坂口志文

日本の免疫学者、医師 (1951-)

坂口 志文(さかぐち しもん、1951年1月19日 - )は、日本免疫学者、医師大阪大学栄誉教授・免疫学フロンティア研究センター特任教授、京都大学名誉教授。ベンチャー企業レグセルの創業者。

坂口 志文
文化功労者顕彰に際して
公表された肖像写真
生誕 (1951-01-19) 1951年1月19日(74歳)
日本の旗 滋賀県東浅井郡大郷村
(現・長浜市曽根町[1]
居住 日本の旗 日本
国籍 日本の旗 日本
研究分野 免疫学
研究機関 スクリプス研究所
新技術事業団
京都大学
大阪大学
出身校 京都大学医学部卒業
京都大学大学院医学研究科中途退学
主な業績 自己免疫反応を制御する
制御性T細胞の存在を証明
免疫関連疾患における
制御性T細胞の役割の解明
影響を
受けた人物
石坂公成
多田富雄
主な受賞歴 #受賞歴参照
プロジェクト:人物伝
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ノーベル賞受賞者 

受賞年: 2025年
受賞部門: ノーベル生理学・医学賞
受賞理由:末梢性免疫寛容に関する発見』
2015年10月29日オンタリオ州トロント市にて

過剰な免疫反応を抑える制御性T細胞の発見と免疫疾患における意義を解明したことで知られ、2025年に「末梢性免疫寛容に関する発見」により、メアリー・E・ブランコウフレッド・ラムズデルとともにノーベル生理学・医学賞を受賞した[2]。滋賀県出身者、また大阪大学在籍中の者では初のノーベル賞受賞となる。

略歴

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滋賀県長浜市曽根町[3](旧・東浅井郡びわ町[4]曽根)出身。

志文の名は、京都帝国大学文学部哲学科出身で西洋哲学に造詣の深かった父が聖書から引用して命名した[5]。両親、兄は元高校教員。母は江戸時代から続く医者の家系[6]

びわ南小学校[7]びわ中学校[1]、父[8]が校長を務めていた滋賀県立長浜北高等学校を経て[9]1976年京都大学医学部医学科を卒業、医師免許を取得。

1977年、同大学院医学研究科を中退して愛知県がんセンター研究所実験病理部門研究生となる[10]1983年に京都大学より医学博士の学位を取得。学位論文の題は「胸腺摘出によるマウス自己免疫性卵巣炎の細胞免疫学的研究 (Study on cellular events in postthymectomy autoimmune oophoritis in mice)」[11]1983年ジョンズ・ホプキンス大学客員研究員、1987年スタンフォード大学客員研究員、1989年スクリプ研究所免疫学部助教授、1991年カリフォルニア大学サンディエゴ校客員助教授などを経て、1995年東京都老人総合研究所免疫病理部門部門長。1999年京都大学再生医科学研究所生体機能調節学分野教授。2007年同大学再生医科学研究所・所長。2010年国立大学附置研究所・センター長会議会長。同年から大阪大学に移り、免疫学フロンティア研究センター教授。2012年米国科学アカデミー外国人会員。2013年大阪大学特別教授。2016年同名誉教授(同年以降も免疫学フロンティア研究センター特任教授として勤務)、京都大学名誉教授。2017年大阪大学栄誉教授。

2016年に、長年研究してきた制御性T細胞を治療に活用する新たなコンセプトを実現するためにベンチャー企業レグセル (RegCell) 社を設立[12][13]。創業者として、大学発ベンチャーの先頭に立つ[14]。制御性T細胞を用いたがん治療の観点から、がん撲滅サミットにも積極的に参加し情報を発信しており、ヒポクラテスプロジェクトにも協力している[15]

ベンチャー企業レグセル(RegCell)との関係

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レグセル創立と戦略的発展

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2016年1月、坂口、松田直人、および河本宏によって、制御性T細胞を利用した疾患治療を目的とするバイオテクノロジー企業レグセル(RegCell)が設立された[16]。設立当時、坂口は大阪大学栄誉教授及び京都大学名誉教授であり、レグセル社最高技術責任者となった。松田は富士フイルムでの勤務経験を持ち、再生医療イノベーションに魅力を感じiPSポータル社へ転職後、企業での化学系開発部門を経て、坂口の妻である坂口教子とともにレグセルの共同代表取締役となった[16][17]。河本は京都大学ウイルス・再生医科学研究所教授であり、レグセルでは科学アドバイザーを務めていた。レグセルの社名は「制御性T細胞(Regulatory T cell)」に由来しており、設立の経緯として、坂口がベンチャー設立の相談を持ちかけたのがiPSポータル社であり、会社の設立からレグセルの取り組みが始まった[16]

