リベラル・アーツ・カレッジ
リベラルアーツ・カレッジ(英語: Liberal arts college)は、リベラルアーツ教育に焦点をあてた教育を学部過程で行なう四年生大学のことである。大学院を持たず、Undergraduates (学部生) への教育のみ行う。多くは私立の全寮制で、1学年の生徒が300人~700人と極めて少人数であるのが特徴。世界ではアメリカ合衆国に集中して存在する。本稿では主に米国のリベラルアーツ・カレッジについて述べる。
概要
アメリカの大学は、大学院を持つ大規模な研究型大学(Reserch University)、リベラルアーツカレッジ(Liberal Arts College)、公立で地域の学生が通う2年制のコミュニティ・カレッジ(Community College) に大別される。[1]
日本の大学と異なり、多くのアメリカの学部過程カリキュラムには「法学部」「医学部」「経営学部」(またはその専攻課程)がなく、それらの専門に進む生徒はまず4年制学部過程(Undergraduate School)で学ぶ必要がある。大学院には、法科大学院(Law School)、医科大学院(Medical School) 、経営大学院(MBA) といった専門職大学院(Professional School)と、学部過程
で学んだ専門をさらに追究する学術系大学院(Graduate School)に大別される。
リベラルアーツ・カレッジ卒業生は、4年間で広くリベラルアーツを学んだのちにこれら大学院に進学し更なる専門を学ぶ生徒が多い。
歴史
語源
リベラルアーツ・カレッジの歴史は、古代ギリシャとローマ時代にまでさかのぼる。ラテン語の 「liberalis (自由人にふさわしい)」「Ars/Artes(技術・学術)」がその語源である。リベラルアーツ教育はギリシャとローマにおいて、自由な市民が市民活動に参加するための学問として定義された。[2]一方、技術を学ぶこと(Mechanical Arts)は、社会の自由でないメンバーや奴隷に適していると考えられていた。
三学(文法、弁証法、修辞法)と四科(算術、幾何学、音楽理論、天文学)がその古典的リベラルアーツの学問であり、労働者ではない自由人を養成するための学問として確立されていった。
またリベラルアーツ・カレッジで養われる「批判的思考(Critical Thinking)」「批判的読解(Critical Reading) 」はギリシャの哲学者ソクラテスが重んじたとされる弁証法(「ソクラテス法」あるいは「問答法」)をベースにしている。[3]
アメリカにおけるリベラルアーツ・カレッジの変遷
アメリカのリベラルアーツ・カレッジの歴史は、合衆国の歴史と同じくらい古い。米国最古の高等教育機関は、まだイギリスの統治下で設立されたハーバード大学(1636年)であるが、設立当時はリベラルアーツ教育を行なう小規模な大学であった。[3]
植民地時代に設立された9つの大学「コロニアルカレッジ」は、いずれもキリスト教会の各宗派に所属する機関という形をとっていた。[1]ニュージャージー州の長老派(プロテスタントの一派。Presbyterianism)が設立したニュージャージー大学は後にプリンストン大学と改名された。当時の大学ではいずれも、労働者の上に立つ市民のリーダーと聖職者を育成するための高等教育機関として古典的なリベラルアーツ教育が行なわれていたが、科学の発展や医学生や法科生育成など時代のニーズを反映しながら少しずつその形態を変えていく。次第にリベラルアーツの学問に焦点を当てるだけでなくより幅広いカリキュラムが展開されるようになった。結果、コロニアルカレッジ9つ(そのうち8つが東海岸アイビーリーグ)は研究型大学となった。
アメリカ合衆国の独立(1776年)前後に相次いで設立された大学の中では、そのように研究型大学への発展を遂げたものと、小規模リベラルアーツカレッジとして伝統を守ったものとに分かれた。後者では最創成期の大学として、ワシントン&リー・カレッジ(1749年)、チャールストン・カレッジ(1770年)、ハミルトン・カレッジ(1793年)、ウィリアムズ・カレッジ(1793年)、ボウディン・カレッジ(1794年)などがある。いずれも合衆国独立時の13州(東海岸)に位置する。
教育
数学、物理学、生物学、化学、天文学などの自然科学、経済学、政治学、環境学などの社会科学、哲学、歴史学、宗教学、文学、言語学、演劇、芸術全般などの人文科学にわたる諸分野の中から様々な授業を履修し、通常、第2学年(Sophmore)の終わる時に専攻(メジャー)を選択する。
