わが谷は緑なりき
『わが谷は緑なりき』(How Green Was My Valley)は1941年制作の米国映画。ジョン・フォード監督。20世紀フォックス制作・配給。第14回アカデミー賞最優秀作品賞、監督賞、助演男優賞(ドナルド・クリスプ)、撮影賞(白黒部門。アーサー・ミラー)、美術賞(リチャード・デイ、ネイサン・ジュラン)、室内装置賞(トーマス・リトル)を受賞した。また1990年米国連邦議会図書館がアメリカ国立フィルム登録簿に登録した作品でもある。この作品を含めて美術を担当したリチャード・デイは、2005年度米国美術監督組合(ADG)の生涯功労者に選ばれている。
わが谷は緑なりき How Green Was My Valley | |
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監督 | ジョン・フォード |
脚本 | フィリップ・ダン |
製作 | ダリル・F・ザナック |
製作総指揮 | ジェームズ・B・クラーク |
出演者 |
ウォルター・ピジョン モーリン・オハラ ドナルド・クリスプ ロディ・マクドウォール |
音楽 | アルフレッド・ニューマン |
撮影 | アーサー・C・ミラー |
編集 | ジェームズ・B・クラーク |
配給 | 20世紀フォックス |
公開 | 1941年10月26日 ニューヨーク |
上映時間 | 118分 |
製作国 | アメリカ |
言語 | 英語 |
製作費 | 125万ドル(当時) |
この作品は19世紀末のイギリス・ウェールズ地方のある炭坑町を舞台に、男たちが皆働いているモーガン一家の人々を主人公にした人間ドラマである。原作はリチャード・レウェインという人が書いたベストセラー小説である。この作品でジョン・フォード監督が描こうとしているのは善意と誠実さを貫いて生きる人間の姿と魂である。
あらすじ
注意:以降の記述には物語・作品・登場人物に関するネタバレが含まれます。免責事項もお読みください。
モーガン一家の6人の息子の末っ子ヒューが老後に、少年(ロディ・マクドウォール)だった頃を美しい合唱をバックにしみじみと回顧する。
父(ドナルド・クリスプ)からヒューを除いた一家の男たちは、皆炭坑夫であった。稼いだ賃金はいつも出迎える気丈な母(セーラ・オールグッド)のエプロンに置く。姉アンハード(モーリン・オハラ)が湧かしたお湯で身体を洗い、食事につくのが日課である。そんな平穏な日々の中で、長男は結婚し、一家は幸せだった。新しく赴任してきた牧師グリュフィド(ウォルター・ピジョン)がアンハードと親しくなる。
ある日、会社が賃金の引き下げから息子たちは組合を作ろうとして、父と対立する。しかし、老いた父の反対にあって彼らは家をでてしまう。ストライキが起こり集会で夫を非難する連中をやりこめた母は帰りに川へ落ちて、ヒューは牧師と助けるが、凍傷になってしまう。牧師はヒューの面倒をみたことから、モーガン一家と親しくなり、姉を愛するようになる。しかし牧師は彼女の幸福を思って、炭坑主の息子との結婚を勧め、自分は身を引く。
やがてストライキは終わったが、長男は落盤で事故死する。稼ぎ頭を失ったモーガン家では、ヒューが炭坑で働き始めた。姉は実家に帰ってきたが、牧師との心ない噂をたてられる。人々の偽善に傷ついた牧師は、町から去っていった。そして同じ日に父も落盤事故で命を落とす…。