エアナーシルへの苦情粘土板

世界最古のクレーム文とされる古代バビロンの粘土板

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エア・ナシルへの苦情粘土板(エア・ナシルへのくじょうねんどばん、UET V 81、:Complaint tablet to Ea-nāṣir[1]は、古代の都市国家ウルに送られた粘土板である。紀元前1750年頃に書かれた、高さ11.6cm、幅5cmのこの粘土板は、商人エア・ナシル(Ea-nāṣir)[注釈 1] が粗悪なをナンニ(Nanni)という顧客に販売したとされる取引の成り行きを記録している。品質に不満を持ったナンニは、エア・ナシルの残念なサービスと自身の召使いに対する劣悪な態度を訴えるため、楔形文字でこの粘土板を書いた。

エアナーシルへの苦情粘土板
大英博物館に展示されている同粘土板
材質Clay
高さ11.6 cm (4.6 in)
5 cm (2.0 in)
製作c. 紀元前1750年
所蔵ロンドン大英博物館

レオナード・ウーリーによってウルで発見されたこの粘土板は、現在大英博物館に所蔵されている。同粘土板はアッカド語の楔形文字で書かれており、ギネス世界記録によって「世界最古のクレーム文」として認定されている。2015年以降、この粘土板の内容ーとりわけエア・ナシルについての部分は、現代のそれとあまりにも似通ったクレーム内容から、インターネットミームとして人気を博した[2][3][4]

外見

粘土板の寸法は高さ11.6センチメートル (4.6 in)、幅5 cm (2.0 in)、厚さ2.6 cm (1.0 in)であり、少し摩耗している[5]

内容

 
粘土板の裏面、正面、左端に記された文章の転写[6]
意訳
客のナンニは下記の伝言を商人エア・ナシルへ伝える。
お前は俺に「質のいい銅のインゴットを売るよ」と約束したけどまだ売ってないよな。お前は俺の使者であるシトシンに質の悪いインゴットを突きつけて「欲しければ買え、欲しくなければ帰れ!」って言ったらしいな。
お前はどうして俺を馬鹿にするんだ?お前に預けた金が入った鞄を取り返すために何度も使者を送ったがぞんざいに扱って手ぶらで追い返してるよな。使者は敵地を通って行ってるんだぞ。テムルンと取引してる商人の中に俺をぞんざいに扱った奴はいるのか?お前は召使いを馬鹿にした!お前に借りた銀1ミルの事は好きに言いふらしてもかまわんが、サマス宮殿に保管されている俺たちが石板に書いたものを除けば、俺はお前の代わりに宮殿に490キロの銅を献上してウミアブムも同じことをしたんだぞ。
銅のために俺をどのように扱ったんだ?お前は敵地内で俺の金の入った鞄を返すのをやめた。俺の金が全て返ってくるかはお前次第なんだぞ。
これからお前の質の悪い銅は一切受け取らないことを認識しろよ。これから俺の仕事場でインゴットを個々に選んで使うし、お前に対して拒否権を行使してやる。俺を馬鹿にしたからな。

この粘土板には、エア・ナシルがディルムンへ銅を買い付けに行き、メソポタミアで販売していた時のことが記されている。ある時、彼はナンニに銅のインゴットを売ることに合意した。ナンニは代金を持った召使いを遣わせ、取引を完了しようとした[7]が、ナンニは銅の品質が劣ったものであるとし[8]、受け取りを拒否した。

この一件に対し、ナンニはエア・ナシルに本粘土板を送った。それには、エア・ナシルが納品した銅の規格がバラバラなことや、(別件の)納品についての苦情が記されていた[5]。ナンニはまた、取引を担当した自身の召使いが乱暴な扱いを受けたと粘土板上で訴えた。同時に、粘土板を書いている時点ではまだ銅を受け取っていないが、すでに代金を支払っていることも強調した。

エア・ナシルは、alik Tilmun、すなわち「ディルムン商人」と呼ばれる商人グループの一員であった。彼は他の文書からも、ラルサの支配者リム・シン1世の治世の11年目と19年目に活動していたことが知られている[9]

 
ウルの遺跡から発見されたバビロニアの古い家屋の内部図。エア・ナシルの住居であった可能性がある。

発見

この粘土板は、1922年から1934年にかけて、シュメールの古代都市ウルペンシルベニア大学大英博物館の共同探検隊を率いていたレオナード・ウーリーによって発見され、入手された[5][10]

