ソマリア沖の海賊
ソマリア沖の海賊(ソマリアおきのかいぞく)は、1990年代初期にソマリア内戦が始まって以来、国際海運ヘの脅威となっている海賊。

概要
1992年以降、ソマリアには中央政府が存在せず、一部地域を除き、治安が不安定の状態が続いている。これに伴い、ソマリランドとプントランドが面するアデン湾は海賊行為が多発するようになった。国際商業会議所(ICC)国際海事局(IMB)の調査によれば2001年にインド洋側でも海賊による襲撃が報告されるようになり[1]、2005年にいたって多発し、インドネシア周辺海域に次いで海賊行為が多い海域として急浮上した[2]。以来2007年まで上位5海域に位置づけられ、沿岸から最遠で390海里まで達するソマリア拠点の海賊によってアデン湾も含むソマリア周辺海域は船舶航行にとって非常に危険なものとなっている。
ソマリアの状況
海賊たちはもともと漁業に従事していた漁民であった者が多く、外国船が管理のされていないソマリア近海に侵入して魚の乱獲を行うことを生活の脅威ととらえていた。2005年ごろから海賊に乗り出す組織はあったが、海賊行為の成功率の高さと身代金の高さに目をつけた漁民らが2007年以降組織的に海賊行為を行うようになり、地方軍閥までが海賊行為に参入し海賊たちから利益を吸収している[3]。
ソマリアの海賊たちには内戦に関わる政治的動機やイスラム過激派などの宗教的動機は見られず、物資押収や殺戮ではなく人質の属する船会社などから身代金を取ることが主な目的である。海賊たちは人質に銃を突き付けるなどの荒々しい行為を行うこともあるが、金銭と交換可能な取引材料である人質に対しての暴力や虐待などはない[4]。海賊は人質を拘束する間の食事を与えており、2008年4月にフランス軍が制圧した海賊のヨットからは人質に対する虐待や強姦を禁じる「規則書」が発見されている[5]。またエイル(Eyl)などの海岸都市には拘束された貨物船などが停泊させられ、海賊を相手にする会計士や運転手、建築業、人質への食事供給業者など様々なサービス企業が成立している。一方で海運業界周辺には、海賊と船会社などの間で人質解放と身代金の値切り交渉を行う警備会社、海賊被害に対して交渉や身代金などをカバーする保険を提供する保険会社も登場している[5]。
2008年11月22日にはソマリアのイスラム原理主義勢力の一派が海賊に乗っ取られたサウジアラビア籍タンカー「シリウス・スター」号の救出に乗り出す事態に至る。[6]
具体例
海賊事件の具体的なものとしては、2005年6月と10月にインド洋大津波被災に対する支援物資を運ぶ国連のチャーター船が乗っ取られたこと、同年11月にバハマ船籍の客船がロケット弾などの火器による攻撃を受けていることが注目される[7]。2008年4月にフランス船籍の豪華帆船がアデン湾で乗っ取られている[8]。2008年8月には2日間で3隻が乗っ取られる事態も発生した[9]。
また、各国海軍がソマリア沖に派遣されるのに伴い、海賊と海軍艦艇が交戦する事件も発生している。
- 2006年3月18日、アメリカ海軍のタイコンデロガ級ミサイル巡洋艦「ケープ・セント・ジョージ」、及びアーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦「ゴンザレス」の2隻がソマリア沖で海賊と交戦する事件が発生した。二隻のアメリカ軍艦は海賊との銃撃戦を約25海里に渡って行った結果、海賊1名が死亡し、5名が負傷したと報告された。
- 2008年11月11日にはイギリス海軍の22型フリゲート「カンバーランド」、及びロシア海軍ネウストラシムイ級フリゲート「ネウストラシムイ」の艦載ヘリコプターが海賊に襲われた貨物船の救助に駆けつけ、イギリス海兵隊が海賊と交戦する事件が発生した。(詳細は2008年11月11日の活動を参照)
- 2008年11月18日にはインド海軍のタルワー級フリゲート「タバール」がオマーンの沖合約530km地点で不審な船団を発見。海賊の母船の特徴と合致していたことから臨検のための停船を呼びかけたところ船団がそれを拒否、フリゲートに向け発砲してきたため主砲により反撃して撃沈する事件が発生した[10][11][12]。
- 2008年12月13日、インド海軍のデリー級駆逐艦「マイソール(Mysore)」は、イエメンの沖合約280kmのアデン湾上でエチオピアの貨物船から「2~3隻の高速艇に乗った海賊から攻撃を受けている」との救難信号を受信した。マイソールは即座に海兵を乗せたヘリコプターを現場に急行させ海賊船を攻撃したところ、海賊は貨物船の襲撃をやめ逃走。マイソールとヘリコプターは追跡を続け2隻の高速艇に乗り込みこれを制圧、これによりインド海軍はソマリア人12人とイエメン人11人からなる23人の海賊を逮捕・拘束し、7丁のAK-47アサルトライフルに装填済の弾倉13個に加えRPG-7対戦車ロケット擲弾筒1基、さらにGPS装置やボート用の船外機などが押収された。23人の海賊は平和的に投降したという[15][16]。
