「アラスカ州会議事堂」の版間の差分

削除された内容 追加された内容
編集の要約なし
タグ: モバイル編集 モバイルウェブ編集 改良版モバイル編集
 
6行目:
[[1792年]]、[[ロシア領アラスカ]]の最初の首都は[[コディアック (アラスカ州)|コディアック]]に置かれた。[[1808年]]に植民地の首都はニューアークエンジェル(現在の[[シトカ (アラスカ州)|シトカ]])に移された。[[1867年]]にアメリカ合衆国が[[アラスカ購入|アラスカを購入]]すると、アラスカは[[アラスカ県]]として[[アメリカ陸軍|陸軍]]の管轄下に置かれ、ジェファーソン・C・デービス[[少将]]が最初の司令官に任命され、県都がシトカに置かれた。しかし[[1877年]]にネズ・パース戦争が勃発すると、陸軍はアラスカから戦地へ再配置されると、アラスカ県は[[アメリカ合衆国財務省|財務省]]の管轄下に置かれた。その翌々年、[[1879年]]に[[アメリカ海軍|海軍]][[中佐]]レスター・A・ベアーズリーがシトカに駐留地を創設すると、今度はアラスカ県は海軍の管轄下に置かれた。やがて[[1884年]]、[[アメリカ合衆国議会|連邦議会]]は[[アラスカ地区]]を創設し、初代総督にジョン・ヘンリー・キンケイドを任命し、シトカを地区の「臨時首都」とした。[[1900年]]、連邦議会はシトカに代わって、地域経済の成長が著しく、重要度を増していたジュノーに地区の首都を移す法案を可決させた。
 
[[1912年]]に[[アラスカ準州]]が成立すると、翌[[1913年]]、ジュノー市内のエルクス・ロッジ・ホールで最初のアラスカ準州議会が開かれた。その後、[[1931年]]に最初の恒久的な準州会議事堂が完成するまで、アラスカ準州議会は開催地を転々としながら行われた<ref>Allen, June. [http://www.sitnews.net/JuneAllen/Legislature/011803_ak_1st_legislature.html Alaska's First Legislature, 1913: Oh, How Times Have Changed!]. ''The Alaskan Southeaster Magazine''. Ketchikan, Alaska. 2003年1月18日.</ref>。
 
 
[[1912年]]に[[アラスカ準州]]が成立すると、翌[[1913年]]、ジュノー市内のエルクス・ロッジ・ホールで最初のアラスカ準州議会が開かれた。その後、[[1931年]]に最初の恒久的な準州会議事堂が完成するまで、アラスカ準州議会は開催地を転々としながら行われた。<ref>Allen, June. [http://www.sitnews.net/JuneAllen/Legislature/011803_ak_1st_legislature.html Alaska's First Legislature, 1913: Oh, How Times Have Changed!]. ''The Alaskan Southeaster Magazine''. Ketchikan, Alaska. 2003年1月18日.</ref>。
 
連邦議会はもともと、[[1911年]]にはアラスカ準州の議事堂建設予算を承認していたが、[[第一次世界大戦]]の勃発と用地買収の難航により建設は遅れ、[[1929年]]になってやっと、地元住民の寄付金も得て建設が始まった。「連邦・準州ビルディング」(''Federal and Territorial Building'')と名付けられたこの庁舎は[[1931年]]2月14日に開館した。この[[アール・デコ]]調の庁舎は、ジェームズ・A・ウェットモアを筆頭に、財務省のお抱え建築家によって設計されたものであった。