではないかとした<ref>内田 1975,p274-280を参照</ref>。
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