歯学部
歯学部(しがくぶ、department of dentistry)とは、歯科学(歯学、歯科医学)を研究・教育する大学の学部のことである。
概要
多くの歯学部は、歯科医師を養成するための「歯学科」を持つが、口腔保健学科など、歯科衛生士や歯科技工士を養成する学科を持つものもある。また歯科衛生士専門学校や歯科技工士専門学校を附属校として持つものも多い。歯学部のみを持つ単科大学は、歯科大学と呼ばれる。
日本では、歯学課程は通常の大学課程と異なり、医学部、薬学部、獣医学部同様6年間を最低修業年限とする。このため卒業生は「学士(歯学)」の学位しか得られないが、博士課程に入学できるなど修士に準じた扱いを受ける。また、歯学科の卒業が歯科医師国家試験の受験資格に事実上必須である。
歯学部は日本全国に29校ある。(日本大学は歯学部とは別に松戸歯学部、日本歯科大学は生命歯学部とは別に新潟生命歯学部を設置しており、これを2校に数える)
また、すべての歯学部は臨床実習の場である附属の「大学病院」を設置、さらに附属の診療所をいくつか持つものもある。
教育
- 教育期間は6年間(下記は大まかな期間)であり、基礎医学課程は医学部教育とほぼ同様であり、遺体解剖(全身肉眼解剖)や全身病理学も学ぶ。
- 1~2年生の間に一般教養課程の単位を取得する。
- 2~4年生の間に基礎医学課程の単位を取得する(医学部で行われる基礎医学課程とほぼ同様)。
- 5年生の時に臨床実習の為の試験(CBT・OSCE)を受験し合格しなければ、臨床実習には出られない。
- 4~6年生の間に臨床歯学課程の単位を取得する(6年生では実際に臨床現場に出る)。臨床実習の多くは、治療計画の立案、実際の治療、技工操作に関わるものが大半を占め、多くの時間と労力を必要とする。その為、連日深夜まで実習がおよぶことが日常的となる。また、臨床実習では、歯科に附属しているむし歯科、歯周科、歯内療法科、口腔外科、矯正歯科、歯科放射線科、補綴科(クラウンブリッジ、全部床義歯、部分床義歯)、小児歯科、予防歯科などすべての診療科の患者を実際に治療を担当する為、患者からは歯科医師と同様の扱いを受ける。ある国立大学歯学部では、1学生につき最低でも30名以上の患者を担当し、実際に患歯の治療や抜歯、歯垢除去などの歯科医療行為を行う為、中途半端な知識と技術で対応することはできない(ただし、歯学部の中には、特に私立大学では、歯科医師国家試験対策の為、臨床実習期間を短くし、かつ学生にあまり治療をさせないところもある)。臨床実習では、朝早くの診療準備から診療時間後に治療計画レポート、明日の診療準備、技工操作、カンファレンスなど深夜までの学習が臨床期間中(1年以上)続く為、体力的なタフさはもとより患者とのコミュニケーション能力や指導医から厳しい指導に耐えれるだけの精神的なタフさが必須とされ、中にはせっかく6年生にまで進級しても精神的に耐えられない学生がリタイアすることも珍しいことでない。
なお、学生が診療行為を行うことは、違法ではない。
- 歯学部には大学院課程を持ち、歯学研究科、医歯薬総合研究科などと称している。
- 学位授与は、「博士(歯学)」、「博士(医学)」、「博士(学術)」などである。多くの学生が大学院に進学することがある。
- また、「修士(歯科学)」、「修士(医科学)」を授与する課程も存在するが、歯学部歯学科を卒業した者は直接、博士課程に進学できるので、入学は理論的には可能であるが、入学しないのが一般である(修士課程は4年制学部、歯科系専門学校卒業者の為の専門修士課程とされている)。
歯学部の役割
- 歯学部の存在意義は、「歯科医師の養成」、「歯学(歯科学)の研究」、「国民公衆衛生の向上」などである。
- 歯科医師は、明治維新後、私立大学(戦前は私立歯科医学専門学校)が中心となってその養成が行われてきたが、高度成長期になると口腔疾患(主に齲蝕(むし歯)が社会問題となり、多くの国立大学に歯学部が新設された。その後、口腔疾患の抑制と歯科医師需要のバランスが崩れ、歯科医師過剰問題が現在では指摘されている。国(厚生労働省)は、歯学部の定員削減でこの問題に対処しようとしたが、特に私立の場合削減が経営基盤そのものを危うくする危険性がありそれには踏み切れないでいる[1]。この状況に対し厚労省は歯科医師国家試験の難易度アップ、実技試験、医療面接などを取り入れるなどし、優秀な歯科医師のみを輩出しようという動きがあり(もっとも実技試験、医療面接は文部科学省主導で取り入れられた)、国民福祉の観点からは大いに歓迎されるであろう(詳細は、歯科医師過剰問題の項にて記述されている)。しかし国立、私立問わず入学が難関である医学部に比べ、歯学部は私立大学を中心に入学が大変易しい大学が多数存在するため、歯学部入学時からしっかり学生を選別してゆくことが本質的な問題解決になると言える状況である。
