スカジ (北欧神話)
スカジ(古ノルド語: Skaði / Skadhi)またはスカディ(Scatha)[1]は、北欧神話に登場する女の巨人である。


概要
巨人スィアチの娘で、アルヴァルディの孫。ニョルズの妻。ある伝承では、フレイの母といわれている[注釈 1]。
スカディ(skadi)はドイツ語などによる名称で、古ノルド語やアイスランド語ではスカジ(Skaði)という。その名前は「傷つくる者」[2]、「損害、危害、死」[3]を意味する。また、ゴート語の「skadus」(「影」の意)、古英語の「sceadu」(「影、暗闇」の意)に関連する名前だという[4]。また、スカンディナヴィアの語源ともいう[注釈 2]。
巨人とされるが、本来は山の女神と考えられる。北欧各地に、スカジ(Skaði)にちなんだ「Skædhvi」といった地名が多く残っている[5]。弓矢を得意とする狩猟の女神ともされ、山で暮らしている。「スキーの女神」を意味する「オンドゥル・ディース」[6]または「アンドルディース」[7](古ノルド語: Öndurdís)とも呼ばれる。さらに『古エッダ』の『グリームニルの言葉』第11節では「神々の麗しい花嫁」と称される[8]。
神話
『詩語法』
『スノッリのエッダ』第二部『詩語法』では次のような話が紹介されている。ロキを追ってアースガルズに侵入してしまった父スィアチが神々に殺されると、スカジは仇を討つべくアースガルズに乗り込んだ。アース神族は彼女に和解をもちかけ、アース神族との結婚を勧めた。スカジは神々の中で一番の美男子バルドルを選びたかったが、神々が出した条件によって布を被った男神たちの足だけを見て判断せねばならなくなり、結果、当てがはずれニョルズと結婚させられるはめとなった。
スカジは和解の条件として「自らを笑わせてみよ」とも求めていた。スカジを笑わせるために、ロキが自身の陰嚢と牝山羊の髭とを紐でつないで綱引きをするという余興を行うことで怒りをなだめた。
さらに、オーディンはスィアチの両眼を天へ投げ上げ、2つの星にし、彼女はこれを喜んだ[9][注釈 3]。
その後、スカジとニョルズは同居し始めたが、本来彼女は山の守り神としての色が濃く、海の守り神として崇められるニョルズとの結婚がうまくいくはずもなかった。 当初はそれぞれの統治する山と海辺とを交互に往復していたが、彼女にとって海辺の家はカモメの鳴き声が不快でならず、またニョルズにとっても夜に聞こえる狼の遠吠えは苦痛であった。そのため、自然と両者は別れ、スカジは山にある父の遺した館スリュムヘイムで暮らすようになったという[9]。
H.R.エリス・デイヴィッドソンはこの物語に隠された過去の祭礼を見いだしている。すなわち、9日間の祭礼の間に「聖なる結婚」が行なわれ、片方の神が片方の神の奉られた場所へ運ばれたという祭祀が反映しているという解釈である[10]。 また、スカジとニョルズの結婚は、サクソ・グラマティクスが述べるハディングスとレグニルダの結婚とよく似ているため、古くからその類似が論じられている[11][注釈 4]。
『女神』
『女神』[1]では、次のように紹介されている。尚、書籍の構成上、ケルト神話の伝承が混在している可能性が有る事を注記しておく。[13]
彼女はケルトと北欧の両方の神話に登場する女神である。彼女はケルト系のチュートン族の女神であり、「生命を生み出し、死骸を飲み込む」大地を示す神であった。 やがて冥界の女王と見なされ、ヘルと同一視されるようにもなった。「ゲッターデメルンク(神々が影に入る)」=最後の審判の日には、全ての神々が、彼女の生み出した影に飲まれていくともされた。 このように、北欧神話に属する神ではあるものの、ラグナロクとは大きく異なる伝承も持つ。 また、女神フレイヤと双子だったという説、運命の女神スクルドの名はスカディが由来だという説、も存在する。[1]
「スカンジナビア」という地名は彼女に由来するものだと言われている。スカンジナビアはかつて「スカディン・アウヤ」つまり「スカディの国」と呼ばれていた。スコットランドも同様に、この女神と関わりの深い地名である。 また、スウェーデンの人々は特にスカディを信仰していたらしく、現代でも「スカディの神殿」「スカディの森」という意味の地名が残っている。この地名を口にする事は、女神に呼びかける事でもあるとされていた。[1]
その他の神話
『古エッダ』の『ロキの口論』によるとスカジはロキとも関係を持った事を暴露されている[14]が、そのロキが縛られたとき、スカジはロキの顔に蛇の毒がしたたるようにする[15]。
別の伝承では、スカジはニョルズと別れた後一人で暮らしていたが、自分と同じように弓とスキーを得意とするウルと出会い、スリュムヘイムで一緒に暮らしたという[16]。
『ユングリング家のサガ』第8章では、スカジはニョルズと結婚したが理由は不明ながらやはり別れている。その後オーディンと結婚し、セーミングをはじめ多くの息子をもうけたという[17]。 これに関連して、10世紀のノルウェーの〈剽窃詩人〉エイヴィンド(エイヴィンド・フィンソン。en)は、その詩『ハーレイギャタル』において、彼が仕えていたハーコン大公をセーミングの子孫だと謡っている[18]。スカジとオーディンは、神々の世界であるゴズヘイマル(Goðheimar)[18]またはゴズヘイム(大スヴィーショーズ)[19]ではなくマンヘイマル(Mannheimar)[18]またはマナヘイム(スヴィーショーズ)[19]でセーミングをもうけたが、彼がハーコン大公の父方の祖先であるという[19][18]。また、セーミングの子孫とハーコン大公の祖先はノルウェー北部のハーロガランドの人々に属している(詩人エイヴィンドもハーロガランド出身)[18]。スカジの出身地であるヨトゥンヘイム(Jötunheimr)の名は神話の地名であると同時にラップランドの一部(ハーロガランドの北のフィンマルク)も意味していたと考えられ[20]、そしてスカジがスキーと弓での狩りを得意とすることはラップ人と共通するところであり[21]、研究者ヘルマン・パウルソンはスカジとハーコン大公の祖先に関連がみられても「驚くにはあたらない」と指摘している[18]。