リベラルアーツ・カレッジで身に付く力がCritical Thinking (批判的思考)やCritical Reading (批判的読解)と言われている。弁証法を使い学生間の議論を奨励したソクラテスのように、リベラルアーツ・カレッジにおける教員の役割は、学生を創造的で活発な議論に導き深い相互理解を促すこととされる。またおもに人文科学系のクラス群において必須な長文エッセイライティングでは、論理的思考がなされていること、一次資料によって根拠が述べられ理論的な結論に導かれていることが必須である。クライテリア(評価基準)を満たさないエッセイには教員によって添削され、リライトを繰り返すといったことが学習の軸となる。大講義での受動的学習を主に行う大規模大学(とくに州立大学等)とはこの点において大きく教育スタイルが異なる。
研究型大学との違い
研究型大学(Reserch University) との大きな違いは、リベラルアーツ・カレッジは大学院を持たないことである。私立の研究型大学や州立大学では、大学院での研究に最も重きが置かれ、学部学生に対する教育がやや軽視される傾向がある。大講堂でマイクを使ったマスプロ的な講義も多い。
大学院生のティーチング・アシスタント(TA)が正規教員の代わりに授業を行なうことも普通に行われる。TAをすることで学費の一部が免除される大学院生も多く、教員が研究に専念するためにも不可欠なシステムとされている。
それに対してリベラルアーツ・カレッジでは、教授が直接、学部学生を指導をする。1クラスあたりの平均生徒数は平均10人~20人であり、生徒と教師の比率は7:1 〜 10:1と大変低い。また教員のほとんどがキャンパス内か近隣に住むフルタイム教員である。
少人数制と環境
多くのリベラルアーツ・カレッジは、総学生数が1600人~2500人である。
参考までにハーバード大の学部生数は約6,700人、コロンビア大は約9,000人、州立のカリフォルニア大学バークレイ校は約30,000人(いずれも学部生のみの数字)[4]である。
リベラルアーツ・カレッジほぼ完全な全寮制である。大規模/大都市型研究型大学と異なり4年間キャンパス内に住む。教室や図書館にはバスや自転車ではなく徒歩で行けるカレッジも多い。またキャンパスは比較的小さな地方都市にあり、勉強に集中できる環境ではあるが、一方で都会的な刺激には乏しいという面がある。
教員は生徒の履修からインターン、海外留学先、就職先まで細やかに指導する。教員と学生また学生同士の距離は非常に近く、その関係は生涯に渡って継続すると言われている。[5]
コンソーシアム
いくつかのリベラルアーツカレッジのコンソーシアムがある。
・FIve College Consortium (マサチューセッツ州)【アマースト大学、スミス大学などの5大学】
・Tri-College Consortium (ペンシルバニア州)【スワースモア大学、ハヴァフォード大学など3大学】
・Clearemont College Consortium(カリフォルニア州)【ポモナ大学、クレアモント・マッケナ大学など5大学+2大学院】
これらのコンソーシアム内では、大学間で単位交換や、図書館、ジム、球技場、食堂など設備の共同利用が出来る。スポーツや芸術分野では、コンソーシアム全体として大きな団体を構成したりなどリベラルアーツ・カレッジながら研究型大学と並ぶリソースを提供している。
ランキング
世界大学ランキング
リベラルアーツ・カレッジがTimes Higher Education(THE)やクアクアレリ・シモンズ(QS)などの世界大学ランキングに通常載らない大きな理由の一つに、そもそも大学院における「研究」が行われない点があげられる。世界ランキングの順位を決める指標に「研究論文引用数」や「ピア・レビュー(研究者同士による相互評価)」の数が使われるからである。生徒への教育に専念し、教員や院生が大学の費用で研究を行うことのないリベラルアーツ・カレッジは、それゆえTHEなどのランキングが発表されても話題にはほとんど上がらない。
しかし近年、THEはWall Street Journal と共同で指標を作り、アメリカのリベラルアーツ・カレッジのランキングを発表している。最新の集計(2020年度)に使われた指標は以下の4つだった。[6]
・Resource:1人あたりの学生に費やせる資金、教員数など(30%)
・Engagement:教授の学生へのコミット度、学生自身の満足度など(20%)
・Outcomes:卒業率や卒業生のその後の収入など(40%)
・Enviroment:教員や生徒のダイバーシティなど(10%)
それにより以下の大学がランキングされた。
- アマースト【Amherst】大学(マサチューセッツ州)
- ウィリアムズ 【Williams】 大学 (マサチューセッツ州)
