親日

日本に好感を持っていること

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親日(しんにち)とは、外国人が「日本」に対して好意的な感情をいだいていること、あるいは親しみを感じていること。ただ、日本の何に対して好意的かはケースによりまちまちである。⇔反日 

なお、知日は日本の情報や性質を熟知しているという意味もあり、厳密には親日とは異なる。また日本人自身が日本に対して愛着を抱く場合は「(日本人の)愛国心」といえる。

概要

親日と一般に言うと、日本という国や文化、あるいは日本人(これには日系人が含まれる場合もある)などに対して好意的であるか、あるいはそれら日本関係の動向を好意的に解釈する傾向だと解される。これには歴史的経緯や地域的な要素、あるいは親日とされる個人・団体・地域がもつ価値観などによっても傾向が様々で、一概に論じ難い。

好意を示す対象も、日本人や日本国、及びその政府、あるいは日本の象徴としての天皇皇室などに対して好意的な様子を指す場合もあれば、なかにはその親しみの対象に自民党右翼などを含める人もおり、またなにを持って「日本」とするかもまちまちであるため、一概に親日とは言っても、その性質は千差万別である(後述)。

親日を喚起させる要素

以下に親日的なケースにおける各々の要素を挙げる。ただ、これらが複合的に影響しあっている場合もある。

経済

20世紀末から21世紀初頭における現代日本に対する親日感情の要因としては、日本の技術力と、それから起因する豊かな経済力資金)が挙げられる。

こと第二次世界大戦の敗戦・戦後の廃墟という貧国から復興を遂げ、高度経済成長バブル景気を経て、約半世紀で世界第2位の経済大国となったことに加え、国内には輸出対象となるような資源をあまり持たないながらも、加工貿易で経済的な成功を遂げたことに対する好意的な評価・憧れ・尊敬が聞かれる。これらは「勤勉な日本人」など日本人論のような形でも扱われる。

伝統文化

江戸時代のオランダ貿易や明治時代イギリスを始めとしてヨーロッパや米国間で貿易が行われた際に輸出されつづけた日本文化は、当時驚きと新奇性を持ってブームを巻き起こしたが、これの延長で日本文化に関心を抱く愛好者がおり、これも親日的要素に挙がっている。

絵画工芸尺八箏曲雅楽などの邦楽歌舞伎日本舞踊俳句源氏物語盆栽日本庭園 城郭建築華道茶道といった日本独自の伝統芸術、また柔道剣道相撲などの武術、芸者寿司などの伝統的な文化に対する熱心な愛好者がいる。たとえば盆栽展に行くと米国やフランスの若者の愛好家をよく目にするし、外国人の尺八演奏家もいるなど、伝統文化・伝統芸能分野で日本人以外がそういった文化の吸収に積極的なケースも見出せる。日本の武道に関しても、スポーツなどとして競技人口は膨大な数にのぼり、国技である相撲でも外国人力士は数多い。

過去の経緯・国交

歴史的な国家間の交友に起因するケースも存在する。たとえばトルコ共和国1890年エルトゥールル号遭難事件以来国交が続いているが、オスマン帝国(現トルコ)時代に国家の威信を掛けた親善航海の帰路に発生したこの遭難事故は、これら遭難者を助け、また亡くなった者を慰霊した日本側の態度が美談として同国内で受け継がれ、帝国衰退後のトルコ共和国となった今日でも、同国との国交にこの遭難事件とそのエピソードが度々引き合いに出されるとも伝えられる。

新興文化

1990年代~2000年代の親日感情には、日本製の漫画アニメテレビゲームなどを始めとしたソフトコンテンツ産業による影響が見られる。台湾の「哈日族」(ハーリィズゥ)や韓国中国の若者達などがいる。韓国や中国では、政治的反日の一方で文化的親日の面も強いのが対照的である。

この他、テレビドラマも盛んに輸出されるようになり、『おしん』などは中東イスラム圏でも吹き替え版が放映され驚異的な視聴率を記録、同作品から日本女性に好意を抱いた視聴者もみられるほどである。

歴史的経緯

東南アジア各国やオセアニア圏では、第二次世界大戦時の日本の統治ないし影響力行使によって、それまでの欧州系勢力による植民地支配から開放されインフラ構築の起点になったという点で、日本に好印象を持つ人々が存在する。

特に、パラオでは、政府が日本統治時代を経済・産業・学校教育の面で重要な役割を果たしたと公式に評価、現在まで日本や日本語に親しみを持ち、子供に日本風の名前をつけるパラオ国民もみられる。パラオ語には日本語が外来語として多く定着しており、公立高校では選択科目として日本語を導入しているほか、アンガウル州では日本語が公用語の1つとして採用されているなど、国家レベルでの親日ぶりが知られている。また上記のように近年は、これら各国においても若年層を中心としてやはり日本製アニメの人気は高い。

