聖カタリナの戴冠
『聖カタリナの戴冠』(せいカタリナのたいかん、蘭: Kroning van de heilige Catharina van Alexandrië, 英: The Crowning of Saint Catherine)は、17世紀フランドル・バロック期の巨匠ピーテル・パウル・ルーベンスが1631年 (あるいは1633年) にキャンバス上に油彩で制作した絵画である。4世紀の殉教者アレクサンドリアのカタリナが聖母マリアの膝上に座る幼児イエス・キリストから戴冠される姿を表わしている。現在、米国オハイオ州のトレド美術館に所蔵されている[1]。
オランダ語: Kroning van de heilige Catharina van Alexandrië 英語: The Crowning of Saint Catherine | |
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作者 | ピーテル・パウル・ルーベンス |
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製作年 | 1631年 (あるいは1633年) |
種類 | 板上に油彩 |
寸法 | 265.7 cm × 214.9 cm (104.6 in × 84.6 in) |
所蔵 | トレド美術館、トリード |
作品
編集伝説によれば、玉座の聖母子を囲む3人の聖人たちは皆、初期キリスト教時代に信仰を棄てることを拒んだために拷問され、殺害された。左側のアポロニアは、自身の歯を抜かれたペンチを持っている[1]。彼女はアレクサンドリアの助祭で、キリスト教徒迫害の最初の犠牲者の1人であった[2]。カイサリア・マリティマのエウセビオスの記述によれば[3]、彼女はまず投石を顔に受け、ペンチですべての歯を引き抜かれ、火刑に処せられて殉教した[3]。
右側のアンティオキアのマルガリタは、自身を吞み込んだ竜につけた綱を持っている[1]。彼女は、現トルコのアンティオキアに生まれたとされる伝説上の殉教者である。13世紀にヤコブス・デ・ウォラギネが著した『黄金伝説 (聖人伝)』によれば、彼女は15歳のころ、養母の羊たちの番をしていたところを通りがかった長官に見初められ、結婚を申し込まれたが、キリスト教信仰を理由に拒絶して逮捕された。マルガリタは牢屋に投げ込まれた際、悪魔が龍に変じて現れ、彼女を呑み込んだ。しかし、手に持った十字架の力により龍の腹が裂け、彼女は無傷で逃れた[4][5][6]。
中央右寄りのカタリナは跪き、殉教の象徴であるシュロの枝を見つめている。幼子イエスは、月桂樹の葉でできた勝利の冠をカタリナの頭部に載せている。彼女の頭上では、智天使が彼女を拷問するために用いられた釘付き車輪を破壊した稲妻を掴んでいる[1]。4世紀に生きたアレクサンドリアの聖カタリナの伝記は、ほとんどが伝説である[7]。彼女は高貴な出自であり、宗教的幻視を経験した後、キリスト教徒として自身を捧げた。『黄金伝説 (聖人伝)』 によれば、彼女は18歳の時にローマ皇帝のマクセンティウスに求婚されたが、拒否した。皇帝は当時の最高の賢者を50人招集し、彼女が棄教するよう説得することを命じる。しかし、彼女は彼ら異教の哲学者たちをみなキリスト教に改宗させることに成功した。カタリナは皇帝に投獄されるも、奇蹟で守られる。皇帝は業を煮やし、カタリナ自身を車裂きの刑にするよう命じた。しかし、カタリナが車輪に触れた瞬間、車輪が稲妻で粉砕されたという。マクセンティウスは、その後、カタリナを斬首刑にした。最終的にはねられた彼女の首からは、血ではなく乳がほとばしったと伝えられる[7]。
来歴
編集本作はフランドルのメヘレンにあるアウグスティヌス会教会の祭壇画として描かれ、1631年に設置された。18世紀に教会関係者は作品を画商に売却し、1779年にジョン・マナーズ (第5代ラトランド公爵) に購入された。以降、ラトランド公爵家のもとにあったが、1911年にヘンリー・マナーズ (第8代ラトランド公爵)によりドイツ系ユダヤ人の銀行家兼科学起業家レオポルト・コッペルに売却された。
1933年のコッペルの死後、作品は、ナチス・ドイツのヘルマン・ゲーリングの個人コレクション用に略奪された。第二次世界大戦後、アメリカ軍により岩塩鉱で発見された作品は、最終的にほかの絵画とともにレオポルトの息子アルベルトにより返還を求められ、1950年に現在の所蔵先であるトレド美術館に売却された[1]。アメリカ博物館同盟ナチス時代来歴インターネット・ポータルによれば、本作はナチス時代 (1933-1945年) にヨーロッパ大陸諸国で所有者が変わり、トレド美術館のコレクションに入った360点の美術品のうちの1点である。
脚注
編集- ^ a b c d e “The Crowning of Saint Catherine”. トレド美術館公式サイト (英語). 2025年10月16日閲覧。
- ^ 『ルーヴル美術館200年展』、1993年、208頁。
- ^ a b ルーヴル美術館 収蔵絵画のすべて、2011年、729頁。
- ^ 『Masterpieces from the National Gallery, London ロンドン・ナショナル・ギャラリー展』、2020年、154頁。
- ^ ジョナサン・ブラウン 1976年、104-106頁。
- ^ エリカ・ラングミュア 2004年、263-264頁
- ^ a b 「聖書」と「神話」の象徴図鑑 2011年、158頁。
参考文献
編集- ヴァンサン・ポマレッド監修・解説『ルーヴル美術館 収蔵絵画のすべて』、ディスカヴァー・トゥエンティワン、2011年刊行、ISBN 978-4-7993-1048-9
- 『ルーヴル美術館200年展』、横浜美術館、ルーヴル美術館、日本経済新聞社、1993年刊行
- 『Masterpieces from the National Gallery, London ロンドン・ナショナル・ギャラリー展』、2020年刊行、国立西洋美術館、ロンドン・ナショナル・ギャラリー、読売新聞社、日本テレビ放送網 ISBN 978-4-907442-32-3
- ジョナサン・ブラウン 神吉敬三訳『世界の巨匠シリーズ スルバラン』、美術出版社、1976年刊行 ISBN 4-568-16038-3
- エリカ・ラングミュア『ナショナル・ギャラリー・コンパニオン・ガイド』高橋裕子訳、National Gallery Company Limited、2004年刊行 ISBN 1-85709-403-4
- 岡田温司監修『「聖書」と「神話」の象徴図鑑』、ナツメ社、2011年刊行 ISBN 978-4-8163-5133-4