須磨寺
須磨寺(すまでら)は、兵庫県神戸市須磨区須磨寺町にある真言宗須磨寺派の大本山の寺院。山号は上野山(じょうやさん)。本尊は聖観音。新西国三十三箇所第24番札所。正式名称は福祥寺である。
須磨寺 | |
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![]() 本堂 | |
所在地 | 兵庫県神戸市須磨区須磨寺町4丁目6-8 |
位置 | 北緯34度38分59秒 東経135度6分42.5秒 / 北緯34.64972度 東経135.111806度座標: 北緯34度38分59秒 東経135度6分42.5秒 / 北緯34.64972度 東経135.111806度 |
山号 | 上野山 |
宗旨 | 古義真言宗 |
宗派 | 真言宗須磨寺派 |
寺格 | 大本山 |
本尊 | 聖観音 |
創建年 | 伝・仁和2年(886年) |
開山 | 伝・聞鏡 |
開基 | 伝・光孝天皇(勅願) |
正式名 | 上野山福祥寺 |
札所等 |
新西国三十三箇所第24番 真言宗十八本山第2番 摂津国八十八箇所第88番 摂津国三十三箇所第7番 西国愛染十七霊場第6番 福原西国三十三観音霊場第7番 神戸十三仏霊場第11番 神戸七福神(福禄寿尊) 神戸六地蔵客番 役行者霊蹟札所 神仏霊場巡拝の道第72番(兵庫第7番) |
文化財 |
木造十一面観音立像、絹本著色普賢十羅刹女像、本堂内宮殿及仏壇(重要文化財) 不動明王立像、十三重石塔、当山歴代古記録2巻ほか(県指定有形文化財) 木造聖観音坐像、紙本著色平敦盛画像、絹本著色天台四祖像(市指定有形文化財) |
公式サイト | 大本山 須磨寺 |
法人番号 | 4140005000837 |
歴史
当寺に伝わる「須磨寺略歴縁起」によると、平安時代の初めに漁師が和田岬の沖で聖観音像を引き上げた。その聖観音像を安置するために淳和天皇の勅命によって恵偈山北峰寺が建立された。そして仁和2年(886年)に光孝天皇の勅命によって聞鏡上人が現在の地に上野山福祥寺を建立し、北峰寺よりその本尊である聖観世音菩薩像を遷して福祥寺の本尊としたのが当寺の始まりであるとされている[1][2]。しかし、「当山歴代」(兵庫県指定有形文化財)によれば、本尊の聖観世音は嘉応元年(1169年)に源頼政によって安置されたものであるとしている[2]。
文禄5年(1596年)閏7月13日の慶長伏見地震(文禄大地震)によって三重塔が倒壊している[3]。
慶長7年(1602年)には豊臣秀頼が片桐且元を奉行として本堂を再建している。
1984年(昭和59年)に三重塔がようやく再建されている[3]。
1995年(平成7年)1月17日の阪神・淡路大震災で被災し、塔頭桜寿院本堂と塔頭蓮生院本堂が倒壊するなどの被害を受けたが、後に復興された。
平敦盛遺愛の「青葉の笛」や弁慶の鐘、敦盛首塚、義経腰掛の松など、多数の重宝や史跡が存在する[1][2]。源平を偲んで訪れる文人も多く、境内には正岡子規・松尾芭蕉句碑や、裏には、尾崎放哉の墓がある[1]。
境内
- 本堂 - 慶長7年(1602年)に豊臣秀頼が片桐且元を奉行として再建。ただし内陣の宮殿は応安元年(1368年)造である。1972年(昭和47年)に文化庁の指導で全面解体修理が行われ、2005年(平成17年)にも修理が行われている[3]。
- 護摩堂 - 1903年(明治36年)再建。2012年(平成24年)改修[3]。
- 十三重石塔(兵庫県指定有形文化財) - 南北朝時代造。1961年(昭和36年)に現在地に移設される。
- 大師堂 - 2007年(平成19年)修復。大正時代の一時期、この堂には孤独奇矯の自由律の俳人尾崎放哉が堂守りとして住み込みをしていた[3]。
- 義経腰掛の松
- 敦盛公首洗池 - 一ノ谷の戦いで熊谷直実に討ち取られた平敦盛の首を洗ったとされている。
- 八角堂(経木供養所) - 2017年(平成29年)10月1日落慶。以前の経木供養所を建て替えたもの[3]。
- ひとすじ辨財天 - 2016年(平成28年)改修。山髙大仏師の手による須磨琴を弾く姿の「ひとすじ辨財天」を祀る[3]。
- 出世稲荷社 - 鎮守社。2014年(平成26年)改修[3]。
- 鐘楼 - 釣られている梵鐘は「弁慶の鐘」の複製である。
- 寺務所 - 1999年(平成11年)春に大改装。広間には須磨寺「からくり時計」が飾られている[3]。
- 宝物館 - 青葉の笛などの平敦盛と源平ゆかりの宝物や当寺の歴史的宝物が展示されている[3]。
- 唐門
- 三重塔 - 1984年(昭和59年)再建。2014年(平成26年)に塗り替えが行われている[3]。
- 四国八十八箇所石仏群 - 三重塔の周囲に祀られている[3]。
- 親子地蔵堂
- 敦盛首塚 - 平敦盛の首塚。なお、須磨浦公園にある敦盛塚には胴体が祀られている[3]。