中東地域は第一次世界大戦から第二次世界大戦にかけ、ロシアなど欧米列強国からの侵略・圧力を受けたが、同じアジアの小国・日本が日露戦争においてその強国ロシアに立ち向かい、更に勝利したことから、日本への評価や「同じ敵に対峙するアジアの国」という親日的感情に繋がった人々もみられる。第二次世界大戦ではアメリカとも戦い、また被爆国となった点も同様のイメージに繋がっている。

その他

個人レベルで言えば、日本を観光旅行などで訪れ、好印象を抱いて親日となった人もみられる。こういった個人レベルでの交流は、日本国内に来ての交流のほか、インターネット上の仮想的なものから、それこそ現地にいた日本人個人に対する近所付き合いまで、様々な様式があるといえよう。

対日感情と地域

そもそも、親日/反日を判断するには、まずもって「日本」とは何かを定義しなければならないが、万人が認め得る「日本」の定義を示すこと自体が無理な話で、勢い各人が各人の価値観から判断する「日本」を基準に親日/反日を判断する以外に方法はない。故に親日/反日という判断は、各個人の主観的判断に過ぎないし、客観的な学術・政策用語ともなりえない。このため特定の国・地域を安易に親日/反日と評することはできず、レッテル張り(→ステレオタイプ)以上の役割を果たすことはない。

このため、ある国家の国民全体が政治的・文化的な面で完全な“親日”もしくは“反日”である断定する事は困難である。例えば、一般的に反日国だといわれる韓国や中国も、別の面を見れば世界有数の親日国だと見る向きや、アメリカ本来の意味で親日かという点を疑問視する声もあるなど複雑である。

また、韓国や中国は文化的には日本の文化に親しい国民が多数いる一方で、政治的には反日といわれる。その理由には“韓国政府が国内の失政を隠蔽するため、中国共産党独裁体制への不満を逸らすために反日を材料にしようとしていることも原因である”と主張する意見もある。

第二次政界大戦に前後する日本の統治や支配に対しては、その全てが単純に「良かった面」や「悪かった面」だけではなく、その総体として結果的に「良かった」か「酷い目にあった」かもという問題もある一方で、立場や状況によっても様々な捉え方もあると考えられ、故に総体としてはそういう感情が強い・弱いなどの傾向も見出せるが、その地域に生活する全ての人がそういう価値観かを一概に論じるのは、どだい無理な話である。歴史的経緯としては禍根を残すも、そういう感情に囚われない世代も少なくないなど、単純ではない。

「親日」と日本の外交

日本では、戦後間も無くの頃から、国会においても、特定の国家に対して「親日的である」と答弁、質問が繰り返された。しかし、これらの答弁に具体的な根拠はなく、むしろ印象論に近いものと言える。

その一方で、親日感情が国家間の外交に反映されなかったケースもある。例えばミクロネシアの島国パラオは親日的な国民が多いと日本人の間では言われているが、そのパラオ独立1周年記念の日に時の首相・(村山富市)からは祝電が送られなかったというエピソードがある(但し、建国10周年式典の際には、時の首相・小泉純一郎から祝電が送られている)。

こういった「親日地域に対する外交対応」の問題では、報恩的な日本国内の価値観があり、自分に好意を抱いてくれている相手には礼を尽くすべきだという面で、問題視される。

個人の交流と親日・反日

インターネットの発達とともに、特定地域に対しての親日派か否かという言説も電子掲示板ウェブサイトブログなどに見出すことができ、また日本国外から親日的な自身の価値観を表明する側もいる。これは、大規模な反対運動などのように明確に表れる反日感情の発露と違い、著名人の発言や著書などを除けば草の根的な事象にしかならず目立つものではなかったが、21世紀は個人というレベルで広く外国でのボランティアに参加したり海外旅行を経験する時代になり、一般個人の立場として世間一般に情報発信できるようになった通信インフラの整備などにもより、世界規模の潮流となって様々な個人の発した意見・見解が流布されるに至っている。

ただ、そうした一次情報はあくまで一定の価値観に基づいて取捨された個人的な体験の集合であり、そうした当事者の主観による情報に基づき、特定の国家・民族を「好意的に接してもらえたので親日である」や「酷い目にあったので反日である」と決めつける事はナンセンスといえる。いわんや旅行先でたまたま隣に居合わせた誰かが日本に対して好意的・否定的な談話を述べたからといって、その地域の全てが同じ意見だということはありえないためである。

関連項目

外部リンク