2017年5月、レグセルは科学技術振興機構(JST)の出資型新事業創出支援プログラム「SUCCESS」の支援を受けることとなる。同時に、富士フイルムなどからも6億2千万円の資金調達をする[18]

組織変革と東京大学エッジキャピタルパートナーズとの結びつきの深化

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2019年に共同創業者の河本が退社後、坂口と教子はレグセルのリーダーシップを継続。この間、東京大学エッジキャピタルパートナーズ大阪大学ベンチャーキャピタルから2022年に約5億5千万円の資金調達をする[19]

2023年、東京大学エッジキャピタルパートナーズのベンチャーパートナーであるマイケル・マッキュラー(Michael McCullar)[20]がレグセルCEOに就任した[21]。同年12月には、東京大学エッジキャピタルパートナーズから2億円、大阪大学ベンチャーキャピタルから1億円の資金調達をする[22][23]

2024年には京都大学イノベーションキャピタルから1億5千万円の資金を調達した[24]。また、AMEDの創薬ベンチャーキャピタル事業が東京大学エッジキャピタルパートナーズがレグセルに提供する投資額の2倍の資金を補助する形で支援を決定した[25][26]。このように、マッキュラーが東京大学エッジキャピタルパートナーズとレグセルに二重に関係して橋渡しすることで両社の関係が深化した。

2024年10月時点での役員は次のとおり[13]

  • 代表取締役社長CEO マイケル・マッキュラー(Michael McCullar)
  • 取締役副社長・共同創業者 坂口教子
  • 科学諮問委員 科学技術アドバイザー 坂口志文(創業者)
  • 取締役 石川大介、成宮周(京都大学教授)、宇佐美篤(東京大学エッジキャピタルパートナーズ)、スティーブン・カナー(Steve Kanner, Caribou Biosciences, Chief Scientific Officer)
  • 監査役 玉置菜々子、塩原梓(東京大学エッジキャピタルパートナーズ)
  • 顧問:稲葉カヨ(元京都大学副学長、現AMED理事)、山本一彦(元東京大学内科教授、現理化学研究所センター長)、窪田実(元第一製薬、富士フイルム)、毛利善一(元JCRファーマ、日本再生医療学会アドバイザー)、祝迫惠子(同志社大学教授)、田中淳(大阪大学准教授)

バーミンガム大学との関係の深化

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2019年7月10日、坂口はバーミンガム大学から名誉学位を授与され[27][28]、これを機にバーミンガム大学との関連を強化した。2022年、大阪大学免疫学フロンティア研究センター(IFREC)の竹田潔教授らのチームは、科学研究費助成事業(科研費)大型研究グラント国際共同研究加速基金(国際先導研究、合計6.9億円[29])を取得します。この大阪大学研究グループの一員として、坂口はバーミンガム大学のYe Htun Oo教授を研究パートナーに選定した[30]。これにより研究者の交流を通じて大阪大学・バーミンガム大学間の学術研究としての連携を一層強化することになった[31]

一方で、2023年、レグセルは、Ye Htun Ooの研究プロジェクトに研究グラントを供与する形でバーミンガム大学に資金支援を行った[32]。このように坂口がバーミンガム大学から名誉学位を授与された後、同大学との研究連携を進める過程で、日本の公的資金に支えられたレグセルの資金を英国に移動することは、学術的関係と私的企業の活動の境界が不明瞭になる懸念を引き起こしている。

AMED「創薬ベンチャーエコシステム強化事業」の補助金による米国進出

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2024年9月、レグセルおよび東京大学エッジキャピタルパートナーズは、日本医療研究開発機構(AMED)が実施する「創薬ベンチャーエコシステム強化事業」の補助対象として選定された。この事業は、3500億円の巨額の公的資金を使用して、国が認定したベンチャーキャピタルを通じて創薬ベンチャー企業に補助金を提供するものである。補助金は、ベンチャーキャピタルからの投資額の最大2倍までとされ、米国を含む国際投資へのアクセスも可能な枠組みが提供される。

2025年3月、レグセルは米国カリフォルニア州サンフランシスコに本社を移転したとプレスリリースで発表した[33][34]。ただし、2025年3月下旬の時点でカリフォルニア州州務長官の企業登録において、レグセルは失効した商号予約の記録があるものの、その他のアクティブな登録は確認できない。

レグセルは日本のベンチャーキャピタルから850万米ドル(約12億7千万円)の資金を調達し、AMEDからの補助金として約3730万米ドル(約56億円)を受け取った[34]

