クリシェフランス語: cliché、発音: [kli'ʃe])は、乱用の結果、意図された力・目新しさが失われた句(常套句決まり文句)・表現概念を指す。

さらにはシチュエーション・筋書きの技法・テーマ・ステレオタイプな性格描写において、陳腐でありふれた修辞技法の対象(要約すれば、記号論の「サイン」)にも適用される。

否定的な文脈で使われることが多い[1]

語源

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クリシェ(cliché)はフランス語であり、「カチッという音」clicher の過去受動態である。1825年から印刷業界で使用されており、鉛版印刷の母型を作成するさいの活字あるいはそれを組んだ活字版を指す業界用語(専門用語)であった。クリシェから紙粘土や石膏で型を取り、そこに鉛を流し込んで作られる平鉛版あるいは輪転印刷機用の丸鉛版がステロ版(ステレオタイプ)である。表現技法への転用はここからの比喩である。

識別

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クリシェはその語源から想定されるように、ある状況や場面を表現するさいの目新しさ、使用される頻度に着目した語であり、表現そのものの素晴らしさやつまらなさとは関係がない。例えば秋の清流に流れる紅葉を見て「からくれないに水くくるとは」と嘆声することは日本人なら概ね誰でも知るありきたりな表現であるが、在原業平の同歌の価値を評論するものではない。また子供、あるいは海外の人にとっては初めて聞く特別な表現と響く可能性があり、ある表現がクリシェかどうかは、使う人・使われる文脈・判断を下す人に大きく依存している。

クリシェの意味は時代によって変化し、混乱するか使われなくなることも多い。

ある技法がクリシェを使っていると識別されるとき、それは作者が独創的な着想に尽きて、想像力に欠けるものに助けを求めたと解釈されることが多い。その理由は、それが創造的な技法の中ではほとんど常にネガティヴな要素だからである。ただし、喜劇では例外で、クリシェであることでシチュエーションがユーモアを得る。

音楽における用法

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音楽理論一般において、特定の和声すなわち和音の連続において、それらの構成音のうち一つの音程を半音ずつ変化させていく図式をクリシェという。音楽理論におけるクリシェは、単にコード進行の図式のことであり、それ自体に否定的意味も肯定的な意味も持ち得ず、単にコード進行を説明する場合などに分析的に用いられる。 クリシェの具体的な例としては、ハ長調(KeyがC Majorの場合)において、C→CMajor7→C7と言うコード進行はクリシェである。このクリシェでは、トニックトライアド(C)の構成音のうちルート音が半音ずつ下降していくことによりC7に至り、一般的には、サブドミナント(F)へ接続する場合などに音楽理論の文脈においては効果的に作用すると説明される。またこの例は、アンサンブルにおいて最も低い音価すなわちベースノートのみ半音ずつ下がる場合にもクリシェとして成立し、その場合には、ベース・クリシェ(Base Cliche)と呼ばれる。代表的な例としては、ビートルズの「ミッシェル」のイントロダクションや「サムシング」のAメロ冒頭が挙げられる[2]

脚注

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  1. ^ [2020年度版 使える英語のクリシェ (決まり文句)表現22選+ クリシェ使用前に知っておきたい4つのこと]”. Touch-Base (タッチベース). 2021年10月9日閲覧。
  2. ^ 秋谷えりこ『改訂版 ポピュラー音楽に役立つ知識』シンコーミュージック・エンタテイメント、東京都千代田区、2008年、92頁。ISBN 978-4-401-61721-0 

関連項目

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