精神世界
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「精神世界の本」と新霊性運動
「精神世界」という言葉は大まかに言って、北米などでニューエイジと呼ばれている社会現象やその周辺領域、あるいは日本におけるその類似現象を指している[3]。宗教学者の島薗進は、ニューエイジ運動という言葉を学術用語として用いるのは不適切だとして、代わりに日本の「精神世界」や欧米の「ニューエイジ」を総括する「新霊性運動」という用語を作った[4]。
島薗は、確認しうる限り「精神世界」という言葉が使われるようになったのは1977年のことではないかとしている[5]。この年に阿含宗の関連会社である平河出版社から季刊『ザ・メディテーション』が創刊され[6]、同年末の号に特集企画「精神世界の本・ベスト100」が掲載された[7]。書店の売場では、1978年に新宿の紀伊国屋書店で「インドネパール精神世界の本」というブックフェアが組まれたのが最初で、これに追随して他の書店でも「精神世界の本」のフェアが行われた[8]。こうして出版界では、宗教や哲学とは異なったカテゴリとして「精神世界」というカテゴリ(ジャンル)が確立した。1980年前後には各書店に「精神世界の本」といったコーナーが設けられるようになった。ニューエイジ、ニューサイエンス、瞑想、ヨーガ、仙道、神秘主義、スピリチュアリズム、心霊、チャネリングなどの本がそこに配置されている。また、心理学などの中から特にユングやトランスパーソナル心理学などの本が選ばれ、配置されている場合もある。書店によってはUFOや古代史などの本が並んでいることもある。精神世界のジャンルでは、何らかの体験をすることで自身の精神の変革を図ろうとする傾向の本も多々見られる。『精神世界総カタログ - 専門書店が選んだ、心と人と世界をめぐる本』というカタログの2000年版では、実に10588冊もの書籍が掲載され、カタログ化されている[9]。
現代日本のスピリチュアルブーム
1990年代までよく使われていた精神世界という言葉は死語になってはいないが、代わりに「スピリチュアリティ」という言葉が聞かれるようになった。島薗の指摘するところでは、精神性と訳しうるスピリチュアリティは言葉の上でも精神世界と近縁関係にあるとみることができる[10]。
スピリチュアリティ (英語: Spirituality) はもともとキリスト教において時代や場面によってさまざまな意味に使われてきた語であるが、神学用語としては「霊性」と訳され、殊に20世紀に入ってから注目されるようになった概念である[11][12]。その一方で、1970年頃から盛んになってきたニューエイジ運動では、伝統的なキリスト教の枠を超えた新しいスピリチュアリティが展開され[13]、北米では特に1980年代から spirituality という言葉がよく聞かれるようになった。日本でも1990年代後半からスピリチュアリティというカタカナ語が使われるようになり[14]、中でもホスピスや死生学の分野では形容詞の「スピリチュアル」や抽象名詞の「スピリチュアリティ」が用語として定着した。2000年代に入るとそれらとは別の流れでスピリチュアルという言葉が人口に膾炙するようになり、スピリチュアルブームが話題になった。浅野和三郎の日本的心霊学の流れを汲む江原啓之は、スピリチュアル・カウンセリングと称するパフォーマンスを行い、タイトルにスピリチュアルの語を付した著書がベストセラーになったり、マスメディアに登場して有名になった。島薗は、スピリチュアルという語が現代日本で大衆的に普及した要因として江原の成功は無視できないと推察している[15]。スピリチュアルと聞いて霊的存在や前世、オーラといった心霊主義的なものを連想する人が増え、2008年の読売新聞の宗教意識調査で取り上げられた「スピリチュアル」もこのような意味においてであった[16]。江原のいうスピリチュアルはスピリチュアリズムに由来しており、死生学や医療・看護の文脈で言われるスピリチュアリティとは系譜を異にするが、両方面でのスピリチュアリティを混同したり、同じ潮流に属するものとして論じる向きもある[17]。他にスピリチュアルブームを代表するものに、2002年から毎年開催されている癒しをテーマにした精神世界の見本市「スピリチュアル・コンベンション」(略称すぴこん)が挙げられる[18](後に「スピリチュアルマーケット」)。こうした現代日本の通俗的なスピリチュアリティ文化では、本来は形容詞であるスピリチュアルを名詞として扱ったような語法が多く見られ[19]、「スピリチュアリティ」の語自体の使用頻度は少ない[20]。
世界観
「精神世界」は「物質世界」の対義語として位置づけられることもある。宗教、哲学、神話、民間信仰などでは、多様な精神世界論が語られ、霊界や神々の世界や魔界が存在する世界論や、絶対的な他者である唯一の創造神と被造物で成り立つとする世界論、あるいは全てはひとつの神でありこの世は仮の姿と観る世界論、一切は空とする世界論、アニミズム、汎神論、人格神、非人格神など、実に様々な世界観が語られている。単に見えない世界が存在すると語るだけでなく、その内部に秩序性、階層性、多重構造性、多元性などがあるとする説や、反対に本質的には一元で多元と見えるのは仮であるとする説などもある。精神・心で構成された世界が、目で見え手で触れることのできる物質世界と重なり合って存在しているという世界観※[21]もあり、また本質的にひとつだとする世界観も語られている。[要出典]
出典・脚注
- ^ 定まった英訳は特にないが、井上順孝編『現代宗教事典』は spiritual world を訳語に当てている。
- ^ 島薗 2007a, p. 166.
