米軍再編
米軍再編(べいぐんさいへん、The U.S. military transformation、Transformation of the US military)とは、世界規模のアメリカ軍配置を再検討し、米軍の変革を図ることで世界の安全保障環境とアメリカ合衆国の安全保障に対応した世界戦略の転換を進めようとする考えであり、ブッシュ政権が2002年頃から打ち出した政策である。
具体的には、海外駐留米軍を米本国に引き上げるとともに、ネットワーク中心の戦いに対応できるように、編制を組み替えることである。
米軍駐留の経緯
アメリカ合衆国は太平洋戦争以後、米ソ対立による冷戦体制の下で資本主義陣営の盟主として、また世界最大の軍事力を誇る国として世界の警察を自負し、西側社会ひいては世界の安全保障を主導する世界戦略をとってきた。これは古典的な「パクス・アメリカーナ」であり、米国を中心とした政治的・経済的・軍事的な世界秩序を構築して影響下にある国々の経済の相互依存性を維持し、欧州とアジアでの対抗勢力の拡大を阻止するものであった。この為、米国は欧州と東アジアに積極的に友好国に海外基地を設けて駐留米軍を前方展開させ続けた。
1991年にソ連崩壊により冷戦が終焉を迎え、これまでのイデオロギー対立の下で抑えられていた宗教と民族の違いによる対立が顕在化し、グローバリゼーションと地域主義とのせめぎあいといった新たな問題が生じたことで、米国はその世界戦略の見直しを迫られた。
とりわけ、米国がエネルギー供給において頼みとする中東やアフリカ地域の石油資源の確保の上では中東地域の安定化が不可欠な課題であった。それまで冷戦期を通じて自国の軍事力を世界的に展開してきた米国は、その戦略地域として東西対立の最前線であった東西ドイツ、朝鮮半島や日本といった地域に駐留軍を配置してきており、新たな戦略地域としての中東への重点化が焦点となったのである。
また、これまで米国の拠点としてきた東アジア情勢においては、ソ連の崩壊によって軍事的な緊張は緩和されたが、独自の体制を続ける中国や北朝鮮といった国々が依然として強大な、又は無視できない軍事力を保有し、決定的な対立の回避に努める一方で、これらの国々の不当な拡大・威嚇には依然とした抑止力が不可欠であった。米国は日本並びに韓国などの同盟国の自主防衛力に一定の期待をすることで、東アジアを安定化させ、米国と南アジアから中東かけてのシーレーンを確保しながら、米国自身の軍事力は南アジアから中東地域への戦略的展開の自由度を確保していた。
しかし、課題は近年のイスラム色の強い政権が時として反米的な姿勢を採り、またテロの温床にもなっていることへの懸念と、米国と中東を結ぶ極東地域では、核兵器の開発疑惑や弾道ミサイルの長射程化など強硬な反米姿勢をも辞さない北朝鮮、さらに市場経済へ参入しながらも強大な軍事力を背景に台湾領有への姿勢を崩さない中国との間の一定の緊張関係もあり、米軍再編は容易ではない。
そして、2001年に示された米国防見直し (QDR; Quadrennial Defense Review) では朝鮮半島問題や台湾海峡問題など依然として冷戦型の脅威が残る東アジア、武装独立組織やイスラムゲリラなどの脅威のある東南アジア、国際テロ組織の主要な活動地域である中央アジアなどを不安定の弧と定義し、この地域を最重要地域としている。
再編の理由
米軍再編という政策に至るにはいくつか時代的な背景が考えられる。これは、米軍再編という構想以前からの「軍事における革命」という形で米軍の変革が進められてきた点とも深く関係する。
兵器の性能向上
1980-1990年代から進められてきた新たな兵器の開発が、21世紀に入り成果を産みはじめ、無人兵器に代表される従来の兵器とは異なる軍事技術が実用化されるようになってきた。長距離を無着陸で米本土から世界中を高精度で爆撃できる技術[1]により、従来の戦略爆撃と同様の用兵で戦術爆撃や近接航空支援[2]が行なえるようになっている。また、無人航空機による偵察[3]や攻撃[4]も実用段階にあり、さらに改良が加えられている。海や空から発射される巡航ミサイルは、GPS誘導だけでなく目標画像による識別能力が備わっている[5]。21世現在では人工衛星による通信ネットワークが軍用・民間用ともに充実しているため、指揮や誘導のために前線や前線に近い場所に居る必要性が薄れていて、偵察衛星による監視能力の向上もこれを支えている。
経済的背景
海外部隊の維持費が高いことも米軍再編の背景にある。海外基地の中には相応の費用負担を受け入れる国もあるが、一般的には維持運用するのに巨額の費用が掛かる[6]。
また逆に、海外の米軍が国内基地に戻ることは米国の地域経済に寄与するために、地元国民とその選出議員達が強く望むことである。米国の軍需産業も高機能(で高価)な兵器の大量使用によって人的損耗を避けるという選択は、冷戦後に急速に減少した兵器需要を支えるものとして歓迎し、軍産複合体を米軍再編へと突き動かす動機となる。
人的理由
民主主義世界の先進国では、戦闘によって死亡する兵士が多いと政権の不安定化に結びつくことが多く、戦場での兵士数を最小にしたまま無人兵器によって遠隔攻撃する戦闘形態は、将兵の損耗が避けられ、軍隊と国民の支持が得やすいと考えられる。また、海外派兵の多くは将兵が家族と長期に渡り引き離される場合が多く、この改善は誰からも喜ばれる。