米国の製薬ニュースサイト「thepharmaletter」によると、この12億7千万円の投資には東京大学エッジキャピタルパートナーズ、ファストトラックイニシアティブ(創業者・代表取締役 木村廣道)、セラドンパートナーズ(Celadon Partners, 香港[35])、三菱UFJキャピタル、大阪大学ベンチャーキャピタル京都大学イノベーションキャピタルが参加していた[36]

2025年3月下旬時点でのレグセル社の新経営陣は以下の通り。代表取締役社長兼CEOとしてマイケル・マッキュラー(Michael McCullar)が留任。その他の主要役員には、最高財務責任者(CFO)ジェームズ・アラース(James Ahlers)、最高技術責任者(CTO)マーティン・グライアディン(Marty Giedlin)、最高技術実施責任者(CTIO)トニー・ハーレイ(Tony Hurley)が就任した。

取締役会は、代表取締役社長兼CEOであるマイケル・マッキュラー(Michael McCullar)とスティーブ・カナー(Steve Kanner)を含む6人で構成されている。その他の取締役として、坂口、成宮、および東京大学エッジキャピタルパートナーズの宇佐美篤が留任しており、ファストトラックイニシアティブのKoji Yasudaが新たに役員に加わった。

受賞歴

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栄典

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著書

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参考資料

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脚注

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  1. ^ a b 広報ながはま 2021.1”. 2025年10月6日閲覧。
  2. ^ a b ノーベル生理学・医学賞に坂口志文氏ら 制御性T細胞を発見”. 毎日新聞 (2025年10月6日). 2025年10月6日閲覧。
  3. ^ 長浜市出身 坂口志文さんがノーベル賞受賞!”. 長浜市 (2025年10月5日). 2025年10月7日閲覧。
  4. ^ ノーベル生理学・医学賞の坂口志文さんはこんな人 滋賀の県立高校から京都大学へ 米国でひたむきに探究|京都新聞デジタル 京都・滋賀のニュースサイト”. 京都新聞デジタル (2025年10月6日). 2025年10月6日閲覧。
  5. ^ ノーベル賞受賞が決まった坂口志文氏 人一倍の苦労も、科学の世界は「うそが消え本当のことは残る、いい世界」:東京新聞デジタル”. 東京新聞デジタル. 2025年10月6日閲覧。
  6. ^ 『ゆらぐ自己と非自己―制御性T細胞の発見』坂口 志文”. サイエンティスト・ライブラリー | JT生命誌研究館. 2025年10月6日閲覧。
  7. ^ びわ南小学校創立150周年記念式典②「坂口志文先生の記念講演」”. 長浜市立びわ南小学校. 2025年10月6日閲覧。
  8. ^ 「家族の執念でとれた」ノーベル賞に坂口さんの兄も歓喜 滋賀も沸く:朝日新聞”. 朝日新聞 (2025年10月6日). 2025年10月6日閲覧。
  9. ^ 『ゆらぐ自己と非自己―制御性T細胞の発見』坂口 志文”. サイエンティスト・ライブラリー | JT生命誌研究館. 2025年10月6日閲覧。
  10. ^ つなごう医療 〈この人〉 坂口志文さん(64) 中日新聞 2015年3月26日 Archived 2017-10-26 at the Wayback Machine.
  11. ^ CiNii Research”. 2025年10月6日閲覧。
  12. ^ author (2019年12月11日). “再生医療ベンチャー#45 レグセル | 再生医療.net”. saiseiiryo.net. 2024年10月9日閲覧。
  13. ^ a b About|レグセル株式会社|制御性T細胞による新たな免疫系制御技術”. web.archive.org (2024年10月9日). 2025年2月26日閲覧。
  14. ^ IP BASE (2024-04-25), 大学発スタートアップにスタートアップのあれこれ聞いてみた! ~レグセル株式会社【IPAS2020支援先】~, https://www.youtube.com/watch?v=3J-fqcIlTPI 2024年10月9日閲覧。 
  15. ^ 世界がん撲滅サミット2024 in OSAKA”. 世界がん撲滅サミット2024 in OSAKA. 2024年10月9日閲覧。
  16. ^ a b c JST news - JST発ベンチャーの成長を支えるSUCCESS”. JST. 2025年3月1日閲覧。
  17. ^ 京都府. “レグセル株式会社(京都企業紹介)Regceil Co., Ltd.”. 京都府. 2025年3月1日閲覧。
  18. ^ Innovation, Beyond Health|ビヨンドヘルス 健康・医療 Disruptive (2019年8月2日). ““ノーベル賞級の発見”で新産業創出を”. Beyond Health|ビヨンドヘルス 健康・医療 Disruptive Innovation. 2025年3月1日閲覧。
  19. ^ 第三者割当増資を行いました|新着情報|レグセル株式会社|制御性T細胞による新たな免疫系制御技術”. web.archive.org (2023年6月7日). 2025年3月1日閲覧。
  20. ^ Michael McCullar Email & Phone Number | UTEC - The University of Tokyo Edge Capital Partners Venture Partner Contact Information” (英語). RocketReach. 2025年3月1日閲覧。