- ^ 島薗 2007a, p. 47.
- ^ 島薗 2007a, p. 46.
- ^ 島薗 2007a, pp. 12-13.
- ^ 『それでも心を癒したい人のための精神世界ブックガイド』「精神世界年表 国内編」
- ^ 島薗 2007a, p. 168.
- ^ 島薗 2007a, pp. 167-168.
- ^ 『精神世界総カタログ - 専門書店が選んだ、心と人と世界をめぐる本』2000年
- ^ 島薗 2007b, p. 5.
- ^ 『岩波 キリスト教辞典』1213頁
- ^ キリスト教の霊性の定義には「超感覚的な現実に触れることを可能にする態度、信条、行為」(『キリスト教神学事典』佐柳文男訳、596頁)などがある。
- ^ 島薗 2007b, p. 74.
- ^ 島薗 2010, p. 598.
- ^ 島薗 2007b, p. 34.
- ^ 林 2011, p. 24.
- ^ 林 2011, pp. 25-26.
- ^ 林 2011, p. 220.
- ^ 林 2011, p. 222.
- ^ 林 2011, pp. 24, 181.
- ^ 例えば、霊界と物質界は重なり合って存在している、とする説明。重なっている、としていて、一種の「場の理論」であって、単純に一元論とか二元論とかに分類できるものではない世界観(たとえば物理学者がある場面で、世界には電界と磁界があると主張しても、二元論を主張したということにはならない、というのと同じである)。
参考文献
- 樫尾直樹「精神世界」『現代宗教事典』井上順孝編、弘文堂、2005年。ISBN 9784335160370。
- 島薗進『精神世界のゆくえ - 宗教・近代・霊性』秋山書店、2007年5月(原著1996年)。ISBN 9784870236103。
- 島薗進『スピリチュアリティの興隆 - 新霊性文化とその周辺』岩波書店、2007年1月。ISBN 9784000010740。
- 島薗進「新霊性運動=文化」『宗教学辞典』星野秀紀・池上良正・氣多雅子・島薗進・鶴岡賀雄 編、丸善、2010年。ISBN 9784621082553。
- いとうせいこう・絓秀実・中沢新一監修『それでも心を癒したい人のための精神世界ブックガイド』太田出版、1995年。ISBN 9784872332544。
- 林貴啓『問いとしてのスピリチュアリティ - 「宗教なき時代」に生死を語る』京都大学学術出版会、2011年。ISBN 9784876985593。
- リゼット・ゲーパルト『現代日本のスピリチュアリティ - 文学・思想にみる新霊性文化』深澤英隆・飛鳥井雅友訳、岩波書店、2013年。ISBN 9784000227889。
関連書
- 『精神世界の本』平河出版社、1981年
- 内藤景代『わたし探し・精神世界入門―ヨガと冥想で広がる「心の宇宙」』実業之日本社、1993年 ISBN 4408340421
- 関野直行『あなたにやさしい精神世界』PHP研究所、1996年 ISBN 4569554490
- 島薗進『精神世界のゆくえ―現代世界と新霊性運動』東京堂出版、1996年 ISBN 4490202989
- 北川隆三郎『精神世界がわかる事典:こころの不思議が見えてくる』日本実業出版社、1998年
- 『精神世界が見えてくる: 人間とは何か気づきとは何か』サンマーク出版 1999年
- 山本茂喜『ワクワク精神世界』文芸社、2001年 ISBN 4835515692
- 山川健一『ヒーリング・ハイ オーラ体験と精神世界』幻冬舎、2009年
- 栗本慎一郎『人類新世紀終局の選択―「精神世界」は「科学」である』青春出版社、1991年 ISBN 4413030184
- 精神世界本のカタログ
- 『精神世界総カタログ:専門書店が選んだ、心と人と世界をめぐる本』(精神世界に関連する数千冊から一万数千冊の本を百以上のジャンルに分けて紹介。1994年から1999年まで毎年出版された。)
関連項目
外部リンク
- 霊的世界観の哲学的根拠(長岡造形大学教授菅原浩の「霊性学入門」のサイト内のページ)