日本が関係するものでは、日本の海運会社が運航するパナマ船籍のケミカルタンカーが2007年10月に乗っ取られている[17]。2008年4月に日本郵船の大型原油タンカー「高山」が韓国のウルサン港を出港し、積み地のサウジアラビア紅海側のヤンブー港に向け空荷での回送航行中、アデン湾でロケット弾によるものと思われる攻撃を受け、被弾した。人身の死傷はなかったものの、船は左後方部が損傷し、燃料が一部漏れる被害を受けている[18]。
襲撃された船舶の一覧
詳細はソマリア沖にて海賊に襲撃された船舶の一覧を参照
国連の対応
事態を重く見た国連は2008年6月、人道支援物資の輸送と通商航路の安全確保のため、6カ月間、加盟国の艦船に国連憲章第7章に基づき武力行使を含む「必要なあらゆる措置」によって海賊行為を阻止する権限を認める安全保障理事会決議第1816号を全会一致で採択した。尚、日本は同決議の共同提案国でもある。[19]またその4カ月後の10月には、同様の目的のために決議第1816号に基づいて具体的に艦船及び軍用機の派遣を加盟国に要請し同決議に定める措置の適用期間の延長をソマリア暫定政府(TFG)に確認する安保理決議1838号も全会一致で採択された。[20]
さらに同年12月、安保理は、海賊行為の防止に向け沿岸部での空爆を含む「領空も含め、ソマリア陸上で必要とされるあらゆる措置を取ることができる」よう求める米国提案の決議案[21]を受け、「ソマリア国内で必要とされるあらゆる措置を取ること」("may undertake all necessary measures that are appropriate in Somalia")を可能にする新たな決議、決議1856号を採択した。[22]この決議採択に際し、非常任理事国の日本政府はその閣僚級会合で「ソマリア沖海賊問題に関する国際的な協力メカニズムが設置される場合には、そうした国際社会の枠組みに当初より加わり、この問題に関する議論に積極的に参画していきたい」と述べ、かつてアジア海賊対策協力協定(ReCAAP)の策定を主導した立場から、「ソマリア沖についてReCAAPに類似した協力の枠組みを設立する場合」には指導的立場を果たすことを表明している。[23]
海運業界への影響
国際海事局によれば人質になっている船員は約580名におよび、保険料率の引き上げやソマリア海域を通過する船舶への船員の乗り組み拒否などが起きている。世界金融危機 (2007年-)に端を発する世界的な景気後退と相まって海運業界にも影響が出始めている。[24]
国際機関の対応
国際海事機関(IMO)[25]は、上述の一連の国連決議に先立つ2007年11月、その総会決議[26]で、「ソマリア沖における海賊及び武装強盗の脅威に対応するため」以下のことを国際社会及び領域国のソマリア暫定政府に要請し、 日本政府もこの決議を支持した。[27]
- IMO加盟国政府及び関係団体に対し、海賊等撲滅のための取組及び現に奪取されている船舶の早期解放への支援を要請
- ソマリア暫定政府に対し、海賊等防止のための措置をとること及びインド洋で展開中の艦船等が海賊等に対応するため領海内に立ち入ることへの同意を国連に通知することを要請
- ソマリア近隣沿岸国に対し、海賊等撲滅のための地域協定を締結すること及び海賊等に係わる必要な司法手続きをとることを要請
2007年当時、この総会決議は国連によるさらなる検討のため国連事務総長に送付された。明けて2008年、事務総長からの報告及びますます悪化する事態を受け、6月に安保理が緊急招集され、安保理決議1816の検討と採択に至った。
各国の対応
2008年8月、対テロ戦争の一環として、この海域に展開している合同海上部隊(アメリカ第5艦隊含む)の第150合同任務部隊(CTF-150)は、2007年11月のIMO総会決議を受けて新たにアデン湾をMSPA(海上パトロール区域)に指定し海上警備行動を開始した。ただし、部隊司令官のウィリアム・ゴートニー海軍中将(Vice Admiral William E. Gortney)は「商船を24時間守り続ける余裕はない」と明言しており、商船各社が自前の防護手段を講じるよう忠告している。[28](→海上阻止行動)
2008年9月、欧州理事会は、同年6月に採択された国連安保理決議1816を受けて欧州連合共同軍事行動(EU NAVCO)の発動を決定。ソマリア沖で監視・警備支援活動を行っている一部の加盟国を支援するため、軍事支援活動を展開することが決定された。[29]
2008年10月、ウクライナの貨物船が海賊に乗っ取られ戦車33台も奪われ、これを重く見たアメリカ・ロシア・EUが共闘し駆逐艦の派遣を決めた。[30]
