松村邦洋
松村 邦洋(まつむら くにひろ、1967年8月11日 - )は、日本のお笑いタレント、ものまねタレント。愛称はまっちゃん、バウバウ。
松村 邦洋 | |
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本名 | 松村 邦洋 |
ニックネーム |
まっちゃん バウバウ |
生年月日 | 1967年8月11日(58歳) |
出身地 |
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血液型 | A型 |
身長 | 164cm |
言語 | 日本語 |
方言 | 共通語・山口弁 |
最終学歴 | 九州産業大学中退 |
芸風 | ものまね |
事務所 | 太田プロダクション |
活動時期 | 1988年 - |
現在の代表番組 |
探偵!ナイトスクープ 爆笑そっくりものまね紅白歌合戦スペシャル |
過去の代表番組 |
進め!電波少年 スーパージョッキー |
配偶者 | 未婚(離婚歴あり[1]) |
弟子 | 美妻隆盛(旧芸名:みつまJAPAN、唯一の弟子) |
受賞歴 | |
1992年 第30回ゴールデン・アロー賞芸能新人賞 1994年 第32回ゴールデン・アロー賞芸能賞 |
略歴
中学時代は同級生だった河本育之(現読売ジャイアンツ二軍投手コーチ)と野球部でバッテリーを組んでいたこともある。
山口県立田布施農業高等学校時代から、地元山口や広島のラジオ番組に出演。柏村武昭がディスクジョッキーをしていたRCCラジオの『サテライトNo.1』でアルバイトのADをしていたことがあり、得意のものまねを披露し人気者となり、番組レギュラーにもなった。卒業後の進路として本気でお笑い芸人の道を目指していたと言い、学校の視聴覚室で教師にビデオを回してもらい、得意のものまねを収録したテープを吉本興業に送付したことがあるという。また、高校2年時に赤点を8回も取ってしまい、1年留年している[2]。高校を4年かけて卒業後、九州産業大学に進学。
大学在学中にフジテレビ系列の『ものまね王座決定戦』の姉妹番組『発表!日本ものまね大賞』に出演、ビートたけしをはじめ石橋貴明、古舘伊知郎らのものまねを披露し、チャンピオンとなるも、この時点で芸能界デビューはならなかった。その後、テレビ西日本でケーブル捌きのアルバイトをしていた時、この番組を見ていた片岡鶴太郎に見出され、大学を中退し上京。当時鶴太郎は『FNSスーパースペシャル1億人のテレビ夢列島』の中継で同局を訪れていた。
デビュー後は『ものまね王座決定戦』の常連として、ビートたけしや掛布雅之を真似た絶妙の演技で茶の間を沸かせる。
日本テレビ系列の『ビートたけしのお笑いウルトラクイズ』(第8回)の「冷凍室ダジャレ→ものまね合戦」にて披露した、放送作家・高田文夫のものまね「バウバウ」でブレイクする。このギャグは元々、高田が出演する『北野ファンクラブ』のものまねをした際、18番であるビートたけしのものまねに続けて間髪いれずに「バッバッ! 高田文夫です! バッバッ! バアッバッバッ」と、彼の独特の笑い声をデフォルメして演じたもので、たけしも思わず吹き出すほどだった。この回での活躍により同番組の常連となり、ダチョウ倶楽部、出川哲朗らと共に「リアクション芸人」の代表挌となる。
1992年からは、松本明子と共に、日本テレビ系列の『進め!電波少年』で司会を務め、いわゆる「アポ無し取材」で人気を博す。
1992年には、第30回ゴールデン・アロー賞芸能新人賞を、1994年にも第32回の同賞で芸能賞を受賞した。
1993年から1999年にかけて、ニッポン放送の『オールナイトニッポン』でパーソナリティを務めた。一旦はパーソナリティを降板したものの、3ヶ月後に復帰。トータルで約6年に渡る長寿番組であった。
1990年代には俳優としても活躍した。日本テレビ系列で放送された連続ドラマ『STATION』では、吉田栄作に次ぐ準主役で出演、テレビ朝日系列で放送の『ハンサムマン』では、V6の長野博とW主演した。1995年公開の映画『君を忘れない』でも、当時若手俳優として伸び盛りだった木村拓哉、反町隆史らと共に名を連ねた。