- 青葉殿(しょうようでん) - 納骨堂。2004年(平成16年)春建立[3]。
- 奥の院 - 本尊は弘法大師。
- 本坊 - 真言宗須磨寺派の宗務所でもある。また、一絃須磨琴の保存会本部、稽古場にもなっている[3]。
- 書院 - 阿弥陀如来を本尊とする持仏堂でもある[3]。
- 庫裏
- 源平の庭 - 一ノ谷の戦いで平敦盛と熊谷直実が一騎討ちする場面を再現した庭[3]。
- 平敦盛像
- 熊谷直実像
- 桜寿院 - 塔頭。本尊は阿弥陀如来[3]。
- 蓮生院 - 塔頭。1916年(大正5年)に花火大会の飛火のため出火、焼失したが、1934年(昭和9年)に不動明王を本尊として現在地に再建された。蓮生とは熊谷直実が蓮生坊と名乗ったことに由来している[3]。
- 貞照寺 - 一ノ谷町にあった寺院[4]が阪神・淡路大震災で被災したため、蓮生院の隣に移転。本尊は弘法大師(鯖大師)[5]。
- 仁王門 - 源頼政によって再建。仁王像は伝・運慶及び伝・湛慶の作であるという[3]。
- 正覚院 - 塔頭。1925年(大正14年)に失火で焼失するが、1938年(昭和13年)に現在地に再建。本尊は愛染明王[3]。西国愛染十七霊場第6番霊場。
- 亜細亜万神殿(ネパール大震災復興紀念堂) - 2016年(平成28年)4月25日落慶。東南アジアやインドの石仏が安置され、ネパール大地震被災者慰霊と復興を祈る場として整備された[3]。
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護摩堂
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大師堂
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八角堂(経木供養所)
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三重塔
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奥の院
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仁王門・龍華橋
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唐門
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敦盛首塚
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義経腰掛の松
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源平の庭
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正覚院
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桜寿院
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蓮生院
文化財
重要文化財
兵庫県指定有形文化財
- 十三重石塔
- 木造不動明王立像 - 南北朝時代の応安2年(1369年)、東寺大仏師の康俊の作。
- 鰐口 - 南北朝時代の貞治5年(1366年)作。
- 当山歴代古記録2巻 - 南北朝時代から江戸時代中期。
- 古筆貼交屏風 6曲1双 - 正覚院所有。
神戸市指定有形文化財
文化環境保存区域
- 福祥寺及びその周辺
神戸市文化環境保存区域歴史的建造物
- 本堂
- 護摩堂
- 大師堂
- 鐘楼
- 書院
- 仁王門
その他
前後の札所
周辺情報
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平重衡とらわれの遺跡
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須磨霊泉
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現光寺
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松風村雨堂
所在地
- 兵庫県神戸市須磨区須磨寺町4丁目6-8
交通アクセス
備考
本寺は由緒とかかわらず、B級スポットとして紹介されることが多い。また、本寺前の民宿には夏の高校野球選手権大会において各地の代表チームの宿泊所として使用されている民宿が多いことでも知られる。
青葉の笛を詠んだ芭蕉だが、実際に拝観料を払って見たかという点は定かではない[6]。
脚注
関連項目
外部リンク
- 大本山 須磨寺
- 須磨寺で公開されている「笑い仏」 [リンク切れ]
- ウィキメディア・コモンズには、須磨寺に関するカテゴリがあります。