伊藤卯四郎

日本の政治家 (1894-1974)

これはこのページの過去の版です。海松食 (会話 | 投稿記録) による 2022年2月10日 (木) 08:19個人設定で未設定ならUTC)時点の版 (カテゴリ追加)であり、現在の版とは大きく異なる場合があります。

伊藤 卯四郎(いとう うしろう、男性、1894年8月19日 - 1974年5月1日)は、大正昭和時代の労働運動家政治家長崎県生まれ。衆議院鉱工業委員長、民社党中央執行副委員長を歴任。従三位勲一等瑞宝章

経歴

 
福岡県北九州市にある顕彰碑

戦前は日本労働総同盟系の労働運動に関わりつつも福岡県議八幡市議に当選、戦後の1946年に当時の福岡2区から衆院選に日本社会党から出馬し初当選。炭鉱国管疑獄では、1948年(昭和23年)衆議院不当財産取引調査委員会に証人喚問されている[1]。以後当選9回。

1960年1月社会党から右派グループが離党して結成した民主社会党(のちの民社党)に参加。1962年西尾末廣委員長の下で、1970年春日一幸委員長の下で党中央執行副委員長を歴任。1974年に逝去した。

脚注

  1. ^ 『戦後政治裁判史録 1』336-337頁。

参考文献

  • 田中二郎、佐藤功、野村二郎編『戦後政治裁判史録 1』第一法規出版、1980年。
  • 新訂 政治家人名事典 明治~昭和』(2003年、編集・発行 - 日外アソシエーツ、58頁)
議会
先代
新設
  衆議院鉱工業委員長
1947年 - 1948年
次代
廃止