時を同じくして、ファッション雑誌『an・an』の「抱かれたくない男性タレント」の上位に、親友の出川哲朗と共にランクインされていたこともある。
1997年に代表番組である『電波少年』を降板させられた(進め!電波少年#松村降板騒動)ことにより一時低迷したが、『探偵!ナイトスクープ』(2000年よりレギュラー)など東京以外での仕事も増えている。
人物
3人兄弟の長男。生家は農家だが、元々は江戸時代から商取引をしており、一方で戦前までは質屋をしていた。その為、渡辺秀詮(絵師)の絵が借金のカタとして実家にあり、『開運!なんでも鑑定団』で本物と鑑定された。幼稚園児時代に同郷の佐藤栄作に頭をなでられたことがある。
身長は164cmと小柄で、上京した頃の体重は75kg程だったが、その後更に太り、最大140kgを超えたこともあった。
上京以来、同じマンションに住み続けている。このマンションの大家(女性)は松村の部屋の掃除や洗濯までもするという母親的存在である。
ダイエット
ダイエットを決意したきっかけは主に2つあり、あるテレビ特番で人間ドックを受けた際、「このままでは長生きできない」と宣告されたことと、親交のある掛布雅之からの「まっちゃん、いいかげん痩せようよ」という、彼を心配した掛布の一言だった。
明星食品のカップ麺「一平ちゃん」のCMに出演していた縁から、同社から大量の一平ちゃんが製造工場出荷時の梱包ごと毎月、松村の元に宅配されていたといわれ、テレビ局から出る弁当や楽屋に置かれてある菓子類、番組収録後の打ち上げなどの他に、律儀に一平ちゃんを就寝前に必ず食べていた松村の体重はみるみるうちに増加。結果、自身の陰茎さえ手で握れない体型へと肥満化、体重は140kg超となり、北野誠が徒歩の移動だけで激しい息切れを起こしている松村を見て「お前、死ぬで」と心配される程になる。北野から「就寝前、満腹になる飲食を控えればその分体重も減る」と忠告され、まずは食生活から変え始め、一平ちゃんを友人、知人に配ると、食べない分徐々に体重も落ちていったという。
その後、後述の「東京マラソン2009」の出走直前のコメントでは現体重が101.4kgだったと述べている。
中でも成果を上げたものは「CanCamダイエット」なるもので、これは、ファッション誌『CanCam』を読みながら夜道をウォーキングするというものである。歩いている途中で辛くなった時にCanCam(特に蛯原友里・押切もえ・山田優が写っているページ)を見ると、モデルが「がんばって松ちゃん」「先輩がんばって」(蛯原は九州産業大学の後輩にあたる)などと励ましてくれる感じがして、よりダイエットが捗ったらしい。
2008年5月に糖尿病を患っていたウガンダ・トラが死去した際に葬儀へ参列したが、その時に自身も糖尿病を患っていることをワイドショーで公表した。
マラソン
ダイエットを通じてマラソンに興味を持つようになり、オーストラリア・ゴールドコーストの観光親善大使を務める和田アキ子から「走ってこい!」と言われ、2007年7月1日の「ゴールドコーストマラソン2007」に参加し、42.195kmのフルマラソンに挑んだ。このマラソンは7時間10分以内にゴールしないと完走と認められないが、松村は諦めずに9時間9分6秒かけて走りぬいた。時間オーバーのため記録には残らないが、主催者側の心遣いで、松村にもメダルが贈られた。なお、陸上経験豊富な森脇健児と、トレーニング方法について綿密にメールで連絡し合っていたという。
続いて、TOKYO MXの『TokYo,Boy』の企画でも、マラソンに挑戦することになり、2008年2月17日の「東京マラソン2008」に出場するが、35km地点で時間切れとなり完走はならなかった。
同年7月6日の「ゴールドコーストマラソン2008」に出場し、6時間51分40秒で完走。初めて制限時間内にゴールした。
