ノート:秦氏
![]() | この記事は2020年1月6日に削除依頼の審議対象になりました。議論の結果、版指定削除となりました。 |
ガイドラインと言いますが
編集秦氏の編集で脚注や参考文献がガイドラインに沿っていません。Wikipedia:出典を明記するやHelp:脚注などをよく読んでください。自分の書き込みに形式的に出典や脚注を付けたからといって、他の利用者の書いた部分を大量に削除してしまうのは如何なものでしょうか?それこそ、Wikipediaの中立性を破壊するものではないでしょうか?明確な回答を望みます。--DRKAWA 2009年6月15日 (月) 05:27 (UTC)
IP氏へ。ウィキペディアは参加者の共同・協力作業で行われています。たとえ出典を明記していない記述であっても一方的に除去せず、出典を求める方が摩擦を生みませんよ。--DRKAWA 2009年6月17日 (水) 08:09 (UTC)
出典の明記のお願い
編集Wikipedia:検証可能性に従い、主に「概要」部分についての信頼性を高めるため、具体的な出典の明記を求めています。ご協力、よろしくお願いします。--DRKAWA 2009年8月9日 (日) 05:40 (UTC)
独自研究を書かないでください
編集IPユーザー氏が御自身の見解を書き込んでおられるようですが、ウィキペディアは独自の見解や考察を発表する場ではありません。検証可能性、独自研究をご一読ください。--Peachkiller 2010年3月4日 (木) 00:08 (UTC)
編集合戦について
編集180.46.202.25はBiwako0e、TKADAj 、91seta4、Morejyo の多重ipアカウントです。今まで非常に多い多重ipアカウントを使って荒らし行為を繰り返し、編集合戦を起こして「秦氏」と「弓月君」のページは何度も保護されています。他人が180.46.202.25とBiwako0e、TKADAj 、91seta4、Morejyo の会話ページにコメントを残しても180.46.202.25は学問的な反論もしないし、コメントにも全く応じません。
また、他人の正常な編集を“不正(一人による書直し”、“同一人物による人権侵害。これまでの皆様方の正当記述に戻す必要有、誹謗中傷の部分をカット”と言いながら除去していますが、人権侵害や誹謗中傷はどこにも載っていません。荒らしと編集合戦の原因は180.46.202.25(Biwako0e、TKADAj 、91seta4、Morejyo )なのに逆に“荒らし行為(多重ipアカウント、この荒らし行為により何度もページが保護されている”と言いながら自分の荒らし行為を認めない。
180.46.202.25(Biwako0e、TKADAj 、91seta4、Morejyo )は他人の編集を合理的な理由なく除去しているが、180.46.202.25自身が除去しているその出典については学問的に反論と論議ができなくてただその内容が気にいらないから除去している。180.46.202.25(以下Biwako0e、TKADAj 、91seta4)はブロックされる必要があると思います。 今までの180.46.202.25の多重ipアカウント 「秦氏」ページ (222.145.13.77、114.158.84.38、153.226.235.201、153.228.210.157 、114.166.34.221、114.166.34.221、180.57.216.244、180.57.216.244 、153.214.65.124 、114.158.253.32、114.159.23.217 、153.206.51.176 、153.206.51.176、153.206.43.59 、114.159.157.6 、153.230.20.153 、153.167.233.86 、153.167.233.86、153.207.51.120 、180.28.253.236、114.167.26.84 、180.13.250.204、180.46.202.25) 「弓月君」ページ (153.226.235.201、114.166.34.221 、114.166.34.221、114.166.34.221 、114.159.157.6、180.47.133.110、153.214.172.226 、153.167.233.86 、153.201.145.127、180.28.253.236 、153.207.51.120、180.46.206.72、180.46.202.25)--鳩山町に住むおじさん(会話) 2021年12月5日 (日) 13:27 (UTC)