ソマリア沖の海賊対策については、日本も諸外国と同調し海上自衛隊を派遣するために特別措置法を検討している。[31]
外務省は11月4日、「海上安全保障政策室」を総合外交政策局安全保障政策課に新設すると発表した。[32]
2008年11月26日、イギリス政府は英海軍艦艇が公海上でも警察権を行使できるよう海運法を改正する方針を発表した。アフリカ・ソマリア周辺海域の海賊を逮捕し、自国などの法廷で裁くのが狙い。英国人や英国の船舶が被害にあった場合は英国の法廷で、それ以外はケニアにあるソマリア暫定政府と犯罪人引渡し条約を結ぶ方向で調整を進めている。国際海事局のハウレット局次長は産経新聞の取材に答え、「海賊の活動範囲を広げている母船を封じ込めるには、各国の海軍が海賊を摘発できるよう(各国の)国内法の整備を進めることが必要だ」とのコメントを発表した。[33]
2008年12月08日、ソマリア沖の海賊対策、海域パトロールを、NATO(実質アメリカ海軍)から、欧州連合(EU)の艦隊が引継ぎ、交代する。(船舶護衛、任務を離れる、)北大西洋条約機構(NATO)は、長期的な海賊対策作戦に乗り出す可能性を検討している。
NATO加盟国の参加国
- アメリカ合衆国:原子力空母 1隻 イージス巡洋艦 1隻 イージス駆逐艦 1隻 沿岸警備隊巡視船 1隻
- イギリス:フリゲート 1隻 補助揚陸艦 1隻
- イタリア:フリゲート 1隻
- オランダ:フリゲート 1隻
- カナダ:フリゲート 1隻
- スペイン:イージスフリゲート 1隻 空軍も参加
- デンマーク:多目的支援艦 1隻
- ドイツ:フリゲート 1隻
- トルコ:フリゲート 1隻
- フランス:フリゲート 1隻
- ポルトガル:フリゲート 1隻
NATO非加盟国の参加国
- インド:フリゲート 1隻
- オーストラリア:フリゲート 1隻
- サウジアラビア:護衛の為の海軍派遣を表明[34]
- 日本:(給油支援)護衛艦 1隻 補給艦 1隻
- ニュージーランド:フリゲート 1隻
- バーレーン:フリゲート 1隻
- パキスタン:フリゲート 1隻
- 南アフリカ共和国:詳細不明[35]
- マレーシア:フリゲート 1隻 輸送艦 1隻[36]
- ロシア:フリゲート 1隻
上記は2008年11月時点での第150合同任務部隊参加部隊との重複と独自派遣国のものを含む。
脚注
- ^ IMB live piracy map 2001
- ^ IMB live piracy map 2005
海上保安庁 海賊発生状況(2005年現在) - ^ Westcott, Kathryn (2008年4月23日). “Somalia's pirates face battles at sea”. BBC News 2008年5月2日閲覧。
- ^ Somali Pirates Seize Two Ships, Sky News, August 15, 2008
- ^ a b 「なぜソマリアの海賊は”人質に優しい”のか」、Jonathon Gatehouse, カナダ・マクリーンズ誌、COURRIER Japon 2008.12月号
- ^ [http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPJAPAN-35057720081123 ローター通信 ソマリアのイスラム原理主義勢力、タンカー救出へ海賊を攻撃]2008年11月22日
- ^ 海上保安庁 ソマリア沖における海賊発生状況及び注意喚起について
- ^ AFPBB News ソマリア沖で仏帆船乗っ取り、乗員30人が人質に
事件顛末は、AFPBB News フランス豪華帆船ポナン号乗っ取り事件 - ^ 産経新聞 2008年8月21日「ソマリア沖で日本企業運航のタンカー、海賊に乗っ取られる 2日間で3隻」
- ^ AFPBB インド海軍、アデン湾で海賊「母船」を撃沈
- ^ YOMIURI ONLINE インド海軍、オマーン沖で海賊船1隻を撃沈
- ^ インド新聞 インド海軍、アデン湾で海賊船を撃沈
- ^ CNN 撃沈された「海賊船」、実は漁船と判明 国際海事局が確認
- ^ Times Online 海賊'母船'は本当にタイの漁船だった
- ^ CNN インド海軍、ソマリア近海で海賊容疑者23人拘束
- ^ Press Trust Of India Navy warship repulses attack on cargo ship, nabs 23 pirates
- ^ 海上保安庁 ソマリア沖における日本関係船舶の行方不明事案について
事件顛末は、AFPBB News ソマリア情勢 - ^ 日本郵船 ニュースリリース 【大型原油タンカー「高山」被弾の件】
毎日新聞 2008年4月21日「タンカー襲撃:未明の中東、幸い負傷者なし 多国籍軍出動」