2009年3月22日、再び『TokYo,Boy』の企画として「東京マラソン2009」に参加したが、スタート地点から約15kmの港区高輪2丁目付近で急性心筋梗塞による心室細動で倒れ、一時心肺停止状態となる。伴走していた救護班がAEDを使用したり、医師団の処置により意識を回復、入院して順調に回復した[3]。その後、入院から12日で退院。復帰の際には蛯原友里や安倍晋三元首相から祝福のコメントが寄せられ、入院中に安否を心配する関係者や芸人仲間などから、合計486通ものメールが携帯に届いていたことを明かした[4]。また、松村の退院の模様は通常のニュース番組でも取り上げられた。
2011年10月1日放送のTBSテレビ「オールスター感謝祭`11秋 芸能界№1決定戦SP」では、心肺停止以来控えていた「赤坂5丁目ミニマラソン」に久々に参加した。
趣味・嗜好
松村と野球
熱狂的な阪神タイガースファンである父親の影響を受け、自身も大変な野球好きである。幼少期、最初は読売ジャイアンツファンだったが、父親と一緒に風呂に入ると、必ず「阪神タイガースクイズ」なるものを出題され、そのうち阪神ファンに転向したという[2]。また、2人の弟の名前にも、タイガース往年の大投手・村山実から取った“みのる”(次男)と、その村山が関西大学時代にバッテリーを組んでいた上田利治(阪急・オリックス、日本ハムの監督を歴任)から取った“としはる”(三男)と命名されているそうだが、自身の名前“邦洋”は、本人曰く「父親が勤めていた会社の上司に無理矢理命名させられた」とのこと。2010年現在、父親とは阪神の試合終了後に携帯メールで感想戦を行っている。
自身も野球をするようになり、中学・高校時代(軟式野球部)共にキャッチャーを務めた。中学時代には河本育之(現・読売ジャイアンツ2軍投手コーチ)と同級生で、バッテリーを組んでいたこともある。しかし、1試合で27盗塁を許した経験を持つ弱肩で、「デブ = キャッチャーという固定観念で決められた」「始めは唯一座って、楽できるポジションだと思っていた。それは大きな間違いだった」と語っている。
芸能界ではダンカンと並ぶタイガースファンで、ダンカン率いるタイガース応援集団『中野猛虎会』の副会長でもある。また、ダンカンの次男の名付け親でもある[要出典]。
球団広報誌・月刊タイガースを年間購読するほどで、現役選手は勿論、戦前のOB選手や2軍選手の動向に至るまで大変詳しく、川藤幸三や達川光男ら本職の野球評論家からの評価も高い[要出典]。他にも、デイリースポーツ(同紙の特命応援団長に任命されている)でも連載を持ち、過去に週刊ベースボールではカラーグラビア見開きで自ら選手の絵も描いていた(#芸術の項を参照)。
また、阪神以外の球団、また高校野球に関する知識も相当なもので、阪神以外の球団の試合にも駆けつけることが多くある。北海道日本ハムファイターズの二軍本拠地・ファイターズスタジアム(千葉県鎌ケ谷市)には特に足を運んでいる。地元山口に里帰りした際には、広島東洋カープの二軍本拠地である由宇球場にも足を運んでいる。現在、中山秀征率いる草野球チームに所属している。また、ダチョウ倶楽部の上島竜兵が率いる「竜兵会」の草野球にも参加している。
プロ野球再編問題で球界が揺れていた頃、プロ野球ファンの集会に参加し、12球団、2リーグ制の維持を訴えた。登壇した松村は1リーグ制推進論者だった巨人の渡辺恒雄前オーナーを名指しで批判。「プロ野球はみんなのもの。渡辺前オーナーのものではありません」と発言し、その模様はテレビでも放送された。
好角家
野球界のみならず、相撲界にも人脈を持つ。上京した際の居住先の近くに二子山部屋(現・貴乃花部屋)があり交流を持つようになった。元関脇・貴闘力(後の大嶽親方)とは特に親しくしており、断髪式でも鋏を入れた1人である。また、彼や高見盛のものまねも得意としている。
テレビっ子
