ジェフ・フィーグルス
ジェフ・フィーグルス(Jeffrey Allan Feagles、1966年5月7日- )は、カリフォルニア州アナハイム出身のNFLプレイヤー。ポジションはパンター。
| Jeff Feagles | |||||||||
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| 基本情報 | |||||||||
| ポジション | パンター | ||||||||
| 生年月日 | 1966年5月7日 | ||||||||
| 出身地 |
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| 身長: | 6' 1" =約185.4cm | ||||||||
| 体重: | 215 lb =約97.5kg | ||||||||
| 経歴 | |||||||||
| 大学 | マイアミ大学 | ||||||||
| NFLドラフト | 1988年 - ドラフト外巡目 | ||||||||
| 初出場年 | 1988年 | ||||||||
| 初出場チーム | ニューイングランド・ペイトリオッツ | ||||||||
| 所属歴 | |||||||||
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| 受賞歴・記録 | |||||||||
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| NFL 通算成績 | |||||||||
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| Player stats at PFR | |||||||||
経歴
高校時代
アリゾナ高校時代はフットボールの他、バスケットボールと野球でも優秀な成績を収めた。
大学時代
スコッツデールコミュニティカレッジで1年間プレーしたフィーグルスは、兄弟校であるマイアミ大学へ移り、フットボールをプレーした。
1987年、ジミー・ジョンソンヘッドコーチに率いられたマイアミ大学は全米1位となった[1]。
2008年には、マイアミ大学のスポーツの殿堂入りを果たした。
NFL
1988年、ニューイングランド・ペイトリオッツにドラフト外入団、2シーズンを過ごした後、フィラデルフィア・イーグルス、アリゾナ・カージナルス、シアトル・シーホークスとチームを転々とし、最後に所属したニューヨーク・ジャイアンツに最も長く在籍した。
アリゾナ・カージナルスに在籍時の1995年にはプロボウルに選出された。
2008年、フィーグルスはニューヨーク・ジャイアンツの一員として、古巣ニューイングランド・ペイトリオッツとの第42回スーパーボウルに出場し、スーパーボウルリングを手にした。42歳10カ月26日での出場は、インディアナポリス・コルツのマット・ストーバーに破られるまで最年長記録であった。プロボウルにも選出され、キャリア晩年にして最高のシーズンを送った。
2010年の4月30日、ジャイアンツのミニキャンプが終わった後、フィーグルスは引退を表明し、現役を引退した。
記録
フィーグルスはNFL史上最も長くプレーした選手の一人である。22年のシーズンで352試合すべてに出場した[1]。フィーグルスよりも多くの試合に出場したのは、モーテン・アンダーセンとゲイリー・アンダーソンのみである[1]。
そのキャリアの長さゆえにフィーグルスは多くのNFL記録を持っており、以下にそれを列記する。
- 試合出場数:352試合(第3位)
- 連続試合出場数:352試合
- 最多パント:1713回[1]
- 最多パント獲得ヤード:71,211ヤード
プレースタイル
フィーグルスは方向性を重視したいわゆる「カッフィング・パント」の先駆者であり、第一人者である[1]。この技術は、キック力の低下を感じていた頃、飛距離が出ない代わりに相手にリターンさせないように、という発想から生まれたものである[1]。この技術の習得により、フィーグルスは正確性と経験を武器に、相手にリターンさせない職人芸的なパントでしばしば敵を苦しめ、22年にも及ぶキャリアを全うした。
エピソード
- フィーグルスは自分の背番号を他の選手に譲ることと引き換えに、対価を得たことが二回ある。
私生活
妻との間に4人の息子がいる。長男のクリストファーも北カリフォルニア大学のフットボールチームでパンターを務めている。