- 歯学(歯科学)の研究は、国立・私立の区別無く行われている。戦後に国立大学に歯学部が新設された際は、多くの私立大学の教員が教授として赴任するなど、日本の歯科学の発展に私学が少なからず寄与してきた側面もあり、東大閥を頂点とするヒエラルキーのある日本の高等教育では、非常に珍しい歴史を持つ(ちなみに東大に歯学部はない。東大を頂点としないという点では、商学や臨床教育学も同様であるが、純粋な学問から一段低く見られていることも関係しているのかもしれない)。もっとも最近は国立大学が大学院重点化により学部教育より研究に力を入れており、多くの研究業績を発表している。現在では、臨床現場でも研究知識が必要であり、その逆もまた然りである。その為、研修医後、歯科医院を開業した後も、大学とパイプを持ち、研究活動に従事する歯科医師も多くなりつつある。また、歯学は医学の一領域である為、医学疾患と重なる点が多いのも当然であり、(現に、舌癌の場合は歯科医師が治療を担当して可と法的に定められている)歯学と医学が共同して研究を行うことも当たり前と成ってきており、今後、工学、理学、時には文系学問領域との共同研究も今後幅広くかつ活発に行われると予測されている。
- 国民公衆衛生の向上は、歯科医師法第1条にも明記されているように、歯科医師の最も重要な行為である。公衆衛生は、時代と共に変化し、また多様化するものである。そのため、歯科医師は歯学部卒業後も絶えず自己学習を行い、現在求められている歯科医療を的確かつ充分に把握しておかなければならない。そのためにも生涯学習を元に、専門医資格の取得や医学、心理学など幅広い学問を身に付ける必要がある。決して、「歯学部(歯科医師免許取得)を出たからおわり」という事ではない。歯科医師免許取得後に、1年間以上の臨床研修が義務付けられているほか、生涯にわたって研鑽することが求められている。
- ^ ここには明治期歯科医師界の官立の歯科医学専門学校の陳情を国側が拒否し続け、私立主導で教育制度を整えざるを得なかった日本の歯科医学教育の歴史的経緯より、国指導の強引な定員減は図れないという理由があると考えられる。
歯科医師養成を担わない歯学部の学科
- 前述の通り、歯学部は歯科医師の養成機関としての役割がいまだに大きく、その任に当たっている学科は「歯学部歯学科」である。しかし、一部の大学の歯学部では、歯科医師養成だけでない教育が行われている。
- 歯学科以外の歯学部学科では、歯科衛生士や歯科技工士、社会福祉士、歯学研究者などの養成を行っている。
- 歯学部歯学科以外の学科を持つ大学
- 東京医科歯科大学 歯学部 口腔保健学科
- 新潟大学 歯学部 口腔生命福祉学科
- 広島大学 歯学部 口腔保健学科
- 徳島大学 歯学部 口腔保健学科
- 歯学部歯学科以外の学科を持つ大学
歯科医師過剰の現在、歯学科の定員減または廃止された時の生き残り策と一部で噂されておるが、実際には「歯学部=歯科医師養成機関」という狭い価値観から脱却し、歯学の学術研究を広い分野に普及させることを目的としているように思われる。そもそも、歯学部に入学し、全員が歯科医師になる必要性はなく、企業研究者やテクノクラート(高級技術官僚)など医学や薬学の卒業者が切り開いている道を歯学も切り開いて行く必要があり、これが将来的に歯学の生き残る道の一つとなるのではないかという意見がある。一方で、歯学科を卒業したものより一段低く見られがちな口腔保健学科等の卒業生に対して、実力にふさわしい研究ポストが与えられるのか、高級技術官僚のポストが本当に得られるのか、といった疑問も投げかけられている。現在の歯科医師養成だけにこだわる狭い教育概念から脱却し、どれだけ歯学領域の成果を社会貢献と結び付けられるかが、歯学部存続のカギになると考えられる。
歯学系大学院における修士課程