  21. ^ Appointment of New President, Chief Executive Officer, and Representative Director|News|RegCell Co., Ltd.|制御性T細胞による新たな免疫系制御技術” (英語). RegCell Co., Ltd.|制御性T細胞による新たな免疫系制御技術 (2023年10月19日). 2025年3月1日閲覧。
  22. ^ 官民ファンドの運営に係るガイドラインによる検証報告(第 16 回)資料2”. 内閣官房. 2025年3月9日閲覧。
  23. ^ 大阪大学ベンチャーキャピタル|投資実績”. www.ouvc.co.jp. 2025年3月9日閲覧。
  24. ^ レグセル株式会社への新規投資について”. 京都大学イノベーションキャピタル株式会社 (2024年9月2日). 2025年3月9日閲覧。
  25. ^ 令和6年度 「創薬ベンチャーエコシステム強化事業(創薬ベンチャー公募)」(第5回)の採択課題について”. 国立研究開発法人日本医療研究開発機構. 2025年3月1日閲覧。
  26. ^ 経済産業省 生物化学産業課の取組”. 経済産業省. 2025年2月14日時点のオリジナルよりアーカイブ。2025年3月1日閲覧。
  27. ^ a b University awards 2019 honorary degrees” (英語). University of Birmingham. 2024年11月22日閲覧。
  28. ^ 【魚拓】David Wraith 💙 on X: "Shimon Sakaguchi, with Noriko Sakaguchi, receiving honorary Doctor of Medicine from University of Birmingham in honour of his discovery of Treg cells. Further celebration tomorrow at BSI Treg conference "Discovery to clinical applications of regulatory T cells...." https://t.co/Wgv3M5DroQ" / X”. ウェブ魚拓. 2025年3月19日閲覧。
  29. ^ 組織免疫寛容・恒常性導入による自己免疫・炎症性疾患治療法開発”. KAKEN. 2025年3月1日閲覧。
  30. ^ 国際先導研究 | 大阪大学免疫学フロンティアセンター ”. www.ifrec.osaka-u.ac.jp. 2025年3月1日閲覧。
  31. ^ KAKEN — 研究課題をさがす | 2023 年度 実施状況報告書 (KAKENHI-PROJECT-22K21354)”. kaken.nii.ac.jp. 2025年3月1日閲覧。
  32. ^ Pre-clinical development of “S/F-iTregs” with RegCell” (英語). University of Birmingham. 2025年3月1日閲覧。
  33. ^ mahnie (2025年3月18日). “Japanese-Founded Regulatory T-cell Reprogramming Company RegCell Secures $45.8M in Funding and Completes U.S. Headquarters Transition” (英語). RegCell. 2025年3月23日閲覧。
  34. ^ a b 株式会社ファストトラックイニシアティブ (2025年3月19日). “免疫系制御技術で自己免疫疾患やがんの新たなモダリティ開発に取り組むレグセル株式会社に新規投資しました | FTI | 株式会社ファストトラックイニシアティブ”. www.fti-jp.com. 2025年3月23日閲覧。
  35. ^ Celadon Partners investment portfolio | PitchBook” (英語). pitchbook.com. 2025年3月23日閲覧。
  36. ^ RegCell secures funding and completes US headquarters transition” (英語). www.thepharmaletter.com. 2025年3月23日閲覧。
  37. ^ 朝日賞 2001-2018年度”. 朝日新聞社. 2023年1月4日閲覧。
  38. ^ Shimon Sakaguchi MD, PhD, Gairdner Foundation
  39. ^ Goethe-Universität —”. www.uni-frankfurt.de. 2023年9月1日閲覧。
  40. ^ Robert Koch Stiftung – Shimon Sakaguchi”. www.robert-koch-stiftung.de. 2020年6月8日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年9月1日閲覧。
  41. ^ Japanese scientist receives award for molecular medicineUniversity of Debrecen Press
  42. ^ 政府が「秋の褒章」を発令‐福山氏に紫綬、小田氏は藍綬”. 薬事日報 (2009年11月2日). 2023年4月14日閲覧。
  43. ^ 19年度の文化勲章受章者・文化功労者 主な業績”. 日本経済新聞 (2019年10月29日). 2024年10月12日閲覧。

外部リンク

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先代
山口明人
国立大学附置研究所・センター長会議会長
2010年 - 2011年
次代
中沢正隆