駐留国との関係
冷戦期には共産主義陣営への対抗として米軍が国内に駐留することに価値を見出した国々も、冷戦終結後にはそういった要素が失われて、駐留への抵抗が大きくなった。
攻撃に対する脆弱性
米軍の海外基地そのものに対する本格的なテロ攻撃はまだ起きていないが、イエメンのアデン港で起きた米艦コール襲撃事件や続発する米大使館へのテロ攻撃から見て、海外基地も防備を固める必要に迫られている。
また、北朝鮮や中国、イランも弾道ミサイルによる攻撃を行なう潜在的な脅威となり、発射国に近ければ短時間で飛来するので迎撃手段が限られるか迎撃手段が無いことや、射程が短く誘導精度が悪くても実用となることなど不利な要素が多くなる[出典 1]。
反対意見
- 全面反対
- 反対意見の中でも、米軍を海外から引き上げることで生じる最も大きな問題点としてあげるのは、原油の輸送航路を守りにくくなることである。また、受入国との関係は軍事面だけでなく政治経済面でも考慮されねばならず、米軍の引き上げが新たな問題を生む国もある。一度失った海外基地は容易には再取得できない点も検討が足りない。誘導兵器はどれだけ精密であっても人間の判断力や観察力には及ばず、人工衛星による通信ネットワークという脆弱性を考慮せずに米軍戦略全体を急激に変更することは危険であるという意見がある。今後増える非正規戦ではますます現場で得られる正確な情報が求められ、近くに前方展開する基地が無くなれば支障が出る可能性がある[7]。
- 漸進的改革意見(急速な改革に反対)
- 兵器技術の著しい向上や国際社会の環境の変化に対応して軍の海外展開政策の変更は必要だとするものの、急速な改革には反対する意見がある。
- 制空権の維持には海外の航空基地は、少なくとも今後しばらくは必要である。[8]また、友好国が侵略を受けた場合に再編計画で言われているように必要な地上戦力を短時間で本国から輸送できるか疑問がある[9]。また、最低限、海外の港を使えるように小さくとも海軍基地を残すべきであるという意見もある。最後に、「仕掛け線」としての機能を求める考えがある。つまり、友好国に侵略しようとする国は、駐留米軍基地という存在によって米国との戦争開戦を覚悟する必要があり、それが侵略を抑止するという考えである[出典 1]。
在日米軍の再編
在日米軍の再編計画の課題とするところは、まずワシントン州フォートルイスにあるアメリカ陸軍第一軍団司令部の神奈川県キャンプ座間への移転と統合作戦部隊、指揮統制機能の効率化を図ることにある。この統合作戦部隊は直接戦闘部隊などは持っていないが、有事の際に必要な部隊を組み込んで戦闘を行える構造になっており、再編を象徴するような存在である。
アメリカ海兵隊は沖縄県の住民の負担を軽減するため、一部部隊の移動や訓練の一部移転を計画した。普天間基地を返還して、代替基地として辺野古地区への移転が決定している。海兵隊員約8千人とその家族約9千人のグアム移転、那覇軍港返還、キャンプキンザー返還、キャンプレスター返還、キャンプフォスター・ライカム住宅地区やロウワープラザ住宅地区などの返還、北部訓練場の3分の1返還など沖縄の負担軽減に重点が置かれている。
注記
- ^ コソボ紛争時にはB-2爆撃機によって米国本土から無着陸で飛行しGPS/INSによる精密誘導爆弾のJDAMによって空爆した。
- ^ アフガニスタンとイラクでは地上の米特殊部隊員の指示で高空のB-52爆撃機からのレーザー誘導爆弾(LJDAM)によって1m程度の誤差での爆撃が行なわれている。
- ^ RQ-4 グローバルホークやMQ-8 ファイアスカウトといった無人航空機が偵察任務を危険の少ないものにしている。グローバルホークは12,000マイルの距離を35時間飛行できる。
- ^ 無人偵察機から派生したMQ-1 プレデターのような無人攻撃機が実用化されている。
- ^ タクティカル・トマホーク・ミサイルはTVカメラを備えて画像認識により目標の指定の位置に突入し、その画像はリアルタイムで衛星経由で遠く離れた地球の裏側からでも見ることが出来る。
- ^ 冷戦終了によって1990年代の海外駐留将兵の割合は冷戦期の半分以下になったが、それでも25万人/140万人であり、海外での装備・訓練・給与のコストは米国の総国防予算の5分の1になっている。
- ^ パキスタン北部に潜伏していたザワヒリの殺害では、攻撃にプレデターが使用されたが情報が不正確で結局、民間人12人を殺し、パキスタン政府から抗議を受けた。
- ^ F-22 ラプターのようなアメリカ空軍の最新の高性能戦闘機は、航空母艦から運用出来ず、敵の高性能戦闘機に対するには戦場近くに使用可能な滑走路が必要である。
- ^ 60トン以上のM1A2 エイブラムス戦車のような重量級の戦車を空輸するのはほとんど現実的ではなく、米本土から船で運ぶか紛争地域近くの洋上などにあらかじめ事前集積船を配置することになる。
出典
- ^ a b ケント・E・カルダー著 武井揚一訳 『米軍再編の政治学』 日本経済新聞出版社 2008年5月20日1版1刷 ISBN 978-4-532-35308-7 第9章
関連項目
参考文献
- 米軍再編(MILITARY REPORE 米軍再編)
- 中村好寿 『軍事革命(RMA)-「情報」が戦争を変える』 中央公論新社〈中公新書〉、2001年。ISBN 4-12-101601-7