小槻大社

滋賀県栗東市下戸山にある神社

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小槻大社(おつきたいしゃ)は、滋賀県栗東市に鎮座する神社。『延喜式神名帳』に記載されている式内社で、旧社格郷社。旧栗太郡八座の一座。神紋は下り藤・真向の兎。

小槻大社
所在地 滋賀県栗東市下戸山1200
位置 北緯35度00分24.4秒 東経135度59分32.8秒 / 北緯35.006778度 東経135.992444度 / 35.006778; 135.992444
主祭神 落別命
社格 式内小社
旧郷社
創建 不詳
本殿の様式 一間社流造檜皮葺
例祭 5月5日
主な神事 花笠踊り(5月5日)
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小杖宮・小杖大明神とも称される。

祭神

垂仁天皇皇子で、於知別命・祖別命とも書く。小槻山君(後の小槻氏)の祖とされる。

配祀神

大国主神。境内を接して平安時代に栄えた楽音廃寺(覚音寺とも。跡地に境内社・十二将神社が建つ)があり、その関係から日吉西本宮から勧請合祀されたと推測される。

歴史

古代栗太郡(現在の草津市栗東市一帯)の豪族小槻山君(小月山公とも)が祖神として落別命を祀ったのが創祀とする。小槻山君は朝廷采女を献上していたことから、栗太郡郡司クラスの家柄だったと推測される。小槻大社周辺には小槻大社古墳群や下戸山古墳、栗太郡衙跡とされる岡遺跡が残っている。付近には同じく落別命(於知別命に同じ)を祭神とする小槻神社が立ち、その勢力が伺える。小槻山君は貞観15年(873年に居を移し、のち小槻氏官務家)として朝廷に仕えた。

神階は貞観5年(863年)従五位下、元慶6年(882年)従五位上(『三代実録』)、延喜11年(911年)従四位下(『日本紀略』)と昇格した。後に付近に拠点を持つ青地氏の崇敬を受け、社頭が整備され康永3年(1344年)には正一位となった。

明治9年(1876年村社に列し、同14年(1881年郷社に昇格した。

境内

  • 小槻大社古墳群

古墳時代後期(6世紀前半頃)のものが17基残る。最大の1号墳は墳丘径25mの円墳

祭事

  • 例祭

小杖祭りとも。古来卯月初卯日であったが、明治42年(1909年)より5月5日に行わる。花笠踊が奉納され、滋賀県の「記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財」に選ばれている。

境内外社

  • 境内社
    • 八坂社
    • 日吉社
    • 稲荷社
    • 龍王社
  • 境外社
    • 十二将神社
    • 八幡神社

文化財

国指定

重要文化財
  • 本殿 附:宮殿(くうでん)

一間社流造檜皮葺。室町時代。永正16年(1519年)と書かれた棟札があり、その頃建造されたと考えられる。

  • 木造男神坐像2躯(伝落別命像、伝大己貴命像) - 平安時代

滋賀県指定

  • 小杖祭り(県選択)

関連項目

外部リンク