「浦賀船渠」の版間の差分
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{{no footnotes|date=2019年11月}}
[[File:Uraga Dock Company.jpg|400px|thumb|[[1910年]]の浦賀の様子]]
[[File:URAGASENKYO.JPG|300px|thumb|[[2015年]]の様子]]
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== 沿革 ==
=== 浦賀造船所 ===
*[[1853年]]([[嘉永]]6年) 幕府が浦賀造船所を設置
*[[1854年]]([[安政]]元年) 「[[鳳凰丸]]」竣工
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=== 浦賀船渠 ===
*[[1895年]](明治28年) 10月 東京石川島造船所が浦賀に分工場の建設開始
*[[1898年]](明治29年)
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=== その後 ===
*[[1969年]](昭和44年) 6月 住友機械工業と合併し'''[[住友重機械工業]]'''浦賀造船所となる
*[[1971年]](昭和46年) 追浜造船所(現横須賀造船所)開設
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<ref>{{Cite book|和書|title=浦賀・追浜百年の航跡|date=1997/6/21|year=1997|publisher=住友重機械工業株式会社横須賀造船所|pages=資-1,資-2}}</ref>
*初代・[[塚原周造]]
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*11代・多賀寛(昭和37年11月会社名が'''浦賀重工'''になる)
*12代・二瓶豊
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; 住友重機械工業株式会社
* 初代・市川恒雄
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(以後浦賀工場閉鎖)
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== 周辺地区の再整備 ==
施設の周辺地区について横須賀市では1991年に「浦賀国際文化村構想」、2003年に「浦賀港周辺地区再整備計画」が策定されたが、いずれも2018年に廃止になっている<ref name="kanaloco20201212" />。施設及び周辺部の無償寄付を受けて、横須賀市はドックを保存し工場跡地部分の活用方法を検討するとともに、ガイド付きの公開ができるよう準備を進める旨を公表している<ref name="kohoyokosuka202105" />。
== 関連項目 ==▼
* [[戦前の日本の造船所一覧]]▼
* [[浦賀]]▼
* [[住友重機械工業]]▼
* [[サブマリン707]] - 潜水艦漫画。浦賀ドックへ大破した707号が入渠する場面がある。▼
== 参考文献 ==
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== 脚注 ==
<references />
▲== 関連項目 ==
▲* [[戦前の日本の造船所一覧]]
▲* [[浦賀]]
▲* [[住友重機械工業]]
▲* [[サブマリン707]] - 潜水艦漫画。浦賀ドックへ大破した707号が入渠する場面がある。
== 外部リンク ==
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[[Category:日本国認定近代化産業遺産]]
[[Category:住友重機械工業]]
[[Category:江戸時代の相模国]]
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