子供時代、まだビデオデッキが普及していなかったため、ラジカセをテレビに近付けて音声のみを録音し、それを繰り返し聞いていたという[2]。中でも『3年B組金八先生』シリーズと『スクールウォーズ』などの大映テレビ制作のテレビドラマに詳しく、台詞を一言一句覚えているという。また、『金八先生』のパート4では、北先生に「廊下を走らない!」と注意される生徒役でエキストラ出演していた。天野ひろゆきに並ぶ『金八先生』フリークであり、特に第2シリーズに出演していた加藤優(直江喜一)の熱狂的なファンである。
あまり人気の無かったドラマの主題歌などもよく憶えている。堺正章主演のドラマ主題歌を作曲した寺尾聡の前で、その曲を歌ってみせたこともある。その他、1970-1980年代のアイドルにも詳しく、アイドル不朽時代のマイナーアイドルにも詳しい。
また、NHK大河ドラマのマニアであり、過去の場面のセリフをそのまま再現するという芸をたびたび見せている。
その他、村山富市元首相の眉毛を切ったことで交流があり、村山の事務所に行くと留守中でもたいそうなおもてなしを受ける[要出典]。
芸術
高田文夫の勧めで、阪神タイガースの歴代選手を題材にした絵画製作にも力を注いでいる。デイリースポーツや週刊ベースボールではコラムとともに紹介され、2000年には1冊の本にまとめた画集を、2004年にはカレンダーを発表している。
ものまね
ものまねに関しては「似てる・似てないは関係なく、その人を好きになることが大事」という哲学を持っている。ものまね(ビートたけしなど)をしている状態では、素の松村では言えない辛口トークを発することができるとのこと。糸井重里との対談で、ものまねの中に美談エピソードを入れられることに気付き、糸井の提案でイベントを開催した。
松村のものまねに対する評価は高い。2011年にNHK『笑・神・降・臨』に出演した際に、番組公式ホームページにてプロデューサーから「録画した映像を編集しながら「これだけ似ているものまねができる人が他にいるのだろうか」と改めて感心させられました」と評されている。しかし、『爆笑そっくりものまね紅白歌合戦スペシャル』においては彼のものまねが審査員に評価されることは少なく、『王座決定戦』時代は通算でも2勝しかしていない。
レパートリー
- 浅香光代
- 芦屋雁之助(『裸の大将放浪記』の主人公・山下清役)
- 麻生太郎衆議院議員(元内閣総理大臣)
- 安倍晋三衆議院議員(元内閣総理大臣)
- 阿部寛
- 石井光三
- 石破茂衆議院議員
- 生島ヒロシ
- 石橋貴明(とんねるず)
- ウガンダ・トラ
- ウサイン・ボルト - 「ラジオビバリー昼ズ」限定のものまね。
- ウド鈴木(キャイ〜ン)
- 枝野幸男
- 江夏豊
- 王貞治
- 大沢啓二
- 大滝秀治
- 大橋巨泉
- 岡田彰布
- 沖田浩之(『3年B組金八先生』パート2の松浦悟)
- 織田裕二
- ウィルフィン・オビスポ(北海道日本ハムファイターズ)
- 掛布雅之 - TBSの番組の企画で、青田昇に掛布のものまねで電話し、バレずに騙し切ったこともある。
- 片岡鶴太郎
- 桂小枝
- 上岡龍太郎
- 川藤幸三 - 『ズームイン!!SUPER』の中で、本人の横で披露することもある。また、本人立合いの下、川藤の夫人を電話で騙したこともある。
- 北野大
- 木村匡也(『進め!電波少年』のナレーター)
- 木村拓哉(SMAP) - このまねをする際は「目を瞑ってくれ」とお願いする。特徴を掴んでいるが、女性からの評判が悪い。また、このまねをテレビで披露した後に、非通知で20件くらい苦情の電話が来るという。
- 木村忠寛
- ラッシャー木村
- 国広富之
- 桑田佳祐
- 小泉純一郎元衆議院議員(元内閣総理大臣)
- 小日向文世
- 近藤正臣
- 近藤真彦
- 堺雅人
- 佐々木信也
- 清水圭
- 笑福亭鶴瓶
- 笑福亭仁鶴
- 太平シロー
- 高田純次
- 高田文夫(代表ギャグ「バウバウ」の元となった)
- 貴闘力(元大嶽親方)
- 高野浩和(『スクール☆ウォーズ』の「イソップ」こと奥寺浩役)
- 貴乃花(現貴乃花親方) - 顔芸も兼ねており、その大袈裟ぶりから「反則」「やりすぎ」と評されている。
- 高橋克実
- 高見盛(気合を入れる時の顔と仕草のまね)
