歯磨剤
歯磨剤(しまざい)は、歯磨きの際に使用される製品である。一般的に使用される物はチューブ入りのペーストで、練歯磨剤(練り歯磨き)とも呼ばれている。かつては粉状の歯磨剤を使っていた時期があり、歯磨剤全般を「歯磨き粉」とも呼ぶのはその名残である。歯磨剤は歯ブラシに適量付着させて使用し、歯磨き後は嚥下せずに吐き出す。日本では薬事法により化粧品、薬用化粧品(医薬部外品)に分類されている。


歴史
最初の歯磨剤は、紀元前1550年頃の古代エジプトの医学書の内容が記載されたパピルスであると言われている。そのエジプトでは、4世紀頃には食塩・黒胡椒・ミントの葉・アイリスの花を混ぜ合わせた粉末の歯磨剤が使用されていた。古代ローマでは、人間の尿に含まれているアンモニアが歯を白くするものと考えられ、尿が歯磨剤として用いられていた[1]。
日本では1625年、丁字屋喜左衛門が江戸で「丁字屋歯磨」「大明香薬」と呼ばれる歯磨き粉を販売開始した。この歯磨き粉の成分は琢砂という非常に目の細かい研磨砂に、丁字や龍脳などの各種漢方薬を配合したものであり、「歯を白くする」「口の悪しき匂いを去る」というキャッチコピーも添えられていた。江戸の庶民は、この類の歯磨き粉と房楊枝を使用して歯磨きを行うことが日常習慣となっており、当時の浅草寺には200軒もの房楊枝屋が並ぶほどの繁盛ぶりであった[2]。
18世紀のアメリカ合衆国では、焦げたパンを混ぜた歯磨剤が使われていたことが明らかになった。また、「ドラゴンの血」(dragon's blood)と呼ばれる混合樹脂にシナモンや焦がしたミョウバンを混ぜた歯磨剤もあった[3]。
しかし欧米で歯磨剤が広く用いられるようになったのは19世紀以降のことである。1800年代初頭には、歯磨きは主に歯ブラシと水だけで行われていた。その後間もなく粉末の歯磨剤が大衆に広まっていった。その頃の歯磨剤の多くは自家製で、チョークの粉・細かく砕いた煉瓦・食塩などがよく混ぜられていた。1866年、ある家庭百科事典は細かく砕いた木炭を歯磨剤に使用することを勧めた。また同事典は、その頃特許を取って市販されていた多くの歯磨剤は益よりも害が多いものだとして、大衆に注意を促した。[要出典]
1900年頃になると、過酸化水素や炭酸水素ナトリウムを含むペースト状の歯磨剤が勧められるようになった。ペースト状の歯磨剤そのものは19世紀にはすでに売り出されていたが、粉末状のものに取って代わるようになったのは第一次世界大戦が終わる頃のことであった。現在のようなチューブに入ったペースト状の歯磨剤は、1896年にニューヨークでコルゲート社によって初めて売り出された。
1914年、フッ素化合物が配合された歯磨剤が初めて登場した。このフッ化物入りの歯磨剤は1937年にアメリカ歯科医師会(en:American Dental Association, ADA)によって批判の的となった。しかしその後も改良が続き、1950年代、ADAはフッ化物入りの歯磨剤を認証した。現在、フッ化物の適正使用量および制限は国によって異なる。アフリカ諸国の多くでは、アメリカ大陸よりもやや高い濃度でフッ化物を配合することが認められている。
成分
歯磨剤の基本成分は研磨剤と発泡剤を主成分とし、保湿剤や結合材などがある。また、近年、フッ素を始めとする薬用成分が含まれる歯磨剤が増加している。日本では、薬事法により、基本成分のみの歯磨剤は化粧品歯磨剤に、基本成分の他に薬用成分が含まれている歯磨剤は医薬部外品歯磨剤に分類される(薬事法第2条)。少数であるが医薬品の歯磨剤も存在する。
基本成分
研磨剤
リン酸水素カルシウム、炭酸カルシウム、水酸化アルミニウム等が使われる。
発泡剤
ラウロイルサルコシンソーダ、ラウリル硫酸ナトリウム、ショ糖脂肪酸エステル等が使われる。
