「2011年民主党代表選挙」の版間の差分

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海江田は小沢、[[鳩山由紀夫]]の支持によって基礎票で圧倒的にリードしていた。そのため8月28日、野田と前原は、決選投票にもつれ込んだ場合、お互いに連携することを確認した。しかし野田と前原の票だけでは海江田に勝てる保証はなかった。このとき動いたのが[[内閣官房副長官|官房副長官]]の[[仙谷由人]]だった。仙谷は、自民・公明との協調関係を築いてきたのは自分だとの自負があり、そのため「小沢の傀儡である海江田がこのまま勝つと国会運営は極めて困難になる」と考えていた。同日夜、仙谷は鹿野とひそかに接触。小沢の名前を出して説得した。鹿野はこれに応じたが、前原の外国人献金問題に触れ、「私の支持者には前原への抵抗がある」と条件を付けた。仙谷は「分かった。それなら野田を2位にするために、前原の票を野田に回してもいい」と請け合った<ref>原田悟、城島建治「代表選検証 『野田氏2位に』鹿野氏を説得 下位連合 仙谷氏動く」 『東京新聞』2011年8月30日付朝刊、1面。</ref>。
 
投票日の29日朝、鹿野陣営は会合で「決選投票になったら対応を鹿野さんに一任しよう」と申し合わせた。1回目の投票で有効投票数の過半数を獲得した人がいなかったため、海江田(143票)と野田(102票)の上位二人の決選投票が決まった。会場内にいた鹿野陣営の議員に、携帯メールで「鹿野さんが背広を着たままなら1位に、脱いでワイシャツ姿になれば2位に投票する」との指示が伝えられた。鹿野は2候補の演説直後、黒色の上着を脱ぎ、ワイシャツ姿になった。こうして1回目の投票で鹿野に投じた52票の多くが決選投票で野田に流れた<ref name="asahi20110830-1">『朝日新聞』2011年8月30日付朝刊、2総合、2面、「小沢支配を警戒、結集 野田氏へ2~4位票 民主党代表選」。</ref>。日本経済新聞は52人のうち約30人が野田に投じたと報じている<ref>{{cite news |url=https://www.nikkei.com/article/DGXNASFS2904G_Z20C11A8PE8000/ | title=鹿野氏、上着脱ぎ合図 決選投票直前「野田氏に票を」 海江田陣営、強引な切り崩し裏目に | newspaper=日本経済新聞 | date=2011-8-29 | accessdate=2021-11-30 }}</ref>。野田215票、海江田177票で、野田が勝利した
 
海江田は政策の打ち出しが中途半端であったことが指摘されている。TPPへの慎重姿勢や「原発ゼロ」の政権公約は、小沢や鳩山に配慮したものだったが、海江田は「こんなの自分がやりたい政策じゃないよ」と周囲にこぼしていた。29日朝、小沢グループの議員らを前に演説を練習させられたが、本番では郵政改革法案の成立などを掲げた2ページ分を読み飛ばした。陣営の若手議員は「海江田さんは演説が下手だったのが敗因」と語った<ref name="asahi20110830-1"/>。
 
== 党代表選データ ==