- 滝口順平
- 田口トモロヲ(『プロジェクトX〜挑戦者たち〜』のナレーター) - 「ものまねプロジェクトX」と題してナレーションのものまねを挟みつつ、全てものまねで自身のものまねの歴史を振り返るネタがある。
- 武田鉄矢
- 立川談志
- 達川光男
- 辰巳琢郎
- 津川雅彦
- 筒井道隆
- 出川哲朗
- 直江喜一(『3年B組金八先生』パート2の加藤優役) - 常套句「俺たちは腐ったミカンじゃねんだ!」
- 中尾彬
- 長嶋茂雄
- 長瀬智也(TOKIO)
- 中村勝広(元オリックス・バファローズ監督)
- 仲村トオル
- 中村梅雀
- 中山秀征
- 南原清隆(ウッチャンナンチャン)
- 西田敏行
- 西村雅彦
- 西本幸雄
- 野村克也
- 早崎文司(『3年B組金八先生』の野村教頭役)
- 林家ペー
- パンチョ伊東
- 板東英二
- ビートたけし - 1994年の“バイク事故前(漫才ブーム当時)”と“バイク事故後(現在)”とを演じ分けている。
- 平泉成
- 福山雅治
- 古舘伊知郎-松村が痩せていた頃は似ていたが松村の体重が徐々に増えてきたのが原因であまり似つかなくなっている。(このことを行列のできる法律相談所で東野幸治が指摘している。)
- ボビー・オロゴン
持ちネタ
- バウバウ(高田文夫のモノマネから生まれたギャグ)
- ピロピロ飲み(ロピロピ吐き)
- パロパロ鼻うがい
- ダーバー(太田プロの荻野マネージャー(片岡鶴太郎の実弟)が「どうも」と挨拶する時の真似。お辞儀をする際、両手を伸ばし鳥の羽のようになる)
- ヨヨイ
- ティラリラカッカ(トイレの個室に入っている友人を茶化す時に使う)
- 原子力、原子力、ムムムムーン
- ホーホー(口・舌をすぼめて、フクロウの鳴き声のような音を出す)
- ○○(歴史上の人物の名前が入る)のオールナイトニッポン(例:『織田信長のオールナイトニッポン』。「本能寺の変直前の本能寺から生放送」「この番組は、イエズス会の提供でお送りします」など、適当な歴史上の人物の真似をする。)
エピソード
出演
テレビ番組
- レギュラーおよびゲスト出演の多い番組
- 探偵!ナイトスクープ(朝日放送)
- アッコにおまかせ!(TBS)
- TokYo,Boy(TOKYO MX)
- 爆笑そっくりものまね紅白歌合戦スペシャル(フジテレビ)
- HEY!HEY!HEY!MUSIC CHAMP(フジテレビ)「今聴きたい!名曲HEY!HEY!HEY!」のパネラー
- やっぱイチバン☆もっとパラダイス(東海テレビ)
- アサデス。(KBCテレビ)月一回程度金曜日のコメンテーターとして出演していたが、「ラジオビバリー昼ズ」の生放送があるため途中で帰っていた。
- ナイトシャッフル(福岡放送)イレギュラー出演、年数回程度。
- ズームイン!!SUPER(読売テレビ)関西ローカルコーナー「ウル虎!Sports」に時々出演。
- いよっ!日本一(NHK)レポーターとして出演。
- 銀玉王(サンテレビ)主に関西を中心として放送されているパチンコの宣伝番組。レギュラーではあるがローテーションで出演回が巡ってくるため、6~7週に1度の出演となる。
- 解決!!くらしアンサーズ(テレビ埼玉)
- ためしてガッテン(NHK)
- 龍ちゃん・松ちゃんぶらり探訪東海道(CS時代劇専門チャンネル)原田龍二と共に旅人として、東海道を旅する。
- 終了した番組
- 進め!電波少年(日本テレビ)
- スーパージョッキー(日本テレビ)
- マジカル頭脳パワー!!(日本テレビ)
- TVジェネレーション(TBS)
- テレビの王様(TBS)
- 超人コロシアム(TBS)
- 世界とんでも!?ヒストリー(テレビ朝日)
- 象印ニュースクイズ パンドラタイムス(テレビ朝日)
- サタデージャングル(テレビ朝日)
- クイズ!歌うぞ音楽王(フジテレビ)
- チャンスの殿堂!(毎日放送)
- 新型テレビ(福岡放送)
- 松村邦洋のマスターズリーグウイークリー(スカイパーフェクTV!)
