絶歌

日本の神戸連続児童殺傷事件に関する手記作品

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絶歌』(ぜっか)とは2015年6月11日太田出版から出版された書籍1997年に発生した神戸連続児童殺傷事件の加害者の男性が、「元少年A」の名義で、事件にいたる経緯、犯行後の社会復帰にいたる過程を綴った手記[1]。初版は10万部。

絶歌
著者 元少年A
発行日 2015年6月11日
発行元 太田出版
日本の旗 日本
言語 日本語
ページ数 294
コード ISBN 978-4778314507
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なお、太田出版は6月17日、今後も出版を継続する意向を公式ウェブサイトで表明し、増刷する予定[2]

刊行の経緯

本書の企画は当初、加害男性から幻冬舎に持ち込まれ、2013年から約2年に渡って編集作業が行われていた。しかし2015年に入り、加害男性が一時出版を取り止める意向を見せたことや世間の反応を考慮したことにより幻冬舎からの刊行は中止となった。その後、加害男性が意向を一転させて出版を希望したため、幻冬舎からの紹介で太田出版に持ち込まれた[3][4]

構成

  • 口絵 - 3歳の筆者と祖母の写真1枚。p.37で言及あり。
  • 第一部
    • 名前を失くした日
    • 夜泣き
    • 生きるよすが
    • それぞれの儀式
    • ちぎれた錨
    • 原罪
    • 断絶
    • GOD LESS NIGHT
    • 蒼白き時代
    • 父の涙
    • ニュータウンの天使
    • 精神狩猟者(マインド・ハンター)
    • 咆哮
    • 審判
  • 第二部
    • ふたたび空の下(二〇〇四年三月十日〜四月上旬)
    • 更生保護施設(二〇〇四年四月上旬〜四月中旬)
    • ジンベイさんとイモジリさん(二〇〇四年四月中旬〜二〇〇四年五月中旬)
    • 最終居住先(二〇〇四年五月中旬〜二〇〇五年一月)
    • 旅立ち(二〇〇五年一月〜二〇〇五年八月)
    • 新天地(二〇〇五年八月中旬〜二〇〇七年十二月)
    • 流転(二〇〇八年一月〜二〇〇九年六月頃)
    • 居場所(二〇〇九年九月〜二〇一二年十二月)
    • ちっぽけな答え(二〇一二年十二月〜)
    • 道(二〇一五年 春)
  • 被害者のご家族の皆様へ

反応

本書の出版に当たっては遺族のひとりが批判したことに起因し、出版の是非に対して過剰な反応が見られ、識者や世論においても本の出版や内容を巡って賛否が割れるなど、様々な反響を呼んだ。ある被害者の父親は版元である太田出版に対して抗議しており、速やかな回収を求めた[5]

GLAYHISASHIは、6月11日にInstagramにこの書籍の表紙の画像を投稿したが、これに対して数多くの批判が寄せられたために投稿した画像を削除した[6]

啓文堂書店は、被害者遺族の心情に配慮し、この書籍を一切取り扱わないこととした[7][8]神戸市に本社を置く喜久屋書店も6月13日までに、全店舗からこの書籍を撤去した[9]

6月17日、兵庫県立図書館は「地元の図書館として、遺族の感情や人権に配慮せざるを得ない」などとして、この書籍の貸出複写を制限する方針を決めた。一方、神戸市立中央図書館は過去の対応に参照し、「今回も事件があった市の図書館として判断したい」としており、この書籍の購入や閲覧に関する方針を協議していたが[9][10]、6月23日に神戸市長の久元喜造は神戸市立図書館11館で手記を購入しないことを発表した[11]

6月19日明石市長の泉房穂は手記の出版を「遺族を傷つける許されない行為だ」と指摘し、同市の犯罪被害者等支援条例に基づき、市内の書店や住民に手記の販売・購入について「配慮をお願いする」と述べた。明石市立図書館では手記を購入しない方針も明らかにした[12]。これに対し、憲法学が専門の神戸学院大学教授の上脇博之は、被害者遺族に知らせずに出版した経緯には問題点があるが、「出版後の検閲との誤解を与えないよう、市は要請に強制力がないことを強調すべきだ」と強く非難した[13]

6月22日、兵庫県知事の井戸敏三は、定例会見にて兵庫県立図書館が「遺族感情人権に配慮する」などの理由から、館内の閲覧のみとし貸し出しを行わない制限を決めたことについて「慎重を期したやむを得ない措置」との見解を示したが、「被害者の遺族が抗議していることは知っているが行政機関が主体的にタッチする話ではなく、良識ある読者が個々に判断すべきこと」とした[14]

日本図書館協会が異例の見解

「絶歌」を購入するかどうか迷っている図書館が多い動きに対し、6月29日日本図書館協会は「図書館の自由委員会」の西河内靖泰委員長の名義で、「『図書館の自由に関する宣言』は、収集の制限を首肯しない」との見解を公表した。また、西河内は「社会的に関心が高く賛否両論のある本。図書館が、あたかもその本が存在しないかのように振る舞ってしまうと、議論自体を覆い隠すことになる」と指摘した。「図書館の自由に関する宣言」は「図書館は、国民の知る自由を保障する機関として、国民のあらゆる資料要求にこたえなければならない」とする基本理念を掲げている[15]