『ユングリング家のサガ』第8章には、スカジに関して前述の〈剽窃詩人〉エイヴィンドが作った詩が紹介されており、そこでスカジは「鉄の森に住む者」、「雪靴の女神」というケニングで呼ばれている[17]。
脚注
注釈
- ^ 『エッダ 古代北欧歌謡集』67頁での説明による。ただし、『エッダ/グレティルのサガ』(松谷健二訳、筑摩書房、)32頁の説明では、ニョルズの妻ではあるがフレイの母ではないとされている。
- ^ レジス・ボワイエ『ヴァイキングの暮らしと文化』227頁。および同個所の注39(321頁)。高平鳴海他『女神』(新紀元社、1998年)90-91頁。 ただし、北欧の百科事典の説明するところでは、大プリニウスが1世紀に『博物誌』に記したラテン語の「スカディナヴィア」の由来である、スカンディナヴィア半島南端の地名「スコーネ」(Skaane)が、「スカンディア」(Scandia)となったという(百瀬宏・熊野聰・村井誠人『北欧史』山川出版社、1998年、3-4頁)。
- ^ この経緯が、ドナルド・A・マッケンジー『北欧のロマン ゲルマン神話』(東浦義雄、竹村恵都子訳、大修館書店、1997年)105-106頁では前後している。アースガルズに乗り込んだスカジは神々からの和睦の申し出を蹴り、まず「私を笑わせてみよ」と言う。そこでロキが自分の陰嚢と牝山羊の髭とを紐で繋いだ綱引きをし、スカジは笑って怒りを解いた。次にオーディンがスィアチの眼球で星を作り、それからアース神族との結婚をもちかけている。
- ^ 『デンマーク人の事績』の「第一の書」は次のようなエピソードを語っている。王女レグニルダが巨人と婚約したことを嫌ったハディングス(ハディング)は、この巨人と戦って斃したものの負傷した。レグニルダは恩人の彼を看病した際、彼の脚の傷口に指輪を隠した。後にレグニルダは、父王が宴会に呼んだ若者達の中から夫を選ぶことになった。レグニルダは彼らの脚に触れていき、指輪を目印にハディングスを探し当てて彼を夫に選んだという。[12]
出典
- ^ a b c d 『女神』(高平鳴海&女神探究会著、新紀元社) ISBN 4-88317-311-9 P90-91
- ^ 『エッダ 古代北欧歌謡集』58頁。
- ^ 『生と死の北欧神話』176頁。
- ^ 『生と死の北欧神話』146頁。
- ^ 『生と死の北欧神話』158頁。
- ^ 『生と死の北欧神話』145-146頁。
- ^ 『エッダ 古代北欧歌謡集』245頁。
- ^ 『エッダ 古代北欧歌謡集』53頁。
- ^ a b 『「詩語法」訳注』3頁、『エッダ 古代北欧歌謡集』58頁。
- ^ 『北欧神話』(デイヴィッドソン)171頁。
- ^ 『デュメジル・コレクション 4』48頁。
- ^ 『デンマーク人の事績』(サクソ・グラマティクス著、谷口幸男訳、東海大学出版会、1993年、ISBN 978-4-486-01224-5)40-41頁(第一の書)。
- ^ この部分の出典の書籍では、「北欧・ケルトの女神」という章題になっている。この女神の場合、双方の神話を出自として説明されており、どちらを出自とするエピソードなのか、識別する事が出来ない為。
- ^ 『エッダ 古代北欧歌謡集』85頁。
- ^ 『エッダ 古代北欧歌謡集』87頁、274頁。
- ^ 松村武雄編著 『世界神話伝説大系 30 北欧の神話伝説(II)』 名著普及会、1980年改訂版、8-12頁。ただし原典の説明はなし。
- ^ a b 『ヘイムスクリングラ(一)』48頁。
- ^ a b c d e f 『オージンのいる風景』227-228頁。
- ^ a b c 『ヘイムスクリングラ(一)』49頁。
- ^ 『オージンのいる風景』177頁。
- ^ 『オージンのいる風景』187頁。
関連項目
参考文献
- スノッリ・ストゥルルソン『ヘイムスクリングラ - 北欧王朝史 -(一)』谷口幸男訳、プレスポート・北欧文化通信社、2008年、ISBN 978-4-938409-02-9。
- 谷口幸男「スノリ『エッダ』「詩語法」訳注」『広島大学文学部紀要』第43巻No.特輯号3、1983年。
- H.R.エリス・デイヴィッドソン『北欧神話』米原まり子、一井知子訳、青土社、1992年、ISBN 978-4-7917-5191-4。
- V.G.ネッケル他編 『エッダ 古代北欧歌謡集』谷口幸男訳、新潮社、1973年、ISBN 978-4-10-313701-6。
- ヘルマン・パウルソン『オージンのいる風景 オージン教とエッダ』大塚光子、西田郁子、水野知昭、菅原邦城訳、東海大学出版会、1995年、ISBN 978-4-486-01318-1。
- 水野知昭『生と死の北欧神話』松柏社、2002年、ISBN 978-4-7754-0013-5。
- 『女神』(高平鳴海&女神探究会著、新紀元社) ISBN 4-88317-311-9