- 松村邦洋のタイガース最高!(秋田テレビ、2006年3月30日終了)
- 松村邦洋のひとり電波少年(日本テレビ)
- クイズおもしろ料理館(テレビ朝日)
- ピロピロ(フジテレビ)
- らくらぶR(KBS京都)まれに出演。
- 日本史サスペンス劇場(日本テレビ)- レポーター、瓦版屋 役
- テレビドラマ
- 俺たちルーキーコップ 第14話「大反撃」(1992年7月14日、TBS・セントラル・アーツ)
- ツインズ教師(1993年4月 - 6月、テレビ朝日)
- お助け同心が行く! 第12話「消えた花嫁」(1993年、テレビ東京)
- STATION(1995年1月 - 3月、日本テレビ)レギュラー出演
- 3年B組金八先生(1995年、TBS)第4シリーズの第1話に後ろ姿のみ出演
- ハンサムマン(1996年1月 - 3月、テレビ朝日) - V6の長野博とW主演
- いい日旅立ち〜4つの卒業〜(1996年3月、関西テレビ・共同テレビ)
- ロマンス(1999年4月 - 6月、読売テレビ)
- クロサギ(2006年4月 - 6月、TBS) - 第10話ゲスト
- 和田アキ子殺人事件(2007年2月12日、TBS)
- ハンチョウ〜神南署安積班〜 シリーズ4〜正義の代償〜(2011年4月18日、TBS) - 第2話ゲスト
- 松本清張特別企画・鉢植を買う女(2011年11月9日、テレビ東京)- 木島(花屋の店長)役
- もう誘拐なんてしない(2012年1月3日、フジテレビ)- 花屋の配達員役
- アニメ
- ヤッターマン 第26話「歴代三悪オールスター勢揃いだコロン!」(読売テレビ、2008年12月1日) - 本人役と板東英二のものまねをしたドロンボーメカ「コーコーキュージ」役
ラジオ
- レギュラー番組
- 高田文夫のラジオビバリー昼ズ(ニッポン放送、金曜日)
- ラジオ・チャリティ・ミュージックソン(KBCラジオ) - 2007年以降、KBCラジオにおいて毎年ゲストランナーを務めている。
- 終了した番組
- ラジオブロンクス〜世界でいちばん危険な夜〜(ニッポン放送)
- 松村邦洋のオールナイトニッポン(ニッポン放送)
- 三宅裕司のザ・ベスト30"スゲェ!"(ニッポン放送)
- 三宅裕司 みんなのヒット!ベスト20+10(ニッポン放送、「その時時間が止まった」オープニングナレーター)
- 松村邦洋の本気汁(CBCラジオ)
- 松村邦洋のタングショー(CBCラジオ)
- MBSヤングタウン(MBSラジオ、月曜日)
- マイクのチバリョ!!タイガース(MBSラジオ、月1回)
- サテライトNo.1(RCCラジオ、高校時代に素人として参加)
- ラジオ大阪開局記念特別番組 チャンス!チェンジ!チャレンジ!!(ラジオ大阪、2009年7月20日)
映画
- 夜逃げ屋本舗2(1993年)
- ゴジラvsスペースゴジラ(1994年)
- 君を忘れない(1995年)
- ファットマンブラザーズ〜百貫探偵〜(1995年)
- もうDEBUなんて言わせない!(1997年)
- 釣りバカ日誌14・お遍路大パニック!(2003年)
- TAKESHIS'(2005年)
- 明日の記憶(2006年)
- Vシネマ
- テクニカル・ヴァージン(1990年)
- パチンコ・バトル・ロワイアル
- パチンコ・バトル・ロワイアルII
インターネットTV(WEB TV)
- 電波少年的懸賞生活2009(第2日本テレビ)2009年10月8日17:00から10日23時59分まで3日間にわたり、第2日本テレビにてライブ配信(生放送)
CM
ビデオ教材
作品
- 著書
- マツムラ―天然松村邦洋解禁!!(太田出版)
- ためにならない本(読売新聞社)
- デブの真実(角川書店)
- 愛しの虎 松村邦洋の阪神タイガース応援日記(太田出版)
- 武将のボヤキ 松村邦洋のお笑い裏日本史(武田ランダムハウスジャパン)
- 画集
- 個展
- 松村邦洋似顔絵展(2007年12月12日 - 2008年2月3日、筆の里工房)
- 九州産業大学OB 松村邦洋似顔絵展 -可能性へのメッセージ-(2008年9月8日 - 2008年11月3日、九州産業大学美術館)
- 高田文夫プロデュース 松村名人会(2011年7月29日 - 8月7日、杉並区・GALLERY工)
CD
- シングル
- ピロピロダンス(1993年)
- 冬場のI LOVE YOU(1995年)明星食品「一平ちゃん」CM曲。「一平ちゃんとれいこちゃん」としてかとうれいことデュエット。
- 負ける気せんね 〜野村阪神応援ヴァージョン〜(1999年)森たけしとデュエット。
- 嵐は西から(2003年)「Tigers Freaks Band」として。
- アルバム
- まんぷく・トランス(2006年)オムニバス。内山信二・ザ・たっち・関塚裕二・西尾季隆(丁半コロコロ)と共作。
- 立川藤志楼とって出しvol.1(2008年)ワザオギから発売された立川藤志楼(高田文夫)の落語CDの中でお茶子として出演。短いクロストークあり。