日本経済新聞 2008年4月21日「郵船タンカー、中東で被弾・けが人なし」 - ^ 外務省「ソマリア沖の海賊・武装強盗行為対策に関する国連安保理決議の採択について」
国連安全保障理事会プレスリリース(決議本文含む)「SECURITY COUNCIL CONDEMNS ACTS OF PIRACY, ARMED ROBBERY OFF SOMALIA’S COAST, AUTHORIZES FOR SIX MONTHS ‘ALL NECESSARY MEANS’TO REPRESS SUCH ACTS: Resolution 1816 (2008) Adopted Unanimously with Somalia’s Consent; Measures Do Not Affect Rights, Obligations under Law of Sea Convention」 仮訳 - 国連情報誌SUN - ^ 国連安全保障理事会プレスリリース(決議本文含む)「"SECURITY COUNCIL ASKS NATIONS WITH MILITARY CAPACITY IN AREA TO ‘ACTIVELY FIGHT PIRACY’ ON HIGH SEAS OFF SOMALIA: Unanimous Resolution 1838 (2008) Seeks Repressive Action In Manner Consistent with United Nations Convention on Law of the Sea"」 仮訳 - 国連情報誌SUN
- ^ (電信)産経ニュース「ソマリア沖海賊、追跡は領土内でも米 安保理に提案」(2008年12月12日)
- ^ 国連安全保障理事会プレスリリース(決議本文含む)「SECURITY COUNCIL AUTHORIZES STATES TO USE LAND-BASED OPERATIONS IN SOMALIA, AS PART OF FIGHT AGAINST PIRACY OFF COAST, UNANIMOUSLY ADOPTING 1851 (2008)」 ※同決議の仮訳については[1]を参照。近日公開される見通し。
- ^ 外務省「ソマリア沖海賊問題に関する国連安全保障理事会閣僚級会合における西村康稔外務大臣政務官のステートメント」
- ^ [http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20081201/178771/ 海運業界が抱える本当の問題 海上運賃が90%も下落する非常事態に]business.nikkeibp.co.jp 2008年12月2日
- ^ 外務省[「http://www.mofa.go.jp/ICSFiles/afieldfile/2007/11/30/3.pdf IMO(国際海事機関)の概要」] (2007年11月27日作成)
- ^ 外務省「ソマリア沖における海賊及び武装強盗に関するIMO 総会決議(2007年11月26日採択)」
- ^ 外務省「国際海事機関(IMO)における「ソマリア沖における海賊及び武装強盗に関する総会決議」の採択について」
- ^ 米中央海軍/第5艦隊プレスリリース"Combined Task Force 150 Thwarts Criminal Activities" 2008年9月22日付
- ^ European Union military coordination action in support of UN Security Council resolution 1816 (2008) (EU NAVCO) - 欧州理事会 2008年9月15日付
- ^ 東京新聞:ソマリア沖海賊に米ロ欧が“共同戦線” 戦車強奪で軍艦続々派遣:国際(TOKYO Web) 2008年10月3日付
- ^ asahi.com:海賊対策に自衛隊 首相、ソマリア沖派遣に新法検討 - 政治 - 朝日新聞 2008年10月17日付
- ^ 日経新聞:「海上安保政策室」設置を発表 外務省 2008年11月5日付
- ^ 産経新聞 海賊逮捕へ“法の後ろ盾”整備 英国「軍艦が摘発」「自国で裁く」
- ^ bloomberg.com Saudi Arabia to Join NATO Naval Mission; Pirates Boost Defenses2008年11月21日
- ^ NATO Naval Task Group en route to escort duties off Somali coast2008年11月12日
- ^ Lloyd`s List. Malaysia withdraws navy vessels from Gulf of Aden2008年10月21日
関連項目
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