翻訳の歴史

アドルフ・レオ・オッペンハイム英語: Adolf Leo Oppenheimは、1954年のアメリカンオリエンタルソサエティ機関誌英語: Journal of the American Oriental Societyに掲載された記事で、この粘土板の数行を翻訳した[11]。英語による粘土板の翻訳は、1960年にW.L.リーマンスによって行われた[12]。レーマンスの翻訳には、オッペンハイムが翻訳した行に加え、フリッツ・ルドルフ・クラウスドイツ語: Flitz Rudolf Krauzからも数行取り入れられた[13]。オッペンハイム自身も1967年に粘土板の完全な翻訳を発表したが[8]、この粘土板の他の翻訳については知らなかった[14]マーク・ヴァン・デ・ミエループの翻訳に触発され、スティーブン・J・ガーフィンクルに個人的な連絡として送られた翻訳が2010年に出版された[15]ウォルター・ファーバーによる書評では、この翻訳は「細部に必ずしも忠実ではない」と指摘されている[16]。ロシア語の翻訳がI. M. ディアコノフにより1990年に出版された[17]

他の粘土板

エア・ナシルの住居跡と思われる遺跡からは、他の粘土板も発見されている。中には、アルビトラム(Arbituram)という人物からの「まだ銅を受け取っていない」という苦情の粘土板や、「粗悪な銅を受け取るのはもううんざりだ」という別の粘土板が含まれている。[18][19]

その後

この粘土板はその時代錯誤な特徴により、インターネットミームとして人気を博した[2][18][20]

同粘土板はギネス世界記録によって「世界最古のクレーム文」として認定されている。[21]

脚注

  1. ^ アッカド語:𒂍𒀀𒈾𒍢𒅕(エンキが彼の番人、の意)。推定された発音: /ˈe.a ˈna:t͡sʼiʁ/

出典

  1. ^ Figulla, H. H.; Martin, eds (1953). Letters and Business Documents of the Old Babylonian Period. Ur Excavations: Texts. V. London: British Museum Press. p. 5, Pl. XIV 
  2. ^ a b The Legend of Ea-Nāsir: how a Babylonian businessman became an internet meme”. UCL Institute of Archaeology (2022年12月8日). 2023年4月27日閲覧。
  3. ^ Kern, Emily (3 November 2021). “The Radical Promise of Human History”. Boston Review.
  4. ^ Brinkley, Liv (17 March 2022). “The World's Oldest Customer Complaint Is Almost 4000 Years Old”. Grunge.
  5. ^ a b c tablet”. British Museum. 2025年2月5日閲覧。
  6. ^ UET 5, 0081 (P414985)”. CDLI. 2023年10月23日閲覧。
  7. ^ Crawford (2015年7月). “Sir Leonard Woolley and Ur of the Chaldees”. The Bible and Interpretation. University of Arizona. 2025年2月5日閲覧。
  8. ^ a b Oppenheim (1967), pp. 82–83.
  9. ^ Konstantopoulos, Gina (2021). “Gods in the Margins: Religion, Kingship, and the Fictionalized Frontier”. In Konstantopoulos, Gina; Zaia. As Above, So Below. Penn State University Press. pp. 3–27. doi:10.1515/9781646021536-003. ISBN 978-1-64602-153-6 
  10. ^ Sir Leonard Woolley”. British Museum. 2025年2月5日閲覧。
  11. ^ Leemans (1960), citing Oppenheim (1954)
  12. ^ Leemans (1960), pp. 39–40.
  13. ^ Leemans (1960), p. 39 n. 1.
  14. ^ Oppenheim (1967), p. 200.
  15. ^ Garfinkle (2010), p. 198, 198 n. 39.
  16. ^ Farber (2012), p. 321.
  17. ^ Diakonoff (1990), p. 116.
  18. ^ a b Killgrove, Kristina (11 May 2018). “Meet the worst businessman of the 18th century BCE”. Forbes. 2020年7月22日閲覧.
  19. ^ Leemans (1960), pp. 48–54.
  20. ^ Podany (2022), pp. 1–2.
  21. ^ Complaint Tablet To Ea-Nasir - World's Oldest Complaint Letter”. Guinness World Records. 2023年4月5日閲覧。

参考文献

 

外部リンク