亜酸化窒素
亜酸化窒素(あさんかちっそ、英:Nitrous oxide)または、一酸化二窒素(いっさんかにちっそ)は、窒素酸化物の一種である。吸入すると陶酔効果があることから笑気ガス(しょうきガス、英:laughing gas)とも呼ばれる。
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物質名 | |
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亜酸化窒素 | |
別名 笑気ガス | |
識別情報 | |
3D model (JSmol)
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ECHA InfoCard | 100.030.017 |
E番号 | E942 (その他) |
KEGG | |
CompTox Dashboard (EPA)
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性質 | |
N2O | |
モル質量 | 44.0128 |
外観 | 無色の気体 |
密度 | 1.977 g/L (gas) |
融点 | -90.86 ℃ (182.29 K) |
沸点 | -88.48 ℃ (184.67 K) |
60.82 mL /100 mL ( 24°C) | |
特記無き場合、データは標準状態 (25 °C [77 °F], 100 kPa) におけるものである。
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工業的には、燃料の発火促進に使われる。食材をムース状にする調理法のエスプーマに用いられる。医療的には笑気麻酔に用いられる。世界保健機関の必須医薬品の一覧に載せられている。
紫外線により分解されるなどして一酸化窒素を生成するため、亜酸化窒素の増加もオゾン層破壊につながる。
歴史
笑気は1772年、イギリス人の化学者ジョゼフ・プリーストリーが発見した。亜酸化窒素を吸入すると軽く酔ったような感じになることから、当時はパーティーなどを盛り上げるために使用していた。ところが1795年、こちらもイギリス人化学者のハンフリー・デービーが亜酸化窒素に麻酔効果があることを証明し、これから笑気麻酔としての用途が開けることになった。
特徴
硝酸アンモニウムを約250℃で注意深く融解させると、分解して一酸化二窒素が発生する。
常温常圧で、無色で反磁性の気体。香気と甘味がある。麻酔作用がある。形式的には次亜硝酸の無水物に相当するが、常温において一酸化二窒素は反応性の低い気体であり水と反応することはない[1][2]。またハロゲンとは反応しない。しかし高温では助燃性を発揮し、アルカリ金属および有機物などは一酸化二窒素中で燃焼する[2]。窒素原子の酸化数は形式的には+1であるが、亜酸化窒素の構造を考慮すると、末端の窒素に酸化数0を、中央の窒素に酸化数+2を割り振ることができる。
大気中にわずかに含まれ、濃度は約 310 ppb である。主な発生源としては、燃焼、窒素肥料の使用、化学工業(硝酸などの製造)や有機物の微生物分解などがあげられる。
肥料の使用や化学物質の製造過程で出る亜酸化窒素が、2009年時点でオゾン層を最も破壊する物質であることを、アメリカ海洋大気局の研究チームが突き止め、2009年8月28日付のアメリカの科学誌『サイエンス』で発表した。
二酸化炭素の約300倍(100年GWP(100年間で発揮する温室効果))の温室効果ガスであり、京都議定書でも排出規制がかけられた。
日本では安全衛生に関する規制はないが、アメリカでは長期間の職業的暴露により自然流産率が高くなるとの報告に基づき、通常の日8時間・週40時間労働の場合の環境濃度の上限が50 ppmに定められている。〔参考:1994-1995 Threshold limit values for chemical substances and physical agents and biological exposure indices. Cincinnati, OH: American Conference of Governmental Industrial Hygienists〕
工業的用途
- 内燃機関のブースト用として
- 熱分解されると大気よりも酸素分圧が高く、気化熱による吸気温度低下による、水メタノール噴射装置と同様の原理による効果もある。第二次世界大戦中に軍用機に使用され、近年はレースカー等一般にも普及している。詳細はナイトラス・オキサイド・システムの記事を参照。
- 化学ロケットエンジンの燃料・推進剤
- ヒドラジン系に変わる物質としてエタノールとの組み合わせが検討されている。自己着火(発火)性がないため点火装置が必要になるなど構造が複雑になるが、毒性が低いため安全性が高く扱いやすいこと、融点が低く宇宙空間でも凍結しないことが利点とされている。アマチュアロケット愛好家向けのハイブリッドロケットエンジンの、酸化剤としても用いられる。
- さまざまな食材をムース状に加工するエスプーマ調理用のガスとして。
医療用途
手術の際の全身麻酔に用いる。歯科治療時の鎮静用として酸素とともに吸入を行う。これにより麻酔注射やドリル研磨、抜歯などの恐怖心が緩和される。(詳しくは笑気麻酔の項を参照)
- 研究事例
2014年の治療抵抗性うつ病に対する二重盲検試験では、24時間後に40%の人が症状を半分以上軽減した[3]。ケタミンと同じく、NMDA受容体を阻害することで、抗うつ作用を発揮しているとみなされている[3]。
出典
- ^ 『化学大辞典』 共立出版、1993年
- ^ a b FA.コットン, G.ウィルキンソン著、中原勝儼訳 『コットン・ウィルキンソン無機化学』 培風館、1987年
- ^ a b Nagele, Peter; Duma, Andreas; Kopec, Michael; Gebara, Marie Anne; Parsoei, Alireza; Walker, Marie; Janski, Alvin; Panagopoulos, Vassilis N. et al. (2015). “Nitrous Oxide for Treatment-Resistant Major Depression: A Proof-of-Concept Trial”. Biological Psychiatry 78 (1): 10–18. doi:10.1016/j.biopsych.2014.11.016. PMID 25577164 .