保湿剤
ソルビトール、グリセリン、プロピレングリコール等が使われる。
結合材
アルギン酸ナトリウム、カルボキシメチルセルロース等が使われる。
薬効成分
フッ化物(フッ化ナトリウム、モノフルオロリン酸ナトリウム、フッ化スズ)が最もよく知られ、有効性が確立されている薬効成分[4]であり、う蝕予防の目的で入れられており、1990年のFDIの調査で口腔保健の先進国では90%を超える普及率を示している[5]。日本では、近年になってフッ素が含まれている歯磨剤のシェアが上昇しているが、2008年現在で市販されている歯磨剤のうち、フッ化物配合歯磨剤は89%である[6][5]。日本においては薬事法によりフッ化物イオン濃度は1000ppm以下に規制されており、市販のフッ化物配合歯磨剤における濃度はほぼ900ppmから950ppmである。
研磨剤の強力な製品には歯のホワイトニング効果、殺菌剤を添加したものには歯肉炎予防効果がある。
歯垢分解酵素のデキストラナーゼ[7]や、殺菌、歯垢形成抑制作用のあるクロルヘキシジン[8]、血液循環促進・収斂・浮腫抑制作用のある塩化ナトリウム、消炎作用のある塩化リゾチームなどが知られる。
なお、21世紀における国民健康づくり運動において、学齢期におけるフッ化物配合歯磨剤使用者の割合を2010年までに90%以上とする目標が立てられた。1991年の調査では45.6%、平成16年国民健康・栄養調査結果の概要によると、1~14歳児におけるフッ化物配合歯磨剤の利用割合は、52.5%、最終報告では86.3%となっており、目標値の達成は出来なかったが、使用者がフッ化物配合か否かを認識していない可能性や、フッ化物配合歯磨剤が歯磨剤に占める割合は現在約90%となっていることから、実際の数字はさらに高いと考えられている[9]。
製品形状
製品として存在する歯磨剤の形状としては、樹脂や金属のチューブに詰められたものが世界的に最も普及している。その他、缶や瓶に詰められたものもある。
星新一が収集したアメリカの一コマ漫画のうち死刑囚を扱った作品で、いよいよ処刑となって独房から出て行く囚人がチューブからハミガキを洗面器に全部しぼり出すというものがある。星は「なんという豪華な快楽。いくらかの金があれば可能とはいうものの、あなたにやってみる勇気がありますか」とコメントしている[11]。
ブラッシング
ライオンの山本は歯磨剤を使用することで歯垢除去を促進し、再付着・再形成を防ぐことがわかっているとしている[12]。ただし、研磨剤を含む特性上歯磨きを長時間行うことは歯を過剰に研磨することになり、エナメル質が剥げ落ちて、虫歯になりやすい状態になる。また、歯磨剤には芳香剤が含まれているので爽快感を得られる。このため、実際はブラッシングが不十分でも十分に清掃できたと判断してしまうという課題がある[13]。
乳幼児に対するブラッシングでは専用の歯ブラシに専用の歯磨剤を用いる。乳幼児の歯は柔らかく、一般の歯磨剤を用いたブラッシングでは歯の表面を傷つけ虫歯の下地となる[要出典]ためである。
主な製品
日本企業のブランド
- グラクソ・スミスクライン社(GlaxoSmithKline)のマクリーンズ(Macleans)、アクアフレッシュ(Aquafresh)、 センソダイン(Sensodyne、日本名シュミテクト)
- コルゲート・パーモリーブ(Colgate-Palmolive)社のコルゲート(Colgate)
- プロクター・アンド・ギャンブル社 (Procter & Gamble)のクレスト(Crest)
- ユニリーバ(Unilever)社のシグナル(Signal)
- サンスター社のGUM
脚注
- ^ The History of Teeth Whitening – Smiles Through the Miles
