飯舘村
飯舘村(いいたてむら)は、福島県浜通りの北西部に位置し、相馬郡に属する村。
| いいたてむら 飯舘村 | |
|---|---|
| 国 |
|
| 地方 | 東北地方 |
| 都道府県 | 福島県 |
| 郡 | 相馬郡 |
| 市町村コード | 07564-7 |
| 法人番号 | 3000020075647 |
| 面積 |
230.13km2 |
| 総人口 |
417人 [編集] (推計人口、2025年9月1日) |
| 人口密度 | 1.81人/km2 |
| 隣接自治体 |
伊達市、相馬市、南相馬市、 伊達郡川俣町、双葉郡浪江町 |
| 村の木 | あかまつ |
| 村の花 | やまゆり |
| 村の鳥 | うぐいす |
| 飯舘村役場 | |
| 村長 | 杉岡誠 |
| 所在地 |
〒960-1892 福島県相馬郡飯舘村伊丹沢字伊丹沢580番地1 北緯37度40分44.4秒 東経140度44分6.8秒 / 北緯37.679000度 東経140.735222度 |
| 外部リンク |
飯舘村災害情報サイト 飯舘村公式ホームページ |
| ウィキプロジェクト | |
概要
福島県の浜通り及び相双地域に区分されている。福島県中通りと浜通りを分かつ阿武隈高地東側の中腹に位置することから、同じ相双地域の南相馬市側にも阿武隈高地西側の福島市側にも経済的結びつきが見られる。
特に南相馬市とは密接な関係にある。広域行政を共にしていたり、南相馬市新設合併時には合併協議に参加していたりなどが挙げられる。
地理
太平洋側内陸部の阿武隈高地にある。標高は500m程度で浜通りの中でも高い位置に存在する。
気候
冬季の降水量は少なく、太平洋側気候に属する[1]。標高が高いため温暖な福島県浜通りの中でも平均的に涼しい気温が特徴である。
山岳
河川
- 真野川
- 新田川(支流として、飯樋川[いいといがわ、相馬弁:いいどいがわ]、比曽川)
- 真野ダム(ダム湖名:はやま湖。cf. 日本の多目的ダム一覧#福島県)
- 風兼ダム(ふがねダム。別名:野手上ダム。ダム湖名:野手上湖。cf. 日本の多目的ダム一覧#福島県)
- 岩部ダム(がんべダム)
隣接している自治体
飯舘村は新地町とともに相馬郡を形成するが、両者は相馬市によって地理的に隔てられている。
地域
飯舘は20地域に区分されている[3]。
- 八木沢・芦原行政区
- 大倉行政区
- 佐須行政区
- 二枚橋・須萱行政区
- 草野行政区
- 深谷行政区
- 伊丹沢行政区 【村役場所在地】
- 関沢行政区
- 小宮行政区
- 宮内行政区
- 飯樋町行政区
- 前田・八和木行政区
- 大久保・外内行政区
- 上飯樋行政区
- 比曽行政区
- 蕨平行政区
- 関根・松塚行政区
- 臼石行政区
- 前田行政区
- 長泥行政区
歴史
近世以前
近代以降
- 1937年(昭和12年):相馬郡原町(原町市本町[もとまち]の前身。現・南相馬市原町区本町。cf. [4])の事業として新田川水系野手上川流域にある???村風兼(現・飯舘村風兼)で風兼ダム(型式:アースダム。別名:野手上ダム。ダム湖名:野手上湖)が竣工。
- 1956年(昭和31年)9月30日:相馬郡で大舘村と飯曽村が合併し、飯舘村が成立。村名は旧村名から一字ずつ採って合成した連称地名である。
- 1962年(昭和37年):福島県の事業として、新田川水系飯樋川流域の飯舘村飯樋で、岩部ダム(型式:アースダム)が竣工。
- 1971年(昭和46年):福島県が真野川水系真野川流域にある飯舘村大倉字松ヶ平で真野ダム(型式:重力式コンクリートダム)に着工。
- 1991年(平成3年):真野ダム(ダム湖名:はやま湖)が竣工。
- 1998年(平成10年):町域にある花塚山・野手上山・虎捕山の3山が「うつくしま百名山」(福島テレビ主催)に選定される[2]。