どういう文面にするかの合意形成
編集Biwako0e、TKADAj 、91seta4、Morejyo の多重ipアカウントである利用者が学問的な議論に全く応じないので出典が明記がされている文章は除去しないという合意形成にしたいのですが、反対する方はコメントお願いします。--鳩山町に住むおじさん(会話) 2021年12月16日 (木) 17:36 (UTC)
- 賛成 提案に賛成します。--カズマリ(会話) 2021年12月17日 (金) 09:17 (UTC)
鳩山町に住むおじさんの荒らし行為について
編集利用者:鳩山町に住むおじさんは秦氏や弓月君などの記事において、信頼できる研究者(加藤謙吉など)や『新撰姓氏録』、系図史料(『山城州葛野郡楓野大堰郷広隆寺来由記』所収「秦氏系図[1]」)に記された史実を無視して、誰が何の資料を基にして編集したのかもわからないサイトをソースとして乱用していますが、これはWikipediaの編集方針であるWikipedia:信頼できる情報源やWikipedia:独自研究は載せない、Wikipedia:検証可能性に違反しており、荒らしに該当する行為です。利用者:鳩山町に住むおじさん自身のくだらない意地のために研究者やWikipediaの編集方針を無視するのではなく、史実を基にした記述をすべきです。--学者気取りの先頭はここで終わり!(会話) 2022年8月23日 (火) 00:07 (UTC)
- あなたは"Wikipediaの編集方針であるWikipedia:信頼できる情報源やWikipedia:独自研究は載せない、Wikipedia:検証可能性に違反している荒らし行為"と言っていますが、出典[2]がある文章を削除しているのはあなたです。今まで編集合戦を行ったipの編集と非常に似ていますがなぜですか?これと[3]、[4]これを見れば分かると思います。[5]ノート秦氏の編集合戦についても参考してください。--鳩山町に住むおじさん(会話) 2022年8月23日 (火) 03:42 (UTC)
- 加藤謙吉『秦氏とその民』(白水社、1998年)という出典があるのにあなたは納得いかない理由で出典付きの文章を削除しています。「弓月君」の Wikipedia:保護依頼になったIP利用者による問題投稿の繰り返しを参考してください。非常に似ている編集です。[https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E5%BC%93%E6%9C%88%E5%90%9B&action=history]2022年8月5日 (金) 16:22 えのきだたもつ様により「弓月君」は保護されました。「弓月君」のIP利用者による問題投稿の繰り返しとあなたの編集は非常に似ています。出典があるのに削除する行為も非常に似ています。--鳩山町に住むおじさん(会話) 2022年8月23日 (火) 03:50 (UTC)
- 井上満郎著述の「古代史のなかの朝鮮文化―東アジア世界と日本―」には「秦氏は新羅系の渡来氏族であり、そのハダ(ハタと清音で読まれることが多いが、正しくはハ ダの濁音)の名乗りは現在の韓国東岸、慶 キョンサンブクド 尚北道蔚 ウルチン 珍郡の「波旦」によるとしていいと思ってい るが(拙著『秦河勝』)、ところが『日本書紀』には「百済より」と明記される。これをもって秦 氏は百済出身とする説も唱えられるが、「より」とあるのは「経由した」ということと私は解釈 している。『日本書紀』にはここがまさにそうなのだが、渡来が新羅によって妨害されたと創作 するように、しばしば新羅との敵対関係を反映する記事がある。これは『日本書紀』成立時の認 識に、史実として新羅国と敵対関係にあったことの記憶を反映するものに過ぎず、秦氏渡来での 新羅国の妨害をそのままに史実と見做すわけにはいかないし、あわせて百済の「出身」だという 説に加担することもできない。比較的国際関係の良好だった百済国を経由したのだと創作したと 考えるのが適切だろう」と書かれているので「Wikipedia:独自研究は載せない、Wikipedia:検証可能性に違反」ではありません。