- ^ メディカルα『歯磨き粉』
- ^ Toothpaste History
- ^ Valeria CC Marinho, Julian PT Higgins, Stuart Logan, Aubrey Sheiham; 翻訳:筒井昭仁・監訳:相田潤;JCOHR (2008年4月1日). “小児と思春期のう蝕予防のためのフッ化物配合歯磨剤(2008 issue 1, -)”. Minds医療情報サービス 医療提供者向け/コクラン・レビュー. 財団法人日本医療機能評価機構EBM医療情報部. 2010年7月27日閲覧。
- ^ a b 田浦勝彦、木本一成、田口千恵子、晴佐久悟、筒井昭仁、相田潤 著「第1章 日本におけるフッ化物製剤 I フッ化物配合歯磨剤 3 フッ化物配合歯磨剤のシェア(世界と日本)」、NPO法人 日本むし歯予防フッ素推進会議 編『日本におけるフッ化物製剤 -フッ化物応用の過去・現在・未来-』(第8版第1刷)財団法人口腔保健協会、東京都豊島区、2010年3月30日、9-10頁。ISBN 978-4-89605-259-6。
- ^ “フッ素(フッ化物)”. オーラルケアの基礎/歯と口腔内の基礎知識. ライオン歯科衛生研究所. 2010年7月27日閲覧。
- ^ 網元愛子、岡本浩、玉沢修、斉藤邦男、二上捷之「Chaetomium gracile由来の Dextranaseによるin vitroの歯垢溶解効果ならびに洗口液および歯磨剤での臨地試験成績 (1)」(PDF)『口腔衛生学会雑誌』第28巻第2号、日本口腔衛生学会、1978年7月、185-194頁、doi:10.5834/jdh.28.185、ISSN 0023-2831、NAID 40001201315、2011年11月25日閲覧。
- ^ 塩入隆行、秋重成孝、石川一郎、宮川英祐、福井美代子、有澤康、高島己千雄「歯周疾患に対するクロルヘキシジン含有 Tooth Paste (LS-5) の二重盲検法による検討」(PDF)『日本歯周病学会会誌』第25巻第4号、日本歯周病学会、1983年12月、955-966頁、doi:10.2329/perio.25.955、ISSN 0385-0110、NAID 80001908181、ONLINE ISSN 1880-408X JOI:JST.Journalarchive/perio1968/25.955、2011年11月25日閲覧。
- ^ “「健康日本21」最終評価” (PDF). 厚生労働省. 2011年11月25日閲覧。
- ^ “低年齢児におけるフッ化物配合歯磨剤の利用”. 国立保健医療科学院[[]]. 2015年8月15日閲覧。
- ^ 星新一 『進化した猿たち 1』 新潮文庫 ISBN 4101098239、24-25p
- ^ 山本高司「歯磨剤における無機清掃基剤概論」(PDF)『Journal of the Society of Inorganic Materials, Japan』第9巻、無機マテリアル学会、2002年9月、333-340頁、ISSN 2185-4378、NAID 10009445095、2011年11月25日閲覧。
- ^ 【歯磨き粉】 - 歯の治療マニュアル .
- ^ プロクター・アンド・ギャンブル対コルゲート・パモリーブ (英語)
- ^ Wikipedia英語版の写真「さまざまな歯磨剤ブランド」を参照 (英語)
- ^ Wikipedia中国語版の「世界の歯磨剤一覧」を参照 (中国語)
関連項目
外部リンク
- 日本歯磨工業会(日本語版)
- Fluoride toothpaste history(英語版) - フッ素化合物配合の歯磨剤の歴史