現代(2000年代)
- 2004年(平成16年):周辺市町とともに参画していた市町村合併協議会から離脱(参加していた市町はのちに南相馬市を形成)し、自立の道を模索し始める[5]。
- 2006年(平成18年)1月1日:相馬郡内の1市2町が合併して南相馬市が成立し、これによって相馬郡の構成は新地町と飯舘村の1町1村となる。なお、新地町と飯舘村の間には相馬郡内1町7村を前身団体とする相馬市があるため、現・相馬郡の両者は地理的隔たりを持つに至った。
- 2010年(平成22年)9月27日:「日本で最も美しい村」連合に加盟[6]。
- 2011年(平成23年)1月1日:総人口6,152人、世帯数1,715戸[7]。
- 2011年(平成23年)3月11日:東日本大震災が発生(※節を改めて詳述する)。
東日本大震災
2011年(平成23年)3月11日14時46分18秒、マグニチュード9.0の東北地方太平洋沖地震が発生し、飯舘村は震度6弱(観測地点:伊丹沢地区)を記録した[8](cf. 東日本大震災)。 地震動そのものによる被害は他地域との比較の上で極めて軽微であったが、地震とそれに伴う津波によって引き起こされた福島第一原子力発電所事故(東京電力)の影響は深刻なものとなった。飯舘村はその全域が、放射線量が年間積算20ミリシーベルト[9]に達するおそれがあるとする「計画的避難区域」(1カ月以内を目安として住民全員の避難が指示される区域。より深刻な「警戒区域」の外側)に指定され、土壌からは放射性物質の検出が続いている[10]。
- 2011年
- 4月10日 - この時点で判明した人的被害は死者1人・行方不明者0人[10]。
- 4月11日 - 原子力事故の影響により、福島第一原子力発電所から20km圏外にある福島県内5市町村(飯舘村・浪江町・葛尾村の全域、および、川俣町と南相馬市の一部地域。対象は約3,000世帯・約10,000人)が、計画的避難区域に指定される[11]。
- 5月15日 - 政府指定の計画的避難区域で計画的避難が開始され、初日は飯舘村民および川俣町民の、乳幼児がいる18世帯・113人が区域外へ移動した(飯舘村民の移動先は福島市)。なお、計画的避難区域の全住民のうち、5,000人前後(飯舘村では対象となる約1,700世帯・約6,177人の3割ほど)はすでに自主的避難をしている[12][9]。
- 5月26日 - この時点で判明した人的被害は死者1人・行方不明者0人・重症者0人・軽症者1人、建物被害は無し[13]。
- 6月1日 - 飯舘村役場が福島市役所飯野支所(所在地:福島市飯野町字後川10-2)に職員を先行配置し、役場機能の全面的移転に向けての準備に入る[9]。
- 6月22日 - 全村民の約9割が避難を終えるなか、飯舘村役場の福島市への移転が完了し、福島市役所飯野支所で「飯舘村役場飯野出張所」が開所する[14][15][9]。福島市に移った飯舘村避難住民はこの時点で約4,000人に上る[9]。一方で、飯舘村には約200人が避難せずに残っていると見られ、8つの会社と特別養護老人ホーム1施設が事業の継続を認められている[9]。
- 6月22日 - 飯舘村長が計画的避難区域指定の再検討を政府に要請(放射線量の低下が見られる地域での指定の解除と、依然として線量の高い地域をピンポイントで指定し直す意味で「特定避難勧奨地点」[現時点では既存区域外が指定対象範囲となっている[16]]への移行を訴える)[9]。
- 2012年
- 6月15日 - 政府原子力災害対策本部が飯舘村内の計画的避難区域を見直し、年間積算放射線量を基準に避難指示解除準備区域・居住制限区域・帰還困難区域の設定を発表。地区毎の設定内容は以下の通り[17]。
- 避難指示解除準備区域(年間20ミリシーベルト以下) - 八木沢・芦原・大倉・佐須・二枚橋・須萱