- ポモナ【Pomona】大学(カリフォルニア州)
- ウェルズリー【Welseley】大学( マサチューセッツ州)(※女子大)
- スワースモア【Swarthmore】大学( ペンシルバニア州)
- クレアモント・マッケナ【Claremont Mckenna】大学( カリフォルニア州)
- カールトン【Carlton】大学(ミネソタ州)
- ミドルベリー【Middlebury】大学(バーモント州)
- ハヴァフォード【Haverford】大学(ペンシルバニア州)
- スミス 【Smith】大学( マサチューセッツ州)(※女子大)
(出典:Times Higher Education”Best liberal arts colleges in the United States 2020”)[7]
またアメリカの経済雑誌フォーブス(Forbes)は毎年リベラルアーツ・カレッジのランキングを発表する。
- ポモナ【Pomona】大学 (カリフォルニア州)
- ウィリアムズ【Williams】大学 (マサチューセッツ州)
- ハービイ・マッド【Harvey Mudd】大学(カリフォルニア州)
- スワースモア【Swarthmore】大学( ペンシルバニア州)
- ボードウィン【Bowdoin】大学(メイン州)
- アマースト【Amherst】大学(マサチューセッツ州)
- クレアモント・マッケナ【Claremont McKenna】大学(カリフォルニア州)
- ミドルベリー【Middleburry】大学(バーモント州)
- ベイツ【Bates】大学(メイン州)
- ウェズリアン【Wasleyan】大学(コネチカット州)
(出典:Forbes “Top 15 Liberal Arts Colleges 2019: Claremont Colleges Vs Little Ivies”)[8]
合格難易度
ポモナ 大学 (8%)
クレアモント・マッケナ大学 (10%)
スワースモア 大学 (11%)
アマースト 大学 ( 13%)
ボウディン 大学 (14%)
ハービー・マッド 大学 (15%)
ウィリアムズ 大学 (15%)
コルビー【Colby】大学(メイン州) (16%)
ミドルベリー 大学 (17%)
(括弧内は合格率を示す)
(出典:Niche 2020 Hardest Colleges to Get In[9] (リベラルアーツ・カレッジを抜粋)
リトル・アイビー・スクール
アメリカ最北東に位置するニューイングランド地方のスポーツ・リーグ連盟「NESCAC(New England Small College Athletic Conference)」の11校を中心とした小規模大学をリトル・アイビーと呼ぶことがある。[10]日本の「東京六大学野球連盟」に似ているが、正式な登録はない。2016年時点では18校がリストされている(一部リベラルアーツ・カレッジでないものも含まれる)。
リベラルアーツ・カレッジの著名な出身者
- バラク・オバマ (第44代 アメリカ合衆国大統領) (オクシデンタル大学、3年次よりコロンビア大学)
- ヒラリー・クリントン(元上院議員・国務長官) (ウェルズリー大学)
- マデレーン・オルブライト(初の女性アメリカ合衆国国務長官) (ウェルズリー大学)
ヒラリー・クリントン - フランクリン・ピアース(第14代アメリカ合衆国大統領)(ボーディン大学)
- ジェイムズ・ガーフィールド(第20代アメリカ合衆国大統領)(ウィリアムズ大学)
- カルビン・クーリッジ(第30代アメリカ合衆国大統領)(アマースト大学)
- ウイリアム・スミス・クラーク(北海道大学 初代教頭) (アマースト大学)
- ゴー・チョク・トン(シンガポール第2代首相) (ウィリアムズ大学 ※修士課程)
- ロバート・ゼーリック(世界銀行総裁、アメリカ合衆国副国務長官)(スワースモア大学)
- スティーブ・ジョブス (アップル 創業者) (リード大学・中退)
- ロバート・ノイス (インテル 創業者) (グリネル大学)
- ハーバート・ケレハー (サウスウエスト航空 創業者)(ウェズリアン大学)
- ジョージ・スタインブレナー(NYヤンキース オーナー)(ウィリアムズ大学)
- ジェニファー・ダウドナ (化学者、生物学者、ゲノム編集の第一人者)(ポモナ大学)
- ラズロ・ボック (グーグル人事担当上級副社長 Humu社 CEO)(ポモナ大学)
- マイケル・アリントン(TechCrunch 創業者)(クレアモント・マッケナ大学)
- ヘンリー・クラビス(金融運用会社 KKR 共同創業者)(クレアモント・マッケナ大学)
- ジョージ・ロバーツ( KKR 共同創業者)(クレアモント・マッケナ大学)