- 前述したように歯学部を卒業し、「学士(歯学)」を取得すると大学院博士課程に進学できる。これは、医学、獣医学、薬学(6年制薬学部)を除く一般の学士号という認識ではなく、「学士号+修士号」のような形で捉えられているからである。
- 「学士(歯学)」取得者以外の人々、つまり歯科衛生士や歯科技工士、その他医療従事者、一般に人々を対象にした大学院(修士課程:2年間)があり、卒業後は「修士(歯科学)」の学位を取得できる。
- 歯科学修士課程を持つ大学院
- 東北大学大学院 歯学研究科 歯科学専攻(歯科医療コデンタルコース、口腔保健コース、歯科用器材・機能性食品開発コース)
- 東京医科歯科大学大学院 医歯学総合研究科 医歯科学専攻
- 岡山大学大学院 医歯薬学総合研究科 医歯科学専攻
- 広島大学大学院 医歯薬学総合研究科 医歯科学専攻
- 歯科学修士課程を持つ大学院
- その他、医学系修士課程において、歯科領域の研究が行われていれば上記の大学院と同様の研究が行われると思われる(大学院側への事前確認必要である)。
- 本修士課程を修了しても、何かしらの医療系専門資格が得られる訳ではない。その為、歯科領域の研究者志望や既に歯科医療従事者の向学に関しては有意義な2年間を過ごすことができるかもしれないが、他の学部、特に文系学部出身者は修了後、その歯科専門性をいかした職に就くことは難しいと思われる。
海外の場合
歯科医師養成課程を持つ大学
う蝕(虫歯)が社会問題となりはじめ、歯科医療の充実が叫ばれつつあった1960年頃、日本には歯科医師養成大学が東京歯科大学、日本歯科大学、日本大学、大阪歯科大学、九州歯科大学、東京医科歯科大学(以上、歯科の旧六→旧制歯科医学専門学校)、大阪大学の7校しかなく、国は歯学部の新設を推進した。そして1965年までにまず愛知学院大学、神奈川歯科大学、広島大学、東北大学、新潟大学、岩手医科大学の6校に歯学部が設置された。その後1980年代前半にかけて歯学部が16校に新設・増設され現在に至る。
2007年3月現在、国立大学法人11校、公立大学法人1校、学校法人(私立大学)17校
・国立大学法人・公立大学法人
・北海道大学☆
・東北大学**☆
・東京医科歯科大学 *
・新潟大学**
・大阪大学**☆
・岡山大学☆
・広島大学**☆
・徳島大学☆
・九州大学☆
・長崎大学☆
・鹿児島大学
・九州歯科大学 *
・学校法人(私立大学)
・北海道医療大学
・岩手医科大学**☆
・奥羽大学
・明海大学
・昭和大学☆
・東京歯科大学 *
・日本大学☆(歯学部*、松戸歯学部)
・日本歯科大学(歯学部*、新潟歯学部)
・神奈川歯科大学**
・鶴見大学
・松本歯科大学
・朝日大学
・愛知学院大学**
・大阪歯科大学 *
・福岡歯科大学
(* いわゆる歯科の旧六→旧制歯科医学専門学校)
(**1965年までに歯科医師養成課程が設置された大学)
(☆ 2007年5月現在、医師・歯科医師・薬剤師養成課程の全てが設置されている大学)
関連項目
- 歯科医師
- 歯科
- 歯科衛生士/歯科技工士/看護師/社会福祉士
- 歯科医師国家試験 / 歯科医師過剰問題
- 歯学部進学課程/医学部/獣医学部/薬学部/看護学部/大学/大学院
- 大学病院/特定機能病院/救急指定病院/関連病院/専門外来
- 医局/研修医/専門医/認定医/指導医
- 歯科学/歯/口腔/舌/医学
- 医療資格一覧
(参考資料)
- 日本歯科医学教育学会歯科医学教育白書作成委員会(古市保志,鈴木邦明,城茂治,鈴木康生,菊池雅彦,大川周治,金澤栄作,森尾郁子,小田豊,奈良陽一郎,桑田文幸,岡野友宏,鹿島勇,細井紀雄,福島正義,宮川行男,宮沢裕夫,高井良招,土屋友幸,川本達雄,雫石聰,松尾龍二,内田隆,羽地達次,西原達次,中島昭彦,谷本邦久,根本孝幸,長岡栄一):歯科医学教育白書2005年版(2003~2005年),2006.
- 宮武光吉,大内章嗣,末高武彦,下野正基,友藤孝明,笹井啓史,渡邊達夫:厚生労働科学研究費補助金医療技術評価総合研究事業:新たな歯科医療需要等の予測に関する総合的研究(平成17年度総合研究報告書),2006.
- 佐藤法仁:歯学における閉塞性と多様性について,2006.
- 社団法人日本歯科医師会ホームページより.
- 財団法人歯科医療研修振興財団ホームページより.
- コスモレディドットコムホームページ:Dental Stasより.