- 居住制限区域(年間20ミリシーベルト超・50ミリシーベルト以下) - 上記各地区と長泥以外の全域
- 帰還困難区域(年間50ミリシーベルト超) - 長泥
- 7月17日 - この日の午前0時を以て避難指示解除準備区域・居住制限区域・帰還困難区域の運用を開始。
- 2017年
- 3月31日 - この日を以て帰還困難区域(長泥)を除いて避難指示を解除する予定。
行政区域の変遷(市町村制施行以後)
- ※前史については「相馬郡」を参照のこと。
行政
歴代村長
| 歴代 | 氏名 | 就任年月日 | 退任年月日 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 初代 | 高橋市平 | 1956年(昭和31年)9月30日 | 1968年(昭和43年) | |
| 末永進 | 1968年(昭和43年) | 1972年(昭和47年) | ||
| 山田健一 | 1972年(昭和47年) | 1987年(昭和62年) | ||
| 斉藤長見 | 1987年(昭和62年) | 1996年(平成8年) | ||
| 菅野典雄 | 1996年(平成8年) | 4期目在任中、東日本大震災が発生。 |
村議会
- 議員定数12人(任期は2013年9月29日)
役場・出張所
- 飯舘村役場飯野出張所
- 〒960-1301 福島県福島市飯野町字後川10番地2
- 〒960-1892 福島県相馬郡飯舘村伊丹沢字伊丹沢580番地1
- 住民課、除染推進課、復興対策課
警察・消防
- 南相馬警察署飯舘駐在所( 草野行政区)
- 〒960-1801 福島県相馬郡飯舘村草野字大師堂74番地1
- 〒960-1801 福島県相馬郡飯舘村草野字大師堂14番地
姉妹都市・友好都市
経済
産業
生産物
地域
人口
飯舘村(に相当する地域)の人口の推移
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| 総務省統計局 国勢調査より | ||||||||||||||||||||||||||||||||||
教育
- 高等学校
- 福島県立相馬農業高等学校飯舘校( 深谷行政区)
- 福島市の福島県立福島明成高等学校敷地内に移転(2014年11月現在)
- 中学校
- 福島市飯野町明治に移転(2014年11月現在)
- 小学校
村立小学3校は川俣町に移転(2014年11月現在)
- 幼稚園
村立幼稚園2施設は福島市飯野町大久保に移転(2014年11月現在)
施設
現在、村内の郵便局は二枚橋郵便局を除いて営業休止(2015年5月現在)
- 郵便局
交通
バス
- 福島交通
- 飯舘村コミュニティバス
道路
- 国道
- 福島県道
観光
この狼は山から遣わされた神使であり、山賊・橘墨虎の居所まで源頼義を案内し、討ち果たさせたという。
- 虎捕山 - その名の由来は、後冷泉天皇の頃、この山に根城を置く山賊・橘墨虎(たちばなのすみとら)を源頼義が捕らえ討ったことにあるとされる[20]。
- 山津見神社 - 永承6年(1051年)の創建。祭神はオオヤマツミ(大山津見神)。虎捕山の麓、佐須字虎捕に所在する。
- 村民の森 あいの沢 - 深谷字市沢に所在
- 大雷神社 - 飯樋地区の鎮守社で3年に1度、式年大祭が行われる。
著名人
その他ゆかりのある著名人
東日本大震災関連
- 避難者数(県内)
- 避難者数(県外)
- 避難指示解除準備区域(2014年11月現在)
- 居住制限区域(2014年11月現在)
- 帰還困難区域(2014年11月現在)
脚注
注釈
参照
- ^ a b c “観測史上1~10位の値(年間を通じての値)”. (公式ウェブサイト). 気象庁. 2011年6月23日閲覧。