- 秦歴史遺産保存協議会の出典もありますので参考してください。「秦氏のルーツについては諸説見えるが、新羅の波旦(はたん)から渡来したという有力な見解があると書かれている」と書かれている立命館大学の出典もあります。[http://www.kibinosato-hada.com/kibinosato-hada2.com/course2.html]、[https://www.ritsumei-fubo.com/fudoki/y03/]--鳩山町に住むおじさん(会話) 2022年8月23日 (火) 04:45 (UTC)
- 新たに記すのは面倒であり論点は基本同じなので弓月君記事のノートからコピペ。
- 正論をぶつけられて都合が悪くなったら「IP利用者云々」と論点をずらすのはやめろ。お前が問題行為を働いているから同じような指摘をされているだけである。例え私が先にお前に正論をぶつけた利用者だとして、私が規制を受けても、お前の問題行為は続くわけだから、再び同じ指摘を受けるだけである。
- 加藤謙吉『秦氏とその民』(白水社、1998年)を読んで秦氏や弓月君などの記事に記述を追加したのは他でもない私である。該当の書物を読み、その通りに記したのは私であるが、お前はただ「出典を明記された記述は削除してはならない」という合意を大義名分にして「読みもしないでソースとして加えた」だけであろう。該当書物に記されていない記述を削除したまでである。
- 私は秦氏が新羅系であり、波旦を氏族名の由来とする説までは削除していない(弓月君記事の「2022年8月23日 (火) 00:09時点における版」にその記録が残っている)。勝手にありもしない問題点を論点に加えないでいただきたい。
- 「http://www.kyotokanko.co.jp/hata/hatashi7.html」←これがソースにならないって言ってんだけど。ただの観光地を紹介するサイトは学術的説得力を持たないことくらい理解しろ。
- 「秦歴史遺産保存協議会」は当会会則によれば、「(第2条)本会は、一丁丸古墳を初め秦原廃寺など歴史的風土と自然環境を維持・保存し、紹介宣伝に努めるとともに、これを後世に伝え、以って地域の振興と市の発展に寄与することを目的とする。(第3条)前条の目的を達成するために、次の事業を行う。
- (1)史跡名勝の保護及び保存に関すること
- (2)景勝地としての改善と施設保持に関すること
- (3)自然風致の保持に関すること
- (4)観光誘致の活動に関すること
- (5)研修会、交流会の実施に関すること
- (6)その他目的のための事業に関すること」
- とあり、あくまで観光や史跡保存のための会であり、学者・研究者集団ではない。また、会の内に名の通った学者・研究者がいたとしても、それによって既に私が提示した研究者(加藤謙吉)や史料(「秦氏系図」)の研究・記述を覆すほどの根拠のある説を提示しているわけではないのだから、ソースとして用いるべきではない。
- 出典として提示したコトバンクの弓月君の条ではいずれも「古代の朝鮮から渡来した人々の集団の首長とされる伝説的人物。(
- 旺文社日本史事典 三訂版「弓月君」の解説)
- 」「古代の渡来系豪族の秦(はた)氏の祖といわれる。(
- デジタル版 日本人名大辞典+Plus「弓月君」の解説)
- 」「秦氏の祖といわれる伝説的な渡来人。(
- 百科事典マイペディア「弓月君」の解説)
- 」「4〜5世紀,応神天皇朝に来日したと伝えられる百済 (くだら) の渡来人(
- デジタル大辞泉「弓月君」の解説)