識者の反応

  • 碓井真史(社会心理学・スクールカウンセラー・新潟青陵大学大学院教授)
Yahoo!ショッピングで入手し、一気に読んだ。出版は、「正義」に反する。しかし、読後、しばらくは誰とも話したくないと感じたほど心が揺すぶられた。殺人時、遺体損壊時の凄惨な記述はない。動物虐待のシーンは、ぞっとするほどグロテスクだ。少年時代の異常な性行動も赤裸々に語られるが、これは猟奇的な本ではない[16]
自分自身が過去の反省と共に、精神病理的な犯罪心理原因の研究はしたいため、読んでみたい。出版社の収益著者の印税の一部を被害者賠償にあてる仕組み作りの必要性を感じる[17]
被害者遺族が「手記を出版されたくない」と感じるのは当たり前だが「出版をやめさせて本を回収すべきだ」という意見に対しては言論や表現を封殺してよいのかとの疑問を感じる。論理も大事だと訴えたい。禁書焚書を生む社会が個人に優しい社会とは思えない。出版に際し遺族の了解を売るべきだったとの意見もあるが、「そうすべきだった」とは言いたくない。遺族の事前了承を出版が必要とする社会ルールにすれば、加害者の経験や思いがブラックボックスに入ってしまう可能性がある。「意味のある本だから出版されるべきだ」ではなく、「多くの人が納得できる意味づけがなければ出版されるべきではない」という空気が強まることが心配[18]
私は理解をしたい。この本は世に出してよかったと思える内容になっている。少年が当時の体験や心情をしっかり思い出し、過ちから逃げずに向かい合っている。その体験は極めて特異だが、紡ぎ出される心情、考え方は貴重なサンプルだ。被害者遺族に事前連絡をしなかった点については「仁義を通すべきだった」とは思うものの、それを考慮しても読む価値があり、遺族にもいつの日か読んでもらいたい[17]
少年が犯す犯罪をひもとく上での貴重な例だ[17]
表現の自由民主主義の大前提であり、加害者が書いたものだから規制すべきだということではない。ただ、世間のバッシングの背景にあるのは、著者が少年法によって法的には犯罪者としてではなく、保護の対象として家裁審判を受け、社会復帰したため「罪を償っていない」と感じるためだ。内容的には文学的な脚色が多く謝罪や理解をしてもらおうとする姿勢が少ない。匿名ではなく、実名で出版すべき。医療少年院での専門サポートチームや仮釈放後の手厚い支援などが詳細に書かれているが、元少年に施されたのは、少年法に基づく例外的な「特別扱い」であって、犯罪者の処遇について誤解を与える危険性があり、犯罪に憧れる人にとっては英雄的に映るかもしれない[18]
私は彼に脳の機能不全があると確信しているが、完全なサイコパスとも言い切れない。今回の手記には専門家の解説をつけるべきであった。今現在、彼が何らかの精神心理的サポートやケアを受けているのかどうか気になる。研究者として、彼にはぜひともサイコパスへの教育プログラム作りに協力してもらいたい[19]

関連項目

脚注

  1. ^ 『絶歌』の出版について - 太田出版
  2. ^ “神戸事件「絶歌」増刷へ 加害男性の手記、販売自粛の店舗も”. 日本経済新聞. 18 June 2015. 2015年6月20日閲覧.
  3. ^ 手記出版、幻冬舎に当初持ちかけ 神戸事件の加害者 47news 2015年6月20日
  4. ^ 当初は幻冬舎に出版持ちかけ 神戸事件の加害者手記 産経ニュース 2015年6月20日
  5. ^ 神戸児童連続殺傷:遺族の抗議文全文 - 毎日新聞
  6. ^ 「GLAY」HISASHI、「元少年A手記」の表紙写真投稿 コメント欄に批判が相次ぎ、画像削除 : J-CASTニュース
  7. ^ 「絶歌」啓文堂書店では販売せず 元少年Aの手記【神戸連続児童殺傷事件】
  8. ^ ホームページ上でも本の内容自体は表示されるが、予約も受け付けていない。
  9. ^ a b “「絶歌」貸し出し制限へ 兵庫県立図書館、遺族に配慮”. 産経WEST. 17 June 2015. 2015年6月19日閲覧.
  10. ^ “神戸連続児童殺傷 「手記」の対応、地元で割れる”. 神戸新聞. 16 June 2015. 2015年6月19日閲覧.
  11. ^ 児童連続殺傷:加害男性手記 神戸市は市立図書館購入せず 毎日新聞 2015年6月23日
  12. ^ “連続児童殺傷手記「絶歌」 明石市長「書店売らないで」”. 神戸新聞. 19 June 2015. 2015年6月19日閲覧.
  13. ^ 神戸新聞 2015/6/19 22:58「連続児童殺傷手記「絶歌」書店の配慮 明石市長要請」
  14. ^ 産経WEST 2015.6.22 20:10 神戸連続児童殺傷事件の加害男性の手記、図書館での貸し出し制限「やむを得ない」兵庫県知事
  15. ^ 産経ニュース「収集制限、肯定しない 図書館協会「絶歌」で見解」2015.6.29 20:10
  16. ^ Yahoo!ニュース 元少年A『絶歌』神戸連続児童殺傷事件:質問疑問に答える:出版は正義に反する。しかし内容は心に迫る
  17. ^ a b c Yahoo!ニュース「元少年A」手記出版を「擁護」する人たち 長谷川豊、武田鉄矢らが語る意義とは J-CASTニュース 6月16日(火)18時12分配信
  18. ^ a b 朝日新聞DIGITAL - 加害者は語りうるか 「絶歌」出版を考える 2015年6月22日20時49分
  19. ^ “香山リカ、『絶歌』から「元少年A」の脳の機能不全を読み解く”. 日刊SPA!. 24 June 2015. 2015年6月25日閲覧.