- ^ a b “飯舘の山”. (公式ウェブサイト). 飯舘村. 2016年8月11日閲覧。
- ^ 行政区について
- ^ “原町市”. (公式ウェブサイト). 日本郵便. 2016年8月11日閲覧。
- ^ 自治労飯舘村職員労働組合. “福島県本部/自治労飯舘村職員労働組合:市町村合併問題への取り組みから自立へ”. (公式ウェブサイト). 北海道自治研集会. 2016年8月11日閲覧。
- ^ “連合の沿革”. (公式ウェブサイト). 日本で最も美しい村. 2016年8月11日閲覧。
- ^ 飯舘村(公式ウェブサイト)、2011年6月22日閲覧。
- ^ “震度データベース検索”. (公式ウェブサイト). 気象庁 (2011年3月11日). 2011年4月16日閲覧。
- ^ a b c d e f g “避難の段階的解除求める 福島・飯舘村長、福島市の新役場で”. 日経電子版 (日本経済新聞社). (2011年6月22日) 2011年6月23日閲覧。
- ^ a b “東日本大震災 図説集”. 毎日jp (毎日新聞社). (2011年4月10日). オリジナルの2012年7月10日時点におけるアーカイブ。 2011年4月17日閲覧。:被災状況全図。
- ^ “飯舘村など「計画避難区域」に指定”. (ウェブサイト) (テレビ朝日[報道ステーション]). (2011年4月11日). オリジナルの2012年9月18日時点におけるアーカイブ。 2016年8月11日閲覧。
- ^ “計画的避難始まる 初日は飯舘村、川俣町の113人”. asahi.com (朝日新聞社). (2011年5月15日). オリジナルの2011年9月8日時点におけるアーカイブ。 2016年8月11日閲覧。
- ^ “東日本大震災被害情報地図”. ALL311:東日本大震災協働情報プラットフォーム(公式ウェブサイト). 防災科学技術研究所 (2011年5月26日). 2011年6月23日閲覧。
- ^ “飯舘村、役場移転ほぼ終える 早く戻れるようにと村長”. (ウェブサイト) (47NEWS). (2011年6月21日). オリジナルの2013年8月13日時点におけるアーカイブ。 2016年8月11日閲覧。
- ^ “飯舘村が22日、福島に村役場移転”. (ウェブサイト) (福島民報社). (2011年6月22日). オリジナルの2011年6月23日時点におけるアーカイブ。 2011年6月23日閲覧。
- ^ “特定避難勧奨地点決め住民支援 指定区域外で高線量地点”. asahi.com (朝日新聞社). (2011年6月16日). オリジナルの2011年6月19日時点におけるアーカイブ。 2016年8月11日閲覧。
- ^ 飯舘村における計画的避難区域の見直しについて 公示 (PDF) - 2012年(平成24年)6月15日、経済産業省
- ^ 同日、総理府告示第517号「村の廃置分合」
- ^ a b 飯舘村 - 日本で最も美しい村
- ^ “虎捕山(標高705m)”. made in そうま(公式ウェブサイト). 相馬広域連携協議会. 2008年8月28日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年8月11日閲覧。
- ^ “岩部ダム”. made in そうま(公式ウェブサイト). 相馬広域連携協議会. 2008年8月21日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年8月11日閲覧。
参考文献
関連項目
外部リンク
- 飯舘村災害情報サイト - 東日本大震災以後の公式情報サイト
- 飯舘村ホームページ - 東日本大震災以前の公式情報サイト
- 飯館村観光サイト
- 飯館村商工会
- 飯舘村 日本で最も美しい村 - 「日本で最も美しい村」連合