- 」と記しているため、弓月君を氏族とするのは「定説」ではなく「1人が提唱している(原文を確認していないためこれも利用者:鳩山町に住むおじさんの捏造の可能性があるが)だけの珍説」であり、Wikipediaに記載すべきではない。また、一方ではコトバンクを参考として用いていながらも、一方では「弓月君=人物である」とするコトバンクの記載を無視して、自分のくだらないプライドのために意地を張って「定説ではない珍説」を記事にし続けるのはWikipediaの編集方針であるWikipedia:信頼できる情報源やWikipedia:独自研究は載せない、Wikipedia:検証可能性に違反している立派な荒らし行為である。加えて、お前のために新たにノートに討論を行うページを設けてやったのに、それを無視して荒らし行為を続けるのも二重で荒らし行為に該当する。直ちに己れの行いを反省してこれ以上荒らし行為を働くのはやめろ。
- 私は加藤謙吉の著作や『群書類従』所収の史料、コトバンクなどを基に記述をしており、これらは共通した説を展開しているため、それを参考にしたまでであり、己れの意地のために定説を否定して珍説を記載し続けるあなたと違うのは当然である。
- 以下、弓月君の項とは別の記述があったため、それへの反論を記す。
- 私は秦氏が新羅系である説までは削除していない(私が編集した後の「秦氏」記事の「2022年8月23日 (火) 00:09時点における版」の出自の項に「*新羅系渡来氏族。」から始まる新羅系渡来氏族説の解説があり、その記録が残っている)。勝手にありもしない問題点を論点に加えないでいただきたい。私が問題としているのは、定説ではなくあくまで様々ある説の1つである新羅系出身氏族説を、あたかも既に学界で「秦氏=新羅系である」と確定され定説として定着しているかのような記述をしようとしているあなたの姿勢である。
- --学者気取りの先頭はここで終わり!(会話) 2022年8月23日 (火) 10:00 (UTC)
- 新たに記すのは面倒であり論点は基本同じなので弓月君記事のノートからコピペ。
利用者:やすヒコによる荒らし行為について
編集利用者:やすヒコは、「私の出典の記し方に不備があった」、「最新の学界では否定されている(Wikipediaに記すのには不適切である)記述があった」といった理由ではなく、個人的な目的のために、私が行った編集(出典を明記しているし、かつWikipedia:出典を明記するやWikipedia:信頼できる情報源に違反していない)を不当に削除する荒らし行為を繰り返しています。 彼の言い分では「今まで多くの可変IPがこのページで荒らしや脅迫を行っていましたが、学者気取りの先頭はここで終わり!は他人を素人と呼びながら独自研究を独断的に加えただけで、可変IPが嫌う文章を共通して削除し、自分好みの文章を投稿しようとしている。」 としているが、私は当然可変IPによる編集を特別支持しているわけでもなく、彼にそのように述べたこともありません。また、出典に基づく記述を行ったり、項目に不関係な記述を削除したりしていただけです。しかし、彼は「可変IPが嫌う文章を共通して削除しているということ」、「自分好みの文章ということ」にして、Wikipedia:出典を明記するやWikipedia:信頼できる情報源に勝る正当性を得たと勘違いして、自分好みの文章を投稿しています。 私は彼の自分好みの文章を投稿する姿勢を問題だと考えます。
以下は私が出典として記した資料です。
- 赤穂市教育委員会事務局文化財課文化財係による「兵庫県赤穂市の文化財 坂越の歴史[6]」
- 日本先史古代研究会の井上秀男による「備前・播磨地域の渡来人「秦氏」と神社について[7]」
- 前田徹による「播磨国赤穂郡久富保の基本史料について」(『待兼山論叢 史学篇30』所収)
- 平城宮跡出土木簡
- 「播磨国坂越神戸両郷解」
- 『石崎直矢所蔵文書』
- 『東大寺牒案』
- 『日本三代実録』貞観6年8月17日条
- 「平安遺文」(東寺文書)
- 長和4年11月付の播磨国符(赤穂郡有年荘文書)
- 『播磨国風土記』
- 『続日本紀』文武天皇2年4月壬辰条
- 「大日本古文書」所収「宝亀5年3月12日付勘案状」
- 高木大亮軒の著作『和気絹』
- 『前賢故実』
出典の記し方についてならともかく、これだけの資料を明記しているのにも関わらず、「独自研究を独断的に加えただけということ」にして削除するのは、百科事典の品質を故意に低下させようとする行為であり、Wikipedia:荒らしに該当するのではないでしょうか。--学者気取りの先頭はここで終わり!(会話) 2023年4月8日 (土) 03:58 (UTC)