- ナンシー・ローマン(天文学者 NASA最初の女性幹部)(スワースモア大学)
- ダン・ブラウン(小説家「ダ・ヴィンチ・コード」)(アマースト大学)
- チャールズ・E・メリル(メリルリンチ証券 創業者)(アマースト大学)
- スティーブ・ケース(アメリカ・オンライン共同創業者)(ウィリアムズ大学)
- ジョージ・ネルソン(NASA宇宙飛行士)(ハービー・マッド大学)
- トム・プレストン・ワーナー(Git Hub 共同開発・創業者) (ハービー・マッド大学)
- ベン・アフレック(俳優)(オクシデンタル大学)
- ロビン・ウィリアムズ(俳優)(クレアモント・マッケナ大学)
- 新島襄(同志社大学創立者) (アマースト大学)
- 内村鑑三(キリスト教思想家、文学者) (アマースト大学)
- 津田梅子 (津田塾大学創立者) (ブリンマー大学)
日本における事例
日本では、国際基督教大学(東京都)、国際教養大学(秋田県)、立命館アジア太平洋大学(大分県)、桜美林大学(神奈川県)などがリベラルアーツ教育をうたい、また主に教養学部(東京大学など)がこの事例を担おうとしているが、いずれもアメリカのような全寮制少人数教育ではなく、専任教員1人あたりの学生数が多いのが現状である。
近年相次いで設立されている類似の諸大学・諸学部は、リベラルアーツとされるいくつかの科目をプログラム内容に入れているものの、現状は一部を除くとアメリカのそれとは非常に異なっている。その理由の一つに、先述したロースクール(法学)、メディカルスクール(医学)、ビジネススクール(経営学)などの独立した専門大学院が日本には極端に少ないことが挙げられる。アメリカのように専門大学院へ進む前段階として、全寮制の少人数教育で4年間広くリベラルアーツを学び、その後専門分野の修士、博士過程に進むという大学教育モデルは、日本ではまだ実現されていない。
脚注
- ^ a b ワールドアトラス
- ^ “What is Liberal Arts?”. Southern New Hampshire University. 2019年11月閲覧。 エラー: 閲覧日は年・月・日のすべてを記入してください。(説明)
- ^ a b “History of a Liberal Arts Education”. Liberal Arts School Review. 2019年11月閲覧。 エラー: 閲覧日は年・月・日のすべてを記入してください。(説明)
- ^ “[数字 https://www.berkeley.edu/about/bythenumbers by the numbers]”. UC Berkeley. 2019年11月閲覧。 エラー: 閲覧日は年・月・日のすべてを記入してください。(説明)
- ^ “10 Reasons to attend a liberal arts college”. 2019 Nov閲覧。 エラー: 閲覧日が正しく記入されていません。(説明)
- ^ “「Methodology for Wall Street Journal Times Higher Education College Rankings 」2020”. Times Higher Education. 2019年9月閲覧。 エラー: 閲覧日は年・月・日のすべてを記入してください。(説明)
- ^ “ベスト・リベラルアーツ・カレッジ”. タイムズ・ハイヤー・エデュケーション. 2019年11月閲覧。 エラー: 閲覧日は年・月・日のすべてを記入してください。(説明)
- ^ “トップ・リベラルアーツ・カレッジ2019”. Forbes. 2019 Nov閲覧。 エラー: 閲覧日が正しく記入されていません。(説明)
- ^ “最も入学の難しい米大学”. Niche. 2019年11月閲覧。 エラー: 閲覧日は年・月・日のすべてを記入してください。(説明)
- ^ “リトル・アイビー”. Wikipedia. 2019.Noc閲覧。 エラー: 閲覧日が正しく記入されていません。(説明)
外部リンク
- 成功するリベラルアーツ専攻(「Business Insider 」2012)https://www.businessinsider.com/successful-liberal-arts-majors-2012-12?IR=T
- リベラルアーツの「リベラル」が意味するもの(「ワシントンポスト」2015 ValerieStrauss執筆)https://www.washingtonpost.com/news/answer-sheet/wp/2015/04/02/what-the-liberal-in-liberal-arts-actually-means/?noredirect=on