「個人サイト」の指摘について
編集我々の編集合戦により、多大なご迷惑をお掛けしてしまいすみませんでした。某利用者による「個人サイト」の指摘ですが、利用者:Watamochi(会話 / 投稿記録 / 記録)さん、利用者:侵入者ウィリアム(会話 / 投稿記録 / 記録)さんによって内容が修正されました。しかしそれにも関わらず、某利用者は具体的な理由も無しに多くの学術論文や非・個人サイトを含めて大量削除を繰り返しました。侵入者ウィリアムさんの最終編集分の内容で問題が無いかと思いますが、いかがでしょうか。もし個人サイトが見当たる場合は削除して頂ければと思います。--春りい日弦尺(会話) 2024年10月15日 (火) 10:16 (UTC)
現在当記事にて、ブロックとなった利用者と同等の約4000文字削除の荒らしを繰り返し行なっている利用者がいますが、そのうちのIP:153.246.178.70(会話 / 投稿記録 / 記録 / Whois)はブロック破りで1年間のハードブロックとなりました。利用者:侵入者ウィリアム(会話 / 投稿記録 / 記録)さんが調整された最終編集分で結論が出ていますので、WP:VIP#学者気取りの先頭はここで終わり!にてブロック破りを提起しました。--春りい日弦尺(会話) 2024年11月27日 (水) 01:07 (UTC)
- 報告 春りい日弦尺はCUブロックされました。これに伴い、春りい日弦尺による編集投稿も全て差し戻ししました。なお、ハプログループO2 (Y染色体)のこちらの版をみればわかると思いますが、当該利用者は他のWikiサイトを出典するなど、およそ方針やガイドラインを理解しているとは言い難い編集投稿ばかりのようです。今後、同様の内容にする利用者が現れた場合、春りい日弦尺のブロック破りとして対応させていただきます。--おっふ(会話) 2024年12月13日 (金) 02:11 (UTC)
秦王朝や遺伝子について
編集秦王朝や遺伝子O2a2b1a1について、102209855において検証可能な出典が確認できましたので確認分のみ復帰します。--Yuang-xiaoQu(会話) 2025年4月4日 (金) 00:54 (UTC)
- 重複記述がかなり見られたため全て修正しました。遺伝子の出典は外国のウェブサイトになりますが、新出典を追加しました。今後はもう少し整理して編集して頂けますか?色々と杜撰な記述になっており、修正するのが大変でした。--一倭武人(会話) 2025年4月16日 (水) 09:12 (UTC)
秦氏と源氏の関連性について
編集秦氏は源氏の祖であったというテキストが各所に見られましたが、引用元を確認しても甲斐源氏の祖が秦氏であるという文面はありません。
また、源義光は清和天皇が源流であり、源氏自体は皇別氏族です。学術的証拠もない他、虚偽のテキストであるため削除すべきではないのでしょうか?--240F:C9:77F:1:5602:C686:CAA4:EFF1 2025年5月17日 (土) 04:12 (UTC)
- 削除してもいいと思います。秦氏の血統が源氏に流れている可能性は否定できませんが、少なくとも秦氏は源氏の「祖」ではないです。これは明確に否定できます。「源氏に分岐」という表現ならわかりますが、「源氏の祖」は間違いです。あなたの提案から10日以上経過しており、反対意見が出ていないので私が削除させて頂きます。--四月朔日朔良(会話) 2025年5月28日 (水) 07:05 (UTC)
- 出典を複数追加しました。
- 甲斐源氏当主の源義光は秦系の新羅神社で元服しており、新羅三郎と名乗っています。また源氏の氏神神社で有名な八幡宮は秦氏が創建した神社です。
- 「祖」という表現が問題的であるという意見が出ているため、表現を変えます。--ゼンドー(会話) 2025年5月29日 (木) 07:26 (UTC)
- 出典もあるので、記載することに反対まではしませんが、項目冒頭の定義文に書くことが適切なのか、ご検討下さい。ちなみに、コトバンクでは、源氏との関連についての言及はないようです。--Snap55(会話) 2025年5月29日 (木) 14:57 (UTC)
- 前提として秦氏と関連付けてわざわざ記述する必要が見受けられません。わざわざ雑多な出典をつけてまで記載することは閲覧者が勘違いしかねない、いわゆるミスリードを併発する原因にもなりかねませんし、なによりこの点を修正して過去荒らし扱いをなされたこと自体にも疑問を抱いています。言論統制と事実の誤認はウィキペディアとしては避けるべきですし、冒頭やいくつかの個所に重複として書かず、元服したという事実を示したいだけならば秦氏の項目には書かず、甲斐源氏の項目で表記すべきかと存じます。--240F:C9:77F:1:1B4:3ACB:8429:5F8C 2025年5月30日 (金) 05:41 (UTC)
- >甲斐源氏当主の源義光は秦系の新羅神社で元服しており、新羅三郎と名乗っています。また源氏の氏神神社で有名な八幡宮は秦氏が創建した神社です。
- >>これってわざわざ書くことですか。少なくとも見出しに付ける必要は全くありませし、さらに言えば秦氏という一族に関するこの記事に、ただ関連があるだけの一族の記述を付ける必要も全くないです。--四月朔日朔良(会話) 2025年6月26日 (木) 23:50 (UTC)
- 源氏関連の記述は削除させて頂きました。理由は、他の方もおっしゃっていますが、源義光が新羅三郎と名乗ったことは事実ですが、それをあえてこの記事に書く必然性が見出せないからです。また、ゼンドーさんの最初の記述は、皇別氏族である源氏の祖先があたかも秦氏であるかのような、明らかに歴史的事実と齟齬する記述を書いていました。正直、私はかなり悪質性を感じました。ゼンドーさんの源氏関連の記述は今回以前にも全削除されてることを指摘しておきます。--四月朔日朔良(会話) 2025年6月29日 (日) 08:20 (UTC)
- 出典もあるので、記載することに反対まではしませんが、項目冒頭の定義文に書くことが適切なのか、ご検討下さい。ちなみに、コトバンクでは、源氏との関連についての言及はないようです。--Snap55(会話) 2025年5月29日 (木) 14:57 (UTC)
脚注
- ^ 松山義雄『新編伊那風土記: 隻眼の神と御霊信仰』法政大学出版局、1994年5月1日。ISBN 9784588300165 。
- ^ “武田山の歴史を知る 甲斐・安芸・若狭武田氏|広島市公式ウェブサイト”. 広島市公式ウェブサイト. 2025年4月15日閲覧。
- ^ “甲斐源氏の解説”. www.tsugane.jp. 須玉町歴史資料館. 2025年4月15日閲覧。
- ^ “武田信玄のルーツ”. 日本実業出版社. 2025年4月15日閲覧。
- ^ “源義光”. www.cf.city.hiroshima.jp. 2025年5月29日閲覧。
- ^ “【新羅源氏】”. adeac.jp. 2025年5月29日閲覧。
- ^ “奥州にこだわった始祖・源義光”. 筑波銀行. 2025年5月29日閲覧。
- ^ 日本人名大辞典+Plus,世界大百科事典内言及, デジタル大辞泉,精選版 日本国語大辞典,日本大百科全書(ニッポニカ),改訂新版 世界大百科事典,朝日日本歴史人物事典,ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典,百科事典マイペディア,デジタル版. “源義光(ミナモトノヨシミツ)とは? 意味や使い方”. コトバンク. 2025年5月29日閲覧。
- ^ “園城寺(三井寺)周辺の歴史文化遺産”. 大津市. 2025年5月29日閲覧。
- ^ “秦氏と新羅明神との係わりについて The Historical Relationship between Hata Uji and Shilla Myojin”. KCI. 2025年5月29日閲覧。
- ^ “大豪族・秦氏の謎を解くヒントは神話にあるのか? | 歴史人”. 歴史人. 2025年5月29日閲覧。
- ^ “三井寺>連載>新羅神社考>京都府の新羅神社(1)”. www.shiga-miidera.or.jp. 2025年5月29日閲覧。
- 一応、コメントしておきます。出典を確認しても、Amakara65さんの言う「源義光も秦氏の家系で無いのにワザワザ秦氏系の神社で元服しますかね?」を補強する言説は全くなく、これは明確にAmakara65さんご自身の独自研究です。また、「まず上記の二点だけの時点でも源氏と関係が無いとは言い切れない。」とのことですが、私や他の編集者は特段、「秦氏と源氏の関係」を否定したいわけではありません(もっとも、提示された出典の内容ではこの点も正直やや根拠が薄いように思われます)。「源義光が新羅三郎と名乗った」ことをあえてこの記事に書く必要がないと言いたいのです。その点をどうかご理解いただき、また、別アカウント等を用いて同様の記述を再び復活させるようなことがないよう、強くお願い申し上げます。四月朔日朔良(会話) 2025年7月5日 (土) 11:32 (UTC)
- Amakara65さんの脚注を適切な位置に移動させて頂きました。四月朔日朔良(会話) 2025年8月28日 (木) 01:19 (UTC)
加筆報告
編集報告 参考文献を追加して大幅に加筆を行いました。出典は主に 井上満郎『秦河勝』吉川弘文館〈人物叢書〉、2011年12月20日。ISBN 978-4-642-05260-3 と、同書で参考文献として挙げられている書籍を用い、一般的な説明を基本に、学説の対立のある部分には主張者を明記した記述を行いました。なお参考文献として参照できなかったものの今後の編集で使用することが望ましい文献としては平野邦雄『大化前代社会組織の研究』および『帰化人と古代国家』があります。編集に関しては今のところ2点気になっている点があります。
- 秦氏#秦氏の系統(一覧)節の播磨秦氏、美作・備前秦氏の記述量が多く目立つようです。リード文で述べた通り、史料上確認できる秦氏の人物は1000名を超え、しかもその大半は史書ではなく文書や木簡で確認できるものです。それを全部記述していたら膨大な量になり現実的ではないものの、そのうち一部のみを取上げるのは恣意的な編集になりかねないのではないでしょうか。
- 大和岩雄の著書(『秦氏の研究』『続秦氏の研究』)は、井上満郎『秦河勝』や中村修也『秦氏とカモ氏』、加藤謙吉『秦氏とその民』などで参考文献として挙げられているものの、参照を避けました。理由は秦王国・空海・八幡神などと秦氏の関係のような他の文献と内容の乖離が大きいためです。ただし現状も秦氏#出自節に秦王国についての記述が誰の主張が誰の説か触れることなく入れ込まれているなど、大和氏の説の影響を受けた記述が若干残っているようにも見えます。大和氏の著書を参考文献として使用することに反対はしませんが、記述を行うならば出典明記の上誰の主張であるかを明らかにしておくべきと考えます。
「末裔を称する人物」節の除去提案
編集「末裔を称する人物」節は、特筆性、WP:CITE、WP:RSの観点から問題があると思います。また、中にはWP:WELLKNOWNに該当する人もいると思います。現在、本節で掲載されている、長宗我部元親、島津義久、東儀俊美は前節の「末裔とされる氏族」に事実上、内包・重複しております。長宗我部氏、島津氏、東儀家から一人を選出することは恣意性も高く、百科事典としてあまり意味のあるものではありません。また、赤穂浪士は人物ではなく、集団を指すので不適です(書くなら四十七士の該当人物の名前を書くべきです)。荷田春満と現代人については出典がありません(一名リンク切れ)。以上の理由から、本節の除去を提案したいと思います。2週間ほど経過を見たいと思います。ご意見のほど、よろしくお願い申し上げます。四月朔日朔良(会話) 2025年9月18日 (木) 00:17 (UTC)
- 賛成 当該人物の存在が秦氏にとって重要であるならばともかく、その人物の活動に対して秦氏の末裔であるという事実が決定的な影響を与えてすらいない人物を単に秦氏の末裔らしいというだけで並べ立てるのは内容過剰であると思われます。--こやまひろ(会話) 2025年9月18日 (木) 16:33 (UTC)
- 本提案に基づき、当該節を除去しました。ご意見をくださったこやまひろさんに感謝します。四月朔日朔良(会話) 2025年10月3日 (金) 01:15 (UTC)